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247 フィールドは屋根裏部屋

「……し……し……」

 上から聞こえる声が変化した。か細い声が「し」と言っているが、それ以外には聞き取れない。落胆を露にしてジャスティンが唸る。

「……さっきまでは単語のようだったんだがなぁ」

「そろそろってことか?」

「ああ」

「あ、ハシゴの上、ほら……」

 そう夜叉彦が指を指した先には、岩の壁に滲んだ染みのような変色が円を描いていた。そこだけ雨に打たれたような、濃く冷たげなグレイだ。

「ありゃあ……」

「壊せってか?」

 その場所だけいかにも脆そうだった。制作者の意図を読むゲーマーとしての読解力がピンときた。ここを入り口で、打ち壊すのに最適なハンマーを叩き込むのが最適解だと導いてくる。

「榎本」

「分かってるって。いかにもハンマーで壊してくれと言わんばかりだ。俺が壊す」

「ん。後からいく」

 ガルドは榎本の半歩背後へと回った。

 中に居る男が襲い掛かってくる可能性は、サルガスの例を考えればゼロではない。しかしフロキリの常識では「NPCは逃げる」のだ。まずダメージを覚悟の上で出口に近付けないよう牽制するべきだろう。ガルドは目を細めて壁を睨んだ。向こう側が空間だとして、出口はこれから作る一ヶ所だけとは限らない。窓やハシゴがあるかもしれない。そしてそれら全てに近付けてはいけないのだ。

 つまり、逃げ出す足元に弾丸を打ち込むような「牽制」が必要だった。ヘイトを向けさせ戦闘状態にし、この場に縫いとめる。ロンド・ベルベットに遠距離職は二人だけだ。夜叉彦の抜刀はリーチが中距離で、失敗の許されない今回は抜擢が見送られる。そして近接三人は論外だった。

 そして今メロは居ない。現パーティ唯一の遠距離ユーザーに視線を向けると、案の定エルフが自信満々で頷いた。

「無論俺がいのいち突っ込むさ。夜叉彦、仕事だ。俺の代わりに全体のサポート、HP優先」

「おっけー、マグナ」

 ふんだんに持ってきた回復アイテムを配る仕事をマグナが夜叉彦へと振った。すること自体は雑用に近いが、夜叉彦本人は嬉しそうにアイテム欄を探って笑う。

 榎本がハシゴを天井まで登り、鉄棒に座るような姿勢でスタンバイ。足だけで体を支え、両手でハンマーを構えた。そのすぐ下にマグナとガルドが続く。マグナは両手でハシゴを握り、足はガルドの手の上だ。

 アクロバットの大道芸人のように、ガルドのアシストで階上に飛び乗るのだ。投げる側のガルドはさんざんメロ相手に練習を重ねている。マグナはその様子を見てきただけで、実際にコンビネーションで飛び上がるのは初めてだ。

「頼むぞ」

「ああ」

 マグナが腕を伸ばし、膝を曲げた。重心がぐっと下に落ち、ガルドも合わせて溜めに入る。その様子を榎本が横目で確認し、ハンマーを振りかぶった。

「よっ」

 打ち上げるように壁を打つ。解体現場のような破壊音と共に、上から小さく「うわああっ」と悲鳴が聞こえた。NPCにしては生々しい声だな、とガルドはのんきに考える。笑顔を張り付けた人形のようなサルガスとは大違いだ。感心しながら肩と二の腕を思いきり上へあげる。

 マグナが床の破片と共に上の階へ突っ込んで行く。

「よしっ」

「ん」

「ゴー!」

 続いて榎本、ガルド、夜叉彦がハシゴを素早く登りきる。既にマグナはターゲットを牽制していた。床には数本矢が刺さっている。場所から「敵が入り口そばに居て、バックステップで慌ててジグザグに後退した」ことを物語っていた。

「だっ、し、しし、しにっ」

 部屋の奥から声がするが、姿が見えない。壁際で無惨に倒れたチェストの裏にいるらしい。初めて見る光景に、ガルドはざっと周囲を見渡した。

 床は一面、オリエンタルなラグが敷かれている。ベースの紅色に金の刺繍、散りばめられた藍色の紋様が異国情緒溢れていた。家具らしきものが並ぶが、素材が足りないのか、ハリボテのようで粗末な部屋だ。本棚には本が無く、割れた食器のようなものが一枚づつ並べられている。どことなくオママゴトの中のような雰囲気の、あるもので寄せ集めた部屋だった。

 窓際に置かれた椅子にはクッションが置かれ、その表面はパッチワークでカバーがされていた。植木鉢に植えられた南の国の花と、側に置かれた緑のゾウさん型ジョウロが目をひく。それは大事そうに、椅子のある窓の縁に受け皿ごと置かれていた。

 椅子と植木鉢の位置関係から、声の主である(NPC)はここに座って窓の外を見ていたらしい。なかなか凝った演出だな、とガルドは感心した。キャラを生き生きとさせる小さな気配りに、ふと犯人にはそんな余裕があるのかと疑問に思った。

 サルガスと大違いだ。現にあの、いまどきのAIに最低限あるような機能すら怪しいあのサルガスと、本当に同じ作者が作ったのだろうか。

 考え始めると疑問しかなかった。

「……マグナ」

 ガルドは自信が無いまま弓を構えているエルフの仲間に声をかけた。中に居たらしい男には戦意は欠片も無いらしい。チェストの向こうに弓矢を向ける男は手を緩めずにガルドへ答える。

「なんだ、ガルド。牽制は不要だ。時間の問題だろうからな」

 マグナは真剣に、怯えたような様子の男をNPCだと思っているようだった。近くで棒立ちの夜叉彦や、パリィに備えてハンマーを腰だめに切り替えた榎本も同様だ。ガルドの声かけに「ん?」と不思議そうな顔で意味を聞いている。

「……いや、なんでもない」

 ガルドは自信がなかった。

 もしNPCならば、取り逃がすと面倒なことになる。犯人製のこのゲームでは恐らくフロキリよりめんどくさいことになるだろう。二度と現れないかもしれない。そう思うと、思い付きの疑問を真実だと思われたとき、ガルドには責任がとれない。

「よし、逃げ場は……あの窓だな。それ以外は無い」

「俺あっち行く」

「うむ、で、俺と……」

「榎本も行け。槍持ちだった」

「おお! 槍とな!」

「新装備? いやサルガスはリュートだったしな」

「近接ならやりやすいってね」

「いいか? ガルド」

「ん……」

 あのNPCはそうじゃないかもしれない、と言いかけた。しかし確証もなく、そうじゃなければ何なのかと自分が聞きたいほどだった。

 顔を一目みれば、わかるかもしれない。ガルドは息を吸い、右手の白い球を強く握りしめた。


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