30 巻き込み事故
「そうだ。アレだ」
思いついたアイディアを、ろくに反芻することなく思いつくままガルドは語り出した。
「な、なんだよ突然」
「巻き込んでる」
「ん? なんかやらかしたのか。誰をだ?」
「榎本を」
「おい」
「そこは遠慮しなかった」
「う、まぁ俺もクエ巻き込んでるしな……って言っても内容によるだろ。それに話変わりすぎだぞ。遠征の件どうなった」
「つながる。あれと関連付けて、海外に行く口実にする」
「口実? ニセ書類作る他にか?」
「どうせ重要書類は学校からPDFで直接行く。バレる」
学校と親との直通連絡は榎本の世代でも既にあったシステムだが、特にガルドの世代ではペーパーレスが進んでいた。行事やプールの際に昔から続いてきた親の承諾印すら電子のケースが多い。榎本は「今ってそうなのか?」と呑気に首を傾げている。
ガルドは学校での設定をかいつまんで説明した。
「お前はこっちではアメリカに転勤になっている」
「こっち?」
「同級生だ、自分の」
「……お前、俺のことクラスメイトに話してるのか」
「ああ」
一瞬神妙な空気になる。
「……で?」
「メールを偽造し、それを同級生にうっかり見られ、海外に会いに行くのがバレる」
「うっかりな」
「親に言いにくいこともしゃべってしまう。自慢じゃないが、自分は弱音をあまり吐かないタイプだ」
「そうか。友達は助けてくれようとするだろうな。ガルドが困ってるなんて珍しい、って感じか」
「そうだ」
「なんとなくわかった。だが、友達の話だけで信用するか? お前の親」
「そこで出番だ、榎本」
「は?」
榎本は、ガルドの周囲に自分が「彼氏」だと思われていることをまだ知らない。
「ネット通話で親と話してほしい。口裏を合わせろ、お前は『二十六歳、アメリカに転勤になった、四年前から付き合っている彼氏』だ」
「……ちょっと待て」
「待たない。『ハワイ出張に合わせて一週間休みを取ったから、チケット代は出すから会いに来てくれ』と言え」
「アメリカよりは近いからな~、ってオイ! 設定が無茶だろ!」
榎本はたまにノリツッコミや親父ギャグを繰り出すことがある。
「出張と休暇は合わせられないか?」
「そこじゃない!」
顔を真っ赤にしながら、ガルドに詰め寄る。
「お前っ、おい、彼氏ってどういうことだ!」
「デコイ。もちろん嘘」
「何がどうなってそんな話が……クラスメイトに広まってるのか!?」
「広めたのはあっち」
「俺が、女子高生と付き合ってる、だ? このナリ見て同じこと言えるかよ!」
「見た目若いから問題ない。それに昨日初めて見た」
榎本は身も心も若い、という評価は前からギルドの仲間に聞いていた。確かに表情のシワを見ると三十代だと見間違える程だ。だが二十六歳にしては少々老け込んでいるように見えるだろう。
そこをカバーするのはファッションセンスだ。素直にガルドは格好を褒める。
普段から女性の目線を気にしているためだろうか、スポーティなアイテムを小綺麗にまとめている。良い意味で若々しい。だが若作りをしているわけではないのも伝わってくる。蛍光色を避けているのか、派手すぎない色合いが年代を問わない服装に仕上げていた。
だが二十六歳には見えない。よくて三十代前半だ。
「確かに見たのは昨日だけどよ、年は言ったことあっただろうが! アラフォーだの、四十肩だの、話題にもしただろ。第一な、俺がお前の……か、彼氏ってのがまずおかしいだろ!」
「日本人らしいネームにしているのが悪い」
「俺のせいかよ! しかもそこかよ! 名前で選ぶとかなんなんだ、お前の判断基準! 合理性か!」
「都合が良かった」
「……はぁ。ま、お前らしいけど。恋愛とか頓着してる様子、全然なかったしな。お前女子高生なんだろ? 少女漫画読んだり、恋愛ドラマ見たりして、そういうの話題に出したりする年代だろ?」
「そんな暇ない。時間は全部趣味に使う」
「お前のそういうところがナチュラルにガルドっぽいというか、四十代の男の集団に紛れ込めるっていうか……」
すっかり忘れてたな、と榎本が愚痴をこぼした。ガルドは実に四年もの間、男だと周囲に勘違いさせ続けてきたのだ。これほど近いはずの榎本にさえバレず、年齢も四十代だと思われていた。
「お前がロールプレイしてるとも思えねぇし。素だよな。で、俺をダシにして解決しようってのか? 調子いいなぁオイ」
「ダメか」
「しょげてんのか? ったく、ゴリラ顔ならまだしも……えぇい、乗ってやるよ! 貸しだからな!?」
「分かった。今度返す」
耳まで真っ赤になっている榎本に、ガルドは一つ「ありがとう」と礼を言った。




