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275 ボートで旅立ち、雪の原

「折角の雪の世界なんだから、楽しみたいわよね」

「雪の世界?」

「ああ、ここのこと」

 青椿が優しく香る酒場の、がらんどうになった客席のど真ん中に十人の住人が夕食をとっていた。大所帯になった拉致被害者プレイヤーたちは日替わりで二つのテーブルに分かれ、同じ釜の飯を食べている。親しくなるのに時間はかからなかった。

 メガネと婦人が言う「雪の世界」という単語は、田岡の牢獄にフロキリと最新型調理ゲームが混ざったワールド全体のことだった。

「来週登山でも行くか?」

「登山? え、遠慮しとく……」

「近場でワカサギ釣りくらいがちょうどいいわ」

「あ、計画とやらは立ち上がったの?」

「おおよそな」

 マグナが半透明のポップアップ画面を投げるようにして表示し、一市民の三人と田岡に見せた。

 円卓の中央に浮かんだ画面にはフロキリ時代の地図が表示されている。山が連なり、海が広がり、小さな点がいくつか打たれていた。中央よりの部分に一回り大きい点があるが、これが現在地だということは説明済みだった。マグナは他の点を指差しながら続ける。

「とりあえず、各拠点に行く。方法は榎本とガルドがとんでもない装置を作ってくれているから、その完成待ちだ」

「とんでもない?」

「ああ、とんでもないな! 現地調達とはなかなか面白い!」

 ジャスティンが大笑いしながら焼酎のお湯割りを煽った。隣に座る榎本が「考えたのはコイツだぞ」と嫌そうな顔で文句を言う。

 名指しされたガルドは、ジャスティンからの「とんでもない」という評価に頷いた。

「犬ぞりがテーマの小論文を模擬テストで読んだことがある」

「それであんなこと思いつくとはなぁ。犬ぞりぐらい俺も聞いたことはあるが、それをやってみようとは思わなんだ! がはは!」

「どうだった?」

 夜叉彦が大口で笑うジャスティンに聞く。装置の搭乗試験には怖いもの知らずのジャスティンが起用されたため、製作者の二人ではなくジャスティンへ質問が飛ぶ。

「スピードも出る。坂も問題なかったぞ。あとは振り落とされない工夫だな!」

「見てる分には面白かったよ。カーブ来るから腰落としてバランスとってたのに、その腰から下が浮いてぶーんって吹っ飛んでさ。ジャスったら『どおおー! どうどう! どうどう!』って、あはは!」

「やるだろう!? ほら、暴れ牛とか制するとき!」

「だって手すり掴んで遠心力で吹っ飛びながらだよ? あはは、もう一回見たい!」

「次のモニターはお前がやれ、夜叉彦!」

「やーだ。見たいんだってば。ジャスがやってよ」

「笑うなよ!? 絶対笑うなよ!?」

 二人がじゃれるように話す内容についていけない様子の田岡たちへ、マグナが解説を入れた。

「ああ、つまりな。雪山を高速で移動する方法を自作しているんだ。飛行しないモンスターを拘束、ロープで繋ぎ、混乱状態にして逆方向に走らせるんだ」

「……ちょっと言ってること分からない」

 婦人は首を振った。



 モンスターに攻撃させない状態異常は、フロキリのシステム上いくつか種類があった。

 ロンド・ベルベットでは榎本がハンマーで蓄積するだけの補助的な目的でしか使用しなかったが、フロキリ全体で見ると状態異常で有利に戦闘をすすめるプレイヤーは多い。毒のような「少しずつ体力を削る効果」もあれば、氷結やスタンのように「一定時間動きを止める効果」のものもある。

 マグナが言った混乱とは「進行方向とは反対の方角に向ける効果」と「攻撃が正反対のものになる効果」が組み合わさった状態異常だ。

「モンスターに襲われ続けながら移動するのって、怖くない?」

「別に。雑魚使うし」

「うひゃー、無理無理。なんか他の方法でないと、僕らみたいな素人は別の街なんて行けないよ」

「そうね。せめてバスか飛行機くらいちゃんとしたのじゃないと」

「バージョンアップに期待するしかないね、それ。移動に関しては他のゲームが混ざってくるような感じ無いし」

 金井たちも直近三日間で街の探索などを行い、牢獄世界のルールや特徴を察知しつつあった。ほぼフロキリで構成されている「雪の世界」は、未プレイヤーにとっては新しいフルダイブファンタジーゲームだった。何が出来て何が出来ないのか、どういう世界なのかを一つ一つ探検して学んでいた。

 服の購入金や追加の家具などは、余りあるロンド・ベルベットの資材と資金から提供された。無限ではないが節約の必要はないという条件に婦人は喜び、ポンポンと様々な(装備)を買い揃え、メガネは勇者のような鎧と剣を購入した。金井は部屋に上等な椅子と机を設置し、日がな未送信メッセージを利用して文章を書いている。拉致前はライターをしていたらしい。

「じゃあ田岡さんと一緒に街でお留守番お願いね~。テレビもあるし、街の中なら自由にしてていいからさ」

「出ようなんて思わないって。レベル上げとか無いんだろ?」

「フロキリはプレイヤーレベル・システムじゃない。装備起因のアクションゲームだ」

「装備強化って意味なら、近場の雪原からコツコツ頑張りなよ」

「えー……回復職がいるなら考えるけど……」

 そう言ってメガネは横を見る。一般人の二人は首を振った。普段からゲームをしないタイプの金井たちは、この世界でもそのまま平穏に過ごすことを望んでいる。それは田岡も同様だった。

「ヒヒっ……わ、私もパス、だな。うん。ここでのんびり、あー、編み物? だ。アミアミ。ヒヒヒ」

 田岡は目を細めて笑いながら編み棒と太糸玉を取り出した。この三日で装備を分解して新しいものを作る技術を知った彼が、膨大な数の布を裂いて作った手作りの布糸だ。細い棒二本で器用に編み、既に立派な編み物が出来つつある。腕のない筒状で、田岡曰く「とりあえず自分用のセーター」らしい。

「他にメンバー集まったら戦闘行こうな?」

「あはは、待ってるよ。先輩たちは全員行くの?」

「おう。犬ぞりが出来次第な。一台で三人がやっとだから、二班に分かれてディスティラリ方面とル・ラルブ方面だな」

 榎本がメガネに言った二つの用語に、ガルドたちギルメンはこくりと頷く。話し合っていなかったことだが、拠点の位置的に二手に分かれることは全員分かっていた。

「この氷結晶城を中心におおよそ二手に分かれる。こっちに点が一つあるだろう? ル・ラルブという街だ。点が二つ並んでいる海沿いの方がディスティラリとクラムベリ。他のダンジョンやフィールドにいたとしても、今挙げた街に向かえば宿があるからな。はぐれたプレイヤー達がとりあえず向かうとしたら、この三箇所以外に考えられん。あとは簡易スリープ……雑魚寝だ。移動してでも個室のあるこっちに移動するはずだ」

 マグナが半透明の地図を指差しながら説明する。隣でメロが「どう分けるー?」と五人に聞いた。

「戦闘を極力避けて移動速度重視だ。最低限回復役の俺とメロは分けるが、その他は適当で構わん」

「えっ、そんなんでいいの? ポジションとか吟味したりは……」

「マグナとメロを分けるのは、回復アイテムの補充が途中で出来ないからなんだよ。ファストトラベルが出来ないと、拠点に一旦戻って買って補充ってのが出来ないからね。その分回復スキルならジャカジャカ使えるし」

「それ以外のポジションは誰でも代わりが出来るんだな、これが。一応世界大会狙ってたチームだぞ? 訓練ぐらいしているとも!」

 ジャスティンはウイスキーを店員の棒人間から受け取りつつ、心配そうなメガネへ歯を見せて豪快に笑いかけた。メロは気力を無くすようなヘラヘラとした笑みで愚痴を言う。

「ウチだけゼロレンジもミドルレンジも出来ないけどねぇ」

「メロはいいよ。俺らの最大火力兼回復っていうキーパーソンなんだから」

「回復なのに最大火力って、器用というか両極端というか」

「本当はバランス的に回復専門職がいてもいいくらいなんだけど、ほら、俺ら全員見切りでヒョイヒョイ避けるし。こんだけダメージ喰わないまま火力叩き出せるギルドチーム、自慢じゃないけど珍しいってワケ。火力と被ダメって天秤みたいにさ、どっちかを諦める部分なんだよ。動きがどうしても止まったり、動作鈍かったり」

「夜叉彦が頑張って近接と遠距離の間を埋めるように走ってくれるから、俺ら普段思う存分好きにできるんだよな。へ、感謝してるぜ」

「榎本? ど、どうしちゃったのさ……恥ずかしいからやめてよ……」

「うむ、夜叉彦のおかげで何かと助かってるぞ! いつもありがとう、夜叉彦」

「ジャスまでなんなんだよ!」

「照れるな照れるな」

「ガハハハ!」

「恥ずかしいってー!」

 からかいが混ざるが、二人は大真面目に夜叉彦へ日頃の感謝を伝えている。ストイックに勝ちをとりにいく場合、かゆいところに手を届かせる夜叉彦に皺寄せがいくものだ。ガルドも静かに頷く。周囲を見渡し、足りない方へ駆けつけ斬り、自分のマンパワーで傾いたバランスを整えるためにもう片方のポジションへと駆けつける。夜叉彦が居るからこそ楽しくプレイ出来ているとガルドも思っているが、口にはしなかった。笑って頷くだけで夜叉彦が真っ赤になって照れる。

「ガルドまで〜! もー、俺は当たり前のことしてるだけだってば!」

「いやいや、いやいやいや」

「二手に分かれりゃ、お前もアタッカーだぜ。気張れよな」

「……へへっ」

 シーソーの真ん中に立つ調整役を労いつつ、榎本とジャスは大いなる感謝と同時に「もう無理に頑張らなくていい」と言いたいらしい。

 仲間探しの旅で二班に分けた場合、残りの二人のポジションによっては完全な近距離に徹することができるだろう。夜叉彦にとっては楽しい旅になるはずだ。ガルドはそう思いながら、彼とは別の班になることを望んだ。榎本も違う班が良いだろう。敢えて近距離アタッカーをゼロにした方が、夜叉彦は敵を斬りまくれる。

「マグナ」

「どうした? ガルド」

「……班分け、自分と榎本と、どうだ」

 うまく言葉に出来ないぶつ切りの単語で、ガルドは班分けの組み合わせを提案した。恥ずかしくなり、すぐに大きな口でラムチョップを頬張る。もぐもぐ咀嚼していると、マグナが何か察したかのような表情で頷き返した。

「いいだろう。夜叉彦とメロとジャスで一班だ」

 ガルドは暖かな気分で「ああ」とだけ返した。



 班決めからさらに一週間ほどかけ、榎本とガルドはようやくボートを改良し終えた。

 思ったより長くかかったのは、やはりジャスティンの言う通り「暴れ牛のようなパワー」のせいだった。パワーそのものを制御するのは無理だと気付くのに三日掛かり、残りの日付で吹き飛ばされないようにボート側の改良を行った。

 仕組みは単純だ。「当たり判定のあるものに引っかかればそれ以上奥には行かない」というゲームの特性をうまく使い、ボートの乗り口を搭乗後完全に締めて飛び出ないようにする。出来上がった本体の形を見た榎本が一言「牢屋か」とツッコミを入れたが、密閉して外が見えなくなるよりは良いと笑った。

「忘れ物、ない?」

 六人は行く方面に合った装備に身を包んで雪原に立っていた。メロが心配そうにガルドたちを見る。回復スキル持ちといっても、弓での回復は即効性が低い。アイテムの減りはガルドたち「海側班」の方が早いだろう。

「大丈夫だって。途中塔も小屋も泉もあるだろうが」

「でも補給は出来ないんだからさ、節約しなさいよ」

「そこは俺が毎日チェックしよう。Excelで表に出来れば楽なんだが」

「エクセル〜? 仕事以外にエクセル使う〜? まぁマグナらしいけど……別にそんな厳密じゃなくていいって」

「ガルドぉ、嫌になったら帰るんだよ? デリカシーのない二人だから、ムカついたらガツンと言いな。いい?」

「大丈夫。その時は斬る」

「……やべぇ、気ィつけないと」

「あ、ああ。榎本、俺が間違えそうな時はフォロー頼む」

「おう、そっちも頼むぞ、マグナ」

「あはは、悪・即・斬ー! ってね」

「はは、牙突かよ」

 メロたち「山側班」は、出る間際までくだらないことに笑いあいながら手を振ってボートに乗り込んだ。

 全体を一色に染める青みのある黄色は、雪山だと目立つだろうとゴリ押しでメロが決めた配色だ。形は普通の屋根付き足こぎペダルボートだが、搭乗する背部は上から荒い格子状のスライドカーテンが降りる。ペダルは外され、底部分にはスキー板のようなものが敷き詰められていた。よく見るとスキーではなくジャスティンのタワーシールドで、ツルリとしたものを選んで色とりどりの布紐で縫うように付けられている。

 榎本が必死に剥がしたセントリーガンのタイヤは、何度か行った試験で「暴れ牛化の原因」だとされて採用を見送られた。抵抗がある方がコントロールが効くらしい。ソリ状にしてからはカーブの右左折も出来るようになった。

「出発進行、ってね!」

 掛け声を上げたメロが、ガラスの小瓶を前方のネズミに向かって投げた。

 ソリ前方にはジャスティンがキルアンドリスポーンを試した巨大ドブネズミが一匹、ハーネス状のロープで捕まえられている。当たる前までは眠っており、ぶつかった小瓶が割れて液体がかかると飛び起きた。頭上にはヒヨコがぴよぴよと輪を描きながら飛んでいる。

 そして一声、甲高く鳴いてから襲いかかろうと体を起こした。メロたちが乗り込んだボートの方を向こうとし、くるりと反転する。そして事前の実験通り()()に向かって突撃する。

 助走もなくいきなりトップスピードでネズミは走り出した。

「気をつけて!」

 金井たちが手を振って見送る。

「いってきまーす!」

 あっという間に見えなくなるメロたちのボートを見送りながら、ガルドたちももう一台のボートに乗り込んだ。同じネズミをくくりつけたワインレッドの「海側班」号は、フロントの頭頂部にブレード状のアンテナがついている。マグナが「赤くしておいてツノが無いなど!」と怒りながら設置した、ただの飾りだ。

「朗報、待っているぞ!」

「ああ。街の留守と、サルガスの対応を頼む」

 田岡は満面の笑みで頷いた。そして手を大きく振ってくるのを、ガルドは少し照れながら小さく挙手で返した。

 背の高いガルドと榎本、ヒューマン種より足の長いエルフ種のマグナという高身長トリオが揃うと小さなボートは窮屈だった。遠心力でも上には飛ばない物理エンジンの緩さを利用し、ガルドたちのボートは屋根を取り払っている。中にマグナが座り、榎本とガルドは上半身を出して立った状態で立ったまま走り出す。

 ガラスの小瓶は混乱を「モンスターが一定ダメージ受けるまで」継続させる効果があり、よっぽど強く壁にぶつかったりしなければずっとこの状態が続く。甲高い鳴き声が耳障りだったが、それも雪原を走り始めると風にかき消されて静かになった。

「旅の始まりだ」

 背中を向け合う状態で立ち乗りしているガルドは、背もたれ代わりに榎本の方へと寄りかかった。

 道は長い。まずは田岡がいたあの信徒の塔まで戻る。この暇な時間を潰そうと、ガルドは「しりとりのり」と背中に話しかけた。


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