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254 夜叉彦「俺たち何も見えないんだけど」

 榎本の腰から槍が生えている。

 この槍や榎本のからだが本物であれば、女子高生の甲高い悲鳴が聞けたかもしれない。だがここは仮想世界で、槍も身体もデジタルで出来ていた。そしてガルドは戦闘に慣れきったゲーマーで、スプラッタでなければむしろ暴力描写は歓迎だった。

「ぐっ!」

 悲鳴のような声をあげた榎本だが、これが「ちぃっ油断した」というニュアンスだとガルドには分かっている。

「来たぞ」

「おうっ」

 いつも通り「交代するから後退しろ」という意思を伝えた。言葉では足りないが、相棒も同じようにガルドの言葉を察している。

 ダメージが致命傷ではないことを確認しつつ、榎本がくるりと反転、バックステップで後退してくる。目線は敵の槍使いから外さないままガルドのそばまで戻ってきた。

 そしてジャスティンの状況を横目でちらりと見てから、また槍使いに視線を戻す。

 一拍。

 そしてもう一度、ジャスティンをちらりと見た。

「おわっ! どうしたその顔!」

「む゛ー!」

 <なにが起こった! どうなってるんだ!?>

 ジャスティンが声と文字を駆使してパニックを表現するが、榎本は半笑いで注意した。

「おーい、なに遊んでんだよー」

「中止だ。彼は人間だ」

 ガルドは咄嗟に理由を説明した。しかし口下手を発揮し言葉が足りない。その上槍使いがこちらに近づこうとしており、にらみを効かせて牽制しつつで気もそぞろだった。

「はぁ? おいマグナ、説明……って、そっちもかよ!」

 榎本がヘルプを求めて振り返ると、ガルド以外の仲間全員が顔を白くしていた。もちろんトリモチによるもので、犯人がガルドだというのは明らかだ。

 夜叉彦たちは、仲間の方角もわからず棒立ちのまま待機していた。

「説明し、ぅおっと!」

 ガルドに説明を求めようとした瞬間、槍が迫る鋭い風切り音がした。目より先に音を聞いた榎本は、咄嗟に見切りでさらに後ろへ下がる。

「し、しにぞこないがっ」

「やろう、元気だなぁオイ」

「犯人、罪をつぐなえ!」

「……塔の信者だと思ってんのか? いいぜ、かかってこいや」

「ちっ」

 思わずガルドのムッとした口から舌打ちが漏れる。中止と言っても聞かないのは想定内で、だからこそ実力行使で仲間たちもひっつかまえてきたのだ。

 しかし一番厄介な榎本と本命を取り損ねた。そして今、その二人が同士討ちしようとしている。ガルドが避けようとしていた展開になりつつあった。

 これ以上、戦闘をこの老人に見せてもさせてもいけないのだ。

「……おい、そこの」

「きぃえやあぁっ!」

 雄叫びをあげて槍を振り回し始めた男に、ガルドは声をかけ続けた。

「あんた」

「はぁっ! まだまだだな!」

「っしぇえい!」

「よっと、ほれ、がら空きだぜ?」

「……槍の。話を、」

「っしゃーっ!」

 叫ぶ彼にはなにも聞こえないようで、ガルドは声を少し大きくした。

「槍の人!」

 恐らく聞こえただろう音量であっても、男は攻撃を止めない。やはり作戦通りトリモチで固めるしかないか、と一歩踏み出す。

 その時だった。

「ぐはぁっ!」

 悠長にしすぎたのか、榎本のハンマーがクリーンヒット。槍使いが生々しい悲鳴を吐いた。まるで本当に鈍器で殴られたかのような苦悶の表情で、肩から床にどさりと倒れる。

「っしゃ」

 いつもはここで「ナイス」とポジティブに反応するのだが、今回ばかりは能天気な榎本に怒りがわいた。

「ガルド、トリモチ……おい!?」

 お望みのものを思いきり投げつけるが、見事に見切りで回避された。ガルドはさらに不満をつのらせ眉間にシワを寄せる。

「避けるな」

「おいどうした、怒ってんのか?」

 へらり、と笑いながら首をかしげる相棒の顔にトリモチを投げようとし、リキャストの時間不足でエラーのブザーに怒られた。あと十秒。

「戦闘を、やめろ」

「トリモチで確保どころか、もうちょっとで倒せるってのに?」

 楽しそうな榎本に鉄拳をぶちこみたくなる。家族以外と喧嘩をしたことのないガルドにとっては初めてに近い、強い反感が沸き上がる。

 嫌いじゃない相手だからこそ、間違っている行為を何がなんでも止めたい。それを理解してくれない相手への理不尽な怒り。佐野みずきには無縁だったはずの、激情に近い苛立ちだ。

 使えないトリモチを握った手で、ガルドは榎本に殴りかかった。

「うおっ」

 避けた榎本を左手の拳で追撃。それも下がった榎本に避けられた。鼻息で不満を漏らす。

「へへ、いいねぇ」

 何故か楽しそうな榎本に、またふつりと怒りが湧く。ふと見ると、右手のトリモチが使用不可のグレイから白に戻っていた。

 即座にもう一度トリモチを投げる。

 相当な近距離だったが見切りで回避され、水色の残像を白い弾丸が通過した。

 こうなるとまるで勝負に負けたようで、ガルドはがぜんやる気になる。

「じっとしてろ……」

 両手に一つづつトリモチを握った。どちらもグレイで、使えるようになるまで時間がかかる。

 ふと視界の端に白髪が見えた。榎本の奥に倒れている男は、起き上がろうと力を込めているらしい。

「ん?」

 慌てて視線を戻すと榎本と目が合う。ガルドが槍使いを観察していることに、榎本はめざとくも気付いてしまったらしい。ほんのり後ろを振り返り、警戒をガルド一本から二手に分けた。

 リスキーだがチャンスだ。ガルドは気合を入れ直す。

「んっ!」

 右手にトリモチを握ったまま、再度殴りかかった。フロキリと同じシステムのお陰で、蹴りや殴りといった武器未使用の攻撃は攻撃にならない。

 生身であれば絶対しない急所狙いの一撃を、ストレートに叩き込む。先ほどアゴを狙ったのと大差はないが、さすがの榎本でもひるむ場所だろう。ガルドはそう思いながら、目と目の間を狙った。

「いっ!?」

 鼻っ柱だ。榎本が衝撃に備えるような顔で固まり、ぶつかる直前、ガルドの拳は透明な膜のようなもので止められた。そのままズルっと左側に腕が滑る。

 緩めた右の手のひらをちらりと見た。トリモチの再度使用までまだ数秒ある。

「何度も言った」

 動きの鈍った榎本の脇を通りすぎ、ガルドは起き上がった槍使いに向かって走りだした。

「戦闘は中止だ」

 走りながら、閃いた作戦通りに男へ向けてトリモチを構える。彼はこちらを睨み、しかし逃げようとはしなかった。 

「しぃっ」

 歯を食い縛りながら、全力でトリモチを投げる。白い玉がまっすぐ顔面めがけて飛んでいく。受ける老人は、咄嗟にぎゅっと目をつむった。

「ひっ」

 しかし体力が削りきれておらず、顔に当たった瞬間白い水風船のように弾けとんだ。そして欠片も残さず塵になる。

「……え?」

 恐る恐る目を開ける男は、一瞬理解出来ないといった顔で突っ立ち、すぐ憤怒に戻った。

「ちっ、まだだったか」

 そのとき視界の端で気配が動く。そして聞きなれた爽やかな音がした。武器を構えるモーションの抜刀音だ。先ほどまで榎本が居た方角。見なくても分かった。

 相棒がハンマーを構えたらしい。槍の男も、無意味なボールを投げるガルドより危険だと思ったのだろう。好戦的な榎本の方を見た。

「だらぁ!」

 気配が飛び出すのを感じる。

 スタートダッシュモーションでガルドを追い越そうとしている榎本に、慌ててガルドはあるアイテムを袋から取り出し、投げた。

 目の高さで迫る直線コースより、視界から一旦外れる放物線コースの方が避けにくい。加えて榎本は槍使いをじっと見ており、こちらを無視している。それを逆に利用した。

 とっさに出したアイテムを、すれ違いざまの榎本に向かってひょいと投げてやる。

「おっと」

 避けようとしているのか、榎本はガクンと体の重心を落とした。膝をやわらかく曲げ、すぐに動ける体制だ。ガルドは相棒をよく分かっていた。トリモチのような不利になるアイテムは基本的に全力で避ける。失敗の許されないシーンでは安全牌をとる男だ。

 残念だったな、とガルドは笑う。トリモチはまだ左手にある。先ほど投げたモノは、右手で取り出した「トリモチではない丸いモノ」だった。

 



 とっておいたモチは右手に持ちかえる。フリーになった左手でアイテム袋を開くアクション。目の前にアイテムアイコンが流れてくるが、デフォルトは「前回使用したもの」になっている。そこには「オレンジ」と書かれていた。

 投げたモノとは、みかんより幾分か大きく皮の分厚そうな、立派なオレンジだった。丸いからモチと勘違いしてくれないだろうか。ガルドはそう願いつつ三時のオヤツを投げたのだ。

 榎本は上から来る放物線を見切りスキルで避けていた。若干上を見上げた首に、こちらへの注意が逸れていると確信する。

 その隙にオレンジをさらにもう一つ取り出し、右の大きい手のひらで被せるように持ち、榎本からは見えないように隠した。わざと白いトリモチが目に入るように持つ。

「だああっ!」

 声がする方に振り向く。槍使いの老人は逃げるどころか榎本に向かって猛烈に走り始めていた。

「ちっ」

 ガルドは苦々しく思いながら駆け出した。相棒は見切りの直後で動けない。このまま男が榎本をキルしてしまうのはタイムロスに繋がる。ガルドとしてはなるべく避けたいことだ。しかし榎本が男を反撃して傷つけてしまうのは、きっと彼のトラウマに繋がる。ゲームだと気付いていない彼にとってしてみれば、ハンマーで叩かれるなど暴行以外のなにものでもないだろう。

 どうすればこの場で二人が同時に武器を納めるのだろう。ガルドには手に持つアイテムしか方法が思い付かなかった。

 槍の男はまだ体力が残っていて、トリモチを投げても無効化されてしまう。HPを削る意味でタックルのスキルを呼び出した。左肩を突き出し腰を落とす。

 さらにもう一つ、右手の隠しオレンジを上からストレートで投げた。上を向く榎本にバレないよう、足首を狙う。

「うお、っと」

 ほの青く光る体に、重心がかすかに右へ移動した。見切りスキル。小さな変化だが、すぐに分かる。

 しめた、相棒は全てトリモチだと思い込んでいる。ガルドはにやりと笑ってすぐに右手を振る。榎本が投げ終わったと思い込んだトリモチを、回避予定位置目掛けてアンダースローで投げた。

「っでえ!」

 目を狙ったが、下からだったためかアゴから顔を覆うようにトリモチがかかる。ようやく当たった。息つく間もなくガルドは正面に向き直る。

 その時にはもう、眼前まで槍の穂先が迫っていた。

「くっ」

 ガルドは武器を構えていない。いつものパリィが出来ない。アニメのように飛んで回避などこの世界でも無理だ。ジャンプ力はフロキリ時代と変わらずリアル程度で、心臓を狙う槍が股間に当たる程度の変化だろう。

 そして、見切りスキルを使うには近すぎた。

 槍がガルドの胸を貫く。

「ぐっ」

 ダメージは先程よりも少なく、最初に受けたものがクリティカルだったのだと気付いた。

 減った感覚は三割小。貫いた槍はあとコンマ数秒で槍使いの方へ戻っていくだろう。

「おい」

 させるか、と言わんばかりにガルドは槍を両手でしっかりと握った。そのまま横に振り回すと男が槍を手放した。

「あっ……!」

 そのまま槍を後方に投げると、あっけにとられたような顔で男がそれを見送った。武器を持っているという優位性を失ったのがショックらしく、先ほどまでの威勢は急にしぼんでいく。

「う、うう」

「話を……」

 聞いてくれ、と続けようとしたガルドに、槍を失った槍使いの手のひらが伸びてきた。

「聞」

「うわああっ!」

 やたらめたら、腕を伸ばす。殴る訳ではないらしく、手のひらは中途半端な掴み手で止まっている。それを必死にガルドの首や服に伸ばしてきた。

 武器でない場合の攻撃の威力は予想でしかないが、魔法スキルでもない限りどうってことはないだろう。じりじりと後退して距離を保ちつつ、話を再開した。

「話を聞いてくれ」

「はあっ、はあっ、でえいっ!」

「自分達は成田のラウンジで……」

「きえーっ!」

 そう叫びながら、とうとうガルドに向かって男が飛びかかってきた。頭をワシ掴みにして防ごうとするが、それより一寸早く男の手が伸びてくる。カギ爪のように手首を曲げ、ガルドの首へ鎧と生首の間に手を掛けてきた。

 槍使いは小さかった。二メーター越えのガルドからみると誰でも小さいが、恐らくリアルの身長より小さい。百六十もないかもしれない。それほど小柄な体格だった。

 かなりの身長差があるせいか、首に彼が引っ掛かってしまった。宙ぶらりんで浮いた槍使いは、慌てるどころかガルドの首をよじ登り始めた。

「ぐぬぬ……!」

 武器を失って焦っているらしく、槍使いは必死にガルドの頭を締め付けてくる。首を、つまり意識を落とそうとしているようだ。

 だがガルドの首は鉄骨のように頑丈だ。丸太のように太く頑丈な首で、痩せている槍使いに負けるほどちゃちなアバターボディではない。

「ぐ、うう」

「少し落ち着いてほしい。敵じゃない」

「黙れ犯人!」

 間髪いれずにそう叫ぶ槍使いの言葉に、ガルドは眉を寄せた。

「はんにん?」

「犯人、犯人犯人!」

「違う、逆だ。同じ被害者」

「殺し屋だろう! 殺し、殺、こおおおっ! 死んでたまるか! しななにぁー!」

 そのまま男はぐるりとガルドの肩を伝い、背中がわに回り込んできた。さらにアゴの下へ組んだ手を掛け、後ろに全体重をかけてくる。

 生身の人間ならば、苦しくて立っていられない程の強さだった。ぐいぐいと首を伸ばされ、それでもガルドの顔は正面を向いたままで痛みも無い。

「殺し屋? 違う。自分は……」

「うるさいうるさい、ちくしょう!」

 そう叫んだ男の声が、先程よりも裏返り震えていることに気付いた。

「……泣いてるのか?」

「な、泣いてなんかない! じいさんだからとバカにして!」

「してない……してません」

「貴様など、貴様など! こうしてやる! こうしてやる!」

 背後をとられたガルドからは、男がどういう顔で殴ってきているのかわからなかった。脳天をゲンコツで殴られているらしいのだが、先ほどの槍と違ってちっともダメージにならない。押されたような感覚が定期的にくるだけで、痛みは全くなかった。

 自分をじいさんだと自虐した男に、ガルドは咄嗟の思い付きで声をかけた。

「教えてください、おじいさん」

「なんだっ!」

 思わぬ切り口での好ましい返事に、ガルドは家庭科の先生に感謝していた。

 老人ホームへの社会科体験直前、雑談として話してくれたことを思い出す。敬意を持って接しろ、子ども相手のような言葉遣いはしてはいけないというものだった。

「お名前をうかがってもいいですか?」

「誰が名乗るか! 田岡だ!」

「田岡さん」

「なんだっ!」

「自分はガルドといいます。どうぞよろしくお願いします」

「突然なんなんだ!」

「よろしくお願いします」

「う、ああ……よ、よろしく?」

「早速ですが、ちゃんと話し合いましょう。とりあえず、降りて下さい」

「え? あ、ああ」

 おもちゃ売り場に親を連れてこようとする子どものように、思いきり引っ張っていた田岡が素直に話を聞いた。まるで叱られたかのようにしょんぼりとした表情で、ガルドの肩から降りてきた。

「ありがとうございます」

「い、いや……あれ?」

「じゃあ、失礼して」

 背中の背後に立つ彼を振り返り、こっそり取り出していたロープを見せた。

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