261 コインロッカー・ダンディーズ
普段全くゲームをしない人間は、高等な武器を揃えるために何十時間もかける意味が理解できないらしい。それは仕方の無いことだとガルドは一定の理解を示していた。自分だってレインボーでちっとも美味しそうじゃないスイーツのために何時間も並ぶ女子の気持ちが理解できない。同じことだ。モノの価値など解釈次第でゴミになる。
「ハンマーもかっこいいなあ」
「だろ? 殴るためだけの武器ってのがいいよな」
榎本の背中を見ながら無邪気にそう話す田岡は、恐らくゲームをしない人間だろう。だが母親とは真逆のタイプのようだ。ガルドは警戒心をそっと解いた。
ハンマーをかっこいいと言う田岡、ハンティングゲームを野蛮と罵る母。そのどちらも正しいのだと頭ではわかっているが、ふとガルドは思う。両者の差はどこからだろうか。どちらもゲーム経験が無いところは同じだ。そしてすぐにアニメや漫画の影響だろうと予測する。
佐野みずきの母・弓子はそういったサブカルの類に全く興味がない人で、その原因は祖父だと聞いた。本棚に並べられたWWⅡの伝承漫画を幼少期に見て以来、大人っぽい漫画全般に嫌悪感があるらしい。それが恐らくゲームにまで及んでいるのだろう。ひどい偏見だと不満を思い出しながら田岡を見た。トラウマとゲームは関係ない。田岡がそれを証明してくれている。
「ハンマーにするのか?」
初心者の周回に適した大型モンスターを狩るため、迷いもせず選んだ榎本の毒属性ハンマーを指差してガルドが聞いた。田岡は斜視でない方の目をガルドに向け、眉尻を下げながら答える。
「それが悩んでいるんだ。これからモンスターをやっつけにいくんだろう? うーん、間近で怖いのはもう嫌だ……」
目をぎゅっと瞑り縮こまる壮年の男に、メロ以外の仲間たちが揃ってバツの悪い顔をした。自分達のせいで怖がらせてしまっているのだ。誤解があったとはいえ、武器で殴りかかった過去はぬぐえない。
「あ、あーっと、じゃあアレがいいんじゃない?」
気をきかせたメロが指差したのは先頭を歩くマグナの背中だ。回復に重点を置いた世界樹モチーフの弓を背負い、振り返ること無く「遠距離なら弓か銃だ」と事務的なことを言っている。
「銃か……」
田岡が急にすんと静かな声をもらす。喜怒哀楽が豊かな彼らしくない、全くの無表情だ。
「田岡さん?」
「銃、いいかもしれない。銃なら怖くない。いや嘘だ」
「え、嘘なの?」
「怖いことを知っているのが銃だ。他のものは、ああ、よく分からない。分からないのが怖い。槍は、ほら、棒術経験者としては馴染みのあるエモノだったよ」
「棒術? ずいぶんマイナーな武道やってたんだな」
槍をブン投げてロストさせたガルドは、慌てて田岡から目を逸らした。
「見てから決めることにしよう。楽しみだな。店に行くんだろう? ショッピングか。ふふ、ふふふ、いいな。こういうのがいい」
静かに機嫌がよくなっていく田岡に、ガルドはほっと胸を撫で下ろした。塔の部屋にあった植木と槍を大事にしていたはずだが、それらを惜しむ様子など田岡は欠片も見せていない。ガルドたちに配慮してなのか、もしくはすっかり忘れているのか。どちらにしろ田岡のメンタルは良くなる一方だった。
フロキリに似て異なるこの世界に来た日、裸のまま訪れた超初心者用装備ショップ。当時店員はいなかったが、サルガスに「店員ぐらい設置しろ!」とクレームをつけた店だ。
「ほう、いるな」
先頭のマグナが見ている先には、無機質でつるんとした灰色の立体棒人間が立っていた。カウンターの奥からこちらを向いているが、目も鼻もない。田岡はそんな店員を怖がることなく即座に壁をぐるりと見渡した。
「服と、おお、武器か」
青椿亭の店員と装備ショップの店員は全く同じ見た目をしており、挨拶一つしない不出来な中身も同様だ。動くことなくじっとしている。
「他のショップも使えるようになったのか?」
「あ、じゃあ俺見てくるよ。近くに何軒かあるでしょ」
ジャスティンの素朴な疑問に、夜叉彦がベルの鳴るドアから外に出た。つられるようにジャスティンも「じゃあ俺も反対方面見てくるぞ」と外に出る。
「さて、銃だったな。変な手癖をつけるのは避けたい。となるとオートマの中~遠距離でオプション無しの……」
ルーキーへのおすすめ装備紹介は、各種装備のデータ的な特徴を熟知しているマグナの得意分野だ。夜叉彦とジャスティンは自分の武器以外の知識がからっきしだった。ガルドは二人が退席した理由にやっと気付く。ガルド自身もどちらかといえば無知な方だ。
「……さて」
田岡に服でも見繕うかと壁を向く。そんな些細な動きにマグナから鋭い声がとんだ。
「ガルド、効果はとにかく防御に振れ。序盤の属性と基礎防御と、ああ、補助スキル効果も加味しろ」
「あ、ああ……」
「ぼさっとするなメロ、田岡に試着させて試し打ちだ」
「えっ!? あ、うん。おっけー」
「あー、ジャスのやつ一人で心配だなっと」
「榎本、悪いんだが覚えていてくれるか。今から数字を言う。比較ツールなどもう無いからな」
「うげぇ、ヤな役回り引いちまった……」
「なにか言ったか?」
「いえなにも」
榎本はげっそりと猫背になって返事をした。
おおよそ装備の候補が四つに絞られたころ、ショップにいるメンバーには焦りに近い空気が広がっていた。問題が何点か浮上したのだ。
条件をクリアするのに必要なものを用意する。たったそれだけのことだ。しかしそれが意外にも難しく、ガルドたちは装備選びだけでも「今日中には終わりそうもない」と認識を改めていた。
「装備着込んで、腰のアイテム袋ゲットしたら出てくるんじゃない?」
「いや、どうだろうな……確かにあり得るが、そもそも着れるのか?」
「あー、それな。装着画面とか出るのかよ?」
「そこからぁ?」
話の中心であるはずの田岡だけが話題についてこれていない。不思議そうな顔でロンベルメンバーを見渡した後、ぼんやりと棚に並んだ銃を触りだす。手に持ち、くるくると回してなにかを探しているようだった。
「今の服も確認出来なかっただろうが。それって、この辺りにある機能全部無いってことだろ? ま、俺たちもだけどな」
榎本が指でこめかみの辺りをくるくると指す。普段はクローズに出来るが、手のひらでトントンと叩けばアイコンがずらりと表示されるエリアだ。ログアウトアイコンもここに出る。その中にあるはずの「装着中装備品」アイコンも、田岡やガルドたちには呼び出せなかった。
「……田岡」
「ん?」
マグナが呼ぶと、田岡は銃を律儀に机へ置いてから歩み寄った。銃を提案されたときと同じ無表情だったのが、近寄って話しかける時には満面の笑みに変わっている。
「呼ばれたかな」
「ああ。とりあえず装着してもらおうと思ってな。靴からいこう」
厳密には「下半身装備」だ。マグナの目線に応じてガルドはハンガーを手に取った。ベルトから下の部分がクリップハンガーにかかっている。そこからまっすぐ下の辺りには、物理法則を無視した光景だが、床スレスレを滑るように靴が浮遊していた。
「おお、浮いてる。ガラスかな?」
「魔法の靴だが、ガラスの靴じゃない」
ガルドがチョイスしたのは、初心者に適した防御全振りの基本的な遠距離装備だった。
タイトな白色のパンツにライムグリーンの細い革ひもがぐるんぐるんと巻かれている。時おり蝶々結びでくくられ、ユニセックス服のはずだが女性寄りのデザインだ。
鎧らしさが全く無いが、こう見えて弱点が無いため下手な甲冑より堅い防御が売りだった。
「手に持って、目の前にアイコンが出たらそれを触るんだ」
マグナがそう説明する。田岡がハンガーを受けとるが、首をかしげた。
「……見えないか?」
「やはりフロキリのアバターでないからだろうな。奴の言う『アップデート』で補完されるかもしれんが、今のところ田岡のボディはNPCに近いんだろう」
「とんがり耳の。何も出ないぞ? やはり私はみんなとは違うようだ」
「……みみ? ああ、コレか」
特徴的なエルフ耳で呼ばれたマグナは、エルフ種特有のアクションである「耳ピコピコ」をした。メロがひょこりと覗きこみ、明るく提案する。
「アイテムボックス試してみる? んで、ダメだったら城まで戻ろ」
「サルガスだな。こういうときに便利というべきか、そうさせる中途半端なこの箱庭を恨むべきか」
「現状アイツのお陰でなんとかなりそうなんだ、褒めとこうぜ。どっちにしろ諸悪の根元は恨むけどな」
そう言いつつ動く気配の無い三人に、ガルドが心情を察した。
確かにこの二日で移動、移動を繰り返している。結果次第ではまた移動だ。それを面倒くさがっているらしい。
「……ん、行ってくる」
「おっ! たのむぜガルド~」
「俺たちはここで待っていよう。装備案を揃えておくからな」
「いってらっしゃーい」
案の定嬉しそうな顔で手を振る仲間たちに、ガルドは「歳だな」と生暖かい目で視線を向けた。
アイテムボックスは城へ行く途中の広場に一つある。ガルドはそこまで田岡を案内した。
「ステージ?」
「ああ」
広場には小規模なステージが設置してあり、フロキリ時代は使用自由だった。ユーザーによる自主的なイベントなどから公式イベントまで行われ、くだらない催しに引きずられて参加した思い出がふとよみがえる。
「昔、榎本に誘われて昇ったことがある」
「ほお、榎本とは、ああ、あのハンマー君だな」
田岡は名前を覚える前にニックネームをつけていたらしい。ハンマー君とは随分ストレートだ。くすりと笑い、雑談を続ける。
「じゃんけんで勝ち残れば景品が出る、とだけ聞いた。それくらいならと参加した。それが間違いだった」
「ハンマー君、なにか隠していたな?」
「ああ。司会が言う『野球拳』も、自分は知らなかった」
「野球拳! あははは!」
田岡はそれがなんなのか知っていたらしい。楽しげに笑いながら、誰もいない広場をふらふらと歩く。
「ははは、じゃあまんまとカモにされたんだな?」
「ああ。素っ裸にされた」
「そうかそうか、なんと」
「それ以来、あのステージには近寄らないようにしていた。最後の……壮行式は出た」
「壮行式?」
「大会に出る前の激励会だ」
ガルドはそう続け、田岡に説明していなかった「自分達がここに来る直前」を説明し始めた。ゲームの世界大会、飛行機に乗る直前の拉致、狙いが脳波感受手術を受けているプレイヤーたちだったこと、そして外部の存在。言葉は少なく足りなかったが、田岡に大体の流れをかいつまんで教えた。
思いのほか、田岡は冷静な様子で聞いていた。
「……そうか。外にも、友、仲間がいるんだな」
「ああ。彼らは強い。それに、父がいる。信頼できる」
ガルドは父が救援チームに加わっていることを明かし、その本気具合を保証した。自分が外見年齢と大きく違うことはわざと言っていない。オフラインに戻れない今、自分が女子高生であるという余計な情報は不要だ。
「家族か。かぞく、ああ、忘れもしない。父というのは……子どもを想うものだ」
「……お子さんが?」
目当てのアイテムボックスまでたどり着く。ギルドホームにあるものと違い、大人数が使用しても体が極力被らないようコインロッカーのような形をしていた。どこをノックしても自分の専用ボックスに繋がるご都合主義が、逆にファンタジーの創造力を掻き立てる。
「……もうすっかり大きくなって、パパのことなど忘れてるさ」
田岡は寂しそうにガルドへ振り返った。
「忘れられたっていいんだ。パパは忘れない。ああ、悲しいだけだ。いいんだ。親友たちと昔みたいに、一緒に明け方まで呑み歩ける。ゴールデン街とかよく行ったぞ。九郎の奴は嫌がったけど。狭いとか言って。はて……」
夢心地になりながら田岡がロッカーを触る。ノックを二回で起動するが、まだその使用方法をガルドは教えていなかった。ペタペタと触り、取手を引いてみる。
「田岡さん、ノックだ。二回」
「ノック? おお、そうか。ごめんくださーい」
酔ってるのだろうか。ロッカーをドアに見立てて遊ぶ田岡に、ガルドは一抹の不安を感じていた。




