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289 人の少ない攻城戦

 攻城戦は、始まった時点で専用エリアにいたプレイヤー全員が参戦者として扱われる。

「いっそさっさとフラッグ取って、終わらせちゃいましょうよぉー」

 ボートウィグが愚痴った。走る彼は、モフモフの手で身の丈を超える長い杖を握っていた。単詠唱(短チャージ)魔法スキルを得意とするハイクラスな杖だ。深い赤を基調にシルバーの装飾が施された、火属性の単詠唱をブーストする効果がある単純だが強力な杖。

 ボートウィグの愛用品で、セットしてきたスキルにもおおよそ予想がついた。ガルドは走りながら予測を言葉にする。

「向こうは勝ちに来る。来ないわけがない。まず、付き添いは全員拉致されてるとして、アイツらが居なかったのが気になる」

「う、確かに鈴音のオトモばっかりこっちでしたね。ヴァーツ(ロンベルレイド班)のオトモが居ないのは……」

「GMが意図的に鈴音をクラムベリ、レイド班をディスティラリに置いた。多分」

「当たってると思うっす。全員鈴音なんて変だと思ったんすよー。ってことはディスティラリ側、確実に攻めに来るじゃないっすか~やだ~」

「だから勝者なしに持ち込むのがベスト」

「報酬なくてもいいからせめてペナルティは勘弁してほしいっす!」

「なら抑えるしかない」

「っしゃー! 支援はお任せください閣下!」

「ああ」

 ボートウィグが意欲を見せ始めた。砂混じりの雪原を走り、向こう側から来るはずのプレイヤーが見えるよう、なるべく小高いポイントを目指す。ガルドは自分のアバターが発する威圧と存在感を発揮するため、なるべく目立つ場所に陣取るよう心がけていた。

「マップ、相変わらず黒!」

「予測」

「いつもならあと三分くらいっす」

 いつも通りボートウィグがマネジメントを述べた。攻城戦そのものは、ガルドとボートウィグのコンビでいつもやってきたものと変わらない。

「ならそろそろ」

「あ、罠どうするんすか?」

「持ってない……そっちは」

「無いっす。まさかの攻城戦に、装備も全く合ってないっす」

 二人で一緒にため息をつき、とりあえず武器を抜いて足を止めた。

 リスポーン回数に制限のない攻城戦は、基本的にゾンビアタック——復活と侵攻の繰り返しで勝負する陣取り合戦だ。早い段階で前に出すぎると、やられて復帰する間に陣地を多く奪われてしまう。セオリーでは「最初のエンゲージはおおよそ真ん中でぶつかるくらいがちょうどいい」とされていた。

 ましてや人数的には圧倒的不利だ。ガルドは眉間にシワを寄せる。

「なんとか踏ん張るしかない」

「あ、向こう! 見えた!」

「案の定」

「あはは、っすねぇ……相変わらずっす」

 感動の再会にしては、全員が嬉々として笑みを浮かべ過ぎていた。

 様々な種族のプレイヤーたちが勢いよく走ってきている。全員男のアバターだ。こちらを確認すると、一斉に武器を抜いた。最後方にいる複合詠唱(中チャージ)魔法職が走りながら青に光るのを見つけ、ガルドは助手に声をかけた。

「ウィグ、氷来る。火、チャージ増しで(一発)、ブロック」

「っす!」

「あと榎本に人数報告」

 そう言い残し、ガルドは走り出した。


「キタキタキタ! ガルドだ!」

「やっべ、興奮してきた」

「一人? 一人なの?」

 騒がしく喋りつつ走ってきた顔ぶれに、ガルドは嬉しくなりつつも呆れた。

「少し落ち着け……」

「いや~無理無理~」

 あっさり拒否された戦闘放棄の申し出も予想済みで、さらに飛んできた手榴弾もガルドは見切って避けた。背後から避けた手榴弾の爆発音。

 飛んだ先に来る銃弾スキルのロックオンアラートに、相手の武器種で着弾時間を予測する。数字にできない感覚の間を置き、ガルドは侍抜刀スキルでのパリィをかけた。

 刀を抜く時代劇のようなサウンドエフェクト、そして風が吹く。

「うっわ、ほんまかいや。イケるて思とったのに」

 銃のスキルは早すぎて確かにパリィしにくいだろう、とガルドは頷いた。ただの銃撃なら通常攻撃で弾くだけだが、スキルとなると甘んじて受けるか避けるか、というのが一般的だ。

「奥にいるのボートウィグ? なーんだ、クラムベリにいるのって鈴音だったのかよ」

「行けばよかったな。引きこもってる場合じゃなかったわ。ははは」

 敵陣営だが、同じギルドの仲間の彼らとはこうして戦闘中もラフに会話できる。

「ガルドと訓練以外で当たるなんて、随分久しぶりじゃないですか?」

「ああ」

 そう言いながら斬りかかってきたのは、ロンベルレイド班でも一番腕のたつ片手剣ヒューマン種の男だった。システムで補助される前転ローリング回避を脳波入力して避ける。起き上がる瞬間を狙う氷属性の複合詠唱魔法スキルは()()した。

「止めないのか、けんうっど」

「止めませんよ。私もなんだかんだ暴れたいので」

「状況わかってても、か」

「わかってても、です。というよりこの人たち止まりっこないですって」

 片手剣のプレイヤーは「けんうっど!」というネームで、性格は至って常識人だとガルドは思っていた。諦めの早さも知ってはいたが、嬉々として斬りかかってきている点を見るに、常識より快楽に惹かれる馬鹿達の同類らしい。

 氷の塊が三つ、ガルドに辿り着くより先に炎の塊一つとぶつかって弾けた。ボートウィグの魔法スキルによるブロックで、続けて遠い背後から「そんなに~!?」という悲鳴も聞こえる。

「お留守やな! そら、ここやァ!」

 叫びながら元気に銃の通常攻撃を撃ってくる男へ、ガルドは「はぁ」と聞こえるようにため息をついた。

「なんや、辛気臭い。ちったぁ気張れ! 張り合い無いとつまらんわァ!」

 煽られている。ガルドは関西弁をそう受け取り、真摯に対抗することにした。拳銃の細かい数発を大剣一振りでまとめて斬り払い、振り抜いたまま反動で動かない大剣を軸に無理やりジャンプする。

「ンフォ!? ほんまとんでもないな!」

「キタキタ! ヤベー!」

 関西ガンナーと声の高いボマーが楽しそうに叫びつつ、動きだけは真剣に迫ってきた。剣から手を離さず飛んだガルドは、棒高跳びの要領で巨体を逆さまにさせたまま滞空する。その浮いたガルドを銃口が狙い、着地地点へ手榴弾が投げ込まれた。

「っと」

 普段はここから兜割りかワンエイティのような簡単なスキルを使って、先にガンナーを潰すところだった。が、奇をてらってガルドは腕力を解く。

 補助された武器の握りをパッと離し、剣の鍔を手すりのように掴んで体をグラインドさせた。弾丸は難なく避けられ、ガルドはそのまま接近しようと剣を引き寄せる。

 ちょうどその時、手榴弾の小規模な爆発が起こった。

「む」

 そこから巻き起こった爆風を受け背中に少々ダメージを負うが、ゲームシステムが起こす「爆破エフェクト・吹っ飛び」を受けて加速する。

 ガルド自身も驚いたが、近接していたレイド班二人は悲鳴をあげた。

「ギャァッ!?」

「うわぁこっちくんなー!」

 剣はまだきちんと握れていない。だが片方の肩はすぐにでも突き出せた。

「また来い、相手になる」

 近場のボマーをタックルで吹き飛ばし、そのまま駆け抜けガンナーをも吹き飛ばし、手元に握り直した大剣を豪快に叩きつけた。被ダメージアクションで身動きが取れない二人をそのままコンボで嵌める。

 声もなく氷の結晶が男二人を包みこみ、少々の間を置いて気持ちよく砕け散った。

「閣下カッコいーい! ヒュー!」

 ボートウィグが喜んでいるが、逆にその声で他のプレイヤーを引き寄せていく。気付いているのか、敵を引き連れたままガルドの元へ走ってきた。

「やばいっすよ、予想より多いっす! こっちが四人ってことはぁ、さっきの二人と合わせて全部で六人!」

「不正解ですね」

 静かな否定の言葉。片手剣士のけんうっどが迫ってくるのを、ガルドは危なげなくパリィで受け止めた。反撃に高速のカウンターを仕掛けてくるが、反動の重いガルドの大剣は間に合わない。

「六人以上か」

「はい。全部で十一人」

 ガルドは見切りでカウンターを避け、そのまま前進し剣士けんうっどの目の前へ再出現した。青白く光りながら眼前で止まり、右肩を少々突き出してタックルの初動を起こす。

 そのままラグビー選手のように突っ込んだ。

「ちょ、ちょっ、待って! うぎゃ!」

「クラムベリよりずっと多いっすね」

 悲鳴を無視したボートウィグが話を続けながら、火の玉で追い打ちをかけた。

「こっちが話してるのになんなんですかもう! そちらは? 少ないんですか?」

 氷漬けになりながらけんうっどが聞いてきた。

「六人っす!」

「十人だ」

「あべこべじゃないですか! どっちが本当!?」

「あーっと、閣下はクラムベリじゃなくて城下町から~……」

 ボートウィグは説明を切り上げた。氷ごと砕け散りながらツッコみを入れた常識人に、今後気苦労が増えないかとガルドは心配になる。

「会話したからオンライングリーン点いてますね」

「さっきの続き、連絡頼む。こっちは潰す」

「へへへ、りょーかいっ!」

 雑務を頼むたびに満面の笑みで喜ぶボートウィグを置いて、ガルドは追いかけてきた他のプレイヤーたちと対峙した。


 榎本の方へ五人行っているらしい。個人チャットから聞こえてきた榎本の<おちたーっ! 道ずれ三人!>という声に<上々だな>と返した。

 走る。

 生き返り戻ってきたプレイヤーと少々話し、(キル)し、(キル)されリスポーン(再出現)地点へ戻る。

 走る。

 前線を押し進めてきたプレイヤーと会話し、殺し、前線を進める。殺される。リスポーン。走る。戦う。戻る。走る。

 ガルドはひたすら、引き分けを狙うべく戦い続けた。

「戻りました閣下!」

「二分ここ頼む」

「あ~閣下~待って死なないで~!」

 氷になり砕け散りながら、背後から走ってきたボートウィグにそう言い残して消える。悲鳴がぼんやり聞こえるが、このペースならばフラッグの全てを取られるほどには攻め込まれないだろう。ガルドはフフンと笑みを浮かべた。人数の圧倒的不利を技量でカバーするのは心地よい。

 復活まで数秒かかる。ガルドの暗転した視界の中央には、リスポーンまでの時間と攻城戦終了までの残り時間、そして陣地フラッグの制覇率が現れていた。白い文字はフロキリの数字フォントでカウントダウンされ、制覇率はどちらの陣営も「フラッグ取得ゼロ」と書かれていた。

 ガルドは復帰までに仲間二人へ情勢を伝え、ついでに放置していた文字チャット・メッセージを指でスクロールしていく。クラムベリにいる鈴音とマグナから来ていた長文メッセージ、そしてル・ラルブ方面へ行っている仲間たちへ送っていた報告メッセージの返事を感知で読んだ。

「ふむ……」

 数秒の合間に素早く返事を打ち込み、視界が明るくなる感覚に意識を切り替える。浮遊感が収まった瞬間、リスポーンポイントである古木の麓にガルドは片膝をついて座り込んでいた。

「っし!」

 跳ね起き、ボートウィグが抑えているはずの前線ポイントまで走り出す。ガルドは先ほどまでレイド班に心底呆れていたが、これほど少人数の攻城戦に、今はもう彼ら同様震えるほどの喜びを覚えていた。

 多い時では、この雪原には二百人もの日本人プレイヤーがつめかける。

 これほど閑散とした攻城戦エリアを走ったことがあるのは、おそらくスタート当初に始めたメンバーくらいだろう。オンラインゲームはプレイ時間が上手さに繋がるが、彼らはフロキリから後に発売されたタイトルへほとんど流れてしまっていた。古参で残っているのは酔狂で希少ななプレイヤー達ばかりで、その中にはジャスティンが含まれる。

 ガルドが始めた三年前が、プレイ人数のピークだった。

<閣下すんません>

<何人抜かれた>

<六人っす!>

 無理もない、とガルドは頷いた。ボートウィグの装備と違い、ディスティラリ側のロンベル・レイド班はレイド向きの装備で来ている。モンスターに比べれば遥かにHPの低いプレイヤーを一瞬で潰す、瞬間火力の高さを最優先にして選ばれた装備だ。

<やばくないっすか? このままじゃフラッグ一個取られちゃうんじゃ……>

<大丈夫だ>

 ガルドはそう返事をし、追いついたメンバーを見据えて一つ笑う。

「楽しい」

「だろぉ!? シルバーゴリ……ガルドさんよぉ! ヒャヒャヒャ!」

「余裕ですね。いいんですか? このままじゃペナルティかぶりますよ?」

「後ろから来る。こちらはもう勝てない。それでも負けない」

「ぇ……ぅ、後ろ?」

 ちらりと背後を見ながらガルドが言うと、いざ武器を振るう段階になってレイド班達が視線を伸ばした。

 地響きが聞こえる。

「うわ、誰か来るっぽいじゃん」

「鈴音だろ? はっは! 攻城戦ばっかしてた俺らに、物好きミーハーな鈴音ちゃんが勝てるわけないジャーン」

「ああ、そういえば共有してませんでしたが」

 片手剣をパリィ用に刺突で構えた常識人・けんうっどが、一人だけ走るスピードを速めながら言う。

「クラムベリには鈴音の他に『来てる』らしいですよ」

「え、だれが」

「参謀です」

 ガルドの頭上を飛び越え、弓矢の雨がレイド班に降り注いだ。

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