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255 ファーストコンタクトは笑顔で

 フロキリがただのゲームだった時代、トリモチは剥がすようなタイミングなど無いものだった。くっつけたままクエストをクリアすると、初期位置やギルドホームに剥がれた状態で転送される。外すという概念がそもそもガルドたちにはなかった。

「ふぇ、ふぉーふる?」

「むぐぐ、むご」

「……ごめん」

<いや、俺たちも悪かった。気付かなかった>

「むご、むー」

「ふぉうふぉう」

<お前らコッチで言えよ、わかんねえだろムゴムゴ言っても>

<おそらく時間経過で剥がれるだろうからそんなに気にするな、ガルド>

「もごもご」

「むごむご」

<……で、見えないんだが、田岡? だったか>

「ああ」

 ガルド以外の全員が、顔全面を真っ白なモチに覆われている。息が出来るかどうかなど意味はないが、視界が白で埋まり口が動かないのは不便だった。

 突拍子もないガルドのフレンドリファイヤに、仲間たちは驚きはしていたものの怒ってはいなかった。過去様々な妨害を味方から受け、戦犯と呼ばれる厄介なプレイヤーをごまんと見てきたのだ。田岡のために仲間へ牙をむいたガルドは、彼らにとっては変わらず「不器用だが初心者思い」のいつものガルドだった。

「田岡さん」

 ガルドが考えていたことを伝えた結果、マグナたちも満場一致で「田岡は非ゲーマー」だと結論が出た。久しぶりにみる初心者にガルドは慎重に接していく。

 だが既に好感度は下がっているだろう。

「貴様ーっ! 離せっ、はずせぇ!」

「……すみません、逃げられたら困る」

「なんだと!?」

 ロープで胴をぐるぐる巻きにされ、尻餅をついた状態から田岡は動けないでいた。

 まじまじと見つめることのできる田岡の顔に、ガルドはやはり興味をそそられる。斜視と知り合うのは初めてだ。視界は一体どうなっているのか、と目をじぃっと見つめた。

「……ひっ!」

 ガルドの熱視線に気づいた田岡が、熊にでも会ったかのような顔で固まった。

<……もしかして田岡さん、怖がってる?>

<あー、特にガルドは現実離れしてるからな、アバター。ゲーム初心者はビビるだろ>

「……ロープで拘束中」

<あ、なるほど>

<そら怖いな。ドンマイ田岡>

<聞こえないだろうけど>

 ガルドたちがギルドメンバー専用チャットで話すのを、槍の男・田岡はおののきながら見ていた。実際にはガルドの、まるで通信機にでも話しかけるような仕草を凝視している。

<話しかけて動きが止まるって分かってれば、俺たちだって切りかかったりしなかったのに……サルガスは向こうから攻撃してきたから、てっきりそういうもんだとばかり>

「夜叉彦、しょうがない。絶対人間だと確信するのに、自分もかなり時間がかかった」

<俺たちは気づきもしなかったがな!>

<洞察力か。課題だな>

<これからもこういうことあるかもしれないよな。田岡って人はプレイヤーじゃないわけだ。ぷっとんが言ってた部下とか、空港で拉致られたとかいう一般人とか>

<そういう奴ら、アバター無いからな……いや、そもそも……>

 榎本が考え込むような発言のあとに、体でも頭をかいた。アゴからトリモチを食らったため、後頭部は無事だ。ツーブロックの刈り上げをがしがしとかき、しばらく無言。

「榎本?」

<おう。いい推理ひらめいたぜ!>

 白いモチに覆われた顔を上げながら、榎本がエクスクラメーションマークのアイコンを頭上にポンと表示した。景気の良いチャイム音が「ぴこーん!」と鳴る。

<どうした?>

<いや仮説だけどな? アバターのデータが……>

 そう語りだした相棒の言葉を目で追いながら、ガルドは田岡を落ち着かせるために「お茶でも」と優しく声をかけた。



<まず俺たち。空港で拉致られた時、お前ら、アバターデータどこにあった?>

<む、懐だぞ。預けるなど考えたこともない!>

<同じく手荷物にしたよ。なんたって貴重な、なくしたら取り返しのつかないものだからね……いやバックアップはとったけどさ>

<全員分の出発前のものは、俺の家にもネット上にも補助で控えたからな>

<程度はさておき俺らは手の届くところにデータがあった。だろ?>

 榎本が同意を求めてくるが、向いている顔の方向は屋根裏部屋の壁だ。視界が塞がっているため分からないらしい。こっそりとその様子をスクショで撮影しつつ、ガルドはアイテム袋を田岡の前で開けて見せた。

「む……」

 警戒しているらしい田岡は、しかし興味深そうに袋を見ていた。中を覗こうとして鼻の下が伸び、それを見ているガルドの目線に気づき「ひうっ」と悲鳴をあげた。

「すみません、怖い顔で。そういう風に作ったので」

「……作った?」

 会話が出来るようになった今、次のステップは「彼にここがゲームだと知ってもらうこと」だった。なるべくショックを受けないよう、慎重に事実を伝えていく。

 見せたアイテム袋の中は真っ黒に塗りつぶされている。袋の外見はしているが、これはリアルにあるような袋の形はしていない。

「これはアイテム一覧を開くスイッチで、袋じゃない。開く動作で起動します」

 ガルドに見えている一覧のアイコンは、使用者ではない外部のプレイヤーである田岡からは見えないようになっている。それに気付いてもらうため、ガルドはわざと横並びのアイコンを人差し指でスクロールした。

 眼前のアイコンがルーレットのように回り始める。田岡には、ガルドが指でなにかを操作しているようにしか見えない。

 ピタリと止めた指が瓶に入った飲料のアイコンを呼び止めた。緑がかったクビレのある瓶で、中に透明感のある黒い液体が入っている。気泡が下からのぼっているのを見るだけで、誰もが一度は飲んだ有名な飲み物だとわかる。

 そのアイコンを貫くように手を差し入れ、向こう側で感じた固形物をしっかりと握る。引いた手がアイコンを通過する時、固形物は見慣れた瓶の形になって現れた。

 アイコンが見えない田岡には、ガルドの手の中に突然瓶が現れたようにしか見えなかった。

「うわっ、手品か!?」

「手品」

 フルダイブのこの世界にいるということは、手術を受けて脳波感受型コントローラを持っている人間だ。少なくとも前提としてガルドはそう思っていた。犯人が手術をしたのだろうか。そう疑問に思うほど、田岡の反応は初々しすぎた。

 アイコン通過でオブジェクトが視認できるようになる様子は、フルダイブゲームに限らずVRのネット閲覧でもよく見る光景なのだ。

「おお、コーラか」

 ロープで動けない体をもぞもぞ動かしながら、田岡はガルドのボトルをまじまじと見た。次第に表情が明るくなり、先程の訝しげな様子からは想像できないほど、機嫌の良いおじいさんへ変貌する。

 さっきまであんなに大暴れしていたというのに、随分と変わるものだ。そう内心毒ついたガルドの、日頃あまり顔を出さないイタズラ心がむくりと立ち上がる。

 口のところをよく見えるように向けてやった。リアルで売られているものと全く同じ、赤い金属栓がよく見える。王冠とも呼ばれるもので、ペットボトルほど手軽には開かない。

 年配なら知っているだろう。

「ちなみに、栓抜きは無い」

「えっ」

 開けるための道具が無いことに、田岡は絶望の声をあげた。

 


<多分あのババアはこれを予感してたから、プレイヤーデータも持ってたはずだ。向こうのフルダイブ機でログインする準備ぐらいしてただろうからな>

<ディンクロンが『関係者』と言っていたからな。その線は信憑性が高い。付け加えるとしたら、ぷっとんが連れていた部下とやらは脳波感受を持っている者と持っていない者の混成だろう。こうなる可能性があるのだとわかっていたなら、拉致方法に脳波感受のハッキングを予測していてもおかしくない。となるとその被害にあわない人間をスタッフに入れるのが対応策になるからな>

<うげー長い>

<文句言わないで読め>

<で、つまりどういうことだ?>

<ジャス……>

<相変わらずだな。順番にさ、あの場にいた被害者がプレイヤーデータを持っているかどうか思い返してるんだよ。槍の、えっと田岡さん? はプレイヤーじゃない。脳波感受できるけどフロキリプレイヤーじゃないってこと……合ってる? 榎本>

<おう、そういうこと。つまりぷっとんの部下の中でも、こっちに来てるのは限られてくるわけだ。田岡からその内訳、つまり脳波コン持ち・脳波コン無し・脳波コン持ちでフロキリプレイヤー、の内訳聞くんだよ。その中で無しを除いて……プレイヤーならアバター見りゃわかる。残りの、ただの脳波コン持ちなら田岡みたいな『まるでNPC』ってわけだよ>

<おお! つまりそのエセNPCの特徴をヤツから聞き出せば、これから間違って襲わなくてすむと!>

<そういうことだ>

<最初からそう言えばいいだろう?>

<いやいや、予測だぞ? 百パーセントそうって訳じゃないんだよ>

<ほお、よく分からんが、そうか。とりあえず槍のおっさんに話を聞こう>

<会話出来ないだろ。取れないか? これ>

<びくともしないぞ、ネバつきも無い>

<トリモチは着弾した瞬間硬化するようになっているらしい。接触したモノを同じく一定範囲硬化させる。本来は足や手に使って固めるものだからな>

<へぇ>

「高レベルモンスターには効かない上にすぐ剥がれて、使い道がキーキャラクターくらいしかなかったから知らなかったけど。やられてみると、意外と便利だね」

 夜叉彦の発言は、文字ではなく耳から入ってきた。ほとんどのメンバーからは見えなかったが、彼らを見ている夜叉彦の顔は、モチが剥がれたいつもの彼だった。

「やっぱり時間経過だよ。剥がれた」

 清々しい声で夜叉彦が言う。

<夜叉彦が一番早かったのか>

<その直後に食らったのが俺だ。そろそろか>

<何分たった?>

<……いや、測っていないが>

「そんな余裕なかったって」

<帰ったら検証だな>

<賛成だ! これからトリモチの出番は増えるぞ!>

 娯楽としてのゲーム性を失ったはずのこの世界でも、メンバーは皆プレイ技術の向上を忘れていなかった。NPCや他の被害者を救出することがメインになった今、トリモチや見極め方などが優先度の高いスキルに当たる。

「じゃ、俺も田岡さんに声かけてこよっと」

<驚かせるなよ? お前の顔の傷、マジだと思われたら厄介だ>

<あーでもガルドよりは日本人寄りだから……>

<期待しよう>

「任せといて」

 こう見えて営業経験はあるんだ、と続けながら、夜叉彦は着物の袖を翻した。



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