252 責任をとるつもりのガルド
「ぅおおおーっ!」
勇ましい掛け声とともに突進してくる男を、盾でジャスティンがいなし続けている。先ほどの会話で相当強く敵視されたらしく、脇目もふらずジャスティンだけを狙い続けている。
しかし一向にスキルを使わないため、盾で全て防御出来た。
「むぅ」
少し不満そうな表情で盾を構えるジャスティンに、文字チャットでマグナが指示を飛ばす。
<伯爵ほど強いとなると、トリモチは体力を減らしてからだな。ジャス、見切りしてもいいぞ。ただしこちらに来させるな>
<おお!>
<俺は?>
続けて夜叉彦から質問。
<……逃走の可能性はまだ残っているが>
<んじゃ、ここから飛ばしていい?>
<窓側から離れないなら>
<よーし任せろ>
<ガルド、HP半減時の疲れ表現、見極められるか?>
<やってみる>
<よし、それまではヘイト少なめに削り頼む。いくぞ榎本>
<はいはい>
「返事は一回」
声に出して注意したマグナに、榎本が「はーい」と生返事した。
瞬間、本気の速度で四人が動き出す。
完全武装の男たちが一斉に力強く駆け出し、けたたましい金属音が突然大音量で鳴り始めた。
続いていた男の槍攻撃を、ジャスティンが横ステップの見切りで避ける。水色の颯爽とした音とエフェクトが走り、さらに横ステップで同じ位置に戻った。
「ひ、っ」
唐突に見えただろう戦闘開始に槍の男がビクリとひるむ。
その時にはもうマグナの強スキルが溜め終わり放たれるところだった。先ほど牽制に使った灯火とはケタ違いの、溶鉱炉のような黄色に近い炎を込めて矢を放つ。
「おわあっ!」
攻勢だった男が怯えた声に変わり、とっさに大きく避ける。
「っしゃ!」
避けた先に運良くポジショニングしていた榎本が、ハンマーを上から降り下ろした。通常攻撃だが高威力だ。
「ひっ」
上から巨大なハンマーが降ってくるのを見た男は、咄嗟に槍を抱えて顔をかばった。その槍にちょうどよくヘッドが当たり、金属がぶつかり合う低い音が響く。
プレイヤーが鳴らすものと良く似た、武器を武器で弾くときの効果音。
「な……パリィだと!?」
仲間へ補助の弓矢を打とうとしていたマグナがあっけにとられてチャージを解いた。
敵モンスターが武器衝突での防御であるパリィを繰り出すことなど、以前の仕様ではあり得なかったことだ。モンスターの武器は腕の一部にカウントされ、正確には武器ではない。
「あ、危ないだろうがぁ!」
男が本気でそう思ったような様子で叫ぶ。
ガルドは走りながら、その場違いな男のセリフに「やはり彼は人間なのではないか」と勘ぐった。自分の攻撃を棚にあげた無責任な発言に、戦闘ありきのゲームではあり得ない戦闘そのものの否定。
AIだと言い切るにはいささか人らしすぎた。
どこかボタンがかけ間違っているのだ。確信に近い感覚でガルドは思い至り、気をとりなおした。
彼は本気でハンマーを危ないと言っているらしい。このまま続けていては、ただの集団暴行になってしまう。こちらはゲーム感覚だが本気だ。世界大会レベルの本気でゲームに不慣れな老人を襲っている。たちが悪い。
「おい」
男に話しかけるが、彼は飛んでくる矢を槍で払うのに夢中だった。
「だっ、だっ、だあーっ!」
相手を変える。
「……マグナ、話が」
「榎本、切り崩し頼む!」
「おう!」
「きぃえーっ!」
さらに相手を変えた。
「……夜叉彦」
「任せてよ、その槍まっぷたつ! っはは!」
「……ジャス」
「おいマグナ、射ちすぎだ! 俺にも当たるだろうがぁ!」
「阿吽の呼吸で避けてみせろ」
「無茶を言うなと言いたいところだが、俺に不可能はないぞ! ダァハハハ!」
「……むう」
参った。ボタンの掛け違いはどこから正すべきだろう。ガルドは棒立ちで武器をダランと手から下ろし考え込んだ。
対象の老人がそもそも攻撃的なのだ。彼はこちらを敵だと思ってしまっている。祈祷師のような雄叫びで槍を突いてくる様子を見る限り、話し合いなど無理だ。
こちらのメンバーも同類だと仲間を見る。全員が彼を高難易度モンスターだと勘違いしてしまっている。そうさせた原因は自分の「四割」発言だ。恥と後悔で穴にでも入ってしまいたい。
そもそもガルドは、かなり早い段階で予感があった。それを「違うかも」と推さなかったのだ。自分の判断が揺れたせいだと強い後悔にさいなまれた。
そしてガルドは自分の判断力を叱咤した。リアルで年少だからと遠慮していたのだが、それが逆に迷惑をかけてしまっている。
責任をとろう。彼がこれ以上、仲間たちに狩られないうちに。ガルドはフルで持ってきた九十九個のトリモチを確認し、仲間の背中に片手で合掌した。
「……すまない」
全員とっつかまえる。事態の収拾方法に、ガルドはシンプルなプランを採用した。




