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244 ゆきやこんこ

 埼玉と東京の県境にある、大規模な病棟。

 一般人が入り込めないように制限をされた特殊なエリアだ。VIPを越えた「知られてはいけない極秘人物」を収容することが出来るため、過去には権力者が利用していたこともある。しかし今、患者は一人だけだ。

 その一人を、まるで取り調べるような形でスーツの男たちが取り囲んでいる。

「彼の発言が大きく変化したのは、ちょうど布袋君の件が我々の耳に届いた頃だった。それを考えれば、彼を捕らえている者と布袋君を捕らえている者は同一人物だろう」

「確証が欲しいなら、いつものように追跡してやることだ。どうせ尻尾は捕まえられん。だが、その逃げ方はどちらも同じ形をするだろうからな」

「や、同一犯である必要もないさ。どっちも我々の目標だ。素性を明らかにしろ」

「慎重に頼むぞ、君。わかっているのかね?」

 ずらりと並んだ瞳に注視され、慣れているはずの九郎は息を一瞬つまらせた。さらさらこの男たちの、正確には男たちの上司にあたる老人たちの意思通りに動くつもりなど無い。そのことがバレたのかと一瞬焦り、しかし九郎から見れば若いスーツの男たちの変わらない様子を見て警戒を緩めた。

「君らに心配されるほど耄碌してはいない。この場の現況調査は引き受ける。君らはくるむ(隠蔽工作)方に回るといい」

「言われなくとも」

 ぞろぞろと連れだって退席する黒服たちに、九郎はあきれにも似た視線を後ろから投げた。彼らは九郎を同僚もしくは部下だと思っているらしい。馬鹿馬鹿しい、と内心切り捨てる。

 ぴしゃりと扉がしまった。

「気付かないだろうな」

 九郎に反逆の意思があるなどと、夢にも思っていないだろう。可能性を考えた有望な者も、すぐに別の仕事へ夢中になる。大きな仕事を任された男たちの眼中にもない。それほど九郎は「天下りするにはショボすぎる会社」の社長で、昔の指導教官であることなどすっかり過去のこととされた。

 それは九郎にとってメリットでもあった。

「社長、あの……」

「奴らのことは気にするな。こちらの報告が百パーセント正確だと信じこんでいるようだ。改竄など気付きもしないだろう」

「え、っと……マジですか?」

「マジだ」

 壁の一部に同化するかのように立っていた部下の一人がおずおずと聞くが、九郎はいつも通りの態度で答える。先ほどの官僚集団の口頭攻撃も、不穏な単語も気にしないボスに部下が焦った。

「あ、いやその、さっきの、というより改竄するって我々がですか?」

「ああ、そちらか? 無論だ。田岡の発言は()()多少の変化で済んでいるが、そもそも変化したということは実験が始まったということだ」

「つまり?」

「実験に必要な素材を集めていた敵組織は、オレンジカウチによる不慮の事態に焦った。そしてホノルルの会場ではなく、日本の空港で日本人を最初に襲い……なぜか大部分をリリース。手元に残した者たちは、恐らく田岡と同じ実験場にいるだろう」

 管が身体中から出ている田岡が横たわるベッドをちらりと見、九郎は部屋にいる部下たちに話を続ける。

「布袋はそれを承知の上で、向こうでも犯人確保に動いているだろう。事件前にアイツが建てていた予想通りだからな。実験場は複数あっても意味をなさない。犯人グループが知りたいこととは、五年の単身拘束で疲弊しきっている田岡のメンタルについてだ。空港での被害者たちはその『環境因子』に過ぎないだろう」

「こちらの田岡さんを取り巻く住人、ということですか?」

「ああ」

「でもなぜ彼らが」

「田岡が日本人だから、だ」

「……それだけ?」

「他の理由は、そうだな、プレイしていたタイトルが『frozen-killing-online』だったということだ。犯人たちによって作られた特殊な技術が提供されている。時属性、というシステムだ」

 ゲームをする部下が真面目に頷き、フロキリが持つ特殊な噂を非ゲーマーの同僚たちに説明した。体感でしかない時間経過の操作がプレイヤー側で操作可能らしい、という噂だ。

「そのゲームをしていた日本人だから、ってだけで……」

「話を戻すぞ。田岡の環境因子として放り込まれた被害者たちは、ほぼ確実に田岡に接触することになる。それが犯人たちによる強制的なものなのか、自発的にそうさせるものなのかは不明だ。だが……今月中には田岡が向こうのことを話し出すだろう。このまま口が連動していれば、な」

「本当ですか!?」

 病室の巨大なスライドドアが引かれる音、そして大きな声が加わる。

「さ、佐野さん!?」

「さっきの、さっきの話っ!」

 一度帰宅し身綺麗になった佐野仁がそのまま駆けるように社長へ詰め寄った。

「佐野、早かったな」

「妻は出勤していまして。それより、今の!」

「ああ」

「良かったですね、佐野さん。これなら娘さんの様子が分かりますよ」

「ああ、ああ! 頼みます、田岡さん。みずきに……みずきに話しかけてやってください!」

 古いフルダイブ機のヘルメット型コンソールを被った田岡に、佐野はそう話しかけた。通じないことは分かっているが、彼が向こうで生きていることを知っている。病人に話しかけるというよりも、遠く離れた同僚に願うように語りかけた。

「雪の降る、雪、ああ! 雪だ!」

 返事にならない言葉を田岡が返す。

「雪が見えるか、田岡。どこからだろうな。布袋が、布袋たちが、すぐにお前の元まで行くからな。待っていろ……耐えろ、田岡」

 九郎がやさしく田岡の手を握る。ぴくりとも動かなくなった田岡の手は、骨と皮だけになったが辛うじてそこにある。同い年である九郎に比べると酷く年老いて見えた。ただし九郎がハンドクリームを丹念に練り込んだため、触り心地はつややかだった。

「雪 やこ んこ、  あら れ や こんこ!」

 田岡は動く口だけ壊れたロボットのように動かし、子供のように歌った。

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