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288 法螺貝の鳴る方へ

 ガルドたちは現状の説明にたっぷり時間をかけ、さらに全員が納得して次の打ち合わせが出来るまで、追加で数日待つことにした。

 移動手段の検討も理由の一つだ。が、マグナは「実は自分たち拉致されてる」という事実に混乱している数名に対し、待つことだけが解決に繋がると悠長なことを言う。

 榎本はじれったそうだった。

「んな待ってられるかよ」

「そう言うだろうと思った。通信も回復したし、先に行っても問題ない。こちらは任せておけ」

 マグナは快く、ガルドと榎本を送り出したのだった。

 ディスティラリは近い。

 ガルドは攻城戦を思い出す。敵陣地として攻め落とす対象の隣国は、全速力で走れば二十分ほどで着く。アイテムや設置型の移動ツールを使えばもっと早く着くが、道中にあった謎の狼煙(のろし)を調査する意味もあり、徒歩で行軍することに決めた。

 のろしの存在どころか、クラムベリメンバーは一歩も街から出なかったらしい。

「ま、安全だよな」

「オキナが『こりゃデスゲームですぞ!?』なーんて脅かさなかったら、僕が先陣切って向こうに行ってるとこでしたけどね」

「お前が? いやそこはミーシャだろ」

「いやそれがアネさんね? 閣下たちが来るまで別人みたいだったんすよ! スッゲーしょぼくれてて、荒れまくってチーズマカロニひっくり返したり! んでハンスト的な? なんか、断食したりして。食えって言っても『食わなくても死なない』とか言ってギャンギャン暴れてたんすよ。いやぁ、元気になってよかった~」

「うわ、マジか……やっぱ急いで来て正解だったじゃねーか」

「ああ」

 榎本とガルドの隣に、もう一人背の低い獣人が並ぶ。

 ディスティラリへ向かうメンバーにしれっと混ざり込んでいる赤毛のコボルト種を見て、ガルドは胸が熱くなる感覚を覚えた。拉致という現状にクラムベリメンバーが少なくない混乱をゆっくり消化している中、ボートウィグだけはケロっとした様子でついてきている。

「さすがロンベル、この状況下で僕らのことまで考えてくれるとは! 閣下のお荷物にはなりたくないですけど、やっぱり頼っちゃうっすね。なんかすんません」

「元気でよかった」

「そうだぞ、心配してたんだからな」

「へへへ、てっきり僕、『今頃閣下はハワイで大立ち回りしてるんだろうな~』なんて思ってましたけど」

 そう鼻をすんと鳴らしながら、ボートウィグが固めに笑う。

 脳波感受で作り笑いをするのは簡単ではない。今の鼻の音は涙を抑える時のボートウィグの癖で、ガルドは自身よりずっと小さなボートウィグの頭をポンと撫でた。

 二メートル越えのガルドからみれば、獣人系や妖精種が小さな子どものように見える。それもあって年上のボートウィグを年下のように思っていたのだが、空港で感じたタバコの香りを思い出し、ガルドは静かに手を引っ込めた。ボートウィグはガルドよりよっぽど大人の男だ。

「ツラいこととか無かったか? ほら、人間関係もこっちに比べてゴタつくだろ」

「鈴音は特に」

 榎本が気を利かせて質問するのを、ガルドは深く頷いて同意した。ロンド・ベルベットの前線六人は喧嘩の少なさに自信がある。それに比べて鈴音や他のオンラインプレイヤーたちは、何かとトラブルが多い。それが嫌でガルドは長年野良のソロを、そしてボートウィグも同様にソロ活動をしてきた。

「あ~」

 含んだ顔でボートウィグがもごつく。彼がそうした対人関係を苦手にしていることは、ガルドが以前榎本へ話したことがあった。ガルドは相棒の細やかな気配りを内心感謝しつつ、言うべきか悩んでいる様子のボートウィグを覗きこんだ。

「ま、いつもの鈴音っす。メンバーがまだマシだったというか、ギルド未所属のヤバい奴とか混ざってたら阿鼻叫喚だったかも」

「それでもキツいだろ。ザッと見ヒス(ヒステリック)が多いか? 男女問わず自己主張強いのが集まったな」

「否定できないのが痛いっす」

「ほれみろ。お前とテンション合うやつ少ないよな……せめてディスティラリにいれば良いんだが」

「僕は閣下がいればそれで! それだけでここは楽園っすよ!」

 歩くスピードを速めて胸をドンと叩いたボートウィグが、満面の笑みで振り返った。マズルの毛が声に合わせてふわふわと揺れ、こちらを見上げながら犬特有の歯を見せて笑う。ガルドはボートウィグに「光栄だ」と笑いかけ、鳥の巣のような頭をひと撫でしつつ、そのまま止まらずに歩き続けた。

「へへへ~! ストレスぶっ飛びました!」

「安っ」

「あ、バトルジャンキーの榎本さんに言われたく無いっすねぇ。どうせ閣下とワンワン(一対一)すれば満足なんでしょ~? あとナンパ」

「ナンパはダメだ、ウィグ。相手がいない」

「っはぁー! ですねぇ閣下! っははは!」

「笑うな、まだ望みはある!」

 爆笑したままタカタカと走り出したボートウィグを追いかけ、榎本が歩くスピードを上げた。蛇行しながら次第に全速力で追いかけっこを始めた二人を、ガルドは目だけで追う。

「一縷の望みってどうせアレでしょ。当てましょうか? ね、ね? 島に行くんでしょ。ふふーん、たんじゅーん!」

「この犬っころが、止まれ! ミンチにしてやる!」

「その前に僕が榎本さんをミディアムレアっす!」

「お、言ったな!? サシでやってやるよ。向こう着いたら十本、どうだ!」

「また出た、戦闘狂。僕は閣下専属の後方支援魔法職なんでぇ、閣下と僕のバディでお相手するっす! ね、閣下!」

「ああ」

「ガルド!?」

「ウィグとなら完封できる。楽しみだ」

「そういうのは完封じゃなくてタコ殴りって言うんだよ! このやろう調子乗りやがって、ボートウィグ!」

「はははっ! フロキリはやっぱりこうじゃなきゃ」

 放っておけば永遠に笑っていそうな勢いのボートウィグに、ガルドは胸を撫で下ろした。拉致から今日までストレスがあったとしても、これからはこうして気楽に過ごせるだろう。少しでもメンタルの面で力になれているだろうか、と微笑む。

 救出はどうしたって外に頼るしかない。

 ボートウィグは「閣下に頼らざるを得ない」と言っていたが、ガルド自身もチートマイスターのギルドマスター・ディンクロンに頼らざるを得なかった。外を思う。ガルドや榎本と違い、ボートウィグは帰りたいだろう。

「ここで出来ることをする。ウィグが楽しく過ごせるよう、頑張る」

「閣下、閣下~!」

「泣くな」

「うええ、かっこいいっす、ぐす、このまま養われたいー」

「気持ち悪、お前三十半ばだろ。ガルドのリアル知ってるお前が言うとなんか……気持ち悪」

「榎本さんは黙っててくださいっ! 感動のシーンが台無しじゃないっすか!」

「おい相棒。正直に言っていいぞ。こっちの(アバター)じゃ小さいが、リアルじゃ仕事とゲームに生きる半引きこもりの独身男だ」

 ガルドの肩に手を回し、榎本がボートウィグに聞こえる音量でそう言った。御徒町で居候した時のことをぼんやり思い出しつつ、当時したやりとり通りのことを思い描いた。

「ん、一生懸命働いてるのはエラい」

 ガルドが放ったストレートな褒め言葉に、ボートウィグは目を取りこぼしそうなほど大きく見開いた。

「おおー? ヒモ願望発言するようなグータラ男だぞ? 頭は鳥の巣みたいで、外に着ていく服が無いからって作業服で買い物行くようなダッセぇやつだぞー?」

「かわいい」

「……それはちょっと予想外な発言だな、ガルド」

「そうか」

「閣下ぁ!」

 大声で叫ぶボートウィグが、勢いよくガルドめがけて抱きつこうとするのを榎本が蹴って防ぐ。

「でぇっ! だから空気読んでくださいよ~!」

「知るか、そんだけ元気ならアレにでも突撃してこい」

 榎本が指をさしたのは、歩いている間に着いた謎のモニュメントだった。

「これがのろし? へぇー、謎すぎる!」

 ボートウィグが不思議そうな顔で駆け寄り、のろしの周りを一周した。ジロジロと見つめ、もう一周しながらスクリーンショットを撮影する。カメラを持つポーズをして、右人差し指を倒して跳ね上げた。

「何してんだ?」

「とりあえず四面図撮ろうと」

 真面目な顔でそう言ったボートウィグは、側面と背面、前面を撮り終わり戻ってきた。

「四面なら上からもだろ? この煙ん中突っ込んでくのかよ」

「まぁ、調べるってことならやるっすよ。煙の効果とか調べるのにどうせ触るんですよね?」

「あ、ああ。なんかやる気に満ち満ちているな。突然どうした?」

「閣下のお役に立てるなら喜んで毒味するっす! あと、こういう大型の構造物調べたりするの結構好きなんすよ」

 ボートウィグはそういうと、ヒノキの葉が積み重なったような構造をしたのろしによじ登り始めた。高さは四メートル近いが、足を層と層との間に差し込むようにしてスルスルと登る。

「頂上、穴もないのに煙が唐突に出てる!」

「ゲームじゃよくある話だろ。侵入出来るかー? 触れないなら降りてこい」

 榎本が上を見上げて声を張り上げた。のろしの頂上に引っ付いたまま、ボートウィグが腕を伸ばす。

「んぐぐ、もーちょい……っと!」

 正立方体の上部一面から湧き上がる白い煙を、赤毛の獣人らしい手で掠め取った。

 その瞬間、大音量の低い音が鳴り出す。

「うわぁっ!?」

 さらにのろしの白い煙が一瞬で爆発的な量に増加し、噴火口のように八方へ広がりながらもくもくと吹き上げた。頂上に片手で捕まっていたボートウィグは驚いて手を滑らせ、足も抜け、そのまま頭から落下してくる。

「やっぱ触っちゃマズかったか?」

 悠長な声で言う榎本に、ガルドはため息で答えた。

「どふっ!」

 リアルであれば首の骨を折って重傷になるだろう。ボートウィグは喉の詰まったような声で悲鳴をあげ、ばたりと倒れた。手で「起きろ」と合図しつつ、ガルドはのろしを見つめながら音を聞く。

 低い音だが、切り替わりの瞬間少し高くなる音。

「——法螺(ほら)貝?」

 再現が甘いが、ニュアンスとして「和風の笛の音」に近い。まるで海外制作会社がジャパニーズワールドを模して作ったようなステレオタイプの音で、フロキリの生まれ方を考えれば道理だった。

「え? ほら?」

「法螺貝だとしたら、ちょっとヤバいぞ」

「ヤバいって、なんで? 僕なんかやっちゃいました?」

 ボートウィグが慌てて立ち上がり、ガルドの隣に駆け寄ってきた。ガルドもヤバいと言う榎本の意図を汲もうと、法螺貝についてイメージする。

 戦国時代の侍が腰に下げ、戦の始まりを鳴らす様子が想起された。ガルドは首を振る。ここは確かに攻城戦用戦闘フィールドのど真ん中で、法螺貝と聞くと戦のイメージだ。だがかつてフロキリで、一週間前の予告が無い攻城戦は行われたことがない。

「まさか。予告もなかった」

 突然のBEEP音。

 そしてガルドたち一人一人の眼前に、短いポップアップが現れた。

<カウントダウン>

「だっ!?」

「あわわわ! ど、どうしましょう閣下!」

「ここ、どっち寄りだ」

 騒ぐ二人を制して剣に手をかけ、剣の柄に手を当て指を二回タップする。広がる半透明の古地図は、戦闘フィールドの中央から若干クラムベリ寄りにズレた場所を中心に広がっていた。自分の点と、ギルドメンバーの握手(ハンドシェイク)が一つ、フレンドの親指上げ(サムズアップ)一つ。

 そして軽くスクロールすると、会話し地図表記が戻ってきたクラムベリメンバーが遠くに点々としている。

<スリー>

「アイツら来るか? こんな急なスタート初めてだぞ」

「来る。攻められればデメリットしかない。せめて『勝者なし』まで持っていく、と――」

「マグナ参謀なら考える、っスね」

「ああ」

「アイツなら言うだろうな。だが他の奴らは着いてくるか? 全員鈴音だろ」

「マグナとMISIAは来る。他は多分来ない。来ても大差無い」

<ツー>

 ガルドはバッサリと他のクラムベリメンバーを戦力外だと切った。顔ぶれはどれも攻城戦経験皆無か初心者ばかりで、ボートウィグと榎本もその通りだと頷く。

「だよな。んで、問題はディスティラリ側だ。六、七人くらいか?」

「わーん! どうせここが最前線だし! 三人じゃ厳しくないっスか!?」

「おいおい、俺ら二人が味方だってのに弱音か?」

「物量の話っすー!」

<ワン>

「楽しみだ」

「防衛ラインはいつも通り川で、リスポーンは丸太から時計回りにローテ(ローテーション)、報告はそん時以外無くて良し! でいいか?」

「ああ」

「ちょ、ちょ、待っ」

<スタート>

 また重低音のエセ法螺貝が響き渡り、地面が小さくグラグラと揺れた。歩兵が一斉に走り出す様子を表現しているらしいが、戦場はプレイヤー以外何も現れない仕様だ。迫り来るのは、ディスティラリに拉致後転移させられた見送りのプレイヤーたちだけだろう。

「グス、と、到着予測、多分十二分ぐらいっす」

「適当だな」

「しょーがないっしょ! 地図空っぽなんだから!」

「それよりほら、散るぞー。マグナが来るまでお前が回復役だからな、ボートウィグ。俺らの合間を遊撃的に動け」

「りょ、了解!」

「じゃ、あっちのアレ行くわ」

「ああ」

 ガルドは一人、榎本とは反対側に走り出した。当たり前のようにボートウィグも付いてくる。

 始まってしまったものは仕方がない、と砂混じりの雪原を走りながら受領クエストを表示させた。クエスト欄はクラムベリとディスティラリの、いつも通りの攻城戦メニューへ変化している。

 負けた際のペナルティは避けたい。拉致中という緊急事態だが、こうなれば日本人同士でも戦わざるを得なかった。


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