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263 慣れればゲーマー

 爆風に歯向かうように進み続ける。ジャスティンの笑い声が背中側から聞こえ、それだけで犯人が誰かわかった。爆発物は敵味方の区別なくダメージを与えるが、ふざけていてもベテランらしく十分な距離を空けて発動させたらしい。ガルドのHPゲージは全く減っていなかった。

 しかし大きく体勢を崩す。自分から突っ込んだのだが、煙と風に巻かれて思わず腰を曲げ、空いた左腕で顔を覆った。

「だ、大丈夫なのかっ!?」

 田岡の不安そうな声が聞こえ、心配させまいとガルドは気合いを入れる。煙が目にしみることもなければ熱さすら感じないのだ。

 駆けるタイミングに合わせて軽く飛びはねつつ、くるりと体を回して振り返った。肩にかけた剣が煙を切り裂き、景色が晴れた。

 向いた先の田岡がこちらを見ている。出会ってまだ二日経っていない彼の、すでに見慣れた斜視と視線がぶつかった。

「ん」

 まだアイコンタクトができるほど仲良くない。大きく頷いて平気だと伝え、かかとが地面につく瞬間、遠心力に任せて肩の大剣を頭上に振りかぶる。

「へっちゃらだろう。ほら見てろ、終わるところだ」

 ジャスティンが田岡に助言した。巨大スライム程度ならば、確かにそろそろ倒せるだろう。ガルドがスキルのモーションに入っていることもジャスティンは指したらしく、そのまま「光ってるだろう、あれだ。強いワザを出すところだ」と続けている。

 頭上に振り上げた大剣が青の発光エフェクトへ覆われていく。海より淡く、雪より暖かい川のような水面の青。ガルドはこのスキルを気に入っている。剣にセットされた固有スキルのエンチャント、水属性付与スキルだ。移動時間で溜めこみ、水は大鎌の形に変わっていく。

 狙う相手は既に満身創痍だった。効率重視のマグナだけは味方に補助弓をぷすぷす射し続けていたが、他の仲間たちが総出でスライムをタコ殴りにしていた。

 スライムは時おり粘性の高いあぶくのような呼吸をして、悲鳴のような水音をあげている。ブルーホールではソースとケチャップで煮込んだ紫キャベツだと表現されていた色が、徐々に黄色みを帯びてきていた。ガルドは少し焦る。限界に近い。

 ガルドは振りかぶった大剣を思いきり叩き込んだ。

「ふん!」

「うおっ!?」

 近距離で攻防していた榎本もモロに当たるが、クエストのサポートを受理した同ギルドメンバーは仲間内の攻撃対象から除外される。ガルドのスキル、大剣やガルドの腕ごと榎本の体をすり抜けていった。

 激しい水しぶきがスライムだけを襲う。

 鎌の形になった大剣の斬撃が、ぶにぶにとした表面を意にも介さず一刀両断した。一瞬の合間を経て鎌が鉄砲水状に四散していく。

 しかしスライムはまだ耐えている。

「トドメもーらいっ!」

 倒しきれなかったHPを狙い、夜叉彦が後から駆けてきていた。ガルドの真後ろにいる榎本もハンマーを振り上げるが、若干侍の方が早い。瞬くような差でインレンジに現れ、手首を効かせながら素早く刀を翻す。

 水のエフェクトがまだ残るなか、夜叉彦の袈裟斬りがスライムの中心部を削り取った。

「あーっ! ずりぃぞ夜叉彦!」

「へへん、早い者勝ち。でも、ガルドが弓の補助もらってたら違ってたかも」

「ああ」

「若干足りなかったな。トップまで溜めれば届いたかも」

「タイミングだからなんとも」

「相変わらず予告無しでつっこんできやがって……次やったらやりかえしてやるよ」

「受けて立つ」

「おー上等!」

「……ガルドが躊躇しないで攻撃に巻き込むのって、基本榎本だけだよね」

「ん?」

「おーっと、無自覚? 藪つついちゃったか」

「勝利画面のスクショ、だれとった」

 一拍無言。

「しょうがねぇなあ」

 榎本が宙に浮くリザルト画面を注視しながら、カメラのシャッターを押すジェスチャをした。スクリーンショットのコマンドはどのゲームも基本的に同じで、フルダイブ機の本体に依存している。

「これ見ないと賭けにならないだろ?」 

 二十回行うスライム討伐Sクリアマラソンに、ガルドたち近接アタッカー組は「トドメ回数のビリに罰ゲーム」を課していた。そうでもしないと単調でつまらない。ガルドはマグナを振り返る。視線に気づいたマグナは、無言の訴えへ返事をした。

「……さすがに後ろに振り向いて射つような余裕はないからな」

「ああ。次は近くにいる」

「マグナ、均等に頼むよ? ヒイキはダメだからね。いつも通り俺多めに頼むよ」

「それは均等とは言わないが、いつも通りお前のサポートは優先しよう」

「へへっ」

「あー、フログロ(毒属性ハンマー)じゃなくて瞬間火力の高いやつにすればよかったか?」

「今さらだ」

「戻って変えてきてもいいよ。ウチらだけでSクリアはできるだろうし」

「いや、そしたら賭けで負けるだろ。ナシだ、このまま勝つ!」

「じゃあメロさんもドデカいのいこうかな~」

「うむ。俺もキャノンを……」

「お前たちは好きに動いてもいいが、田岡の護衛は怠るなよ?」

「余裕!」

 仲間たちがクエスト結果画面を見ながら雑談する中、田岡は豆鉄砲を食らったような顔で六人をみていた。

「……君たち、仲がいいんだな。大切にするといい。うん。いいことだ」

「うむ、大事な友人だ! ネトゲで仲良くするというのは難しいからな」

 ジャスティンが頷きながら返す。

「田岡さんも仲間だよぉ、被害者の会でいえば会長じゃん」

「こうしてクエスト一緒にこなせば、それだけで仲間だよな」

「ああ」

 メロが言った会長という肩書きを、田岡は「会長、かいちょう、なかなかカッコいい響きだ……」と気に入って繰り返した。

「ほら、さくさくいくぞ。このペースでもあと十九回となると、晩飯越して真夜中に終わるくらいだ」

「ひ、昼は!?」

 強いショックを受けた田岡が悲鳴をあげる。隣でジャスティンも顔一杯に絶望を表現していた。

「……寝床より食事優先かよ」

「ああ、ベッドはあったが肉はなかったんだ! あ、コーラもだ。コーラ……」

「やれやれ。ほら」

 マグナがアイテム袋から瓶のボトルをとりだし、栓を抜いて渡した。

「おお! いただこう!」

 嬉しそうにコーラを飲みはじめる。渡した当の本人は苦い顔をした。

「ギルドマスター候補が初発を撃たないと、俺たちだけでは意味がない。また机につっぷすことになるぞ?」

「しょうがないよ、マグナ。食事優先でいいって本人が言ってるわけだし」

「夜叉彦、田岡に甘くないか?」

「女の子とご老人には優しく、ってね」

「ぷはっ……誰が半分死体のよぼ老人だって?」

 瓶コーラを半分飲み干した田岡は、夜叉彦の発言を過剰に聞き取り絡んだ。どうやら本人の元からの性格らしく、些細な老人ネタにすかさず反撃を繰り出すのはこれで二回目だ。

「そ、そこまで言ってないよぉー!」

「あれだな。優先席譲られても拒否るタイプ。老人扱いするなー、ってさ」

「優先席は座るぞ?」

「だっ、現金なじいさんだな!」

「貰えるものはもらう。そう、それに車が好きなんだ。電車はあまり乗らないんだ」

「へぇ、車? どんなやつだ?」

「プジョー」

「うわー、田岡さんお金持ちぃ」

「……そうなのか?」

「そういやここにもいたぞ、生粋のぼんぼん。お前んち、シボレーだったな」

「おお! あそこもいいな」

「ん、よく見てたな榎本」

「まぁな。つうか一回見たら忘れないだろ、あんな車」

「あまり興味なかった……しぼれー? 榎本、詳しいな」

「まぁまぁガルド、男の意地と沽券に関わる、ってやつだよ。俺と榎本だけだからね、ノー・カーライフ」

「っせぇ! 都内組は電車で十分だろうが!」

「車の所有率なんて年々下がっているだろう。気にすることじゃない。俺は二台あるが」

「俺は日本車しか乗らんぞ!」

「ジャスが外車乗ってたら逆に天変地異ものだよ」

「つかトヨタトヨタっていつも言ってたじゃん。みんな知ってるって」

「む、そうか。トヨタはすごいぞ?」

 雑談は止む気配がない。マグナはその喧騒に耳を傾けながら、渋い顔でクエスト候補をスクロールしていた。

「ね、マグナ。パジャマ子さんってスクーターなんでしょ?」

 メロがそう話に引き込もうとするのを、あきれた顔をしながらぶったぎる。

「ああ、あいつはカブが好きだからな……それよりお前たち、さっさと次に行くぞ。戦いながらでも話せるだろうが」

「はーい」

「田岡さん、チャットの使い方教えるよ。文字入力ってしたことある?」

「文字。文字? キーボードは無いぞ?」

「おお、そこからか! 腕がなるなぁ」

「えー、下がってていいよ。ジャスの説明、全部擬音じゃん」

「フルダイブの脳波感受型コントローラの機能だ。慣れない間は視線ポインタと合わせてもいい」

「ほー」

 本当はクエストを急ぐべきだと、田岡以外の六人は分かっていた。また机で寝させることになる上、彼はまだシャワーすら浴びていない。ガルドたちはその罪悪感があったが、田岡が満面の笑みで初めてのクエストをプレイしているのが罪滅ぼしになった。

 しかし脳波コンキーボードに夢中になり、また田岡のクエスト申請が止まった。

 真面目なマグナは焦りを露にする。

「……お前たちぃ」

「わー、マグナが怒ってる! あはは!」

「あー、とりあえずまたスライムでいいだろ? ほら、一発また頼むぞ」

「おお、出番か!」

 固かった表情がかなり緩んでいる。また真顔に近くなるが、ほんのり笑ったまま田岡は銃を構えた。撃ち込む直前「君たちが話している文字が見えるぞ」と雑談の続きをこぼす。チャットのことだ。ガルドは嬉しくなった。彼は少しずつゲームプレイヤーになってきている。

 そこには余裕があった。時間など余りある、と言いたげに田岡は笑った。



「田岡……」

「ボス、よかったですね。こんなに楽しそうな声、初めて聞きますよ」

「本当にあいつらには感謝しかない。それにかなり様子を細かく話してくれているからな。ロンベルの無事は間違いない……だが万全はきす。記録した行動と反応を全てサイコロジストにチェック依頼だ。メンタル状態を簡潔に報告させろ」

「イエスボス」

「でもあんな話しかけ方じゃあ、もう誰が誰だか。だって、あれですよ?」

「——ほぉう? あのトンガリ耳は何をしているんだ? ……ほお、バブ? ばぶ、ばぶ……ん? 違うのか?」

「言ってることがよくわからないんですが。トンガリ耳って誰です?」

「マグナだな。あのギルドにエルフ種は一人だけだ。ちなみに、バブではなくバフだ。マグナは支援役の『回復弓』だからな」

「うっ、何語?」

「……ネットゲーム用語なら、wikiの類いがネットに転がってるだろう。読んでみるといい」

「そうします。あー……ボス、せめて六人の容姿と名前の対応表を頂けませんか?」

 ディンクロンはピクリと震え、体を固まらせた。



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