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294 孤独なショッピングモール

 フロキリにおいて、人形島は他サーバーとの交流ポイントになっていた。地球のグリニッジミーンタイムに合わせているため、日本サーバーの他エリアとは本来昼夜が異なる。

「そういえば、ディスティラリと同じ空だ」

<そういやそうっすね。いやー、ふかふかでサイコーっすよ閣下!>

<注文もレトロな受話器からで、バカンスって感じ~>

「届けに来るのはグレイマンだ」

<うっ>

 面と向かって灰色のNPCに注文しなくて済むことを喜ぶ吟醸に、ガルドは補足で過酷な運命を突きつけた。過保護にボートウィグがグレイマンから受け取るかもしれないが、気を緩ませすぎるのも今後反動が大きいだろう。ガルドは教師の立場を想像しながら歩く。

 強くなって欲しいからこそ、時に厳しいことを体験させなければならない。

 甘やかすだけではいつか吟醸本人が困るだろう。ガルドがそう思う対象にはボートウィグも含み、榎本ら初期五人は含まない。同じギルドの吟醸とは対等な関係をキープしたかったが、状況がそれを許さなかった。

<ねぇねぇ、ずーっとここでよくなぁい? どこにいたってどうせ出られないんだし>

<おー、俺もそれ賛成だわ>

 榎本がチャット欄に加わり、二人で人魚島が「まさに楽園じゃないか」と盛り上がる。確かに居心地はいい、とガルドも頷いた。電子的だとはいえ、視界が雪まみれより南国の方がポジティブでいられる。それにミニゲームも豊富で、娯楽が多い。

 昔は混み合っていたから来なかったのだ、という吟醸たちの言い分もわかる。ガルド自身、時差の少ないアジア圏プレイヤーで芋の子洗い状態の島にはほとんど寄り付かなくなっていた。これほど歩きやすく、混み合っていない観光地ならばずっと居てもいいだろう。

 だが首を横に振った。

「長居はしない」

<え~!?>

<閣下がそういうなら僕は帰城に一票っす>

「金井の料理が待ってる」

<あ! あのおにぎりのことでしょ!? そっか、氷結晶城まで戻らないと食べられないんだっけ>

<そりゃ帰るけどよ、ちょっとぐらい長居したっていいだろ。島を満喫してからで>

「少しなら」

<じゃあ、クラムベリの人たちの準備出来たら戻ろうよ。美味しいご飯と()友達が居ないとね>

 そう提案した吟醸は、どことなくクラムベリで数日共同生活をおくったロンベルレイド班を避けているようだった。ガルドは「ふむ」とアゴを撫でつつ、腰に手を当てて考える。

 女性は思ったより強かだ。

 横浜の友人たちを思い出しつつ、砂浜からショッピングモールへと入る間に続くストリートへ差し掛かる。こうして今時な店が並ぶ道を、彼女たちと「どう上手く立ち回れば男から利益を享受できるのか」話しつつ歩いた頃を思い出す。ガルド自身は——みずきという名前の仮面で持って「基本喋らなければ傷つかない」というコミュ障のような——盛り上がりにかける発言ばかりしてしまった。

 周囲の面々があれこれとテクニックを共有し合う中、「圧倒的男社会に放り込まれたらどうする」かという話題が脳裏をよぎる。

<おう、むしろ被らなくてもいいぜ。城までだったら俺らだけでも戻れるからな>

<そうっすね! 実は僕も何人かニガテな人いるんで、丁度いいっす>

<えへへ、みんな優しい~>

 ガルドは吟醸を「弱っているが(したた)かだ」と思った。

 ディスティラリにいたロンベルレイド班は、正直に言えば子どものような性格のプレイヤーばかりだ。頼りになるのは剣士けんうっどぐらいだろうか。リアルで紳士のジンネマンもゲーム中は自己中になるため、吟醸が頼るほどの人材にはなり得ない。

 現状今いる三人の男が、吟醸にとって「使える奴ら」なのだろう。そしてその中に自分も含まれていることに、ガルドは薄々気付いていた。事実、島の探索を買って出ている時点で体の良い使いっ走りである。

<少し落ち着いたらヨガ行きたいなぁ~>

「……下見してくる」

<ありがとーガルドちん! やっさし~い!>

 高いトーンの声でそう言われ、満更でもないガルドは照れつつ足早に繁華街を抜けていった。


 どの店もどの屋台も、どうやら全て例外なくグレイマンになっているらしい。

 フロキリに似たワールドだが、予想通り「犯人(GM)によるコピーアンドミックスのフィールド」で、AIは劣化した代理品で補われている。通信で聞いたメロ達ル・ラルブ側も同じ様相で、ガルドは思わずため息をついた。華やかな街並みにアップテンポな洋楽BGMが響く中、足早に業務的なガルドは似合っていないだろう。

「……店員」

「はい」

 路肩に止まったワゴンに飾られた看板の、カラフルなパラソルとソフトクリームの看板が目に留まる。

 真っ赤、真っ青、オレンジ色が順に並んでチカチカと光っていた。甘いものは得意ではないが、気温の体感再現が熱めに設定されている人魚島では美味しく感じるだろう。

「マンゴー」

「はい」

 店員にそう単語を投げれば、ガルドの眼前にポップアップで金額が表示される。腕を突っ込めば向こう側の手の中にコインの感触が現れ、引き抜くと通貨のディティールが現れた。それをワゴンに向かって投げる。

「どうぞ」

 店として存在するオブジェクト(ワゴン)内に通貨が入りさえすれば良い。ガルドの所持通貨がドラムロールで目減りし、その代わりグレイマンがアイテムを差し出してきた。デフォルト通りシルバーの球体で、受け取って起動する事でやっと食べ歩きが出来るようになる。アイテム欄から開くと、シルバーがぐにゃりと歪みカップとソフトクリームに変貌した。

 巨大なカップだが、大男であるガルドのアバターは手のひらも大きくすっぽりおさまった。小さなスプーンでちまちますくって食べていく。ミルクソフトにこれでもかとフローズンダイスマンゴーが覆われ、さらにオレンジ色のソースとベリーバイオレットのソースがかかっていた。

「はむ」

 冷たいマンゴーは口の中で弾力とともに再現され、鼻を南国の香りが駆け抜けていく。

「……ん、変わってない」

<お、何食ってんだよ>

「ソフト」

 吟醸たちとは別の個人回線で榎本が話しかけてくる。邪険にせず繋いだまま、ガルドは人のいないショッピング街の中心を大股で闊歩した。

<いいねぇ、そっち行ったらなんか食うかな>

「クラムベリに無いものがいい」

<そりゃBBQだろ>

「ああ」

 人魚島はエリアごとに食べられるものが変化するが、海岸沿いは主にフィリピン料理の再現が高クオリティだった。経済発展でプレイヤー人口が鰻登りのアジア圏をターゲットにしているらしく、味付けの濃い甘辛串料理・BBQは日本人でも食べやすく人気だ。

「……で?」

 通信の入った本意を促すと、榎本は口ごもりながら正直に話し始めた。

<あー、その、ホラあれだよ……お前の言う通り、だった>

 情けなく悲しげに響く榎本の声に、思わずガルドは堪えきれなくなって笑いを吹き出す。

「ふはっ」

<くそ、笑うなよ>

「どうだった」

<どいつもこいつも、頭の先から爪まで全部だよ! 全部灰色っ! 最高に気色(わり)ぃっつーか、ほんとマジありえねぇわ>

 促すと榎本は、まくし立てるように勢いよく文句を言い出した。それをBGMとして聴きつつ、マンゴーソフトを頬張りながら道の角を曲がる。長屋のような建物が続いていた道から一本奥に入ると、巨大なショッピングモールの階段が現れた。生垣や噴水も遠くに見え、現代のエスカレーターに近いデザインの昇降機が無人の空間で寂しく動いている。

 入っている店は、近年のフルダイブゲームによくある「バーチャルオンラインショップ」だ。見えている店構えだけこちら側にあるが、一歩中に入れば店側が作ったショップサイトになっている。大きさや質感など全て写真や動画、再現CGなどで作られ、購入方法は馴染みのワンクリックからカートへ飛んで決済、という流れだ。

「で、逃げ帰ったと」

<ばっ、逃げてねぇよ! 不気味なのを我慢して調査中。AIのレベルは店員以上だぞ?>

「会話が広がるのか」

<ああ。意外だよな、中身に手ぇかけるより先に外見なんとかして欲しかった……>

 心底残念そうな榎本の声につくづく「モノ好き」とガルドは呆れた。

 ショッピングモールの二階へ昇降機で上がり、道がすら目に留まった時計屋のドアの前に立つ。自動ドアが開くエフェクトなど起きる気配は無い。

 リアルと同じような店内BGMが響く中、たった一人で店前に立ち尽くし、その上、普段は開くはずの扉が開かない。ガルドは虚しかった。

「性格より顔、か」

<インタビューより写真集の方が好きとか、そんな程度のことだぞ?>

「言いたいことはなんとなく分かる」

 それは男のサガなのだろう。ガルドは一定の理解を示しながら適当に話を合わせつつ、店を覗き込んで店員を探した。

 リンクを繋いだだけのオンラインショップ街は、看板をそのままに窓ガラスの向こうは()となっている。真っ黒の穴のようなそれを見ていると、ガルドは拉致直後の「黒い部屋」を思い出して身震いした。

 ここがただのネットワーク、一般的なウェブ上ならばリンク切れなどよくある話だ。ただ次のページが現れない、それだけで済む。だがこの世界のリンク切れは意味が全く違った。足早に次の店を流し見ながら、ガルドは真剣に技術的な部分を観察した。

 最初に見た時計店から始まり、衣類やカバン、ジュエリー、ミリタリーグッズ、音楽や映画、電子書籍や雑誌など様々な店がショッピングモールのフロアを埋め尽くしている。だがその一つも中が見えない。例外はなさそうだった。

<人魚のクビレもなけりゃ尾も無いし、頭皮はツルツルでグレイ、顔ものっぺらで胸は真っ平ら。会話が出来るとしても、不気味で娯楽になんかなる訳無いだろ。頭悪いよな、GM共は>

「デザイナーがいない、とか」

<城にいたサルガスが高クオリティだっただろ? つまりある程度どっからかパクって持ってくる技術はあると思うんだが>

「……確かに」

 技術者さえ居れば、グラフィックが出来なくともなんとかなるのだろう。ガルドは頷く。サルガスがフロキリのキャラクターらしからぬデザインだったのは、容易に盗めるタイトルから引っ張ってきたからだろう。同じように人魚型のボディを盗んでくれば、会話が上手く顔の良い人魚が島に溢れていたかもしれない。

<なんでだ? まさか()()()()()か?>

 榎本の発言にガルドは足を止めた。

「……サルガス級が来る、なら分かる」

<おう。ほら、街ごとにとか>

 二階のモール通路から、中庭のようにぽっかりと開いた屋外の中央にある噴水を眺めた。普段なら噴水近くはアバター同士のカップルで溢れ、水音など聞いたことが無いほどうるさかった。今やガルド以外に利用客などいない。洋楽で薄まっているが、一階の噴水が立てる水音が二階まで聞こえる程度には、街全体が静かだった。

 この街にもいるかもしれない。榎本の話を聞き、ガルドはなおさら目を皿のようにして見回り始めた。



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