26 午前四時。まだ寝ない。
午前四時。店内にいた客や店員の姿はない。閉店後の片付けをしていた店員たちは数分前に全員帰宅したばかりだ。オーナーが一人残ったものの、バックヤードのソファで泥のように眠っている。
「暇だな」
「ああ」
「さんざん話して飲んで、疲れない?」
「少し疲れた」
「疲れたなら寝ちゃえばー?」
「寝るまでが暇だ」
酔いの早かったマグナと疲れていた夜叉彦が早々にダウンし、ジャスティンもぼーっと付けっぱなしのTVを見ている。目は半分も開いておらず、そろそろ落ちそうだった。
はっきり起きているのは榎本とメロ、そしてガルドの三人だけだった。内大人二人がのんびり酒を煽っている中、ガルドは一人TV画面でゲームをしていた。入店したときに三人がしていたもので、宇宙空間と星とネオンライトがペカペカと光っている。
慣れた手付きでドリフト走行を決める。操作方法は昔と変わっていない。ガルドが小学生の頃、子供たちの間でスクスピの初代は社会現象と呼ばれるほどブームとなった。友達とやった記憶はないものの、オンラインでゲームを共有することに何の違和感もない。学校で趣味を共有できなくても、画面の向こうにフレンドがいれば問題はなかった。
それは今もだ。しかし、随分と惜しいことをしていたのだとガルドは少し後悔した。これほどあっさりした反応で済み、あれこれ悩んだ日々はなんだったのだろうかと不満に思う。もっと早くカミングアウトすればよかった、という安心への不満だ。
「なにする」
「うーん、っていってもなぁ。こういうときはいつもクエスト行ってたし」
オンラインで集合した場合、ひとしきり喋ったあとはいつも単発のクエストに出向いていた。PvPやダンジョン、エリアボス、気分で様々なところに出向く。今日はその代理として他のゲームをしているが、ガルドはそろそろ一人プレイに飽きてきていた。
「HMDなら三台ある」
指を指した先には、レンタルのものと榎本のものがあった。コンセントに有線で接続しており、赤いランプが灯っている。充電中だ。
「スクスピならパスだ。お前らでやれ」
「飽きたのか」
「飽きたな。でも同じソフトないとなぁ、うーん、プリインストールのやつとかどうだ?」
榎本が自分のものを取り、中を覗く。
「そうだな、最初から入ってるやつなら……サメのと、パズルと、チャンバラだな」
「チャンバラがいい」
ガルドが即決する。今も昔も、ゲームソフトやアプリはダウンロードしないと使えない。共通のものを降ろす必要があるのだが、HMDの場合、操作に慣れてもらうための簡易なゲームが最初から入っている。ガルドの持っているモノアイ型には無い機能だ。
サメ映画の主人公になりきって逃げるゲーム、空中に浮かぶ3Dパズルを解いてゆくゲーム、そして侍になって刀を振り回すチャンバラゲームの三つ。その中なら断然侍アクションだろう、と榎本を見る。
「パリィも見切りもできないぞ。雑魚を斬るだけの無双ゲーだ。いいのか?」
「ああ」
「そうか? ならこれやるか。いやぁ、かなり久しぶりだ」
ガルドと榎本でHMDのセットアップを進めてゆく。お互いのIDを認識させあい、フレンド登録を済ませる。三台ともアクティブになったところで、のっそりメロが近づいてきた。
「三人で出来るの?」
「協力プレイで敵キャラをひたすら斬っていくモードがあるんだ。ハンドコントローラ用のヘッドマウントだから、まずはカメラワークに慣れさせようって魂胆でな。敵が後ろとか視界の外から襲ってくるんだよ」
「協力プレイでカバーしあえってことかー」
「そういうこと。慣れてりゃ一人でも無傷だろうけど」
頭に埋め込んでいない人々が大多数を占める世の中では、ゴーグル型のヘッドマウントディスプレイ、HMDはメジャーなVR機器の一つだ。しかしまだうまく扱えないユーザーも多く、プリインストールのゲームはそこをフォローする役割を担っている。特にカメラワークの部分は難しい。
首を振ることで視界を操ることもできる。傾きや加速度などで判断できる部分は、体感で操作できるのだ。この操作にもちょっとだがコツが必要だ。思わず動かしすぎてしまうのを、塩梅のいいところでストップさせるテクニックのことだ。
だが流石に精度や角度に限度があるため、手元のハンドコントローラがセットで販売されている。十字キーで操作する、というアクションが非ゲーマーにも浸透してきているのだ。
「つーか俺たちにはあまり意味ないけどな」
「埋め込みコンなかったころは、確かに大変だったよねー。キャラ移動のキーと、カメラワークのキーと、アクションのキーが四つ五つ……」
体内に埋め込んでいる脳波感受型デバイスコントローラを持っている場合、カメラワークどころか、刀を振る動作までボタン要らずだ。すべて脳から直接信号が飛ぶ。右手と左手に持った刀を右上から左下に降ろす動作、足を前に進める動作、後ろを振り変返る動作まで、その全てが意思の通りに反映される。
ガルドが生まれる前の時代、ゲームはボタンだけでコントロールするものであった。見たこともないほど分厚い箱の形をした画面に、コードを何本も繋げて、お世辞にも美しい音色ではない指定された音数の電子音を聞きながらプレイしていたらしい。
その様子は映像でしか見たことがない。だが旧時代のゲームにはノスタルジーを感じる。ジャスティンやメロあたりはプレイ経験がありそうだ。
しかし今の三十代から下は、すでにリアルでのモーションを電気信号に変えるシステムが日常に存在していた。手に持つコントローラを傾け、ゴーグル型のゲーム機・HMDを身につけ、シューティングゲームはガンコントローラ、レースゲームはハンドルコントローラなど、コントローラそのものが多種多様に広がっていったのだった。
しかし、どんな機器にもどんなモーションでも送信できるコントローラは一台しかない。脳波感受型のコントローラ。手術を受けないと始まらないそれは、利便性でずば抜けている。
「ガルド、お前これ初めてだろ? 大丈夫なのか?」
ガルドはヘッドマウントタイプを購入する前にフルダイブプレイを決めて埋め込んだ、相当レアな経歴の持ち主だった。
「HMDも普段と一緒、視界が狭いくらいの違いだ」
「俺たちに限って、って前提がつくけどな。そうだ、埋め込み型の普及率、何パーセントだと思う? 日本全体で」
「……十パー」
「んな多くねーよ、三パーもないぞ」
「え、百人いて二人もいる? そんな見ないんだけど……」
「研究学園都市での普及率がずば抜けて高いんだよ。仕事に必要だからな」
「なるほど」
茨城県つくば市、別名研究学園都市。各種研究施設が密集しているそのエリアで、日本における科学技術は進歩を遂げている。最先端を超えた先を開発することもあり、市販の脳波感受型を超える感受性の製品を持っている研究者が多いのだった。
「HMDはモノアイと違ってフルダイブに近いが、匂いなんかはリアルのまま。装着したまま移動できないように警告がなるようセットしてあるから、モノアイみたいにながら歩きとかはできないからな」
「ほう」
「へぇ、そうなんだー。あ、道案内とかは? ジャスに次最初に会うのが榎本だったら困るじゃん」
「どこがだ、地図ぐらい平面図で読めよ」
「そういえばそっか。というよりジャスはもう一人行動禁止にしない?」
「確かに」
「だな。空港で迷子とか死ぬぞ」
「アッハハ、笑えるー」
「マジなら笑えねぇって! タンク不在とか無理だろ!」
榎本の真剣な顔に、ガルドとメロは笑いを堪えきれず吹き出した。




