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253 トリモチ確保は迅速に

 とっつかまえる。

 そう考え付いたのは、幼い頃に見た刑事ドラマの影響だった。大好きだった祖母が見ていた数々のタイトルで行われる一連の流れ。まずは「身柄を確保」し「取り調べ」、「事実確認」「釈放もしくは逮捕」と続く。佐野みずきは祖母の付き合いで見ていただけだが、思い出の一幕として色濃く思い出せる。

 犯人ではない相手にも事情聴取するシーンがあった。仲間の動きも一緒に止めるのは、その事情聴取の感覚に近い。まず全員確保。安直にそうひらめいたのだった。

 初手はふいうちで、一番近場の夜叉彦からである。彼は窓から離れるなという指示を忠実に守りミドルレンジの斬りを飛ばしていた。

「よっと」

 居合い抜刀で着々と部屋を切り刻んでおり、例の男より夜叉彦側に置いてあったテーブルは木っ端微塵になっている。

 視線はターゲットに固定されていて、ガルドがトリモチを片手で投げ片手でキャッチしても気にもとめなかった。チャンスである。

 遠くの窓際に立つ侍めがけ、腕を後ろに回して下から投げる。女子ソフトボールの授業で習ったピッチングだ。肘でテコの原理をするといいらしい。ついでに手首でスナップをかける。

 アバターの筋肉が隆起し力を増幅する。生身の頃では想像できなかった豪速球になり、勢い良く夜叉彦の()へヒットした。

「んむ゛ー!?」

 スライムが張り付いたような、弾力性のある水音で着弾を確認。悲鳴がくぐもって聞こえ狙い通りにいったと分かる。アイテム袋から次のトリモチを取り出しつつ、ガルドは次のターゲットに向かった。

 リキャストタイムは十五秒だ。取り出したトリモチはグレイに染まり、使おうとするとまだダメだとブザー音が鳴った。ポップアップで十五から始まるカウントの数字が飛び出す。

<ちょっとガルドー!?>

 チャットを止める方法は無い。だが老人をこれ以上煽ることも無いだろうと、返事をしつつマグナに向かって走った。

<ごめん>

<えー!? ちょっと、え、えー?>

<止まってほしかった>

<えっと? なに、なんかあった? 俺なんかしちゃった? いやー故意の妨害とかひっさしぶり……ってええー!? ガルドが!?>

 パニックらしい。

<……仲間にするのは初めてかもしれない>

<ですよね!?>

 文句を聞いていると、あっという間に手のポップアップが「二」になった。

「さっきからどうした、夜叉……むぼぉっ!?」

 律儀に仲間を心配したマグナが弓のチャージを解かずにこちらを振り向いた。そこをすかさず、アクティブになったトリモチを振りかぶって下からトリモチを投げてやる。走りざま左足の着地に合わせ、肩を大きくブン回した。

 ガルドが想像するより数段早い速度で、トリモチがマグナの顔にとりついた。

<なに? 今のはガルドか? これはいったい>

<ごめん、あとで>

<まさか、なにか新たな作戦でも>

<あとで説明する>

 端的にまた返事をしてやり、次のターゲット、榎本とジャスティンのコンビに振り向く。

「だぁははは! 強いなぁ!」

「きえーっ!」

 ジャスティンと男はウマが会うようで、仲良く盾と槍の打ち合いをしていた。タワーシールドという高さが一メートルを悠々と越える巨大武器を使うジャスティンにとって、素早い槍の攻撃は相性が悪い。完全に防御することは出来るが、攻勢には出られないのだろう。

 男はジャスティンの弱点を分かっているようだった。細かい突きをたっぷり降り注ぎ、自分の盾にもなるように上手く位置をとっている。

「ちっ、上手いなオイ!」

 榎本が舌打ちする。

 仲間を攻撃してもすり抜けない今回、強引なハンマーの振るい方が榎本には出来なかった。タイミングを見計らってジャスティンの脇から降り下ろすが、そういうときに限ってマグレのパリィが成功してしまう。

「だっ!」

 弾かれ後方に吹っ飛ぶハンマーに、榎本の上半身も持っていかれた。大きな隙だ。

「かかかっ! この恨み……はらさでえっ!」

 にんまりとした笑みを浮かべつつ、血走った表情で槍使いが攻めに入った。現時点で彼は一度もスキルを使っていない。通常攻撃だと予想し、セオリー通り見切りスキルで避ける。

「それかっ、またか! 幽霊、幽霊幽霊!」

 何度かジャスティンが見切りを使用していたためか、そんな言葉を吐きながら攻撃を繰り返した。続く槍との攻防に榎本の動きがどんどん洗練されてゆく。

「またか、はコッチの台詞だぜ?」

 初めて相手にする武器であっても、本気の榎本からはパターンが読める。ハンマーをトリッキーに振り回す姿はどんどんと素早く無駄が省かれていき、笑みもまた深くなっている。

「であぁっ!」

「おっと、そんなんじゃ当たらねぇよ」

 槍使いはパリィを狙うが、そもそもどこをどう当てればパリィ判定が成功するかが分かっていない。あてずっぽうにただ当てにくるだけで、それがたまたまハンマーを弾くこともあれば、ただの武器のぶつかり合いになることも増えた。

 つばぜり合いの高い金属音が繰り返し響く。やがてハンマーが槍ごと男の腕を横凪ぎにした。

「あうぐっ!」

 痛そうな顔で悲鳴をあげ、慌てて一歩下がる。

「どれ、そろそろか?」

 榎本が少し大きな声でそう宣言した。相手にも、後ろにいる気配のする相棒にも意味を込めている。トリモチスタンバイを要請しているのだろう。

<ガルド>

<ああ>

<なんじゃこりゃあ~!>

 ジャスティンが送信した訳のわからない一言に、榎本が驚いて振り返った。

「おい、ジャ……っぐお!?」

 振り返り茶色のモジャモジャを探した榎本の、油断しきった背中に何かがぶつかった。



 榎本と槍使いが攻防を始めた頃。

 後方からガルドはジャスティンに狙いを定めていた。顔を狙おうにもカーリーヘアの固まりしか見えない。背を向けていて、夜叉彦たちにしたような口封じが出来なかった。

 しかし、疑うまでもなく仲間である。

「ジャス」

 声をかけた。

「おおガルドっ、突っ込むぞ、倒れた所をトリモチだ!」

「……倒れるか?」

「これを使うからな! 無論だともっ」

 振り向くことなく作戦を話すジャスティンが、アイテム袋から手榴弾を一つ取り出した。ファンタジーゲームらしさをぶち壊す近未来的な手のひら大の金属ボールが握られている。網目のようにスリットが入り、起動させるとそれが徐々に赤くなる仕組みになっている。全体が赤くなると爆発し、一定範囲に無差別ダメージを与えるものだ。

 ジャスティンが握る手榴弾はまだ色が無く待機状態だった。これを爆発させては、槍を手に暴れている彼のトラウマになってしまうだろう。

 ガルドは焦った。夜叉彦が植木鉢にぶつかりそうになっただけで怒ったのだ。もちろん今も怒っているが、そのお陰でテーブルが粉々だと気付いていない。この部屋の荒れ模様を見たらさらにショックを受けるだろう。

 ガルドは彼のメンタルが心配だった。

 この世界に来てまだ()()で、これだけ避難部屋に愛着をもっているのだ。そこを爆破などしたらどうなるだろう。

<ガルド。作戦があるなら聞くからさ、これ外してよ>

<どうした夜叉彦。お前、怒ってるのか?>

<おこってないよ>

<お前が怒るなんて珍しい>

<おこってないって。理由なくするガルドじゃないし、これくらいの妨害痛くもないし>

 夜叉彦がそう全体チャットに打ち、マグナが茶化してくる。だが、戦闘モードのジャスティンと榎本はよく読んでいないようだった。

 文章上の話に乗らず、いつも通り討伐戦をする気で動いている。遠くで槍と打ち合う榎本も、ガルドの近くで溜めに入ったジャスティンも敵に夢中だった。

「三」

 ガルドがカウントの最初を唱えてやれば、ジャスティンはいつもの特攻コンビネーションだと思い、続けて「二ぃ!」と叫ぶ。

 戦闘を止めたいガルドは、ジャスティンが想像している連携攻撃を行うつもりがない。

 ジャスティンが盾を片手で構え、手榴弾を投げる。一のタイミングで爆発、そこにタワーシールドで突っ込んでいく爆弾特攻コンボだ。

 対人間では見切りスキルや盾ガチンコで相殺されるが、モンスターにはこのコンボがよく効く。ガルドも、いつもであればジャスティンの後ろに張り付き、爆発後に大技を決めるためチャージしているころだろう。

 今回は後ろではなく、盾の真横まで進んだ。

「ん」

 申し訳なさそうに目を伏せながら、無防備なジャスティンの顔を覗きこむ。タワーシールドですっぽり隠れているが、ガルドの高身長だと上から覗きこめた。そこに片手で握っていたトリモチを優しく落とす。

「ぐおっ!?」

 運良く手に当たった。粘着感覚と手離せなくなった武器に驚き、振りほどこうとブンブン手を振り回す。暴れるジャスティンだが、それでも手榴弾のスイッチを入れようとしている。

 ガルドは焦って説明を始めた。

「ジャス、戦闘をストップしてほしい」

「な、突然どうしたガルド!」

「多分彼は人だから、これ以上は良くない」

「よく分からんが逃げられるぞっ、急いでHP削らんと……」

「彼は逃げない」

「じゃあ倒そう!」

 現状を考えると最悪の発言だが、ガルドは気持ちが分かる。逃げないモンスター相手ならば倒しきった方がいいだろう。NPCでないならトリモチの確保も必要ない。

 自分も、彼が人じゃないと信じていればそうした。そして、言葉だけでその作戦を止めることができないとも判断する。人だから逃げないと説明すればいいか。彼はモンスターじゃなくプレイヤーでもない一般人で、いや、それはただの可能性だが、さて。

 ここまで考えて、ガルドはとても面倒になった。

 十五秒経過し手の次弾はリキャストタイムが終了している。

「すまない」

「ふごっ!」

 トリモチをジャスティンの顔に落とした。

 突然のことに驚いたらしいジャスティンが、顔を前後に大きく振る。その拍子に顔のトリモチとシールドの内面がくっついた。そのシールドは腕とトリモチでくっついている。

 腕と顔が突然固定され、ジャスティンは「もごご!」と口で足掻いてから文章チャットに気付いた。

<なんだ! なにが起きた!? お前たちも全員か!>

<あとで>

 ガルドはまた端的に返事をし、残る榎本と本命の槍使いへ振り返る。信頼する相棒だからこそ最後にしたが、丁度よく槍使いを相手に立ち回っていたらしい。遠かったが、榎本が「どれ、そろそろか?」とガルドに声をかけるのが聞こえた。

 HPの事を言っているらしい。相当「一般人(仮)」を叩いてしまったようだ。ガルドは相棒として申し訳ない気持ちを覚え、胸がつまった。ウチのハンマー男がすみません、と念だけ送る。

<ガルド>

 ぽこん、と文字チャットが発言を伝える。送信主は榎本だ。

<ああ>

 いつもの通り返事をすると、通常とは違う状況にいるジャスティンが口を挟んだ。

<なんじゃこりゃあー!>

 単語だけで見ると悲鳴のようだったが、これは彼が好んでよく使っているドラマの名台詞だ。自分が変な状態異常になった際に発するもので、この言葉だけで「ジャスティンに異変がある」とメンバーはわかってしまう。

「おい、ジャ……」

 榎本が振り返った。ふざけてトラップでも踏んだのか、といったニュアンスの呼び掛けが、途中で止まる。

 ガルドからは、その背後に槍使いの姿が見えた。白髪がざんばらんに揺れている。

 彼は腰を低く下ろしていた。前傾になり、まるでアメフトのように地面へ片手をついている。ズレのあるぎらりとした視線と、小脇に抱えた槍が榎本を見ていた。溜めの構え。

「だらあーっ!」

 今まででいちばん鋭い声と共に、榎本の腹部めがけて勢い良く突進した。

ペースが予定より遅いので、今回分から「なるべく4000文字超え」を目指します。

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