246 雑談と危機感
ガルドにとって、塔の突破は小手調べのようなものだった。
一フロアあたり五分もかからない。螺旋階段を全速力で駆け登り、榎本とジャスティンに追い越され追い越しを繰り返しながら最短距離を突き進む。大剣で敵の攻撃を弾いたと思えば、即座に榎本がハンマーで敵の腕や頭を打ち砕き、夜叉彦の刀筋が飛んできて真っ二つに両断する。ジャスティンと争うように防御を買って出るため攻撃に回れずにいたが、それもまたガルドとしては存在意義を強く感じさせ、久しぶりに心底爽快だった。
「くっはー! いいな、やっぱ!」
榎本が隣で楽しそうに声をあげる。フロアボスをあっという間に砕いたハンマーは背中に戻し、目的のリフト乗り場まで進もうと歩き始めた。
「本気でやればもっと早いがな」
「固いぞマグナ。気楽に行こうじゃないか! 視聴者も観客もいないことだしな」
ジャスティンは上機嫌でがははと笑いながら、マグナの背をバンバン叩く。困った顔をしたマグナは「ああ、楽しもう」とほのかに笑った。
「えへへ、気楽にやってもこんなに良いタイムって、つくづく俺たちヤバくない?」
夜叉彦が初々しい感想を言ったが、他のメンバーは「これくらい当たり前だ」と返した。世界大会選出のギルドとしてはこれくらい当たり前で、海外のサーバーに目を向ければ、トッププレイヤーなどもっとゴロゴロしているのである。マグナが「ことダンジョン攻略では、海外のソロトップランクを三人寄せ集められたらもう敵わない」と言い、ジャスティンが「大型モンスターが出れば勝機はある!」と励ました。
「最強の称号、流石に俺たちじゃないからな」
榎本がカラリとした表情でそう言った。最強のギルドにはなれるだろうが、チャンピオンというのは個人の称号だ。それはゲーム公開時から変わっていない。
「デュアルマシューだな。本業のプロゲーマー。VRに限らず2D3Dのアーケードでも圧倒的なテクニックを持つ精密機械」
「ハワイでボコボコにしたかったところだがなぁ……残念だ! ガハハ!」
大笑いしながら進むジャスティンを先頭に、塔の端にたどり着いた。
初回クリア時にムービーが入り演出がなされた場所で、今はぽっかりと壁に穴が開いている。鳥型のモンスターが頭から突っ込み、この塔にあった宝玉をくわえて飛び去る映像だった。
今その穴には、ミニバン車がすっぽり入るだろう大きさの木製の籠が置かれている。ロープで山の方角へと繋がっており、空中を走るトロッコのような要領で利用するゴンドラリフトになっていた。
「うわ、これも久しぶりだね」
「ああ」
ロープリフト同様、一度使えばファストトラベルの行き先に加えられる。ガルドも初回しか使ったことがない。
「正直狭いだろ、これ」
「俺は昔もっと狭い乗り物に乗ったぞ? 大阪の万博記念公園にな、子ども向けの汽車が走ってるんだが……」
「ばんぱく?」
ガルドは聞きなれない単語に疑問符を浮かべ、小さな声で単語を繰り返した。それを仲間たちは聞き逃さない。
「大阪万博、知らないのか。あれだ、あれ。有名だろう? 1970年だったか。戦後から建て直したばかりで、まだまだ貧しかったんだぞ」
「ったく、何年前だと思ってるんだ。年齢を考えろジャス、俺のときですら映画か昔話の扱いだ。ガルドが知ってる訳ないだろう」
「そうだよ。悪いけど俺も知識として知るだけだし。愛知でもあったんだったっけ?」
「うむ! モリゾーとキッコロだ!」
「それ、教科書に載ってたな。会話には出てこないっつーか……逆にお前、なんで知ってるんだよ。生まれるずっと前だろうが。最初の大阪万博って、一番若手のガルドからすると一世紀も前になるのか?」
よく分からないガルドは曖昧に頷いた。
「大阪万博の会場が公園になっているのか? 一極都市化で大阪の土地は高値だろうに」
「つーかそんなに凄かったのかよ? オリンピックよりか?」
仲間がつれない対応だと気付いたジャスティンが、ショックを受けたような顔で立ち止まった。
「おおう! お前たちがこうも知らんとは!」
律儀に顔文字のアイコンで絶望を表現するほどの、そのオーバーな声に四人が一瞬静かになった。すぐに会話がスタートするところだったが、その静けさに五人以外の声が混ざる。
「あー……あー……だ……か、だ……!」
「ん?」
ガルドは声の方角を探した。天井のような気がし、ざっと見渡し違和感を探す。
「おー……おー……」
二度目の声に場所がある程度分かった。穴の空いた壁を左に進んだ先の、以前はただのイラストだったハシゴの方だ。進入禁止エリアにある。今まで気にもとめないほど風景の一部になっているが、今はハシゴに立体感があった。
「万博公園って、跡地にあるってこと?」
会話を再開しようとする夜叉彦に、ガルドがストップのジェスチャをする。大柄の大男に手のひらをずいと突き出された夜叉彦は、待てを指示された大型犬のようにしゃんと姿勢を正した。
「どうした?」
「……声が聞こえた。NPCかもしれない、男の声だ」
「なっ!?」
サルガスの一件は記憶に新しい。全員が即座に武器を抜く。一瞬でぴりっと緊張感が走った。
「こ……る、……くな、こ……、こ……! きづ……、だっ! わ……は……いる!」
「おいおい」
「ま、マジだ……」
榎本がおののきながらハンマーを肩に引っかける。移動しての攻撃になるとすれば、剣とは違い鈍器は重い。楽に走れるポーズが構えになる。
「だれかを呼んでるように聞こえたの、俺だけ?」
「いや、来るなと聞こえた」
「きづけ、と聞こえたが?」
「む、つまり友好的なのか」
「さあな。初見のNPCだし」
「あー、信徒の塔って……あの閉じ込められてたイケニエの女性、最初は錯乱で逃げるんだよね」
「ああ」
「で、トリモチ確保な。クソ弱くて何度殺したことか……」
「ダメだぞ榎本、うっかり殺すな。今回もサルガス同様『動きを封じてからの会話交渉』で行く」
「ほれ、必須アイテムは持ってきたからな。これで楽に捕まえられるぞ!」
ジャスティンがタワーシールドを左手で構えつつ、アイテム袋から白い玉を取り出して右手に持った。野球ボールほどのそれは、ピッチングの要領で投げるトリモチだ。利き手に持った方が命中しやすい。
ふと男の声がにわかに大きくなる。
「お……おま……だ……だ! お前……まえ! て……か!」
大きく強い語感に、NPCらしき声が臨戦態勢なのだと仲間たちは思い至った。武器をそれぞれもう一度握り直す。
「おー、盛り上がってるな。腕が鳴るぜ」
「おお! コイツをフルスイングで速攻確保だぁ!」
「そりゃバッターだ。大きく振りかぶって、だろ」
「がはは、野球は詳しくなくてな」
「おー、じゃあ選手交代だ。ほいガルド」
榎本がジャスティンの手からトリモチをひったくり、大剣を構えていたガルドに投げて寄越す。危なげなく左手でぱしりとキャッチしたガルドは、話が飲み込めないことを表情で伝えた。目を少し開き顎を突き出す。おのずと困り眉になり、眉間がグッと閉まった。
意図せずメンチを切るロシアンマフィアのようになってしまったらしい。榎本が少し引く。
「うおっ……だってお前現役高校生だろ? 授業のソフトボールくらいやってんだろ」
焦りながら弁明する榎本にガルドは納得した。確かに授業はある。ホームベースやソフトボールなら昨年のカリキュラムに入っていた。ガルドがリアルで通っていた横浜の進学校は、住宅地にしては広大で贅沢なグラウンドを持っていた。背の高いネット付きで球技は思いきり出来た。
「……ブランクは一年だ」
「おおー、俺野球なんて十なん年やってない!」
夜叉彦が自信満々に言いきり、仲間たちも同じだと賛同し、ガルドはやっと自分が貴重な学生生活を送っていたのだと気付いた。「興味の無い運動」というのはほとほと縁がなくなるらしい。生後一年目から入った保育園を皮切りにずっと学生だったガルドは、その後の運動体験など想像できなかった。
「わかった。任せろ」
「敵の武器もまだわからん、魔法職ならばジャス、近接ならジャスと榎本、お前パリィ入れ」
「おうよ」
「ガルドはそのトリモチに集中して良い」
「ああ」
「ハイハイ! 俺は?」
「じっとしてろ」
「うぇいっ」
夜叉彦は変な声をあげ、機敏に武器をしまった。




