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276 時計と猿とソロのガルド

「……ふのり」

「陸上自衛隊」

「……板海苔」

「リッツ」

「……佃煮海苔」

「リペア」

「……青海苔」

「履歴」

「……きざみ海苔」

「お、粘るなぁ」

 榎本が笑う。表情は見えないが、喉の振動が身体で増幅され、背中からガルドに伝わってくる。負けていたが悪い気分ではなかった。

 ガルドは榎本とのしりとりを八回戦し、八回とも負けていた。今しているのは九回戦で、またガルドの「もう無い」という潔いギブアップ宣言で負けそうだった。

 海苔縛りでこだわっていると、だんだん海苔が食べたくなってくる。アイテム欄が回復アイテムで埋まっているため、アイテム化した軽食はほとんど持ってきていなかった。ガルドは立ったままのボートの中を体の脇から覗き見る。

 足元の、マグナが座るボートの内側に大量の風呂敷が積まれている辺りを見た。

「……ガルド。お弁当のおにぎりにはまだ早いぞ」

 視線に気づいたマグナが見上げながら釘を刺した。勢いよく顔をそらしたが時すでに遅く、榎本とマグナが大いに笑う。

「っはは! 今日の弁当は海苔で巻いたオニギリだからな」

「フ……パリパリの海苔と握り飯を別にしている。む、シットリの方が好きか?」

「パリパリがいい」

「ははは! だよなー!」

 道中は楽しかった。暇を潰す方法はいくらでも思いつく。すべきことも多い。旅をしている感覚に浮かれていたガルドは、すっかり忘れていた難関を前にしてもまだウキウキとしていた。

 ロープリフトをソリに乗ったまま登り、一本道を抜けた先にある必須の戦闘をさらっとこなした三人の眼前に、最初の難関が一つ。

「……なあ」

 視線を塔から外さずに榎本が呼ぶのを、ガルドは勝負方法で答えた。

「じゃんけんだ」

「俺らでか」

「ん。マグナは遠距離。除外」

「だよな。あ、フロアで順番ってのは?」

「ああ」

 ボートから降りて三人横一列に並んでいた榎本が、コブシをずいとガルドに突き出す。真似てガルドがコツリとコブシをぶつけると、榎本が大きく息を吸った。

「……じゃんけん!」

 早口に唱えるのをガルドは無言で聞きながらチョキを出す。

「うっ」

 榎本が苦々しい顔でぎこちなくボートへ振り返る。手は平手の形で固まっていた。


 ガルド達三人が担当する海側ルートは、「信徒の塔」の最上階まで登る必要があった。壁を突き破って設置されている次の山へのゴンドラリフトに乗り込まなければならない。塔と山の間はプレイヤーが通れるようには出来ておらず、かといって一週間かけて作った手作りソリボートを無駄にすることも出来なかった。

 巨大ネズミは既にマグナが弓矢でハリネズミにして消し炭にしている。地面に伸びたハーネス型のロープをボート内に入れ、榎本はボート部分をひょいと片手で持ち上げた。

 そしてため息をつく。

「よし、後ろから来い。ガルド、ボートの安全重視に行くぞ。とりあえず全滅狙いで丁寧に攻撃」

「ああ」

「はぁ……」

「あ、ぶつけて壊すなよ?」

「作ったの俺だぞ? んなヘマするかよ……後ろからゆっくり歩くさ……あーあ、ついてねぇな」

 しりとりの反動か、じゃんけんの結果はガルドの勝利だった。



 ガルドはご機嫌だった。

 鼻歌を歌うほどではないが、足元が思わずダンスのステップになる程度にはウキウキしている。子どもっぽいと自嘲するが、ガルドは自分が本当は十代の若者なのだと思い出した。楽しい時はダンスぐらい踊る。

 それに、と腕をブン回しながら言い訳を考えた。ステップには見えないだろう。戦闘中だ。位置取りに見えないこともない。それにオーディエンスは居ない。背後の二人だけだ。

「すってるぞ榎本」

「わぁーってる、わーってる」

「カーブ前は速度を落とせ。車校で習ったろう」

「しゃこう?」

「む、持ってるだろう。免許」

「いや持ってねぇよ。車校? 教習所じゃなくてか」

「なに?」

 飛び出てくる腕の長いサルを両断しながら、ガルドはまた左足を組み替えてターンした。回転時の遠心力を感じながら、ゴルフの要領で下から大剣をフルスイングする。ちょうどそこに接近してくる二匹目のサルを見ての判断だったが、一拍早かったために右腕しか斬れなかった。

 大剣はすぐには動かない。重いからこそのパワーで、デメリットは嫌と言うほど熟知していた。一度手のひらにひっついてくる剣の柄を無理やり手放し、もう一度握り締める。リセットのかかった剣は通常より早く別方向に動かせるようになる。特段難しくもない中級者向けのテクニックで、片腕のサル目掛けて上から斧のようにもう一閃した。

 塔の年代を感じさせる劣化した石造りの床に、大剣の切っ先がザクリと刺さる。

「車校じゃないのか!?」

「教習所だろ!?」

 背後から驚愕の声が響くが、目の前のサルと奥にある大きな時計にガルドは夢中だった。

 設置型の中ボスは足がなく、出現ポイントから一歩も動かない。他の雑魚モンスターを呼び出し、彼らに支援魔法をかけて戦わせるスタイルで厄介だった。人数が少ないと捌ききれず、多勢に無勢でリンチされる仕組みだ。

 それを知った上で、ガルドは時計まで突っ込んでいく。

「っと」

 移動するターゲットを追って手長サルと足の長いタイプのサルが迫ってくる。手の長い方が近接型だとすれば、足の長い方は支援型だ。器用に腕で立ち、足をシンバルのように打ち鳴らして支援スキルを発動する。

 セオリーならば、仲間と一緒に突撃して足長を倒すべきだった。

 ガルドはサルを全て無視しながら太ももに力を入れた。入りの助走モーションを極力減らしたジャンプで、唐突な跳躍をしてみせる。距離はないがサルを超えるには十分で、着地と同時に大きく足を広げて走る。

 ホップステップと唱えたくなるようなタイミングで、どすんどすんと一気に距離を詰めた。

 時計は動かない。ノッポですらりとした柱時計は魔法的なギミックで守られている。球形に周囲を取り巻く魔法陣の絵柄やクリスタルの集合体、揺れる振り子の中央から覗くギョロリとした一つの瞳が異様な光をたたえている。

 ガルドがもしサルに気を取られて数秒遅ければ、光はもっと強くなっただろう。強力な巨大サルを新たに呼び出し、彼らを強くするスキルを何重も重ねがけするところだった。ガルドはそれを知っているからこそ、さっさと時計を壊しにかかる。

 時計の防御はそれほど強固ではない。ガルドの兜割りスキル一回と通常攻撃三回で済む。

「しぃっ」

 食いしばった歯と歯の間から、気合と空気が瞬間的に音になって漏れた。

 大剣を振り上げ振り下ろす単純なスキルのトリガーをひき、切り裂いた瞬間突き攻撃に移る。横への斬撃より突きの方が次に繋げやすい。奥まで届いた剣を上へと振り上げ、袈裟斬りに一閃。

 ついでに左足だけバックステップ、浮いた右足を後ろに回し、床をつま先だけで蹴った。動画で見たフィギュアスケートのジャンプを真似ただけだが、電子世界での重力計算とアバターのポテンシャルが想像以上にガルドを回転させる。

 そこに手長のサルが追いつき、巻き込まれた。

 剣を持ったままのガルドは、その場で大回転しながら少しだけふわりと浮く。ヘリコプターのようにブレードで空を切って滞空し、どすんと重い音をたてて降り立った。

 居たはずのサルは消えていた。

「む」

 足長のサルは少々遠い。ガルドは距離を詰めていく。飛んでくる魔法スキルを見切りで一度避け、さらに二撃目を斬撃スキルで相殺させ、やっと近距離の間合いに詰めた。

「自動車学校をどう省略すれば教習所になる!」

「っせぇ、元から『なんとか教習所』って名前なんだよ! それかドライビングスクールとか」

「スクールとつくなら学校だろう、車校でいいだろう!」

「いや知らねぇよ。周りはみんな教習所って呼んでただけだし」

「納得いかん」

 遠い後方でまだ会話が続いているらしい。ガルドはマグナの支援をすっぱり諦めた。

 視界にいるサルは一匹だが、これから二匹追加されてくる。これが最低数で、中ボスの時計を倒さず放置していると最大十二匹まで増える。苦戦するような敵ではないが、ボートをもつ榎本まで一匹も向かわせないとなると神経をすり減らす作業だ。

 敵のターゲットの矛先になる。

 それはガルドのポジションがすべき仕事の一つだ。メロやマグナのような狙われやすいプレイヤーを守り、それでいて一秒でも長く生き残る。

 一人での立ち回りは、パリィガードというポジションを受け持つガルド自身の実力を知る絶好の機会だった。

 ガルドは踊るような遊びプレイをやめ、本気で大剣を構える。パリィがしやすい角度に、床スレスレへ切っ先を浮かせたまま手元で角度を調整した。

 全部で三匹いるうちの一匹がガルドに向かって動き出す。剣がピクリと小さく動いただけだが、その一匹の分だけ接近範囲圏内に入ったらしい。ゲームらしくプログラムで決められた相対距離による反応だ。

 残る二匹のサルはこちらを見ているが、接近戦をするモンスターが現れない限り待機する。足の長い支援型ばかり揃ったため、よっぽど近くないと近距離攻撃は誰もしてこない。むしろ離れて支援に入ろうとするだろう。微動だにしていないのは近接担当が居ないからだ。ガルドは神経を尖らせる。

 近づきすぎたサルがガルドに飛びかかってきた。本格的な戦闘開始はこれからだった。



 一匹で果敢に挑んできたサルは、両手を地面につけ、長い足でダブルキックを繰り出してきた。

「んっ」

 信徒の塔に出てくるモンスターは全て研究済みで、ガルドは嫌というほど見慣れた通常攻撃モーションだ。意識せずいつも通りパリィで払った。

 サルが相手の場合はすぐに距離を詰める。他のモンスターよりも人間に形が近いほうが体制の立ち直りが早いため、のんびりしているとカウンターをくらってしまう。自分の体制もままならないままとにかく近づく。

 本来なら榎本や夜叉彦が支援攻撃をくれるだろうタイミングだが、自力でどうにかできないわけではない。ガルドは息を吐き、止める。無意識に歯を食いしばって力を込めた。

 そして立ち直ったサルが短い手で襲ってくるのを、ガルドは鋭い目つきで注視する。鋭利な爪が大きく伸びきり、手首がぐいと引かれた瞬間を目で確認して反応した。

 大剣は間に合わない。大きく後ろへ伸ばした腕の先に置いてきぼりだ。サルの攻撃はこの瞬間から当たる直前までがパリィ可能、それを過ぎると防げない。シビアなタイミング判定で、見切りを使うと距離が離れる。支援スキルで余計に頑丈になるだろう。

 普通のプレイヤーなら何割かのダメージぐらい諦める局面だ。

「ふぅっ!」

 止めていた息を一気に吐き出しながら、ガルドは体をわざと転倒させた。尻餅というより、背中からビタンと床に寝転がる。

 突然空しか見えなくなる視界に、こうなることは分かっているはずが、心臓が一つ跳ねた。一人称視点ではカメラワークが生死を分ける。背中に振動。すぐ膝を曲げ両足の太ももを大股に開き、右足メインに力を入れた。

 一瞬宙を浮く。

 仰向けだった体を右に回転させ、うつ伏せにひっくり返る。瞬間、左足で床を強く踏み、強引に立ち上がった。背中側にいるはずのサルはその間にガルドの上を長い足でまたいでいた。正面に毛むくじゃらな背中が見える。

「がら空きだ」

 剣をそのまま串のように差し込み、引くようにして二撃目を打ち込んだ。その間にサルが一瞬白に違いグリーンの光を纏う。後方にいる支援型の二匹による回復だ。倒れることなくこちらに振り向く近接サルの、丸っこい脳天目掛けてもう一撃振り下ろす。

 属性相性は良くも悪くもないが、それ以上の火力がサルをオーバーキルした。

 支援型のモンスターは支援スキルをかける仲間モンスターが居なくなると、出来うる弱々しい攻撃をしようと寄ってくるよう設定されている。サルがまた一匹だけやってくるのを見て、ガルドは「ノーダメージでやりきるにはどうするか」考えた。しかしかなり厳しい。

 こんな時、海外サーバーの上位プレイヤーはどうしていただろうか。

 研究で見続けた動画を思い出す。ソロの技術力では到底海外上位陣には届かない中堅程度のガルドが、だからこそ盗める部分をイメージする。

「ダラァッ!」

 迫るサルをタックルで牽制した。大きな衝突音がする。

 ろくなダメージにはならないが、吹っ飛ぶことで攻撃役がもう一匹に移る。スキル待ちをしていたサルがそれを解除し走り出すのを、ガルドは今かと待ち構えた。

 飛びついてきたサルを見切りスキルやパリィで相手していると、吹き飛ばされた先でもう一匹がダメージ分の回復をしようとスキルの姿勢に入った。それを見たガルドは上位プレイヤーのコンビネーションをイメージする。

 目標だったハワイの大会はもう無い。次の機会もきっと無い。

 それでもガルドは強さを求めた。誰のためでもなく自己満足のため、覚えている限りの上位プレイヤーをひたすら真似る。自分の技術にするまで時間はかかるだろうが、今や戦い放題だ。

 吹き飛ばし、近付き斬り、また吹き飛ばして近付き斬る。地味な作業だが回復を許さない戦法で、一人でこなすのはなかなか骨が折れる。発熱しそうなほど頭をフル回転させ、ガルドはひたすら戦った。

 鋭い眼光で敵を見つめる中年オヤジのアバターは、自然と笑顔になっていった。

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