29 相棒と東京駅
「じゃ、また夜にな」
「ああ」
「かいさーん、おつかれさま~!」
「おう、お疲れ!」
新幹線のもの、飛行機のもの、電車のもの。様々入り交じったメンバーが解散したのは東京の中心地、レトロな駅舎のなかだった。ステンドグラスが美しい東京駅の吹き抜けで、それぞれが家路についてゆく。遠方組は手に山ほどの土産袋を下げており、人混みに紛れ込むと一瞬で観光客に早変わりした。
ガルドは去っていった仲間の背中を見ながら、オフ会のあった時間を名残惜しむ。
あれだけ騒いだメンバーだったが、最後まで気力に溢れていた。それがテンションによる脳内麻薬物質的なものなのか、年齢の割りに体力があるからなのかは、若いガルドには判断つかなかった。
築地の定食屋でのモーニングで魚を満喫したと思いきや、直後に裏手の老舗玉子焼き店へとはしごした。その後スカイツリーを楽しんだと思いきや、突然浅草寺に行きたいとメロがワガママを言い出す始末だった。それを笑って「行こう」と切り替える仲間たちもマイペースだが、それ自体は普段通りだった。
寂しくないといえば嘘になる。だが、この日の深夜にログイン出来るメンバーは集まるつもりで話を進めていた。離れていても仲間に変わりはない。
今までリアルで会ったことがなかったのだから、いつものかたちに戻るだけだ。寂しくない、とガルドは気持ちを切り替える。
「ガルド」
「……ん?」
一人JR方面に向かおうとしたガルドを、榎本が小さく呼び止めた。振り返り見ると神妙な顔つきだったため、野暮用でないことだけは分かった。
「親御さんに、言いにくいんじゃないか?」
話に上がったのは、先日の話で榎本がひっかかっていたガルドの個人的事情だった。
「遠征のことは言わない」
「はぁ!?」
「内緒で行く」
それが不可能に近いことぐらいガルドにも分かっている。未成年が親にバレずに国境を跨ぐなど、どう考えても厳しい。同行者であるメンバーにも迷惑を掛けてしまうだろう。一歩間違えれば、行動を共にしている榎本らが誘拐犯だと思われる。
そう不満げにしていたガルドを、驚愕で口の止まった榎本がまじまじと見つめてきた。途端に恥ずかしくなり、顔を背けて視線から逃れる。
榎本にも感情が感染したようで、普段より小声でボソボソと話し始めた。
「その、なんだ。黙ってるだけじゃ失敗するぞ」
分かっている、と小さく頷き返す。
「なんかしら対策とらないとな。例えば……学校行事とかどうだ」
「行事」
なるほど、と顔を榎本に向けておうむ返しした。今まで嘘をつかないようにしてきたガルドも、このアイディアに「嘘も方便か」と前向きになった。
「短期の語学留学みたいな、ホームステイとかだよ。よくあるだろ? あれに無料で行ける選抜メンバーに選ばれた、とかな。たった一週間だ。バレないんじゃないか?」
「……学校からの案内は今まで見せてきた」
「ん?」
「口頭だけじゃバレる。物的証拠があると硬い」
以前中学の修学旅行で京都に宿泊したことを思い出す。校外学習をするのに必要な様々なアイテム、たとえば旅のしおりや新幹線の座席表など、形になるものはすべて一度目を通すのが佐野家のローカルルールだった。主に父親にであり、母の方に話は回していなかったのだが、恐らく父から話が流れていたはずだ。
「あーなるほどな。うーん、作るか? 時間はあるぞ」
「そんなことに手間をかけなくてもいい、榎本」
ガルドは榎本の目を見て、珍しく一拍ほど時間をかけて言葉を選び、口を開いた。
「今回の遠征のこれは、自分のわがままだから」
つまり、海外に赤の他人と一緒に旅行することを内緒にする理由はわがままだと、だから榎本がそこまでする価値のあることではないと言いたかった。榎本は目を丸くして驚き、すぐにいつもの笑顔で肩を叩いてきた。
「遠慮すんな、お前らしくない」
「……遠慮、そうだな」
いつもぶしつけで強引にガルドを無茶なクエストに引きずっていく男だった。遠慮は全く無い。ガルド自身も榎本に内緒で隠蔽工作に巻き込んでいる。そこまで思い出し、ガルドはパッと閃いた。




