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264 画伯

 九郎は非常に困っていた。

 ガルドたちロンド・ベルベットの面々には罪悪感があった。彼らが被害者になる前、ハワイ行きを止めようと思えば止められた過去が忘れられない。チートマイスターのギルドホームに呼んで茶会をしたときにでも、信じるかどうかはともかく危機が迫っていると真実を打ち明ければよかったのだ。

 だがこうして田岡が少しでも幸せそうにしているのを聞いていると、必要な犠牲だったのだとも思う。

 だからこそ九郎は困っていた。音信不通直前の、いわゆる「遺言」として頼まれていたこと。「自分がガルドという名前でネナベをしていることを両親には黙っていてほしい」という頼みに危機が迫っている。

「ボスはご存じなのでしょう?」

 大柳がそう切り込んできた。聡明で冷たい印象の女性部下だが、他の部下たちより人間関係を円滑にすすめることの重要性を知っている点が好印象だった。九郎はそういったことより業務を効率的にこなせるかどうかを重要視していたため、こうした配慮の出来る部下はありがたい。

 それも、大柳があの佐野仁の直属の部下だからだ。佐野は人の心を上手く扱う。その手法が部下に脈々と引き継がれているのだ。慕われているな、と羨む。そして報告はすぐに上がるだろうとも踏んでいる。佐野仁にはガルドが佐野みずきだとバレてはいけない。

「……現時点では考えていない。全員となると自信がないからな。確定している六人の他に、現在様子が確認できていない被害者たちのデータも均等に共有しなければならないだろう」

「あ……リアルの氏名は一覧がありますが」

「それとアバターの名前をピタリ一致させる、というのが難しい。顔も年もデタラメだ。性格も似たようなプレイヤーは多いからな。それに、あのタイミングでログインを辞めたプレイヤーというのは、日本サーバーだけで七十を越える。海外も含めばもっとだ。海外サーバーを拠点にするユーザーもゼロではないだろう。そうなると絞り混みだけで数日かかる。その数日が惜しい。その上正確性には欠ける」

 捲し立てるように九郎は持論をのべた。だがこれもそれらしいことを並べたに過ぎない。恐らく本気で突合すれば一日で済むだろう。

 そもそも、被害者の自宅に押し入りフルダイブ機のログを見れば一瞬だ。

「なるほど、それは確かに。差し出がましい真似を……」

「いや、気になることは全て遠慮なく言ってくれ。上へ指摘が出来ない組織など……」

「役所か軍隊、ですよね?」

「その通りだ」

「ボスがいつも言うので覚えちゃいましたよ」

 笑いながら言う大柳に、ディンクロンは内心ニヤリと笑った。大柳は完全に謎理論を信じたようで、話を被害者から調査の進捗について移していく。

「生体ビーコンの調査、外部の協力企業に委託して正解でしたね」

「あれは情報としての価値が低いからな。佐野みずきの位置情報も外れたのを見ると、敵が何も対策してない訳がない」

「ですが無視できない、だからこその委託ですね」

「そうだ。ネットビーコンはどれも潰れていたが、生体だけは拾えそうだからな。時間はかかるだろうが、布袋の現在地と他のメンバーの現在地は恐らく類似性くらいはあるはずだ。回収できた潜水艦、そこから可能性が浮上した『大型母艦』、そして空港の状況証拠から読み取れるUAV(無人航空機)その全てがバラバラに別の場所へと向かったのだとしたら……」

「ネット上では一つの場所に閉じ込める必要がありますが、体はその必要無いですからね」

「犯人たちは確実にグループだ。拠点は恐らく三以上ある。目標の実験サーバーは一つだが、そこに専用回線で繋がっている可能性が高い。田岡の回線は相当な手間隙かけて隠しているようだが、他の面々にそうする理由も必要も無いだろうからな」

 九郎は遠くから大勢の人間が近づいてくる喧騒を聞き、パイプ椅子から立ち上がった。

「最優先は変わらずUAVの追跡ですね。空を使ったのには理由があるはずですし」

 大柳もそれに続く。

「あの少ないデータからサイズまで割り出せたのは、さすがと言える。燃料から考えてそう遠くには飛ばせないだろう。タカ(航空自衛隊)からの情報では、警戒要請後の日本上空で空中給油は確認できなかった。となるとUAVはアジア圏にいる。それも、まだ居るだろう」

「……船に載せなかったから、ですか?」

「そうだ。理由はまだいくつかあるが、あとはカンだ。他の国も最低限調べるが、私のカンが徒労に終わると言っている」

「ボス、こういうとき野性的ですよね」

「株式会社の利点、社長判断だ」

 大柳は優しく微笑みつつ、肩をすくめた。病院で田岡回りの仕事を九郎と行う中で、大柳は彼と霞が関との奇妙な敵対関係に気づいていた。

 そして九郎はことあるごとに「会社ならでは」というメリットを口にする。それが前職への敵対心や対抗意識からくるのだと、大柳はポジティブに呆れた。

 子どもっぽい。ボスのそういうところが可愛い。

「アジア圏で、船を囮にしてたどり着きたいアジト……広すぎます」

「衛星からも有力な手がかり無しだ。推測とか細い空港のデータを元に、しらみつぶしで探していくしかないだろうな」

「各国の軍に要請でもしましょうか」

「いや、手間だ。一元化する」

 大柳が不思議そうな顔をする。遠かった喧騒と台車を何台もひくような音がすぐそこまで来た。九郎は振り返り、ドア前からずれて彼らを待つ。

「え、軍の総指揮なんて国連ぐらいしか……」

「フロキリだ」

「え?」

 ドアが開き、荷物運搬を指示した部下たちがなだれ込んでくる。口々に「社長、お疲れさまです」「戻りました、ボス」と声をかけてくる。「ああ」とだけ返しながら、大柳を見た。

「……使えるものは使う。アジア各国に点在し、権力的にもそう強くない我々でも可能な、細部まで我々の意思が届く組織。彼らにしらみつぶし調べ尽くしてもらう」

 社内でも体を鍛えている屈強な男たちを選んで呼び寄せたため、一気に部屋は騒がしくなる。運びやすくした配線を詰め込み、通信ケーブルを有線・無線の補助含め何通りもセットした特性ベッドを男たちが取り囲んだ。

「……まさか、一般人、あのゲームのプレイヤーたちを巻き込むんですか!?」

「ああ。アジア圏の各サーバーに依頼をかける。この前の反応、覚えているだろう?」

「田岡さんの近くでブルーホールに入ったときの、『近隣ユーザー』欄に走ったバグ文字のことですね」

 フルダイブ機によるゲームだけでなく、携帯機器などのライトなゲームでも表示されるシステムに「近隣で同じタイトルをプレイしているユーザーをアイコンと名前だけ表示する」というものがある。

 フレンドになりやすいようにという小さな配慮から生まれたそのシステムは、オンオフの効かない固定の機能として全世界に広まっていた。近隣の度合いはユーザー側で調整がきき、日本では市町村単位でフィルターをかけることもできる。

 そして、田岡の周辺二キロでフロキリもしくはフルダイブゲームユーザー専用コミュニティサイト——通称ブルーホールのフロキリ公式ページにログインすると、近隣ユーザー一覧に奇妙な文字が走ったのだった。

「ブルーホールでも、フロキリのプレイヤーデータと紐付けしたアカウントでなければ反応しなかった。ただでさえ脳波コン所有者は貴重だ。ばらまいて人海戦術など正気の沙汰じゃない。だからこそ、使えるものは使う」

「危険性ありです」

「それは説明の上だ」

「……人の入れないエリアにアジトがある可能性も高いのに」

「そのエリアを調査するのは当然、我々日電警備の仕事だ」

「はぁ……社長判断ってやつですね?」

「そうだ。この作戦、全体には周知しない。お前と有楽町組だけだ」

「えっ」

 大柳が切れ長の目を真ん丸にして驚いた。有楽町組は三橋以下の音声分析班とフルダイブでのフロキリ経由情報操作班を合わせた通称で、そこに佐野は含まれない。

「……佐野には極秘で行う」

「……それ、あの人が嫌がるって分かっててやるってことですよね?」

「わかっているから極秘と言った」

 既にベッドごと他の部下たちは退席している。ベッドに寝ている田岡も共にだ。移動は慎重に、とは命じてある。過去何度か移動させたこともあり、田岡の回線切断を回避するマニュアルは周知済みだった。九郎はその心配をするよりも、三橋と大柳の忠誠心を心配する。

「佐野は娘のために自分を犠牲にすることは厭わない。だが他人が犠牲になることを許さない。しかしだ。それは……無理だ。誰も傷つかず救出することなど不可能なんだ」

「それでも、佐野さんは……」

 大柳は良い部下だ。九郎は再び佐野仁を羨んだ。不可能とバッサリ切り捨てた犠牲を「そんなことない」と言わない大柳は、十分に冷静だろう。それでも上司の佐野が悲しむことを予想し、そうならないようにと必死に今まさに案を考えている。考え、割りきり、優先順位をつけている。

「大柳」

「佐野さんは、そうですよね。そういう人です。数日であんなにボロボロになって、これが長期戦になれば……奥さまもほとんど帰っていないそうです。二人だけがこんなに苦しんで、だったら少しでも早く……」

 九郎は目を細めた。そしてゆっくりと閉じる。

「悩ませてしまったな……」

「いえ! 知らないままだったら逆に悩みます、ボス。迷いはありません。自分と有楽町のチームだけというのは理由があるのでしょう? 佐野さんに知られないよう業務をマネジメントする役回り、といったところでしょうか」

「流石だ。私一人では回らないからな。陸地捜査、とでも呼ぼうか」

 そう作戦名をつけ、九郎は部下の目を見据えて普段よりはっきりと口にした。

「大柳、そこの総括を頼む」

「……ズルいですね、ボス。それに的確な人選。私以上にモチベ高い社員、他に居ないでしょうし」

 大柳は普段以上に目を鋭くして、ボスである九郎を見つめる。睨んでいるわけではないのだが、彼女なりの決意が表情に現れていた。

「受けてくれるか。田岡の秘匿と向こう側の調査は私と阿国……久仁子の民間組織が引き続き行っていく。チームは固定しない。流動的に、流れるように個々を生かす。それが出来るのは大柳、お前たち若手が既に判断力のある人材に育ったからだ」

「それは、評価して頂いてるんでしょうか」

「恐れてもいる。責任感に押し潰されないでくれよ」

「自分なら大丈夫、とは言いませんけど。メンタル面は仕事の外でケアするので」

 大柳はさっぱりとした顔で言い切り、こめかみにひたりと磁石内蔵ケーブルを装着する。九郎はそれを見て、用意しておいた指示書や各種資料を携帯端末から呼び出した。

 ケーブルの先は二股で、ひとつは大柳の端末。そしてもうひとつはデータ送受信用の端子になっていた。九郎は端末を差し出すことで、端子の方をこれに差すように、と指示した。データ保護のため有線以外のネット通信機能が無い端末で、九郎は好んでこの方法でデータの受け渡しをしていた。大柳は慣れた手つきでケーブルを端子に差し込み、勢いよく流れてくるデータを閲覧する。

 二股で分かれた先の大柳端末に全て保存された。加えて九郎は、データにあえてしなかった情報をメモに書き始める。

「……これは極秘だが、田岡の輸送先には彼らが馴染んでいる。一見わからないだろうから、お前だけには教えておこう。共有は外部からの出向者に関しては厳禁、他は状況に応じてお前に任せる」

「これは……似顔絵?」

「プロファイルは私ですらわからんが、大っぴらなスパイだと思っていい」

「おおっぴらならスパイとは呼ばないでしょう。道化師ですよ」

「味方だから悠長に泳がせているが、まだ敵対する可能性もある。音声解析捜査、あと通常業務の件は漏らすなよ」

「通常業務ですか? え、じゃあ彼らは知らないと」

「そうだ。あの場で脳波コンの情報操作について話題に出ることはないだろうが、念のため口外しないよう一斉指示しておこう」

 罫線のひかれたメモには、九郎直筆の似顔絵が三人分描かれていた。ボールペンで描かれたそれは、お世辞でもまともな人間の形をしていなかった。

「頼むぞ、大柳」

 そう肩にぽんと手を置いてから去っていく上司を見送りながら、手の中の紙を見て大柳は思った。

「……これじゃわからないです、ボス。ふふふ、ひどい、下手すぎる」

 ミミズの走ったような似顔絵からなんとか人相を割ろうと、大柳は首をひねりながら笑った。




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