266 洋館
「ギルドネーム、どうするー?」
「君らで言うところのロンベルベーだな? 実はもう決めているんだ」
「へえ、なに?」
誰も田岡の言い間違いを指摘しない。それよりも六人は決めているというギルドネームに興味があった。
「サンバガラス!」
うきうきとしながらそう話す田岡に、仲間たちは揃って顔を見合わせた。三羽烏と名乗るには二人足りない。言葉の使い方としては「同業の同年代の特に優れた三人組」を例えるときに使う言葉だ。
「……えーっと、まぁ、ゴロいいよね」
夜叉彦が頷く。自分達のネーミングセンスを振り返り、榎本は「日本風でいいな」と当たり障りのない言葉で誉めた。ロンド・ベルベットも語感と元ギルマス・ベルベットの名前を絡めたシャレに加えて「陽気で高貴っぽい」とつけられたことを踏まえれば、一人なのに三羽烏だなど気にならない。
「じゃ、それを打ち込むんだ。チャット欄の文字入力と同じように……」
氷結晶城一階に横並びで設置されている受付の一つに寄りかかりながら、田岡とマグナはギルドの受付を行っていた。
しかし、きっかり三回の食事と青椿亭での雑魚寝を経てやりきった二十回のクエストに、仲間たちは疲労の色が隠しきれない。
「なぁ、ギルメン募集の文面とかすっ飛ばせよ?」
「そうだな、こだわりたいところだが」
「やめてよー。こだわり強すぎてロンベルの紹介カード書いた時なんて数時間かかったじゃん」
「よく覚えてるなぁ。大昔過ぎて忘れたぞ!」
そう昔話をしながら榎本とメロが嗜める。ジャスティンはげらげらと笑っているが、その当時を知らないガルドや夜叉彦は顔を見合わせた。
「そんなにかかったの?」
「凝ったな」
「時間かけてもどうせふるいにかけるんだから意味なかったよ」
メロが笑うが、ガルドは心底羨ましかった。楽しそうにベルベットと喧嘩するメロの姿が目に浮かぶようだ。
「……そうか」
「これで家が、ああ、家かぁ。ふふふ、ふふ」
田岡は感慨にふけりながら虚空を見ていた。受付から開けるギルド情報を一度スクロールして流し読み、ピントをガルドたちに戻しながら振り返る。
「迷惑をかけた。手伝ってくれたこと、感謝する」
「いいっていいって。それに会長、まだ終わってないよ〜?」
メロが拉致被害者の会・会長ネタを引きずりつつ、指を一本立てて自慢げに言う。
「ロンベルから新築祝い! 即席ベッドを贈るよ!」
「……おい、あれはダメだぞ?」
すかさずマグナが止めた。
「えー? だめ? エレクトリカルパレードごっこベッド」
「名前が長い。それに、明るくて寝れない」
ガルドは首を振って却下した。
ギルドホームはギルドマスター権限の「ゲスト設定」で外のプレイヤーを招待することができる。田岡には細かい設定は難しいだろうとメロは「とりあえず誰でも入れるようにしておけば?」と勧めた。
「うっわ、ちっさ!」
田岡と同行して新居を目指した六人だったが、そのシルエットを見た瞬間夜叉彦が大きな声で悪口を口走った。
「夜叉彦」
「うっ、ごめんて。でも小さくない?」
ギルドホーム行きの透明なドアをくぐると、ギルド・サンバガラス専用のギルドホームが見えてきた。背景が草原になっていたロンド・ベルベットのホームとは違い、初期設定の雪原に建っている。
「おお、懐かしいな」
「最初はこうなんだよ、夜叉彦。ウチらもこっからあそこまで大きくしたんだから」
そこには小さな小さな木造家屋が一軒、新しい主を待っていた。装飾も何もない、ただの分厚い屋根の山小屋だ。雪国らしさという前提条件からか、大きな煙突が中心を貫くように生えている。煙は無い。
ロンベルのホームを見慣れたメンバーには小さく見えた。七人入れば窮屈に感じるだろう。まさに小屋といった印象を与える外観だ。
「おお……おお……」
田岡は感激のあまり声を失い、突然ぱっと駆け出した。解けかけの雪を踏むじゃくじゃくという音と、あとを続くロンベルのけたたましい足音が小さな雪の原に響く。
「一戸建てか! おお、おおお!」
「あー、田岡さんずっと塔暮らしだったもんね」
正面玄関は簡易的な内開きのドアだ。アルミのような回しノブがついただけの質素さがなんとも言えない哀愁を感じさせる。窓はリアルで見慣れたサッシつきのもので、ゲームらしいファンタジーらしさの欠片もない。ガルドは少し残念に感じたが、田岡は喜んでいる。
「サルガスのアプデ入ったらあれだな、こういうの全部かっこよくしてやりたいな」
ジャスティンが呟く。ロンド・ベルベットのギルドホームは、基本的に凝り性だった初代ギルマスのベルベットが作り上げている。ガルド達はそういったインテリア関係には口を出していない。
「素晴らしいな! おお、本物のようだ! 中には、中はどうなっているんだ?」
「……ま、今のところ満足してもらえてるじゃん」
田岡のハイテンションぶりにメロは満足気だった。後方から「開けてみなよ~」と声をかけ、返事もせず即座に入っていく老人に「いいねぇ、アグレッシブ!」と笑った。
「おおっ!」
ホームの中から聞こえる一段と大きな感嘆の声に、ガルドは中を思い出した。
「そういえば……ランダムに暖房が初期配置されるはずだ」
ガルドも、フロキリで見る前は暖炉などフィクションだと思っていた。気温は年々上がっている。冬でも横浜はエアコンで十分だ。炎がちらちらと瞬く様子はデジタルでも心地の良いものだと知った。
「あー、何があったっけ」
「忘れた。すぐ買えるようになるし」
「家のサイズで買える暖炉、変わるだろ? 今ついてんのをしばらく使うことになるから大事だよな」
「粒炭ストーブとかいいよなぁ……って、ぅえっ!?」
のんびり後ろから入っていく仲間たちは、玄関先でぴたりと動きを止めた。あとが詰まり、身長の低いジャスティンが「おおい!」と文句を言う。
「な……」
ガルドは最後尾だったが、マグナたちの頭の上から中を見ることができた。
「凄いな! まるで城のようだ!」
入って右側のエリアから声がする。視線を移すと田岡が床にごろんと寝転がっていた。
「これが私の家か! ははは! 凄いな! アッハハ! ハッハッハ!」
大きな口を開けて笑った。腕全体で床の敷物を撫で、寝返りをうち顔を埋める。
家の中は、考えられないほど広かった。
「どうした、見せ……な、なんじゃこりゃあっ!」
小さすぎたジャスティンがマグナの足を半ば持ち上げつつ、股の間から先頭に顔を出して叫んだ。
「豪邸じゃないかぁっ!?」
「お、おい……やりすぎだろ、これ」
榎本がよろよろと進み、田岡が寝そべる床に近づいた。
外から見た建物のサイズを遥かに上回るエントランスには、大理石製の巨大暖炉が存在感をあらわにしていた。ロンド・ベルベットの暖炉よりふた回りは大きい。その前には、シロクマの顔剥製がついた毛足の長い敷物が横たわっていた。
「ね、ねえっ、ちょっと、見たことない家具ばっかりだけど!?」
「ああ。間違いなくGM、拉致犯達の仕業だな」
「にしてはこだわりすぎない?」
夜叉彦が田岡のそばに座り込み、白い毛の絨毯を触る。手足を床に広げたシロクマの形をしているそれは、夜叉彦の細い指をあっというまに隠すほどふわふわしていた。
「すっごい、きもちいーい」
とろんとした声でそのままぼすんと敷物に寝転がる。田岡はそばの暖炉の炎をじっと見つめて「ほう」と感心している。
ガルドも仲間達と同様に、サンバガラスのギルドホームを歩きながら見渡していく。
中は美しい調度品で溢れている。外見はチープな山小屋でしかなかったが、一歩入ればまるでヨーロッパの豪邸だった。床をよく見れば石のタイル敷とカーペットを使い分けられており、壁はコンクリートより明るく大理石より重そうな石造りだ。表情豊かな色をみるに、名の知れた有名な石のキャプチャ画像を貼ったのだろう。
玄関の正面を振り向く。踊り場のついた二股の階段が陣取り、その正面には城主の肖像画でもかけられそうな巨大額縁が飾られていた。絵はない。そもそもフロキリには絵を飾るという機能がない。
二階の奥には壮大な廊下が続いているようで、天井には一々見事なシャンデリアが点々と奥まで付けられているらしい。華美すぎる。ロンベルのホームには一つしかない。豪華すぎるだろう、とガルドはそのまま一階の左側を眺める。
「む……」
暖炉と向かい合わせで暖炉が置かれている。
外から見た煙突は一つのはずで、物理の法則に反しすぎてやいないかとガルドはむっとした。無論嫉妬心からだ。田岡側と同じく大理石製の大きなタイプで、その前には黒いクマの頭が剥製でくっついたダイカットの絨毯が置かれている。
クロクマとシロクマは、よく見れば向かい合わせで置かれていた。
「……とにかく中で、あー、田岡。探検行くか?」
「行くとも!」
「風呂ぉ見つけたら入ったらどうだ? これならきっと相当でっかいぞ!」
ジャスティンがひげをふさふさ触りながら言う。長風呂派のジャスティンには、ロンベルホームのシャワー生活はさぞかし不満だっただろう。入りたそうに田岡を見ている。
「おお、おお! 風呂!」
田岡は跳ね起きエントランスを奥へと走り出した。階段脇は巨大なドアになっており、右側のものへと突っ込むように進む。
開いた瞬間見えた通路に仲間たちは息を飲んだ。
「わ……まだある」
「どんだけだよ」
ドアの向こうには通路が続き、一番奥のつきあたりが米粒ほど小さく見えた。高校の廊下などと比べ物にならない。ガルドが人生で一回だけ行った幕張メッセの通路のような距離がある。
そして点々と扉がついていた。
「ここから風呂見つけんの? うーわ……」
「文句言うな、分担しよう。右と左でだ」
「そっか、倍あるのかー。ジャスと田岡さんで頑張れ!」
「諦めるな! それでもゲーマーか!」
「二十もマラソンして疲れてんだよ。ジャスが左で人数的にもちょうどいいだろ?」
「新しいエリアの開放でわくわくしないのか! 一番乗りが越されるんだぞ!?」
「俺行こうかなー。みんなは?」
夜叉彦が腰を上げるが、逆にマグナたちはシロクマ絨毯の上に座り込んだ。ガルドは立ったまま、飛び出していった田岡の後を追おうと続く。
「コロナ飲む人~」
「はいはい! はいはいはい!」
「ライムねーの?」
「冷蔵庫探してこい」
「じゃあいいや」
「出不精にはこちらを進呈~」
「おいメロ! これ違うだろ、コントレックス!」
「好きだろ? ダイエット」
「フルダイブじゃ意味ないだろうがっ」
「ぎゃははは!」
後ろから聞こえる陽気で幼稚な会話に笑いつつ、ガルドは遠すぎる田岡に追いつくべく小走りで駆け出した。
廊下は二階のそれと同じく、小ぶりで豪勢なシャンデリアが一定間隔で天井を彩っている。壁紙がエントランスと違いグリーンの葉模様で、落ち着いた雰囲気の赤絨毯とマッチしていた。窓はなく、時折A3サイズほどの絵の無い額縁が飾られている。
小走りで走りより、ひとつ残らず廊下脇のドアを片っ端から開けつつ進む。しかしどれを開けてもただのがらんどうの小部屋で、ゲストルームのつもりだろうが、ベッドもサイドテーブルもないため物置のようだった。
遠くに見える田岡は、ガルドほど律儀には見ていないらしい。ドアを素通りしては、気が向いた時にだけドアを開けてすぐ閉め、を繰り返している。足の速さもガルドより上で、差はどんどん開いていた。
<ガルド、そっちどう? 小部屋ばっか?>
ぽんと音をたてて意識に入り込んできた声に、ガルドは<ああ>と送信した。ボイスチャット範囲は七人になっており、田岡の名前も加えられている。
<やっぱりそっか。サルガスが言う『アップデート』で改装できるなら、ここ全部とっぱらってシャワーとか近くしたいよね>
<逆にこっちにこれが欲しい>
自室を持てなかったガルドたちには、この余りある部屋は喉から手が出るほど欲しい。わざわざ作ったテントも愛着があったが、やはりドアのついた完全な部屋というのは憧れる。窓やベランダがあればさらに言うことがない。
<こんな広いんじゃ不便だよね。でもなんか思い出すよ。ゾンビゲーの始まりの地、あの往年の名作! 洋館が舞台でさ。映画にもなったんだよ>
フロキリ前はそういったゲームを好んでプレイしていた夜叉彦が、懐かしむように語りだす。
<ショットガンのカートリッジが部屋の隅にあれば、それっぽい>
<おー、わかってんじゃんガルド。ハーブとか集めつつ、ね>
ガルドはそうしたゾンビが出るゲームは未プレイだったが、世紀末の崩壊都市をガイガーカウンター片手に探索するゲームを好んでいた。お約束として「弾薬補充は現地調達」が挙げられる。
<おおい、やめろ! 言ってると出るぞ!>
オープンのボイスチャットにジャスティンが加わる。
<出ても大丈夫でしょ。確実に俺たちゾンビより強いから>
<ネメシスが出たらどうする!>
<うっ、一人じゃ無理。タンクのジャスとならいける>
<そ、そうか? 俺がいれば倒せるか?>
<C4で自爆して、とか?>
メロがいじりの一言を送信する。フロキリでは安くて強い威力で定評のあるプラスチック爆弾で、よく特攻自爆戦法で使われるものだ。
<せんぞ!>
ジャスティンが「拒否」のモーションアイコンを飛ばしてくる。ひげもじゃの小さなおじさんが真面目な顔で手のひらで制しつつ、首を静かに横に振っている。
「ふふ……」
騒がしいジャスティンのアバターがらしくない仕草をするのがツボで、ガルドは一人くすりと笑った。続けて次のドアを開ける。
「……っい!?」
人が立っていた。




