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258 夜更かし

「これはすごいな、ああ、永遠に食べられる。まだ入るのか、吐かないか」

「がはは! 吐かんぞ、なんてったって嘘の飯だからなぁ」

 田岡は一つまばたきをして、それからジャスティンの言葉を理解したようだった。分かりやすい態度だ。表情がぱっと明るくなり、屈託の無い笑顔になる。

「そうかそうか、ああ……幻か、それもいい。楽しい幻だ。幸せになる」

「ほら、こっちにおでんもあるよ。おでんの嫌いな日本人なんていないでしょ。練り物苦手でも餅巾着は人気だし」

「日本酒はオススメしないぞ。こっちの方がうまい」

 田岡を構い倒しているのは、普段から何かと面倒見の良いジャスティンと夜叉彦だった。テーブルに無いものをいくつも注文し、再現率という「シェフの得意不得意」にも例えられる味の良し悪しを助言していた。

 和やかな様子を横目で見ながら、ガルドは一人で田岡の今後を考え続けていた。先程まで榎本とマグナが交わすサルガス関係の考察会話に加わっていたのだが、今は聞いてるフリに切り替えている。

 サルガスが存在する理由も大事だが、田岡をどうするかという話は立ち消えたままだ。このまま田岡はどこで寝ればよいのかと心配になり、沈みがちだった顔をあげる。窓の外はすでに明るい。

「……眠くねぇな」

 榎本がそう声をかけてくる。顔はガルド同様窓の方を向けていて、朝の光に気づいたらしい。

「ああ」

「っつても、とりあえず休みたいよな。田岡、どうやって入れる?」

「……さあ」

「ギルドホームのお客設定、パスねぇと無理だしな。となるとゲートくぐってもしょうがねぇし、どうしようもなくね?」

「ああ」

「このまま青椿亭に置いとくのもなぁ。店員いるってのがな。俺でもココじゃ熟睡なんてできねぇよ」

「ああ」

「どっかないか? ヒトの居ない、安全な屋根のある場所」

「……ないな」

「心配いらんようだぞ」

 ぐびぐびと勢い良くウーロンハイを飲んでいたジャスティンが、少し離れている席から声のボリュームを落としてそう言った。顔をそちらに向けた二人は、気にしていた男の状態に無言のまま驚く。

「いきなり落ちた」

 ジャスティンがそう補足する。話題の中心である田岡は、シーザーサラダが取り分けられた小皿に顔を突っ込んでいた。机は汚れることなく綺麗なままで、静かに沈んだ印象を受ける。

 どうやら寝ているらしい。寝息がすうすうと聞こえてくる。

「皿からどかしたほうがいい」

「だよね。そっとね」

 夜叉彦が田岡の肩を支え、ジャスティンがテーブルクロス引きの要領でサッと皿を引き抜いた。そこでようやくメロが気付く。

「わっ、田岡さん寝てるじゃん!」

「しぃーっ、起こすなよ。せっかく寝たんだ」

 そう口止めした榎本に、仲間たちは不思議そうな顔をした。先程まで悩んでいたことが、これで一旦は解決する。ガルドも頷いて賛同した。

「今日はここで」

 短くそう表現する。ガルドの言葉を榎本が補足した。

「そうそう。とりあえず今日はここでいいだろ。一人にしたらまた不安定になるかもしれないけどな。俺が見てるからお前ら戻っていいぞ」

「あ、そっか。田岡さんの寝床のことすっかり忘れてた」

「いや、お前だけ残すなど! 俺も!」

「だ、デカイって」

「お、おお……俺も残るぞ」

「ウチは疲れたから帰るー」

「……そうだったな。明日は田岡について考えよう。今日はひとまず一旦戻る。集合は昼でいいか」

 マグナにはまだ酔いがあった。水を飲むアクションが酔い覚ましのトリガーになる。立ち上がりながら水を勢い良く飲むマグナを筆頭に、仲間たちがぞろぞろと帰り出した。ガルドは少し悩み、ここに残ることにした。

「お、ガルドも残るのか」

「ああ」

「ま、そうだよな。夜更かし組が揃うのも久しぶりだ」

 ジャスティンや榎本も夜に強い。ガルドもそのメンバーにされている「夜更かし組」は、ギルドの中ではこの三人を意味した。他の仲間、例えば同ギルドのレイド班や傘下ギルドの鈴音なども加えると、夜更かし団という大所帯になる。

 簡潔に言えばショートスリーパーたちだ。又は昼寝が出来る環境下の面々。ガルドはその両方だった。

「大会前だから自重してたが、もうその必要は無いぞ。ガハハ」

 ジャスティンが笑いながら焼酎の水割りをぐいとあおる。

「うーわ、言うかよそれ。落ち込むだろ」

「いいこともあるだろう? ほら、プレッシャーがなくなったとか」

「ねーよ。俺はいいけどほら、ガルドが……」

 榎本がガルドを見やった。ジャスティンがデリカシーのない発言をするのはいつものことだが、ガルドが打たれ弱いと思われたのは心外だった。

「気にするほどヤワじゃない」

「ほらみろ! ガハハ!」

「声でけぇって」

 しばらくそうして雑談をしていたが、ガルドは一人で黙々と思慮を巡らせていた。



 田岡はプレイヤーではないというのが一番のネックだ。ガルドは伏せた彼の腰を見る。

 こちらに来た直後、ガルドたちのアバターも一度ハダカになった。腰の巾着もなくなり、アイテムも取り出せない状態に一度はなったことがある。ギルドホームに入り装備を着込むと腰の携帯アイテム袋は復活した。これがなければ、田岡のいた信徒の塔までたどり着くどころか城下町の外に出ることもなかっただろう。

「……サルガスは田岡のためにいた、とする」

 先程榎本たちと話していた仮定だ。田岡のためにサポートに入る存在がいるのは、アバターではない田岡をアバター持ちに並ぶほど手厚くサービスするためだろう。

 なぜそんな面倒なことをするのか疑問だった。フロキリのアバター付与がそんなに高難易度だったのだろうか。

「いや」

 違うだろう。ガルドは首を振る。自分達六人のデータを流用すれば難しくないはずだ。だとすると、GMは彼をアバターにしてやるつもりがそもそもないのだ。そう考えるとしっくりきた。

 ふむ、と木の椅子に背中を預けてコーラを一口飲む。すると周りの声が大きく聞こえてきた。

「そういや田岡騒動で忘れていたが、メロがとんでもないことをしてたなぁ」

「あ。すっかり忘れてた。ドラマがどうとかって言ってたな」

「国営放送か……ドラマなんぞ見ないが、ニュースはあのチャンネルだったぞ」

「まじかよ、民法とかネットとかあるだろ」

「む、ニュースとは流し見するものだろう? 知りたくて見るより、そうだな、BGM代わりだ」

「へぇ、洒落たことしてんな」

「ウチのはがっつり見てるがな。ドラマも見てたぞ」

「なんかいいな、それ」

「榎本……お前、世帯持ちをいいと言ったのか? あれだけ独身貴族を誇ってたろう……」

「ぐっ、いいだろ別にちょっとぐらい」

「……お、あれか。スマンスマン、野暮だったな!」

「おいやめろよジャス! そっち見ながら言うな!」

「お前、テテロ騒動の時から少し変わったなぁ」

「なに言ってやがる」

「なんというか男の箔というか、ガルド相手だと子どもっぽかったのにな。少しドシリと構えるようになっただろう? いいと思うぞ」

「良くねぇよ、変わらねぇって。ほんとやめろ」

「GMもエモーション感受をしっかり組んでるなぁ。ガハハ!」

「こんなやり方で確かめるんじゃねぇ! 顔赤いのはアレだ、酒だ!」

「お前さっきからウーロン茶だろう?」

「ちっ」

 榎本とジャスティンが宴会の雰囲気で喋り続けているが、ガルドの耳には「国営放送でドラマ」の辺り以降は入っていなかった。

「サルガスの権限……」

 いちAIに持たせるには大きすぎるものだ。ドラマを実験対象に見せてどうなるか、という目的があるのだろう。だがAIがそこに気になって許可したとは思えない。

 愚痴聞きという結論が出ていたそのサルガスの権限に、ガルドは小さな可能性を見た。

「一つ一つ依頼すれば付与される……か?」

 試す価値はあるかもしれない。ガルドはメッセージ欄を呼び、脳波感受での文章打ち込みで勢い良くメモを書き出していく。

 田岡関連、と大タイトルをつけた。他にも自分達に必要なことを書き出すフロキリ由来関連、見失っているプレイヤーたちのためになる救出関連などをあげていく。そちらは隅のフォルダにまとめておき、必要な田岡関連から枝を伸ばしてメモをぶら下げた。

 その一枚にさらりと<アイテム袋の所持>を書き込む。テレビ閲覧が精神安定に必要ならば、カバンの重要性を訴えれば許可されそうなものだ。この世界にはウエストポーチも風呂敷もリュックサックもない。ならば収納するボックスを寄越せ、というわけだ。

「ん……」

 こめかみを人差し指の間接でぐりぐりいじりながら、どんどん思い付いたものを書き出していく。武器や防具の装備からキャラクターメイキング、新規ユーザーが最初に受けとるもの一式を一つ一つあげた。

 一番必要なものは大きく書く。ギルドホームに侵入する権限、それがダメならばフレンドになる権限、ギルドへ加入する権限。さらにダメならば客として招き入れるために必要なホームの操作用パスコード。

 パスコードさえあれば、あの家の内装を自由にコーディネート出来る。手作りの部屋でもよかったのだが、やはりしっかりドアのある立派な部屋も捨てがたい。ガルドはそう、サルガスを丸め込むセリフを何編か組んでいった。



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