265 学生探偵
先週の分が更新できていなかったようで、大変申し訳ないです…(予約更新ミスでした)
二話同時更新します。
初夏の淡い空の下で、立ち去るくたびれた背広の男の背中に若々しい声が飛んだ。
「おつかれーッス!」
「おっかれっしたぁ~!」
男は振り返らずに手を振り、来た道を戻っていった。
東京。江東を湾岸側に進んだ先、新木場エリア。人の気配は無く閑散とした倉庫の街で、奥に行けば行くほど誰もいなくなる。正確には、建物の中一つ一つに沢山の従業員たちがいるはずだった。
そんな倉庫ビルが並ぶ脇の歩道を、いかにも場違いな若者たちが歩いている。
「金も入って、調査の進捗も見れて。いい調子だな」
三人いる青年たちは、全員が黒のTシャツに黒いカーゴパンツと黒ずくめだった。思い思いのカバンで差が出ているが、バイトの給料が入ったら全員がとあるブランドのスポーティな黒いデイバッグに変える予定である。
それは、空港で見かけた「公式による役者再現バージョン」ガルドの服装を目指した結果だった。
「掃除のバイト帰すだけなのに、わざわざ警備つけるなんて気張ってるよな」
「思うんだけど、なんか日本国内に敵でもいるみたいな態度じゃね?」
「犯人、日本人なのかな」
「そうじゃねぇよ。えーっとだな、犯人とは別に、こっちが調べたこと盗んだりするやつがいるかもってこと」
「ええっ!? マジ?」
「ま、ただの妄想だけど」
「な、なんだよ……びびらせんなよ」
三人は空港で難を逃れたガルドファンのフロキリプレイヤー達だ。ガルドが拉致されたことで、彼らはゲームよりその救出にメインの活動をシフトしていた。しかしアイアメインを中心に据えたフロキリ内での情報収集や考察などには参加していない。
「んなびびってんなよ。風林火山の山ー」
「動かざるごとガルドさんの如し!」
「なんだそれ、山要素無くね? つーかどうする? このあと」
「もち、阿国んとこ」
「メシも旨いし言うことないよな!」
「事件前は目の敵にされてたけど、なんかアタリ優しくなったような……」
「そうそう、メンヘラっぽい独占欲なくなったよな。お陰でガルドさんの熱いトーク出来るからいいけど」
「ブルーホールだと結構叩かれるし、フロキリでも夜叉彦ファンにドン引きされたりで散々だったよなー」
のんびり歩きながら雑談をしつつ、新木場駅へと向かっている。これから向かう先は羽田に向かう途中の、新木場よりも複雑な立地になっている平和島の倉庫エリアだ。その一角にある、ひときわ古く今にも潰れそうな年代物の倉庫へ向かう。
これも九郎達日電警備サイドからの要請で隠されてはいるが、惜しみ無く財をつぎ込んだ阿国出資の民営アジトである。
「っと、なんか来てる……」
フェラーリレッドが眩しいスティック型スマホの側面を見て、三人組の一人が声をあげた。グリーンのランプがゆっくりと点滅しており、メッセージが新着で入っていることを伝えている。
彼は黄色いショルダーバッグにつけられている蛍光ピンクのイルカ型キーホルダーを握りつぶし、歪んで開いた口に指を突っ込んだ。中からライムグリーンのコードをとりだし、格納状態のスマホにそのまま挿す。
「……相変わらずチカチカするんだよなぁ、お前のカッコ」
「せっかく買うなら珍しい方がいいだろ?」
「だからって色まで限定色だらけってどうよ」
仲間にからかわれながらコードをこめかみに当て、脳波感受でメッセージを読んだ。目で見るより早く突き抜けるその内容に、思わず足を止める。
「……おい、どうした?」
「スパム? ウイルス? トロイとか?」
派手目な青年は答えずじっとしている。ピントの合っていない目を見るに、脳波感受で長文を読んでいるようである。しばし他二人もそれに付き合い立ち止まった。
「……おい、おいおいおい、マジかよ……」
小声でそう漏らした青年は、脳波感受のコードを剥がし仲間に渡した。
「って、なんだこれ。読めねぇ!」
「あっそっか。俺さ、趣味でドイツ語やってんだろ? だからドイツにフレンドは多いんだよ。サブ垢は垢BAN対象になったときに消したけど……」
「趣味っつーか、専攻だろうが」
「でな、すげぇよ、大っぴらにしないよう極秘に回ってる怪文書!」
「ご、極秘……?」
「それ、まさか犯人とか? コンタクト?」
「怪文書ってなんだよそれ」
「つまりだな……いや、どこで誰が聞いてるかわかんねぇし、場所を移そう。阿国んとこはパスな」
「本格的だな」
「そういうのってディンクロンに報告しなくていいのかよ」
気弱そうにそう言った青年に向かって、ドイツ語専攻の青年は強い口調で言い切った。
「ダメに決まってんだろ、あいつチーマイのギルマスなんだから。敵の敵は味方だけどチーマイは別。それにほら、俺たち……スパイなんだからさ」
「こんな往来でその単語出した時点で、スパイ失格」
「あーあー! 映画! 映画のスパイ大作戦って知ってるかお前ら! おもしろいらしいぞ!」
「今さらごまかしてもなぁ。とりあえず俺んちか?」
「いや、俺たちは俺たちのアジトに行こうぜ」
彼らは普段通り和気あいあいと話しながら道を歩いた。周囲には誰もおらず、後ろを追跡するような人間も、カメラを向ける人物もいない。
彼らは被害者リストにのっていることから、中央の黒服たちからは「戦力外のデバガメ」と思われていた。もしくは保護すべき一般人だ。彼らが警戒するほど注目されていない。
九郎も同様に、彼らをただの一般プレイヤー扱いしていた。
「で、なんで学食?」
「そりゃあれだ。木の葉を隠すなら森の中っていうじゃん」
三人は都内の中心地まで戻っていた。
山手線の内側にありながら、川や緑が多く落ち着いたエリア、四ッ谷。青年たちは学科こそ違うが全員が同じ大学に在籍する旧友同士だった。
「何が木の葉だよ」
「え、なんかかっこいいじゃん? ま、ちょっと文書にわからないとこがあって。友達捕まえて助けもらおうかなーっと」
四ッ谷駅前に広がるキャンパスで、彼らは少し遅めの昼食をとりながら話し込んでいた。周囲は真面目な学生たちで溢れており、学校の特色からか国際色が豊かだ。肌の色の違いは全く気にならない。むしろこめかみにコードを充てがう行為に眉を顰める学生の方が多く、彼らは食堂の隅に陣取っている。
「で、なに? 日本語でざっと説明してくれよ」
慎重派な青年が昼食のチーズパニーニを片手に文句を言う。
「ドイツサーバーに救援要請が届いたんだ」
「きゅ、ええ!?」
「向こうからかっ!?」
テーブルに身を乗り出して詰め寄る二人を「まぁまぁ、だったらいいけど」と抑えて青年はスマホを先ほどより大きく広げた。
青年が持つスマホは「拡大スレートタイプ」と呼ばれるもので、スマホより大きなタブレットサイズにも広げられるのが特徴だった。スティック状態からタペストリーのように長く広げ、ロール状に隠れていた極薄液晶にドイツ語を表示させる。
「いや、別みたいなんだよ。とりあえず膜翻訳だとこんな感じ」
スレート液晶の上に、カバンから取り出した透明な液晶フィルムを取り出して被せる。市販されている英語翻訳ARディスプレイ——通称英語膜のドイツ語版だ。海外から取り寄せたもので翻訳先は英語だ。日本語への翻訳は精度に難があり、まだ商品化されていない。
「おお、救援要請だ……」
表示された英文を読んで、青年二人は声をあげた。
前半部分の内容はシンプルだった。助けてほしい、そのために皆さんの助けが要る、といった文が続いている。
「やっぱりガルドさんたちだ! なんでドイツ語だかわかんないけど、さらわれても負けないなんてさすがだ!」
合間に出てくる「救援」や「さらう」などの不穏な単語に、通りがかった女子大生がちらりと青年たちのテーブルを向いた。慌てて青年の一人が大声を出した青年の肩を組み、机につっぷさせる。
「おい、静かに話せよ」
小声で注意され落ち着いたが、小声で反論した。
「だってよ、興奮するだろ?」
「俺たちにもなにか出来るんだよな……早速これ、ちゃんと日本語に訳そうぜ」
青年の一人はそう言うと、レポート用紙とペンを取り出した。ペットボトルのなっちゃんを一口飲み、持っている紙にすらすらと日本語訳を書き始める。しかしピタリとペンを止めた。
「あれ、これ変じゃねえ? 途中からなんか広告みたいな言葉混じってるじゃんか」
「そう。そうなんだよ。文法がな。精度の低い機械翻訳みたいでさぁ、困ったよマジ」
「ほんとに広告なんじゃないの?」
「あー違う違う。英語膜で二重翻訳なんてしたから、これ、もう全く別の意味になってるんだ」
そう指を差しながら指摘していく。それを二人は昼食を食べながら聞き入った。
「『アジアでのアンケート』って書いてあるだろ? Surveyのとこ」
「ああ」
「だから広告読んだ人にアンケートとって……フロキリユーザーだからフルダイブ系何プレイしてますかーみたいな?」
「それがなー、ほれ。めくって原文読むとわかる」
「いやだからドイツ語読めねえって」
「おっとそうだった。ほらここ、Umfrage in Asien、Fragebogenじゃないんだ。正しいならこれは『調査』になる。それに『詳しくは検索してね♪』も、そもそも検索が違う。これは『捜索』って意味になる……」
「え、アンケートじゃなくね、それ」
「調査、捜索、おーっと事件の香り!」
そう楽しげに画面を見ながら話し合い、三人は昼食をみるみる食べ終えていった。途中、食堂のトレイを手にすれ違った同窓生を青年の一人が呼び止める。
「お、けーにゃん! ちょっとこれ見てくれよ」
「えーなになにー?」
金髪をゆるりとお団子にした女子大生に自然な口調で声をかけ、すかさず席を立ち椅子を譲る。座った彼女に「この文章なんだけどさぁ」とドイツ語版を見せ、後半の救援に関する詳細部分に集中する文法崩れを一緒に笑う。
「なにこれぇ」
「だろ? これをマトモにしてやろうと思ってさあ~」
楽しそうに話す派手めな青年を横目に、ガルドファンの二人は面白くないといった顔でペットボトルのソフトドリンクをあおった。




