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272 城下町は人口増加の一途を辿る

「へぇ、マジかよ! プロプレイヤー!?」

「専業じゃないぞ、兼業だ。そんなの腐る程いる」

「ゲームの数だけプロがいるからねぇ、ほら、カードゲームなんかも含めたら相当だよ」

「えー? あ、バックギャモンとか?」

「おぉ、するのか?」

「ふふ、こう見えてベガス歴は長いんだから」

「ヒュウ! いいねぇ」

「夜叉彦ー、ソース取ってー」

「少し伸ばせば取れるだろ? もう……」

「あー、とどかないー」

「ぎゃははは! プロだって、すっげー!」

「なんだお前笑い上戸か、ほらもっと飲め」

「すげぇな、どうやったらそんな上手くなれる?」

「プレイ時間だ」

「あははは! ごもっとも!」

 階下は混沌としていた。

 ガルドと榎本が両手いっぱいにトンカツを抱えて降りたエントランスは、泥酔した大人たちの宴会そのものになっていた。新参の三人もロンベルにしっくりくるほど馴染み、田岡も普段以上にリラックスしている。親睦会といったところだろうか。非常に楽しそうだ。

 しかし酔いすぎだ。ガルドは床に散乱している揚げ物とドリンクの瓶をざっと見渡した。ガルドと榎本が降りてきたことに気付かないほど酔っている。普段は夜叉彦あたりがセーブしているはずだが、彼ですらカーペットに体を放り投げてぐったりしていた。ごろごろ散らばるビール瓶や日本酒の瓶の中にガルドは一点、足りないものに気付く。

「水はどうした」

 酔いを覚ます効果のある「水」が無い。

「あ、ガルドぉ~」

 メロが気付き、横たわったまま手を振ってくる。腹ばいのまま顔だけ上げるが、すぐにコテンと顔を下ろした。今にも眠りそうなほど目が細い。

「ほら」

 塔の探索向けに所持品へ入れていた2Lのミネラルウォーターボトルを渡すと、メロはゆっくり座位に姿勢を変えて受け取った。

「わぁ、準備いいね」

「……誰も持ってないのか」

「うん」

 子どものような屈託のない笑顔で返事をするメロに、ガルドは「しょうがない」と追加で数本取り出した。よく見ればコップもない。さすがのガルドもアイテム袋にグラス類までは入れていなかった。

「はいみんな、酔い覚ましてね~」

 ラッパ飲みの共有というデリカシーのない回し方だが、男性陣はなんとも思っていないらしい。メロから時計回りに水が回っていく。多めに渡した未開封ボトルを受け取った夜叉彦が最優先で紅一点の女性へと手渡し、いつもの紳士的な語り口で飲むように勧めた。

「ほら、トンカツ食いながら打ち合わせしようぜ」

「ぅえー、せっかくいい気分だったのに……急に意識がはっきりしてきたんだけど!」

 初めての感覚にメガネが仰天している。酔っぱらいの再現は気分の高揚がメインとされ、吐き気などは無い。酔いが覚めていく瞬間が一番気持ち良いというプレイヤーも多い。

「あ、トンカツだ! すごい、どういうこと?」

 やっと正常な頭に戻ったメロが喜び、ジャスティンは早速フォークで一切れひったくった。

「賭けは俺の勝ちだぜ、マグナ。料理ゲームが混ざったんだよ、ベースになったやつに。フロキリも混ざったクチだが、味覚と食材の再現はこっちの方が優先度高いな」

 榎本はそう言いながら、床に置かれた飲みかけのアメリカンテイストなビール瓶をひったくり、一口飲んだ。

「ぷは、おお! すっげ、バドワイザーの味になってるじゃねぇか!」

「食材の再現が調理ゲー優先……だからなんとなく美味い気がしたわけか!」

 ジャスティンと榎本がビールの再現率でひとしきり盛り上がる。フロキリ時代は差が乏しかった「レーベルごとの味の違い」が強化されており、二人はやれ「フルーティすぎて飲みやすいが物足りない」「ヱビスも来るかも」「だったら焼酎も期待できる」と楽しそうに脱線した。

「はいはい、それはウチらのホーム帰ってからにしようね。今日はとりあえず、ここが『サンバガラス』のギルドホームだってことと……ほら、どうする? 三人」

 メロが軌道修正をかけた。苦労して手に入れた田岡の一軒家だったが、先客を追い出すのもかわいそうだ。所有者の顔を伺うと、いつもの夢見心地で一心不乱にトンカツを食べている。

「はふはふ、熱い、美味い……おお、トンカツソースまであるのか」

「田岡さん」

 ガルドが声をかけると、頬袋をぱんぱんにしたリスのような顔で振り向いた。

「おお、むぐ、すごく美味しいな!」

 まっすぐにガルドと榎本を見ながらそう言う田岡は、二人を調理人と認識しているらしい。褒められて悪い気はしないが、心を強く持ってガルドは話をスタートさせた。

「ここはかなり広い。部屋も多い。持ち主の田岡さんさえよければ……」

「持ち主って、この屋敷の? アンタのなのかー。ってことは……うわ、勝手にアンタの家に拉致した人間閉じ込めてたってことかよ。犯人ぶっ飛んでるな」

「……田岡さんが嫌なら別の方法をとる。もしよければ、ここでみんなで暮らしていくのがいいと思う」

「別の方法って具体的にどんな感じ? 俺らも家持てたりすんの? 大変だったらココがいいかなー、だって超便利だし」

 説明にかぶせつつ割り込んでくるメガネに、ガルドはやりずらさを覚えた。口下手なりにわかりやすいよう選んで話しているのだが、そのリズムが容赦なく崩れる。

「決定権は田岡さんにある。順番が前後しているが、ここはサンバガラスのホームでまちがいない」

「サンバ? こーとりーがサンバ♪」

「おい」

「ひっ」

 歌まで持ち出して茶化し始めたメガネを軽く注意するつもりで、ガルドは静かに一言声を出した。思ったより低音が出たためドスが効き、笑顔だったメガネが笑顔をひきつらせて静かになる。田岡の方を向くと、悩みながら笑った。

「よ、よくわからんが……つまり大家さん、ということだろう?」

「おおやさん? いい例えだね。シェアハウスのオーナーみたいな感じなら悪くないんじゃない?」

 夜叉彦がすかさず案をあげた。ガルドはアイコンタクトで選手交代を伝える。視線を素直に受け取った夜叉彦が説明を引き継いだ。

「えっとね、さっきも説明したけど、ここは城下町なんだ。俺たちが知るフロキリの舞台『ミドガルド』のままなら一番大きい街で、他にこのワールドにフルダイブログイン状態で閉じ込められたら……とりあえずここを目指すと思う。ギルドホームは基本ここにしかないからね」

「ここ以外の街には家って無いの?」

「残念だけど無いんだ。ホテルとかはあるけど、自分たち専用のホームはここだけ。前はファストトラベルっていって、瞬間移動が使えたからね。帰るときもボタン一つでよかったんだ」

「なんとかソイツを復活させようと頑張ってるんだがな。今のところ不可能だと結論が出た」

 マグナが補足を入れた。酔いはすっかり収まり、いつもの無愛想な理系エルフ然としている。毛足の長いカーペットにあぐらで座り込んでおり、右手で空中の何かをスクロールしていた。

「俺たちはこれからこの街から出て行動することが増える。そうなるとフルダイブのプレイ年数豊富な田岡が一緒なら安心だろうからな。俺としては、ぜひ田岡を中心に集団行動をとってもらいたい」

 円陣になっているメンバーの中心にぷかりとポップアップが表示される。半透明だが擦り切れた古地図で、中央で点滅している部分には城のマークがついていた。

「これ、ここの地図?」

 金井がまじまじと地図を見つめ、指で別の街を指した。

「これは?」

「そこはディスティラリとクラムベリ。攻城戦用のエリアだ。隣接する小国同士という設定で、合間の平原も専用エリアになっている」

「こっちは?」

 別の街を指す。

「ル・ラルブ。ソロプレイヤーが多い拠点でね。美味しいメキシコ料理のお店があるんだ」

「え、いいね! タコスとか?」

「そうそう。アイテム化できるのもあるから、お土産に持ってくるよ」

 金井たち一般人が嬉しそうな声をあげた。ガルドは金井が指差した拠点を思い出す。ロンド・ベルベットに在籍する前、ガルドはそちらにいることが多かった。野良、と呼ばれる即席パーティもこちらのほうがマッチングが良く、無駄な会話が無いというのもガルド好みで、基本的にこちら側を使っていたのだ。

 遠い昔のことだ。ガルドは座り込んでいる仲間たちを立ったまま上からぐるりと見渡す。彼らと過ごす時間が増えてから、縁のないプレイヤーとの野良プレイはほぼゼロになった。

「ま、しばらくはあんたらの生活基盤作り手伝うぜ。こっちも計画立て直さないとなんねぇし、すぐには動けないだろ」

「だよねぇ、だってファストトラベルできるようになること前提で捜索案組んじゃったし」

 榎本が言う「計画」は、田岡救出前に組んだ捜索の計画だ。一人が残り五人が外を探し、ファストトラベル復活後はソロで各地をしらみつぶしにする予定だった。

「そんなに遠いの?」

「地図で見れば近く思うんだろうけど、ココからこの点のところまで半日かかったぞ!」

「ええっ!?」

 女性の悲鳴のような声に、榎本は慌ててフォローに入る。

「あー、ほら、徒歩だから」

「徒歩が時速四キロだとすると、一日で24km程度……東海道で言えば日本橋から川崎宿か神奈川宿までくらいだ」

「例えが分かりにくいよ」

「途中のリフトも考慮するともう少し遠いだろうな。となると、安直に言ったがテントやらなにやら準備しないと無謀だぞ」

「無視か」

「海岸沿いなんて相当距離あるよー。札幌~函館ぐらいあるんじゃない?」

「え、札幌? 北海道の人なんだ」

「そうだよー」

「俺、青森。近いね!」

「おお! 近いじゃん!」

 メロとメガネが地元ネタにズレ始めたが、マグナを中心にロンド・ベルベットは計画の話題をし始めた。徒歩移動になると距離が遠すぎる。ちょっとした旅支度をする必要がある。しばらく城下町から動けないだろう。先の長い話に六人がため息をつく中、金井が素朴な疑問を投げる。

「ねぇ、なんか無いの? 移動速度を速めるような乗り物」

 そう言って車のハンドルを握るようなジェスチャをした。

「馬とか車とかバイクとか、飛行機とか、魔法とか。箒もいいよね。ファンタジーゲームなんでしょ?」

「システム的にありえないだろう。無いものは無い」

 マグナがざっとフロキリの世界観について説明する。物語上に馬車は出てくるが、舗装された道を走るものだ。長距離の貨物は人力と動物がメインとされていて、馬に背負わせ徒歩で引く程度の文明という設定だ。

「む、だがトンカツは食えてるだろう? 今はどうだろうなぁ」

 もぐもぐと咀嚼しながらこぼれたジャスティンの言葉に、マグナは無言で考え込んだ。田岡始め四人はよくわかっていないようだが、一拍の沈黙の後、ロンベルは驚愕に包まれる。

「ほ、他のゲームシステムが加わってるなら……」

「レースゲームとかな! うむ!」

「ありえる! それだったら完璧だよー!」

 メロがテンション高く歓声を上げ、隣のマグナの肩をべちりべちりと叩いた。マグナはまだ考え込んでいる。

「そう簡単にいくか?」

「ホラ、それこそサルガス案件じゃない? 今までファストトラベルにばっかり目が行ってて、ほかの方法なんて考えたこともなかったし!」

「大型アップデートと他ゲームとのコラボは別物だろう? なんであの時説明しなかった」

「聞かなかったじゃん。聞かないことには答えないよ、AIだもん」

「……どこに行けばどう始められる? この屋敷のキッチンのように特定の場所があるのか?」

「もー、ウチじゃなくてサルガスに聞いてよ。てか聞きに行くよ! ほら!」

 メロが思考モードのマグナの腕を引き、無理やり立ち上がらせる。

「行くって? な、何がどうなってるの?」

「あー、あんたらも行くか? 屋敷からだと近いから大丈夫だ。敵も出ないぞ?」

 ジャスティンが一般人組を誘う。

「どこに行くの?」

「城だ! 玉座の間にいる吟遊詩人に、他の移動手段がないか聞きに行くんだ」

「……なんか唐突にすっげーファンタジー」

 メガネは気の抜けた様子でゆっくり立ち上がり、飛び出したメロたちの後を追った。



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