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269 フライ

 女性はこちらを睨んだまま、じりじりと近づいてきた。

「なによ、日本語わからない?」

「いえ、こちらも日本人……」

「嘘つかないでっ!」

 かぶせ気味に激しく叫んだ女は、セミロングの茶髪をぶわりと翻してこちらに棒を向けた。暖炉の脇に装飾品として置かれている火かき棒のようだ。先だけ二又に分かれている。

「くふふ、日本人? 君、ちっとも見えないよなぁ。くふ」

「田岡さん下がって」

 後ろからひょこりと顔を出して笑う田岡を、ガルドは腕で隠す。銃を持った遠距離プレイヤーだとしても近過ぎて戦力外な上、田岡はガルドにとって非戦闘員だ。これ以上女性に近づいて欲しくない。

「モチ君。君、全く普通の人間に見えないからな。ひひ、怖がられるぞぉ?」

「ああ」

 ヒューマン種だから人間ではない、という言葉は彼らには通じないだろう。ガルドは仲間なら笑って乗ってくるだろう話題を喉で止め、優しい顔をイメージしながら手を頭の高さまで上げた。手のひらは女性に向けて、中に武器が入っていないことをアピールする。

<一人発見。女性。一階通路の奥、つきあたり>

 仲間にチャットでそう伝え、相手の呼吸を伺う。

「私たちを閉じ込めて、一体何するつもり? 戦争?」

「いや、危害は加えない」

「ああ、その言い方、すごくクロっぽい」

「……田岡さん」

 先程までおっかなびっくりだったはずの田岡が、急にきりりと声を理性的にして茶々を入れてくる。正面の女性に両手を見せながら脇を振り向くと、ガルドの背中に隠れるのをやめた田岡が真面目な顔をして立っていた。

「しょうがない、私の出番だな」

「ん?」

「いやなに、君らみたいなのが出てきたら困る。すごく怖かった。怖かったんだぞ? だが……」

 そう言って肩をすくめた。NPCには見えないため、田岡は彼女を「危険性がない・無害な一般人」と判断したようだった。ばっちりメイクを決め、足元はそこそこ高いヒールである。武器もただの金属の棒で、ガルドたちが手にしているような類の殺傷性は低くみえた。

「危なくはなさそうだからな。交渉なら任せろ。こう見えて……」

 田岡の言葉を遮るように女がまた一歩近づいた。

「女だからって舐めてるの? いい度胸じゃない。あんたらの食事、ドーピングだが知らないけどね。混ぜてくれたお陰で……ほら!」

 女性が火かき棒を両手で構え、高く上に振り上げる。ガルドにとっては聞きなれた音が響き、一瞬にして棒の先端が炎を宿した。

「超能力! 使えるんだから!」

「ひいいいっ!? 火!?」

「下がれ、スキルだっ! 来る!」

 おののく田岡をかばうように、ガルドが両手を広げながらすかさず飛び出す。片手剣の初期スキルで、装備すれば自動的に習得できる炎属性の攻撃だ。火かき棒が片手剣扱いなど聞いたことがなかったが、田岡の槍に比べれば全くと言っていいほど問題なく、むしろパリィガード担当・ガルドの対応範囲内だった。

 抜刀動作の遅い大剣は、こうした不慮の事態には後手に回ることが多い。ガルドは何度も悔しい思いをし、その度に対応を編み出してきた。

 伏せるように体を屈ませ、背中の鞘から大剣を抜刀するモーションをすぐに出来るようスタンバイ。女が振り下ろすスキルが来る直前、通常パリィするタイミングより一拍早く、ガルドは抜刀時に発動できるスキルをモーションで呼び出す。普段より左にひねりながら素早く抜き、そのまますぐに仕舞うようなイメージを発した。

 夜叉彦が愛用するものと似た、東洋風の抜刀音で大剣が抜かれる。

 続けて青白い光が背中ではじけた。パリィの効果音も続く。

 女性が振り下ろした棒は後ろに弾かれ、炎はガルドの体の上で掻き消えた。続いて刀を仕舞う納刀音が大剣から鳴る。普段ならありえないサウンドエフェクトだが、効果はこの直後に出る。

「きゃっ」

 風が強く、一陣吹いた。



 ガルドが必須にしているスキルは何種類かあるが、この「風パリィ」はガルドのパリィワークを飛躍させる逸品だ。どの武器でも使用できる、日本サーバー限定の遊びスキルという位置づけだった。

 公式が意図した使い方ではない。髪やマントが棚引いてかっこよく見える、というスクリーンショット用のスキルだ。非常にタイミングがシビアで、セットの枠を一つ埋めてまで使うユーザーは少ない。ガルドは好んだが、仲間内でも夜叉彦が遊び半分で使う程度だった。

「危ない」

 ガルドは素早く体を起こし、トリモチをすかさず取り出した。そしてスカートを押さえている女性の、武器を持った方の細い手首をトリモチを握った手で掴む。

「きゃあっ!? いやあっ!」

「拘束はしない。武器だけもらおう」

 以前田岡をロープでぐるぐる巻きにしたことを思い出し、今回は必要ないだろうと首を振った。逃げる先が無い。あの時は広大なフィールド上だったが、今は屋敷と城下町で覆われている。

 掴んだ右手の火かき棒をもう片方の手で奪おうとするが、女性は甲高い悲鳴をまたあげた。

 なにか悪いことのような気がしてくる。ガルドはとても困った。

「も、モチ君?」

「田岡さん、悪いが手伝って欲しい。棒を……」

「いやぁああ! 何する気!? よして!」

「お、おお。ほら、棒は危ないからメッ、だぞ? あぶ、危ない。火もダメだ。クフフ」

「男二人掛りで何するつもりよ!?」

「ご、誤解だ! 火で暴れられるのはダメだ、困る。だからほらほら、こうして棒を取ろうと……あれっ?」

 田岡が必死に手から奪おうと棒を掴むが、手と一体化しているようで取れそうにない。

「ひっつきだ。システムが効いてる」

「ひ? 火、ひ、ひ」

 運営の気遣いシステムが効果を発揮しているせいだ。田岡はぶるぶると震えながら女性の指へ爪を立てた。ひっつきと呼ばれる装備の固定化に田岡は理解が及ばないらしい。何度も何度も体重をかけて、爪でカリカリと擦り、ひたすら指を剥がそうとする。

「いやあっー! や、キモいーっ!」

「しし、し、失敬な!」

「タスケテェっ!」

 ガルドはうろたえているばかりだ。頭では必死にどうすべきか考えるが、アバターはピクリとも動かない。

「うわ。何やってんだよ」

 背後から声がかかり、ガルドは弾かれるようにして女性の腕ごと振り返る。

「榎本!」

「また増えたぁっ!? いやあー! 助けてぇ!」

 ガルドのスネや腹を何度も何度も蹴りながら、女は榎本を見て甲高く悲鳴をあげた。恐怖というよりパニックになっているような態度で、隙をついて逃げそうな様子だ。

「あー……仲間が悪かったな。怖かったろ? 俺が元の部屋まで送るからさ。ほらガルド、手ぇ離してやれよ」

<離すなよ>

 榎本が対女性用の優しい笑顔で語りかけつつ、ガルドに文字で正反対の指示を出してくる。

<……演技は苦手だ>

<言ってる場合かよ。やるぞ。俺、優しい優しいイケメン役。お前、無愛想でムッツリした真面目なサポート役>

<ムッツリは余計>

「離すと、棒を振り回して危ない」

 ムッツリを意識しながら顔を榎本から女性へ移し、ガルドが低く呟く。榎本は優しく笑っている。

「おおっと、ソイツは危ないな。お嬢さんの綺麗な顔に怪我でもさせたら親御さんに申し訳つかない。俺たちは貴方を怪我させたいわけじゃないんだよ。なぁ?」

 榎本とガルドは女性の前で一芝居打つことにした。普段通りの、榎本が引っ張っていきガルドがポツリと短い単語を返すだけの会話だ。ガルドは必死に言葉を増やそうとしているが、それを超えて榎本が流暢に語りだす。

「でもこいつらが!」

「ああ、申し訳ない。言葉が足りなかった。無口なやつなんだ。でも優しいやつさ。手、痛いか?」

「え、あれ? 痛くない」

 女性の混乱がしゅんと落ち着く。モチの拘束で捕まえているため、リアルで腕を掴まれるような痛みは無いだろう。

「ほらな。棒だけ欲しいんだ。貰っても?」

「え、あ、うん」

「ありがとうな。怖かったろ、ごめんな。こんなヒゲのコンビ」

「オッ! 私もヒゲ、ふっさふさだからなぁ。三人組だな!」

 田岡がガルドの背中から顔だけだし、会話に口を突っ込む。

「はは、そうだった。俺たちヒゲトリオ。よろしくな。そうだ、なぁ、君は名前なんてーの?」

 火かき棒を受け取った榎本が、ナンパなテンションで話しかけ始める。ガルドはそっと手を下げ、トリモチを外そうと引っ張ったり手を開いたりする。が、剥がれず終いだった。

<このまま落ち着かせてマグナんとこまで連れてくとするか。ガルド、手、離してもいいぞ>

<離せない。トリモチ確保したからしばらくは> 

<モチ!? あ、その手ん中か。剥がれるまで三分だ。ちょうどいいや、少しナンパ付き合え>

<な、ナンパ……>

 ガルドは冷や汗をかいた。



「ここに来て数日? 実は俺たちも数日前に空港から攫われたんだよ」

「えっ!? ええ、そう! 私たちもラウンジにいたのに、こんな屋敷に閉じ込められて……」

 女性は勢いよく愚痴のように現状を説明しはじめた。榎本はテンポよく「そうなんだ」「大変だったな」「もう大丈夫」と優しい言葉をかけ続ける。

 ガルドは時折「ああ」としか言えなかった。

「へぇ、海外遠征?」

「箱推しだから、初海外ライブなんて逃せないじゃない? ずっと楽しみにしてたの。GWでホテルも飛行機も予約が大変だったんだから」

「そりゃ災難だったな。高かっただろ?」

「お金なんてどうせ旦那のだから気にしないけど」

 榎本はぴくりと口角を引きつらせたが、何事もなかったかのように会話に戻った。

「俺らも実は、海外遠征で空港にいたんだ。ハワイ行きの便の搭乗待ちしてたとこに、なんでか連れてこられて、ゲームのアバターに変えられちまったってわけ。こいつと俺はそう。こっちは……ちょっと複雑でな」

「そうなの。ゲーム? だから日本人じゃない顔してたのね。私、ひどい勘違いしてたみたい。ごめんなさいね」

 くるりと振り向いた女性の言葉に、ガルドは小さく答える。

「いや……こちらも悪かった」

「私ってば、すっかりあなたたちがテロリストだと……でも私、この棒で火出して殴りかかったのよ? やけどは? 痛くなかった?」

「それもゲームの力だな。お嬢さんの外見はそのままだけど、ゲームのアバターに似た機能が備わってるんだ」

「痛みもない」

「ヒッヒ、食わなくても死なないんだぞ。それはこの私が保証しよう。うん。飢えと味覚の渇望は全く別物なのだぁー」

「え? え?」

「お前ら一気にしゃべりすぎ。他の二人にも説明するから、とりあえず玄関のとこまで戻ろう。俺たち、屋敷の外から来たんだよ」

 女性の手を榎本がそっと下からすくいとる。レディをエスコートするように廊下を指差した。外という単語が出た瞬間、女性が満面の笑みに変わる。

「外!? あのドア、外からなら開くの!?」

「ん?」

 トリモチの剥がれた手を女性から離しつつ、ガルドはふと考える。

 彼女たち三人は、安全なここから出なかったわけではないのだ。出ることを制限されていた。それを解除したのは田岡だ。ガルドたちより何年も前から閉じ込められ、ついこの間解放された男。彼が作ったギルドホームに、そもそも作ったばかりのはずだが、ガルドらと同じ空港での被害者が閉じ込められていた。

 ガルドたちと田岡は生活基盤が無いという点で違いがある。手に入れようとすると犯人は予想し、そこに被害者を仕込んだのだろうか。田岡と自然に出会うように。そこまで深く勘ぐる。

「田岡に、少しずつ、人を会わせたい……のか?」

「んー? 呼んだかぁ?」

「あ、いや」

 呟いた言葉は誰にも、チャット欄にも流れずに消えた。だがガルドの脳裏にこびりつく。他の被害者たちも、こうして田岡の目の前に現れるだろう。

 もしもガルドたちが塔で救い出さなかったら。その時はきっと他のプレイヤーがあの塔を通るように仕向けたはずだ。GMの思惑が自分たちではなく「田岡の実験」にあるのであれば、今回三人がここにいた理由は十分価値がある。

 しかし、と頭をかきながらガルドは三人の後ろを歩き始めた。

 ガルドたちロンド・ベルベットと、事情を知るぷっとんだけが「被害者は自分たちだけじゃない」ことを分かっている。あの塔を通ったのはその被害者探しのためで、情報は犯人たちが予期していない外部からのものだ。阿国たちとの交信がなければ、自分たちも今頃ギルドホームに缶詰していたかもしれない。

 そうなれば、田岡の拘束はしばらく伸びるはずだ。ぷっとんだけが探し回る。一生気付かない可能性もある。

「……会議の議題にしよう」

 ガルドは考えるのをやめた。マグナあたりに任せ、自分は他の仲間たちを助けることに集中するのがいい。向いている。一般人はそう多くないだろう。ほとんどがプレイヤーで、ガルドの顔を知っているはずだ。空港に来るほどロンベルを応援してくれたプレイヤーたちには、先ほどのようなナンパじみた交渉など必要ない。

「何か食べたいものある? 気の利いたものは持ってきてないんだけどよ」

「いいえ結構よ。一通りのものはキッチンにあるから」

「へぇ、キッチンか。料理とか得意そうだな!」

「全然。金井さんが作ってくれるから、全部お任せしてるの」

「かない?」

 前方から聞こえる下手なナンパの、どこかで聞いたような苗字にガルドは顔を上げた。キッチンという単語も想定外だ。フロキリは料理が出来ない。調理に関するゲームシステムがそもそもない。

「今頃、美味しいカキフライ揚げててくれてると思うんだけど。会わなかった?」

「カキフライ!」

 田岡が嬉しそうにぴょんと跳ねた。

「どこにあるんだ、そのキッチン」

「上よ。メインダイニングは二階なの。キッチンっていってもすごく大きくて、厨房みたいな感じ」

<二階組! キッチン、男、金井とかいうやつ!>

<カキふラーイ!>

 田岡の文字化けしたチャット文章に、仲間たちが続々と続く。

<えっ? キッチンにカキフライあるの!?>

<か、カキ……いいな>

<おおお! カキフライだと! ビールなら持ってきたぞっ!>

<ナーイスジャス>

「……金井?」

 ガルドは首を傾げながら、ヒゲと女性の後に続いた。




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