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242 塔の入り口に五人立つ

<ってわけだよ、ワトスン君>

「だれがワトソンだ。あとその発音古いぞ」

「へー。サルガスが愚痴聞き人形だっての、あながち間違ってなかったわけか」

「そうなるな」

「うむ、俺たちの不満を聞き、懸命に解決しようとするわけか。しかし聞きの部分がイマイチで、メロの雑談を本気にしたということだな!」

「うん、うん! その通りだよ!」

「夜叉彦? 泣いてるのか?」

「感動してるんだ……ジャスがこんなにも頭を使う作業を……」

「お、俺は、やればできる子だからな!」

「いい年したおっさんが『できる子』とか言うなよ」

<ヘルプにあった通りだけど、やり方は不満垂れ流し。どーよ! お手柄でしょ!>

「よくやった、メロ!」

「ああ」

「予想よりスムーズに行ってるぞ、さすがメロだ」

<えへへー>

「……取り合えず、ファストトラベルの復活、早めに頼むぞ?」

<あ、あはは……忘れてなかったよ? 覚えてたってば。うん>

 マグナが一人冷静に、本当に欲しいものを挙げた。メロ一人置いて来た理由はサルガスの詰問だ。だがそれは、目標の中間地点でしかない。彼らは、サルガスのヘルプを見て「欲しいものに手が届く距離だ」ということを知ったからだった。

「移動に時間がかかりすぎて、俺たちの精神活動に支障をきたす……とか言ってゴリ押せばいいわけだし」

 夜叉彦が刀で地面を切りつけながら、メロに向かってアイディアを勧めた。


 メロから事の顛末を聞きながら、五人は門番の討伐に乗り出していた。クエストとしては発注していない。この塔の向こう側にある山小屋を目指している彼らは、通行の妨げになるものを刈り取っているだけだった。

「サルガスには採決の権限などない。申請するためのユーザーフォームなんだ。そう思えば簡単だろう」

 マグナが味方の背中にぶすりぶすりと矢を打ち込む。彼の本来の真骨頂、攻撃や防御といったステータスの強化だ。今回は防御など必要ない。強力な武器由来の圧倒的な破壊力で門番を潰しきろうとしている。そのため、全て攻撃を強める補助スキルばかりだった。

「入力方法が対話だってのは分かってたけど、メロのお陰で『キーワード検索』だって判明したし」

 切りつけていた地面から、夜叉彦が雪の粉を刀で撒き上げる。メロが居ない分、ターゲットロックをさせない「チャフ」を撒くのは夜叉彦の役目だった。スキルの名前は「遁術(とんじゅつ)」になっているが、アメリカ発のゲームではよくある勘違いだ。忍者と侍をいっしょくたにしている。

 夜叉彦がちらりと背後、アタッカーとタンクを見た。

「ん」

 ガルドはすかさず、雪の粉に突っ込んだ。

 視界が一瞬でホワイトアウトに埋め尽くされる。味方の支援で起きる異常気象だが、ガルド達にもこうしたデメリットがあった。しかし敵に起こる「ロックオンの強制解除」はこちらには無い。白い雪の中に、おぼろげだがロックオンカーソルの赤が見えた。

「どーりゃっ!」

 右脇から小柄な茶色があっという間に飛び出していった。ジャスティンは一瞬で白の向こうに消える。ギルドの特効戦車は有能で、敵ががむしゃらに繰り出した攻撃のモーションを見逃していなかった。

接敵(エンゲージ)!」

 雪の粉塵に消えたジャスティンの方角から、ガード成功の重厚な金属音が大きく響く。ガルドからは何がどうなったのか目で確認することは出来ない。音からすると門番が持つこん棒と盾がぶつかったようだ。

<うーん、反応鈍いなー>

「ファストトラベル?」

<そう。検討にすら入ってくれない>

 戦闘中の五人を邪魔するかのようにチャットウインドウが現れるが、全員が怒る様子もなく会話を続け、武器を振るった。

 榎本とガルドは二人同時に雪の粉塵を飛び出す。既に重い武器は頭上へ振りかぶり、通常攻撃で飛びかかるところだ。

「可能性は考えていたが、こうなると計画がずれるな」

 マグナの発言に榎本が眉をひそめ、文句を言い出した。

「もしかして、またここ通って帰るのかよ? くっそメンドイだろ。エンゲージ」

「ずっとあんな小屋には居られない……エンゲージ」

 小屋からまた歩きで下山する未来を想像しながら、アタッカー二人は敵の腕を狙った。二体いる門番、どちらも鼻の無い豚のような亜種人間型だが、その武器を破壊しにかかる。

「確かに、あの小屋ほんと何もないよね……むしろ教会?」

 夜叉彦もコンボを引き継ぐように背後からスキルを発射した。遁術を打った後に納めた鞘から、いつもの抜刀居合い切りが燕のように飛んでいく。

 その繊細な弾道を目で追いながら、マグナが弓矢を構えた。刀の影が届くというところに丁度続くよう、タイミングを見計らってチャージを紐解く。

 そして目的地の感想も述べた。

「フッ、素朴で敬虔な、フロキリらしい地味さが良いだろう。俺はなかなか好きだがな」

「隠しアジトみたいだってこったろ?」

「その通りだ!」

 そして楽しそうに、どの辺りがアジト的かを語り出す。いつも通りのマグナを背中で感じながら、ガルドは門番を見据えた。

 吸い込まれるように居合いと矢が豚亜人を撃ち、こん棒が落ちる。そこを見逃さず、ジャスティンが盾の打撃で追い討ちをかけた。

 定期的に来ていたフロキリ最新エリア・信徒の塔の、いつも通りの攻略の流れだ。ガルドは一瞬、自分が拉致の末にログアウト出来ないのだということを忘れた。

 いつもの放課後のように感じ、ぼんやりと明日を思った。今日は何時までここに居られるだろうが。金曜なら思う存分夜更かしをしよう。明日が平日か休日か思い出そうとし、はたと気付く。

 明日も明後日も、もしくは永遠に夜更かし(ロング)なのだと思い出した。すっかり忘れていたのだ。

 ガルドは自分にあきれた。状況を忘れるなど、うっかりでは済まされない。しかし、治そうと思っていた「臭いものに蓋をする類いの逃げ癖」とは少し違う。

「……楽しいな」

「ん? ああ、メロはいないけどな」

 すぐ隣でハンマーを担ぐ榎本が、こぼれた言葉を自然に拾い上げる。良く見ると榎本も満面の笑みだ。

 仲間と思い切り遊んでいるのだ。夕焼けこやけのチャイムが鳴っても続け、親が呼びにくるまで。何もかも忘れて夢中になったころのように純粋な気持ちだった。

<うー……>

「め、メロ」

「あーっと、お前はそっちで自由に過ごせるだろ? ふくれんなよー」

<だー! 早く飛べるようにしてやろうじゃん! そしたらウチだって一瞬でそっち行けるし!>

「ああ、その調子だ」

 メロの妬みが籠ったメッセージにフォローを入れながら、ガルドは腕に力をいれた。

 この剣でモンスターを切りながら、来ているはずの仲間を探し出す。それはとてもゲーム的な目標で、ガルドを楽しくさせた。


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