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297 悔しみ、続き

「GM……犯人、かもしれないのか。お前」

 榎本が飛び起きて触手から逃げる。ジワリと警戒するが、武器を構えるほどではなかった。驚愕で唖然とした榎本に、ガルドはフォローになるようにと質問を続ける。

「どっちにも答えなかった」

「どっちつかずだな。まさかどっちでもないとか?」

「グォオン!」

 触手の反応はまるで「待ってました」とでも言わんばかりの、ガルド達からすると全く予想外なものだった。

「む」

「どっちでも、ない……被害者でも加害者でもないってことか? おいおい、冗談だろ」

「オウン、グォウ」

「二回。否定だ。冗談じゃないらしい」

「こりゃあ進展しそうだな! 質問ぜめにしてもいいか? いいよな!」

「……ウグォ」

 榎本が嬉々として、機械触手をペタペタと叩いた。血のような赤い体液が飛び散り、ガルドはムッと眉間にシワを寄せる。大変不快だ。

「まずお前の正体。傍観者か?」

 否定の二回。

「じゃあ犯人の協力者か」

 否定の二回。

「え、じゃあなんなんだよ」

 好奇心に満ちた顔をした榎本が、ガルドを振り返って首をすくめた。ガルドも一緒にいくつか可能性を考えるが、他にログイン出来るような人間が思いつかなかった。

「AI、とか?」

「被害者の自覚がない、とかどうだよ。空港で拉致されなかったか? お前」

 二回唸って否定する触手に、榎本は後頭部を掻いた。田岡のように大昔記憶が途切れなかったか、という質問にも否定が返ってくる。二人はお手上げだった。

「ったく、俺たちだけじゃダメだな。他のメンバーに状況伝えて案もらおうぜ」

 虚空を見つめる榎本が、ギルドの前線六人が使っているチャット欄にメッセージを打ち込みはじめた。ガルドは相棒に雑務を任せ、醜悪な液体まみれの床をぴちゃりと歩く。

「なんでこんなアバターに……」

 疑問点は多いが、とにかく凝った割に機能が制限されすぎているアバターにガルドは不信感を持った。視界の情報が彼に伝わっていないのは、もしかしたら幸せな事なのかもしれない。

 自分がある日目覚めて触手になっていたら。悪夢だ。

 ガルドは口を手で覆った。

 犯人は悪趣味、という榎本の言葉を思い出す。全くその通りで、ガルドは間違いなく彼が犯人の手によってここに閉じ込められているのだと考えていた。

<なんだコレは!>

 ジャスティンのボイスが唐突に響く。榎本がアップした触手のスクショを見たらしい。

<見た目はともかく話が「はい」か「いいえ」でしか出来ないんだよ。んで被害者でもないし、加害者でもない、協力者でも傍観者でもないってよ>

<ッファ!? うっわ、どうなってんの!?>

「夜叉彦、こういうの好きそうだよな」

 楽しそうな声は山岳地帯の都市ル・ラルブに向かった夜叉彦のもので、榎本はウンウンと頷いた。ボイスチャットに切り替わった向こう側から、同じくメロやマグナたちの頷きも聞こえる。

<ちが、いやだって! それまんまハイドビハインドの!>

「え?」

 夜叉彦が挙げたのは、少々マイナーなレトロホラーゲームのタイトルだった。

<中ボスそのまんまだよ! え、うっわ再現率高!>

<いや、ハイテンションなとこ悪いけど、それって他社デザインをパクってるって事だよね?>

<メロ、違うんだよ! そんな簡単な話じゃないよ! ハイドビハインドってドットで描かれた探索ゲーなんだけど、だからつまり3Dじゃないんだよ!>

「え……」

「わざわざ……」

<そう! わざわざGMが作ったか、ハイドビハインドの制作側が密かに作ってたリメイクか何かを盗んだか! っはー! これは刺激的!>

 久しぶりに聞く夜叉彦の嬉しそうな笑い声に、ガルドと榎本はクスリと笑いあった。

 外部のデータをコピーして持ってくるのであれば、手間を考えるとグラフィックが立体であるべきだ。犯人の意図が読み取れず、ガルドたちは逆に感心した。

<口とかないのか? 目とか>

<ない。ただの触手っぽい中ボス>

<会話がままならんのはそのせいだな。犯人(GM)が今まで必死に被害者の生身をスキャントレースしてアバター化していたが、ドットからの立体起こしなどずっと手間だろうに。ただのイチ被害者にそこまでする理由が理解できん>

 マグナの言葉は的確だった。ジャスティンがクエスチョンマークの感情(エモーション)スタンプをチャット欄に流したのをきっかけに、全員が同じスタンプを送信する。

「とにかく正体が分からない。警戒か保護か、早く決めたい」

 ガルドの発案を受け、全員唸るような声で考える。だが答えは出ない。

<だって、他になくない? 犯人でもないし、ウチらみたいなタイプでもないって事でしょ?>

「ガァ、ウゥ、グェ」

「あ?」

「ギャ、ヅ、グェ」

「……なんか言ってるな。わかるか?」

「さっぱり」

「オォオン」

「な、泣くなって~。とりあえず敵じゃないんだよな?」

「ヴォン」

<どうした>

 触手の声が聞こえない仲間たちへ、ガルドは「何か言いたげだ」とだけ伝える。その間に榎本が録音も含めた動画撮影(ムービースクショ)の準備をしていた。ガルドには見えないポップアップを榎本が目線で操作している。

「ガァ、ウゥ、グェ。ガァ、ウゥ、グェ」

 こちらの意図を分かっているのだろう、聞き取りやすいように発音を固定した触手が二回、言いたい言葉を繰り返した。しかしガルドには全く意味が伝わらず、伝言ゲームのようで笑ってしまう。

「フッ」

「なに楽しんでんだよ。全くわかんねぇし、もうお手上げだ」

<ガウエ? ガゥ、エーかな?>

<蛾、上>

<やだムシ嫌い>

<道民のくせにナイーブすぎるぞ、メロ!>

<濁音しか発音できないのか?>

「ああ。基本標準的なエネミーボイスだ」

「か、う、え……」

 余計分からない、とガルドは首を横に振るモーションスタンプを流す。

<ううむ、さっぱりだ。ナゾナゾは得意なんだがな>

<ジャスの得意なクイズなんて、子ども向けの豆本に載ってるくだらないレベルのでしょ。こっちは人の精神(いのち)がかかってるんだよー? もー>

<って言いながらメロも真剣に考えてないじゃん。いい加減()()()()よ>

<こっちの方がいい閃き浮かびそうだし~>

 いつも通りの仲間たちに、ガルドは口元を緩めた。強行な進軍の疲れは無いらしい。むしろ想像していたよりずっと楽しそうで、真面目だからと心配していたマグナや夜叉彦も明るい声でテンポよく会話している。

「ア”ー! ズー! ゲー!」

「うおっ! なんだ、イラついてんのか?」

 突然大声になった触手に榎本が驚く。

「グァドゥ、ゲ、ブィイ! ギイダッ!」

「長くなった」

「ギター?」

「ドァボ」

「あ、なんかすごくバカにされた予感が」

 ハンマーに手をかけた榎本の肩へ、ガルドは無言のまま手を置いた。確かに今の言い方は、なんとなく関西系の「ど阿呆」に近い。

<え、なになに?>

「なんでもねぇよ。とりあえず敵でも味方でもない、でいいんじゃねぇの?」

「ああ」

<ならば限りなく味方に近いだろう。基本「この世界にいる敵以外の生命は味方」だ。田岡もそうだったように>

<わぁ、なんか一つ一つ解決に近づいてる気がしてきた!>

 メロの、心底嬉しそうな声にガルドも大きく頷いた。第三勢力だとしても、そういった存在がいること自体が発見だった。城に同行できないだろうか、と帰路を考える。まずは端を見つけ、道中のモンスターにキルされないようソリに収納する方法を編み出す必要があった。

 む、と考え始めたガルドの視界で水が揺れる。

「え?」

 榎本でもガルドでもない、第三者による動きだ。残る一人は動けなかったはずだ、とガルドは一歩下がる。

 赤い水に波紋が生まれていた。

 一つでは無い。まるで机の上に置いたコップの水が、机や地面ごと揺らされているような波だ。バイブレーションに近い。震源は、部屋全体を埋め尽くす程の容積を持つ機械触手の彼だった。

「ギ、ギ、ギ」

「な、おい、どうした」

 声も変わってきている。先ほどの唸り声をさらに機械的にしたような、外見に相応しいサイバーな音だ。

 続いて、まるでマイクを床に落としたような音。

「様子がおかしい」

「最初からおかしな奴だったけどな。ロクに会話出来てねぇし……」

「ザ/ザ/ザ」

「しっ」

「お、おう」

 音声入力の機材にモノが当たる時特有の、打撲音と擦れ、強いノイズが入り混じる。唸り声はとうとう聞こえなくなった。警戒を強め、二人は武器に手を掛ける。

「ザ/ザザ……やめぃ!」

 突然明瞭になった声に、ガルドは肩をびくりと震わせた。榎本もギョッとした顔で触手の一箇所を見つめている。

「やめろて!」

 それは完全に、日本人による鋭い非難の叫びだった。

「お、おい!」

 触手から聞こえる声は、正確には音声だった。人の声の奥で、けたたましい騒音とノイズが聞こえる。さらに小さく、数人の男の声が聞こえた。聞き取りにくいが、どうやら日本語と英語が混ざっているらしい。全員男だ。

 重い金属の金具が外れるような音の後に、最初の鋭い声が遠くなっていく。

「なんや、アンタら! 離さんかワレェ! オドレ、覚えとけよ!?」

 一番大きな声は、遠ざかりながら暴言を吐き続けていた。時折リアリティのある暴行の音が混ざるが、殴る蹴るといったものではなく、暴れる単体を複数が押さえつけるようなニュアンスだった。

 見えない向こう側で何が起きているのか全く分からなかったが、関西風の男が何者かに拘束され、マイクから剥がされたのだとガルドは予想した。

「おい、待て! あんたら何者だ! 犯人でも被害者でもなくて、リアルにいて、何してたんだよ!」

 榎本が大声で叫ぶ。

「聞こえてんだろ、日本人! さっきまで話せないフリして、急になんだってんだよ!」

「フリなのか、それとも捕まってたのか」

「そうだっ! テメェ、本当に被害者じゃないって言い切れんのかよ!」

 叫ぶが、向こうにはもう聞こえていないだろう。リアルからの音声入力はともかく、こちら側で会話する音声は、脳波感受の機器を使わなければ向こうでは聞くことができない。機材を外して連れて行かれた関西人は、もう榎本が叫んだ言葉など一文字も聞こえていないのだろう。ガルドはため息と共に首を横へ振り、諦めるよう示唆した。

「……くそっ!」

「男の後ろの、英語交じりの声」

「ああ。フロキリは洋ゲー(海外製品)だ。昨日吟醸が言ってた宗教の話もそうだけどな」

 唸り声も震えもなくなった触手の一部を強く蹴り、榎本はイラつきながら続ける。

「ここに閉じ込めて、俺らが来たから連れてかれたのか? なんにしろ犯人は英語圏の人間か。っだぁ! クッソ、助けられなかった!」

「あれは……」

 ガルドは言葉を続けなかった。

 しょうがない。それは呪いだ、とガルドは口を噤む。また次に同じような被害者が現れた時にも、自分だけは許されようと同じ言葉を使ってしまうかもしれない。

「ん、二度目はない」

「おう。助けるぞ、言葉が通じなくたって」

「ああ」

 榎本がエレベーターへ向かいながら、すれ違いざまにガルドへ決意のセリフを呟いた。ガルドも宿に戻るべく振り返り、ガラス張りの箱へ進む。

<……聞きにくいんだが、いいか?>

 マグナが珍しく気を遣いながら発言した。音声のチャットであっても、環境音までは向こうへ飛ばせられない。状況を説明しなければ、榎本が悔しがる理由すら伝わらない。

「おっと、忘れてた。録画してあるからそれ見てくれ」

 榎本がチャット欄へムービースクショを流すため、一旦エレベーターホールで止まった。ガルドは先に乗り込もうと進み続け、榎本を追い越した瞬間、耳にした違和感へ勢いよく振り返る。

 ロックオンアラートが密やかに鳴った。

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