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299 ツインからトリオへ

 榎本が愛用のハンマーを、赤い液が床上浸水している展望フロアへ打ち付ける。勢いよく地面が土色に輝き出し、地鳴りと共にどこからともなく地割れた茶色の地面と土の塊が湧き出した。そして濁音がつくような、ハンマーの衝撃に耐えきれないかのように、土が雪崩状に前方へ押し寄せてゆく。

 軽自動車のように勢いよく突進して蛇を轢いた地属性のスキルは、最後に土煙ごと粉塵爆発をしてから消えた。床が元の赤い水たまりに戻る。

 土砂の音でガルドには聞こえなかったが、蛇たちは低い悲鳴をあげて倒れていた。床に落ちた瞬間氷漬けになり、一拍の後ガラスのように砕け散る。三匹同時の撃破で、辺りはシンと無音へ戻った。

 だがまだ五匹残っている。榎本は少しも喜ばず、むしろ苦々しく周囲を警戒している。

「イケるか?」

「キツいな。安全に行くなら後ろに回りたいところだ」

 回復アイテムを使用しつつ、ガルドも周囲を観察した。

 状況は厳しい。榎本が使ったスキルはデメリットが多かった。攻撃に弱くなる虚弱の効果、大幅に減った魔力(エナジー)ゲージ、スキルの冷却時間(リキャストタイム)追加。豪華だった範囲攻撃効果へのツケは大きく設定されており、榎本は一分の間、近接戦では不利になる。

 そして、それをカバーリングしながら戦えるほどガルドにも余裕がなかった。

「……バックアップを」

「おう。いつだってそうやってきただろ、俺ら」

 榎本がチャラついた声で返事をする。ガルドは頷き、剣を握り直した。いい返事だ。ゆとりは無いが、無駄な自信だけがみるみる湧いてきてガルドを奮い立たせる。

 静かだったフロアの、ドーナツ状に奥まった向こう側から唸り声が響いてきた。

「七十秒後、交代だ」

「もってくれよ。予定より早いと多分俺落ちる(死ぬ)

「ああ」

 奥からまずは二匹、天井すれすれまで首をもたげたままスルリと這い寄ってきた。


 水たまりを走るガルドの足音が、以前よりずっと激しく展望台に響く。

 先ほどの三匹とは全く違う動きをしてくる二匹に、ガルドは目を見開きながら避け続けていた。全てが新しい発見の連続で、この蛇を倒す必然性はそもそも無いはずなのだが、絶対に倒したいという欲望がガルドの腹の下を熱くする。

 いいようにGM(犯人たち)の手の上で踊らされているのだろう。ガルドはそれでも、ゲーマーの本質である快楽を優先させた。

「チィッ」

 榎本が舌打ちしながら無限敵視集中アイテム(ぶどう)を投げ、ヘイト(敵からの注目)を引き受けてくれた。直後蛇の首がグルンと榎本を向き、溜めていた体液の吐瀉放物線がガルドから離れる。すかさず榎本がガルドと反対側へ回避しつつ位置取りし、大きく後退した。

 すれすれのヘイトなのだと分かる。ガルドはすかさず攻めに転じた。数回の大斬りを背後から叩き込み、続けざまにスキルを一発。ヘイトが釣れ、こちらに再度顔を向けた蛇にガルドはバックステップで距離を取る。そのまま通常攻撃の溜めに入った。大剣を肩に担ぎ、体を低く縮こめる。アバターボディ全体が白く発光した。

「オラオラ、こっちだぜ!」

 すかさず榎本が、それほど遠くない位置から再度ぶどうを投げる。二つ投げ、一匹に当たった。外れた一匹は真っ直ぐガルドめがけて口を開け、牙をむく。

「フンッ!」

 その寄ってきた一匹へ、ガルドは蛇の脳天へと剣を振り下ろした。

 壁を破壊するかのような強い破壊音でクリティカルヒットし、蛇の一匹は怯みに入った。ガルドはあえて畳み掛けず、榎本の方で釣っている蛇へ反転ざま、ゲームの作りとして致し方ない大剣らしいゆっくりとした大振りで回転斬りを放った。剣先での浅いヒット。ヘイトはそのまま榎本へ向かっている。

「そろそろ」

「おうよ。最後決めての交代だ、いけ!」

 榎本が叫ぶ。

「ん、了解」

 ガルドは静かに答えた。そしてスキルの一覧から突きの姿勢で連撃スキルを選ぶ。決められた発動の動きは脳にこびりついている。意識するのは「今日初めて味わっている蛇の間合いにどう近づけば一番良いか」という位置取りが主だ。

 榎本がダメージ含め敵視を甘んじているお陰で、ガルドは背後から堂々と弱点らしき頭部を狙うことができる。剣を高く上に向け、スキルのスタートをイメージ。

 片手で突きの連打を十六回し、日没の夕焼けに染まる赤い空のような色で半円を描く。

 サクサクと軽快な刺突音と蛇の低い悲鳴がかぶった。衝撃でうずくまるように首を下げて止まる。蛇なりの「転倒表現」らしい。

 夕焼けの残る戦闘エリアから剣を引き、一旦背に収納して走る。落陽というスキルの名称は中国を含め漢字使用地域だけのものだ。英語圏版ではsunsetというつまらない英単語になる。ガルドは日本人で良かったと感謝しつつ、パリィでのカバーリングに向けて榎本側へと回り込んだ。

 先ほど脳天に攻撃を打ち込んだにも関わらず生き残っていた蛇の、正面から若干右にずれた位置に立つ。気持ちが良いほど攻撃と攻撃の隙間にあたるその場所は、榎本が見つけガルドに口頭で教授したものだ。そこまで来てちょうど七十秒が経過。榎本がパッと前に出ると、攻撃に転じ始める。

「ぶっ潰す! カバー!」

「ああ」

 カバーリングを要請され、ガルドは肩に乗せていた大剣を両手で低く構えた。理性的な判断で効率的なハンマー捌きを繰り出す榎本に、蛇はくねりながら反撃をしかけてくる。スキル扱いらしい体液放出攻撃は二人揃って見切りで避けるが、牙をむきだしにして襲いかかってくる場面ではガルドがパリィで援護防御(カバーリング)に入った。

「シィッ!」

 蛇と揃うように歯をむきだし、息を吐きつつ一匹の攻撃を完封する。

 もう一体の攻撃も、ガルドは得意の反動キャンセルで再度パリィに入った。握る柄を無理やり一度離し、操作ミスの誤差として修正されないギリギリの数秒間を我慢し、再度握り直して剣を方向転換。下から打ち上げるように剣で牙を弾き返した。

 榎本はその間にチャージを完遂している。

「ホームラン、ってなぁ!」

 榎本が叫ぶ。バットというよりも砲丸投げのようなフォームでハンマーを横にフルスイングし、そのまま回転し始めた。回る榎本にぶつからないギリギリの地点で、ガルドは回復用の桃をかじる。

 本当はアイテムなど使いたくなかった。ガルドは悔しさを滲ませつつ、榎本が死なないように全力で剣を振るい続けた。



 結果は、あからさまに悪かった。

 二人揃って体力ゲージは真っ赤に染まり、あれだけマグナに「温存しろよ」と口すっぱく言われた回復アイテムを全て使い切り、集中力を出し切った。それでもまだ四匹残っていた。エリアで担当があるらしく、同時に戦うのは最大三匹で済んでいる。だがそれでも精一杯で、後が無い状態だった。

「あーヤベェ、スッゲーヤベェ」

 語彙力を欠いた榎本のセリフに、ガルドは頷くしかない。ヤバい。認めたくないが負ける。クエストならば単なるダウン一回目(一乙)だが、今は何も受注していない。これはただの、まぐれで出会った謎モンスターとの野良戦闘だ。フロキリであれば、モンスターが逃げることも消えることも、イベントの場合もう二度と会えないこともあった。

「一旦降りるか?」

「戻ってきて、こいつ、居るかよ」

「さあ」

 疲れ果て言葉がぶつ切りの二人は、そう会話しつつ蛇の赤い体液から逃げ惑っていた。ドーナツの輪を走る。右へ左へ、互い違いに位置を取り替えて避けた。

「だが、死んだらどこまで戻るか分からない」

 人魚島は戦闘の無い娯楽エリアだ。そもそもフロキリ時代、この島の中でリスポーンしたプレイヤーがいない。海を渡る前のディスティラリまで戻るかもしれない、とガルドはため息をついた。榎本も唸る。

「……命大事に、だな」

「ん」

「リスポーンは無しだ。戻って下で、アイテム売ってるグレイマン探して、だな」

「ああ」

 ガルドと榎本は撤退を決めた。残っている体力でやれるところまで戦い、死ぬ前に下がる。榎本はアゴで一匹蛇を決め、これを潰そうと目で合図した。ガルドも頷いて了解する。

「撤退戦なんて恥ずかしいったらねぇな」

「しょうがない」

 蛇へ向けて剣を構え、ある程度のダメージを覚悟でチャージに入る。そして小さな声で、認めたくない事実を述べた。

「まだまだ弱かっただけだ……」

「そんな弱音、イラナイっす!」

 ガルドは目を丸くして驚いた。

 突然響いた大声に、敵への集中を解いて主を探す。エレベーターホールのある向こう側から聞こえたが、にしては大声だった。

「僕の閣下は最強なんだぁっ!」

「……ウィグ?」

 燃える炎の轟音と、子どものような屈託無い叫び声。そしてピチャピチャと水辺を走る足音が近づいてきた。ガルドは呆気にとられる。何故来たのか、そして言葉の中身も理解できない。

 隣で榎本がハンマーを振り下ろしながら笑った。

「ははは! 来やがったな!」

「呼ばないって言った」

「呼ばないつもりだったさ。まぁでも、展望台でバトってるってくらいは、な」

 榎本としては(いき)な計らいのつもりらしい。格好をつけ、抑揚を乗せた言い方で援軍にウインクした。

「うおお! お待たせしやしたっす! うぎゃっ、気持ちわるっ!」

 騒がしく奥から現れたボートウィグは、杖から単発の火炎弾を発射した。蛇へ背後から連続して当たるが、全く新参プレイヤーへは振り向かず、榎本の方角を向いたまま口を閉じて震える。液体放射攻撃の予兆だ。

「回復もお任せください! やるっすよ、僕だってそれなりに、ベテラン!」

 チャージをショートにした魔法スキルをコンボにして、三回杖を振るう。火の玉がリズムに乗せて飛び、最後の一回に強い火炎弾を放った。

「よし、続くぞ!」

 榎本が飛んだ。

 飛びかかるような動作のハンマー用スキルで、数撃の強力な打撃の後に落下しての追撃をする。ハンマーヘッドに両足で乗り、柄を握ったまま真っ逆さまに蛇へと突っ込んだ。

 ガルドは合わせようとチャージをかけていたが、数秒足りない。コボルトの魔法使いにアイコンタクト。

「っす! 繋ぐっす!」

 回復魔法スキルを短く終わらせ、ボートウィグは長い杖を薙刀のように一度だけ凪いだ。コンボが生きる。

「ん」

 ガルドは満足のいく溜め具合のスキル・ワンエイティで下から打ち上げ回転斬りを仕掛けた。ツインではありえない程良質で長いコンボに、たまらず蛇が仰け反りひるんだ。

 先程までの状態ならば、ここで集中攻撃(ラッシュ)をかける場面だ。

「作戦変更だ、ガルド! 降りるのは止めだ!」

「均等でいく」

「おう!」

 榎本とガルドは自信に満ちた顔で頷きあう。人数がプラス一人増えただけだが、その効果は倍に近い程に大きかった。

 回復やコンボ繋ぎ、ヘイト外からの細やかなダメージ、そしてボートウィグが得意とする状態異常の付与。サポートのためだけに訓練を積んでいた犬頭の仲間に、ガルドたちは思っていたよりも感心していた。

「いける、いけるぞ!」

「ウィグ」

「ハイ閣下! よろこんでぇ~!」

 一気に状況は明るくなった。

 ガルドは榎本との繋ぎ時間を気にしなくてよくなり、重点的にパリィでかばうこともなくなった。思い切り剣を振るう。スキルを連発し、リキャストタイム(スキル再始動)になればボートウィグが始動加速を掛けた。

「っひゃー、やっぱり閣下たち凄いなー」

 呑気に後方からボートウィグが言うのを、ガルドは「ウィグのお陰だ」と否定した。サポートの気苦労はアタッカーと比較しても遜色無く、十二分に重要で難しいポジションだ。現に今、ボートウィグの参戦で流れがガラリと変わっている。

 あっという間に二匹撃破し、残りもぐったりと伏せた。ボートウィグが杖をバトンのようにくるくると回す。

「楽勝っすね!」

「そ、そうだな……」

「三人なら、まぁ」

 榎本とガルドは苦笑いしつつ、後片付けのために武器を振り上げた。


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[一言] エラーでも起こっているのでしょうか? 解読不能な文字列がちょくちょく最近見られます。
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