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298 コンビネーション・バディ

 榎本は全く気付いていない。ガルドは咄嗟に、聞こえているロックオンのアラート対象を「避けずにパリィで防御」と判断した。努力で鍛えた判断力は鈍っていない。

「クッ」

 背中から大剣を抜く初動は、様々な武器種の中でダントツに鈍い。だが何が来るのか分からない中で風抜刀スキルは使えなかった。じれったい時間を待ち、構え、目を凝らして待つ。だが何も来ない。

「……ん?」

「とりあえずこれ見て感想くれ、こっちはもう少し島を……ガルド? 何してんだよ」

 榎本が武器を構えるガルドを見つけ、不思議そうに棒立ちのまま尋ねた。ロックオンされていないプレイヤーにアラートは聞こえない。つまり狙われているのはガルド一人で、ただ狙われているだけらしい。

「アラート鳴った。もう少し調べる」

「アラートって、あのアラートか!?」

 何も来ない。だが榎本はガルドを信じ、ハンマーを抜いて柄へ手甲装備を三回打ち付けた。武器ごとに割り当てられている挑発の動作だ。戦闘開始直後などはターゲットにされる動機にほとんど差は無く、挑発動作で敵モンスターの攻撃対象が変わることがある。

 音が鳴った直後に、ガルドの耳へ聞こえていたロックオンアラートは消えた。

「お、マジだ!」

 対象が移ったらしい。ガルドは相棒の顔も見ずに頷き、剣を握った右手の革製ガントレットへ左手のガントレットを打ち付ける。

「攻撃動作! 夜叉彦っ! 触手のコイツ、原作だとどう動く!」

 榎本が通信を飛ばした。ガルドはロックオンが自分に移ったのを音で確認すると、取り囲まれるような形を脱するためとにかく榎本から離れた。ドーナツ状に広がる触手相手にはどうしようもないが、せめて榎本と同時に攻撃をくらうような位置取りだけは避けたい。

<えっと、なんだったかな>

「適当でいいから!」

 榎本が叫ぶ。その声に紛れるようにゲーム的なエネルギー収束音が窓際から聞こえ、ガルドは走り出した。

<えーっとね、うーん、忘れた>

「夜叉彦頼む、思い出せ!」

 榎本から遠ざかるように、弧を描く展望フロアを走る。窓際から赤い水しぶきが上がり、ガルドは勢いよく水に足を滑らせスライディングした。

 つい先ほどまで人が入っていた時と同じ、低い唸り声が威嚇してくる。そして床へ触手の一本が突っ込み、バウンドして天井スレスレまで伸び上がり、首をもたげた。中で人間がコントロールしているようには思えない。AIだろう、とガルドは予想する。それほど自然に、ある生き物の動きをトレースしている。

「蛇か」

 機械仕掛けの蛇頭は、ガルドに向かって勢いよく赤い液体を吐き出した。


 初めて見る敵モンスターを撃破するためには、それなりに犠牲が必要だ。制作側が意図を持って「初見殺し」を繰り出してくることもあり、ガルドも大抵一度目は全滅覚悟で挑む。奇をてらった攻略方法は出オチと呼ばれる「タネさえ分かれば単純」なものだ。

 それをネット情報無しの初見で看破するとなると、どうしても観察力だけでは間に合わないのだ。

<酸を吐く>

「酸? 遠距離か」

<消防の放水みたいな感じ>

「なるほどな!」

 榎本がハンマーにチャージを掛けつつ、ガルドの背中を追いかける蛇の背後を追いかけ始めた。

<確か~、そうそう! ハイドビハインドは日本のメーカーが作った洋風のホラーなんだ! エッセンスとして日本神話が加わってて、その中ボス、確かヤマタノオロチだったはず>

「八本か」

 夜叉彦の助言を元に目を凝らすが、それらしい多頭の他部分は見当たらない。だが、頭が一箇所だけだと思っていたガルドにとって、夜叉彦の情報はかなり有益だった。こうして攻撃パターンを予想していく。

「弱点は」

<無いよ、探索系って言ったじゃん。攻撃ボタンしんみりポチるターン制!>

「属性とか!」

<無い無い>

「回避パターンとか」

<ターン制に回避も何も無いってば>

「うおお、どうすりゃいいんだよ! 頭八つ!? 俺ら二人でか!」

 榎本が弱音を吐きつつハンマーを肩に担いだ。走って追いついた蛇の頭目掛け、横回転でスイングしていくスキル・プルートウをスキルツリーから呼び出す。

<そんな強くなかったはずだから。あれー? 初見プレイが怖いんだ? ロンベルの双璧アタッカーともあろう男が>

「今忙しいんだ、煽るのは後にしやがれ」

<なんだよその言い方ー>

<夜叉彦、素直に「頑張れ」と言ってやればいいじゃないか。なぁ? おっと、羨ましいの間違いか? ガハハ!>

<そうだな。一ゲーマーとして、フロキリに新規で書き下ろされた敵が増えたのは喜ばしい。最初に撃破するのが同じギルドの仲間というのも誇らしい。だが……>

<ほら、ジャスもマグナも。ずるいー! ずるいずるい! ずーるーいー!>

「駄々こねんな、オッサンどもが!」

 和やかないつもの会話を聞きながら、ガルドは必死に走り続けた。参加している余裕は無い。榎本のハンマーが蛇の中程に当たるが、それでもスキル一回程度では撃破しきれず、蛇はガルドを追いかけ続けた。床の液体よりずっと赤黒い液体を口からビャッと吐き、ガルドがさっきまで走っていた床に飛び散る。

 そういえば夜叉彦が「酸を吐く」と言っていた。ガルドは背後の床をちらりと見、ギョッとした。

 煙を上げ、床が溶けていた。穴が開くほどでは無いが、真紅の水たまりが蒸発する程度には強いらしい。

 相棒に早急な助けを求めようとし、彼も彼でハンマーを振るい攻撃に専念しているのを見つけ、ガルドは掛ける声を変えた。

「……仕掛ける!」

 ガルドはそう宣言し、榎本の「おう」という返事と同時に体を一度ピタリと止めた。ゲームのシステム上、リアルのように向きを反転することができない。止まった体をその場で回す必要がある。

 そのタイムロスは、ガルドの嫌悪感を大いにくすぐった。匂いの設定が無いのは幸いで、凝ったゲームであればツンとした口臭が鼻に刺さっていたことだろう。それほど近い距離でパカリと空いた機械仕掛けの口に、ガルドは大剣を下から突き刺した。ダラリと赤黒い体液が漏れ、ガルドの腕へかかる。溶岩のような燃える音が聞こえ、ガルドは苦々しく歯をむき出しにした。

「チッ、地味に強い」

 体感でゲージがみるみる目減りしていくのを感じる。アゴへ刺さった状態から大剣を引き抜き、そのままコンボへと流した。そしてひとまとまり斬り繋ぎ、ガルドは反撃に備えて窓側へサイドステップ。蛇の胴体だったらしい触手の一本を踏んでしまいバランスを崩し、展望台の窓ガラスへ背中を預ける形で持ち直した。

 榎本はなにやら別の方角を向いている。そちらに別の頭がいるらしく、ガルドはコンビネーションを一旦諦めた。

 最初に見つけた蛇頭は、まだガルドを狙っている。数回頭突きを仕掛けてくるが、ゆったりとした分かりやすい攻撃だ。ミスせず全て剣防御(パリィ)反撃(カウンター)で切り抜けた。

 こちらを見据えたまま少し離れた蛇と睨み合う。機械らしい金属パーツの節々からゼリー状の体液が滲み出ているが、首に近い部分から噴水のように噴出した。ガルドは「酸攻撃がくる直前のモーション」と予測、避けやすいようにエレベーターホール側へ走り出した。

「どおわっ!」

 榎本も同じように走ってきた。赤黒く染まっている背中を見れば、蛇による攻撃を受けたのだと分かる。ガルドは榎本の奥を見た。

「げ」

 蛇が三匹、タイミングをズラしながら液を吐き出している。

「四、ってことはまだ倍残ってるじゃねえか!」

「保つか」

「保たねぇよ、もう三割切った!」

「分かった。引き付ける」

 榎本はガルドより消耗していた。まだゲージが九割残っているガルドは、榎本に回避と回復を促してスキルの準備に入る。背中に相棒を隠し、せめて二本程度は一気に仕留められるような広範囲の攻撃を選んだ。

 近付いてきた合計四匹の蛇は、順序良く時間をズラして溜めに入った。ガルドが相手をしていた最初の一本から液体が噴出し、消防の消化活動に近い勢いで赤い汁が向かってくる。

 続いてもう一本の蛇が吐き出そうとしたタイミングで、ガルドは溜めていた水鎌のスキルを起動させた。大剣を水の鎌が覆い、斬り攻撃が広く遠く届くようになるものだ。ポンプ役をしている蛇二匹を、その攻撃ごとまとめて横殴りに斬る。

「くっ、遅い」

 思ったよりも遅い蛇の移動速度に、ガルドはじれったくなった。もう少し前に出ていてくれれば深いヒットだったが、軽い攻撃音に苦々しく眉をしかめる。撃破までおそらくもう少しダメージが必要で、現状のペースでは相当厳しい戦いになりそうだった。

「初見はめんどい」

 もう二匹が来る。そして、先ほど斬ったばかりの二匹もすぐにこちらを向いて溜めに入っていた。背後の榎本が回復完了の合図を出したが、すぐにスキルで防御とはいかないだろう。

 スゥ、と息を吸う。胸筋が膨らみ背筋が伸びると自信が湧いた。ガルドは剣を両手で握り、端の一匹へ斬りかかった。


「首から水出た! ビーム来るぞ!」

 榎本が叫ぶ。転がるようにガルドたちは逃げ、放水攻撃を避ける。今まで何度か避けたが、今の避け方が一番スマートだった。榎本が「よし!」と楽しそうに笑う。

「地面揺れた、下段二回」

 ガルドも見極めた結果を答える。別の蛇軍団が三匹まとめて地面を揺らしている。そのまま地面すれすれを突撃してくるはずだ。ガルドは目を凝らす。一度目は予期せぬ攻撃に、二度目はタイミングがずれて避けきれずダメージを負った。三度目は無い。

「っと!」

「ん!」

 三匹同時の扇状下段攻撃が一回、これを見切りスキルで避ける。首を一度引っ込ませた蛇が、ガルドたちプレイヤーの動きを読んで狙いすました波状突撃を仕掛けてきた。これを、二人はそれぞれ一回分のみパリィで弾く。たった一秒だが、ガルドに向かってきた蛇が早い。

「カバー!」

 ガルドは叫んだ。

 最後の一匹による榎本への二度目の突撃攻撃に、蛇の一秒が効く。大剣を納刀し、狙われている榎本の前に急いだ。

「頼む!」

 間に合わない榎本が素直にそう言い、迫り来る蛇を無視してチャージに入る。地属性の色(アースカラー)に光り輝き、収束音と地鳴りが響いた。

 三匹目が口を開いて迫る。すかさずガルドは侍を模した風抜刀アクションでスキル・パリィし、強い風が一陣凪ぐ。蛇の鼻頭が見えない風の壁にぶつかり、小さく弾き飛ばされた。

「こいつで!」

 今度はパリィ直後で動けないガルドをかばうように、榎本が飛び出してハンマーを頭上へ振りかざした。

「まとめて!」

 両手で握ったハンマーを、そのまま薪割りのように勢いよく振り下ろす。

「ぶっ潰してやるぜ!」

 誰もいない展望台の床へ向けて、盛大に打ちつけた。

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