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243 門構え・面構え

 信徒の塔。フロキリでも数少ない閉鎖エリアで、螺旋階段を中央に据えた四階建てになっている。門番を撃破して入ったエントランスには腰ほどの高さの台座と水晶玉が等間隔で飾られている。偶像崇拝禁止の設定を生かした結果、水晶が神秘のアイテムとしてゲームアートによく登場している。開発スタッフの情熱が一身に詰め込まれた水晶は、まるで南国の透きとおった海を封じ込めたような青を揺らめかせていた。

 ガルドは側まで近づき、ゴツゴツした手でそっと触れる。すると波紋が球体のなかで広がっていき、ガラスのような鐘音が一つ鳴った。

「行くぞ」

 仲間達と何度も繰り返してきた塔の踏破である。ある程度決まったローテーションは、確認しなくてもてきぱきと動ける。声をかけてきた榎本に一声返事をしながら、ガルドは一階の少し奥にある小部屋を目指した。

 先に行っている夜叉彦とジャスティンが、扉を開けて向こう側に入ろうとしていた。その奥には美しいエルフの女性が座っているはずである。伏せ目がちで優しそうな印象の、ネットコミュニティでの評価通り「若聖母」らしいデザインのキャラクターだ。

 信徒の塔を取り巻くストーリーは、純ファンタジーの典型例を沿っていた。女神崇拝と捧げ物の巫女、それを救いだす勇者達。神のために育てられた彼女は、勇者達に助けられながら生家からの脱出を試みるのだ。せめてお礼に、と傷を癒し、力を高める魔法をかける。

 早い話が支援NPCだ。回復と高効率な能力強化をかけることができ、プレイヤーにとってはほぼ必須の通過地点である。

「……あれっ?」

 夜叉彦が扉の前で止まる。

「どうした」

「いや、柵がないからさ」

「おお、確かに。鉄格子が無い」

 ジャスティンが「すっかり忘れてたな、若いと物覚えが良いもんだ!」と若手を褒めた。白っぽく朽ちた木製の扉は、以前は鉄格子との二枚扉だった。

「柵が引き戸で、木の戸は押し戸だったよな」

 ガルドも夜叉彦の記憶力に感心する。確かにそんな気がするが、そこまでは覚えていなかった。その程度の差ならば、犯人であるGMがフロキリから「盗みきれなかった」のではないかと思う。

 そして同時に、NPCがことごとく変化している点を思い出した。

「……あっ、まさか!」

 夜叉彦も同様に思い至ったようだ。錆びだらけのドアノブはしまりが悪く、ドアごと弾き飛ばすように中へ入る。慌てた様子の彼につられ、仲間達も後に続いた。

 そこは六畳ほどの、質素な家具が一揃い整った小部屋だった。窓のない石造りの圧迫感と閉鎖的な匂いの再現が「刑務所に近い、生活を前提にした牢獄」を作り上げている。

 カーテンなどの布製品は全て無漂白の綿で、チェストの上に飾られた祭壇の水晶がひときわ目立つ。エントランスにあったものと同じ、立派なオーシャンブルーの水晶玉だ。

 中央にポツンと置かれた木の椅子には、誰も座っていない。

「やっぱり」

「うわ、居ねぇのかよ!」

「……そうか、NPCは今のところ、全てGM側が新しく産み出した奴ばかりだったな。となると、世話になってた『囚われの巫女』は居なくて当たり前か」

 仲間達がガックリと落胆している様子を見ながら、ガルドは椅子に座る巫女を思い出していた。

 いつ来ても彼女は、うなだれてここに座っていた。まるで人生そのものを落胆しているかのような、生気のない姿勢でプレイヤーを迎え入れる。

 最新の大型バージョンアップで導入された彼女は、一番最後に幸せになるキャラクターだった。しかし信徒の塔のストーリー完結後、また囚われの頃に逆戻りしてここに座り直す。クエストが数珠繋ぎでループするせいだった。一度クリアしても初めからまた再戦可能で、そのために彼女は永遠に閉じ込められる羽目になる。

 しかししょせんゲームの演出で、ガルドはかわいそうだなどと思ったことはない。

「いてもいなくても、別に」

 回復スポットとして便利だったが、難易度は低く必須ではなかった。仲間達も頷きながら同調する。

「まぁ、別にな。ジャスに防げない盾越えのスキル持ちもいねぇし」

「任せろ! 全てガードしてやる!」

 榎本がツーブロックの刈り上げをざりざり触りながら、部屋を出て螺旋階段へと向かった。ジャスティンが持つような盾の装備で防げないスキルはそれなりの量が存在しているが、共通のシステム名が無い。日本界隈では「貫通」や「盾越え」、「ガード不可」などと呼ばれている。

 自慢げな表情でジャスティンが後を追い、先を行く榎本に「俺が最前線でないと防げんぞ!」と文句を言った。

「油断は厳禁だ。メロがいない分、回復の回転率が悪い。アイテムのリキャストで死ぬなよ?」

 マグナが注意を促しながら歩くが、戦闘訓練に比べれば緩い行軍だ。夜叉彦はアクビを一つ噛み殺しながら返事をする。

「はいはい」

「……被弾率の記録機能、こちら(犯人製ゲーム)でも死んでないぞ。しっかりチェックするからな」

「ひぇっ、先生のオニ~」

 鋭い指摘がマグナから飛ぶ。夜叉彦はプレイ当初からマグナに鍛えられた経緯から、時々こうして師弟関係のようなやりとりに発展することがあった。

「そうは言うが」

 後ろからガルドは声をかけた。被弾率というのは、敵にターゲットされた回数を百として攻撃が当たった回数で出す数値だ。つまりターゲットにならなければ良い。

「こっちが受けるから、ゼロだ」

 口下手なガルドは、この少ない言葉で「敵のヘイトを大量に稼ぎ、夜叉彦に敵が見向きもしないように立ち回るから安心してほしい。恐らくゼロパーセントだろう」と伝えた。簡略化しすぎたことをすぐ後悔し、通じたのかと不安になる。歩幅を大きくして二人に並ぶ。

 覗き込んだ夜叉彦とマグナを見て、ガルドは疑問しか浮かばなかった。

「ぐっ」

「んんっ」

 酸っぱいものを噛んで我慢しているような顔で、どこかあらぬ方向に視線をずらしている。

「ん?」

「あ、あはは……ガルドがいれば塔なんて楽勝だよ。な、マグナ」

「っお、おうとも。もちろんだとも。我がロンベル最強のパリィ・ガーディアン! その剣筋は常識を凌駕する!」

「おー。その語り、久しぶりに聞いたよ」

 マグナは得意の「少年漫画っぽい口上」を仰々しく語り、ガルドを過剰に褒めた。それをむず痒く感じるガルドが、一言礼を述べてから先に階段へと進む。照れると急ぎ足になるのはガルドの癖だ。

 少し距離が開く。


「……うーん、すっごい男前。かっこいいな」

「ああ。改めて思うが、頼りがいのある奴だ。純粋に羨望を向けてしまう。鈴音の奴らのように頼りたくなるのも分かる」

「うんうん。ガルドの進む方に着いていけばなんの心配も要らないような、安心感っていうのかなぁこれ。大きな背中だよホント」

「そうだな。気持ちは分かる。だがロンド・ベルベットのポリシーを思い出せ、夜叉彦。俺たちは対等でなければならない。ガルドが先頭を歩くのはいいが、俺たちが後ろを歩くだけ、というのはダメだ」

「うん、わかってる。俺らで気を付けなきゃな」

「ああ……ん? 気を付ける? 何も気を付けなくていいだろう。今まで通りだ」

 その返事を聞いた夜叉彦が愛嬌のある目をぱちくりとさせ、マグナはその様子に不思議そうな顔をした。

「え?」

「ん?」

 話が噛み合っていないようだった。二人が互いに互いの考えを読み取ろうとする。

「……逆か。ガルド自身か」

「そっか、俺らがそうなることもあるんだな」

 お互いがそう独り言のように呟きながら納得しあう。ガルドが自分から仲間を引っ張ろうとする可能性も、仲間達がこぞってガルドに寄りかかる可能性もある。先を歩くガルドが閉鎖空間でどう変わるのか、夜叉彦は自分達で気を付けて目を配ろうと言った。

「……俺たちはきっと、これ以上変われない。おっさんだよ? 成長は無い」

「お前はまだ若いだろうが」

「あはは、俺よりガルドが数倍若いよ。成長ののびしろがあって、学校で教育を受けてるはずの年なんだから。それがこんなところで、こんなおっさんに囲まれて、もし……」

 螺旋階段の辺りまでやって来た二人は、小さく顔を上げ天井を見上げた。上に行くにつれて真っ暗になっていくその先を見ながら、その手前で小型モンスターをなぎ倒している男に聞こえないよう続ける。

「もし?」

「もし、十年も二十年もこのままだったら」

「あり得ん、とは言い切れん」

 マグナは至って冷静にそれを聞いた。他の仲間ならここでぎゃあぎゃあとリアクションするだろうが、とも思っている。夜叉彦も小さく二回頷いて続けた。

「だろ? 長期になったとき、俺たちはこんなに活発に行動できないと思う。二十年後、俺はセーフだけどさ、みんな定年退職だよ。からだの影響をこっちでどれだけ受けるかわかんないけど、脱出する意欲なんてカラカラになってるさ」

「そのなかでガルド一人若い、と。二十年後、それでもガルドは今の俺より若い」

 そしてマグナは文字チャットに切り替えて夜叉彦に案を伝えた。

<あいつが俺たちを『保護対象』に据える未来が来る。それはダメだ。そうならないため、俺たちが努力するしかない。そうだな……どうしても無理だというときは、俺はロンド・ベルベットを抜けよう>

「……うーん」

 夜叉彦は煮えきらない返事をし、体をひねって唸った。そのまま明確な返事をしないで階段を登り続ける。

「おーい! マグナァ! 回復頼む!」

 遠くからジャスティンの大声が聞こえ、話題はここで打ちきりとなった。マグナが階段を急ぎかけあがりながら、弓をきりきりと引き絞る。

「なぜ減ってる、ここのは全て防げるだろう」

「あー悪ぃ、俺のせい」

 榎本が悪びれず申告し、ガルドが原因を簡潔に言う。

「回転駆動した」

「ほぅ、バカか?」

「だっ! 結果論だろ、上手くいけば……」

「こんな細くて傾斜のあるところで回転かけて、どうなるかなどわかっていただろう? 階段だぞ。階段でダンス踊るなんてバカ以外の何者でもない」

「あははは!」

「夜叉彦」

「階段で回転駆動って、そのまま後ろに転がってって、あははは!」

「なるほど、ウケ狙いか」

「違う、本気だ。本気でやったんだ。うるせーぞ夜叉彦、もう笑うなって!」

「あはは、だってさ、心配も杞憂だなって。こんな元気一杯なガキっぽい集団なんだからさ」

「ああ、確かに。この分なら心配要らんな」

「あ? なにがだよ……ガキ? 夜叉彦に言われたくねぇ! てめ、ガルドがカムアウトする前は『ロンベル最年少』で通ってただろうが!」

「そんな昔のこと忘れたよ」

「ジャス、どっちにやられた? 敵か、榎本か」

「お? 無論榎本だ。クエスト受注してないからな、フレンドリファイヤでもろ吹っ飛んだぞ」

フレンドリファイア(味方誤射)というより交通事故だな」

「うむ! いい感じに吹っ飛んだぞ!」

「ん」

「全く……ほら、来るぞ。構えろ」

「ほーい」

「さっさと抜けて次行こう」

「がはは! 榎本は回転駆動で先に行ったらどうだ?」

「お、じゃあお言葉に甘えて」

「ジャス、また余計なことを……あーっ!」

 そうして調子に乗った榎本が、陸上のハンマー投げのように横回転でくるくる回り始めた。階段は途中で一度途切れ、強制的に一フロア目へ進むよう設計されている。一周回り対角線上にある螺旋階段の入り口に向かうため、大きな右回りに進んでいく。

「うおお! 食らえ遠心力!」

「俺もいくぞ! おおお!」

「マジかよーどうするマグナ。行っちゃったよ? 猪突猛進アニマルコンビ、ほっとけばリスポーンでエントランスに戻ってくると思うけど」

「はぁ……回復が手薄だと言ったばかりだろうが。しかし放ってはおけん。俺たちも急ぐぞ」

「マグナやさしーい」

「ああ」

 久しぶりのダンジョン突破攻略がスタートした。


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