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241 メロとサルガス

 ひとり城下町に戻ったメロは、城の椅子に座りながら男と会話を続けていた。サルガスという名の真っ黒い外套をすっぽりと羽織ったNPCは、逃げることも戦うこともせずにメロを向いて立ち尽くしている。

「あーあ、玉座に座ってもなーんも反応ないし、コイツもこんなだしつまんなーい」

 会話の相手は無言のままだ。

「ウチさぁ? マグナみたいに頭良くないし、アイツ(ベルベット)みたいな野生の感もないしさぁ、そもそもこういうの向いてないんだよねー」

 嫌そうな表情を隠しもしないメロは、まるでぬいぐるみにでも話しかけるように語りかけ始めた。もちろんサルガスの向こう側に犯人グループが聞き耳をたてているだろう、という予想の上だ。

「ていうか、何から聞けば良いのかなぁ。人の話聞くのも得意じゃないんだよ、ウチ。どっちかっていうと、こうやっていっぱいコッチから喋って、その返事を聞いてる方が多いっていうか……ついまくし立ててしゃべっちゃうんだよね」

 そして黒い外套の男をじっと見つめる。

「ウチが喋らないなんて、ドラマ見てるときぐらいだよ?」

 ニュースでも合いの手入れちゃうし、バラエティなんて絶対無言じゃ見れないし、とメロは続けようとしていた。しかし唐突に無言だったはずの男から、小さな合いの手が入る。

「ドラマ」

「へ?」

「ドラマとは。一年の放映が続く映像演劇。方法によって広告収益で運営する」

 サルガスが語ったドラマという単語の解説は、丁寧で簡潔だったが文法に違和感があった。なんとか単語から言いたいことを読み取ろうとするが、メロは早々に匙を投げた。

「う、うん。ドラマは演劇だよねー」

「演劇」

「え?」

「演劇とは。大衆娯楽。音楽、人体、物語性、光」

「えっと、突然生き生きしはじめちゃったけど……それ、ウィキペディアかなんかから出た単語言ってるだけでしょ?」

 メロは首をかしげながら、玉座の肘あてにからだを預けた。液体のようにとろけた格好になる。

「ドラマってのはね、続きが見れないのはストレスなの。漫画もそうでしょー? 毎週見てたものが見れなくなって、それを他の人は今ごろ楽しんでるんだからさぁ」

「ドラマ」

「……ま、わかんないかー。人間でもこの辺は相容れないことも多いし」

「私は文献を検索で得ます」

「まだ調べてんの? 勉強熱心だこと」

 その様子を眺めているだけのメロは、首をぐでんと力なく下げ、全身で不真面目さをアピールしながら黒マントを見た。相変わらず普通のNPCのようで、ときおり重心を移動させる身じろぎモーションをする。

「……該当しました。URLのリンクを拡散を確認しました。この文献は信憑性に足りるとご確認ください……賛成をありがとうございます」

 サルガスはメロの方角を向きつつ、別のどこかを見つめて呟き続けた。調べて出てきた情報のソースを、どうやら他のAIか人間かに見てもらっているらしい。

「この文献は必要性に足りるとご確認ください……ユーザーを検証します」

 メロには、サルガスが一体なにをしようとしているのかわからなかった。ただ、独り言のように呟いたドラマという単語に反応したらしいことが理解できる。

 どうやら意図せず、狙っていた「希望情報の入力」を行ったらしい。ヘルプ通りだ。

「へぇ、単語から調べるんだ。片っ端からそういうの入力していけばこんな感じで反応したり調べたりするってわけ? 原理は簡単だね」

「あなたは」

 怠惰な姿勢で玉座に座るメロに、サルガスはゆっくりと近づいてきた。直立不動、手には出会ったときから離さないリュートのような楽器を携えている。

「な、なに?」

 慌ててメロが姿勢を正し、腰に納めていた短い杖を構えた。念のため強力な召喚スキルを短いもの(単詠唱)長いもの(詠唱)揃えている。防御を捨てて手に入れた高速化のお陰で、目の前の男を二秒で瞬殺できるはずである。

「会話を止めるをします。必要な物資はドラマです。娯楽物資・ドラマは届きます」

「ご、娯楽物資……そんな言い方されると、戦時下の配給みたいな……」

「不可あり」

 そのネガティブな単語に、うっすら期待を寄せていたメロはがっくりと表情を曇らせた。元々世間話の流れで出た単語である。仲間達が望む「部屋の模様替え」や「脱出方法」などの情報とは無縁だった。無くても良いのだ。娯楽などそういうもの、とメロは割り切る。

「……や、やっぱりそうだよね~! 期待して損した! そうだよ、期待しないって決めたのに~ウチのバカ~」

「不可事項・広告収益による運営。広告閲覧による購買、サービス享受のこと」

「う、難しい単語ばっかり。やめてよ、気が滅入る……」

「買いはできません。取引はできません。不可事項・広告収益による運営、を除く全てのドラマが対象です」

 話の流れがニュアンスで読めたメロは、ピクリと動きを止めた。明言はまだだ。期待はしない。その上で、恐る恐る内容を聞く。

「……対象? なんの対象?」

「私は健やかな精神活動を保全します。私はドラマが保全が正しいと通達します。あなたは会話をやめます。それは保全です」

「えーっと、待ってね、整理するから。ウチがいつもやかましいけど、ドラマみてる時は静かにしてるって話から……それがポジティブなことだと思ったのね? で、そのためにドラマが必要だと思って、調べた、と」

 杖をしまいながら、メロは著名なドラマの名探偵をまね、眉間を指で叩いた。保全とサルガスが繰り返している。それは恐らくメロ達の精神の平穏を指すのだろう。そのために必要なことを、このAIは会話から探ろうとしたのだ。

「それで律儀に、犯罪者集団の癖に、ウチらがCM見ても買い物出来ないからって民放は見せられないって判断したわけ? 広告収益ってつまりCMのことでしょ?」

「あなたは買いはできません。あなたは取引はできません」

「繰り返すなよっ、ショッピングしたいよ!」

「あなたは買いはできません」

 被せてメロがサルガスの言葉を封じる。

「わかった! わーかった! 買ってもここ(フルダイブ)じゃ無意味だし……で? 国営放送のドラマはいいの?」

「受信料」

「え?」

「受信料を徴収します」

「はー!? カネ寄越せってことー!?」

 メロは勢い良く玉座から跳ね起き、ムッとしながらサルガスに詰め寄った。当のサルガスはケロリと無表情のまま、ひとつポップアップで数字を表示する。

「ワンダラー百イェンのレートになります」

「あっ……ここの通貨でいいの……?」

 メロは肩の力を抜いた。

 そのレートならば、自分達は大金持ちである。フロキリの通貨はダラーで、しかしモンスターを討伐すれば一体で百ダラーを越えるドロップがある。あの大量のゼロを数えたことなど無い。そして二つゼロを増やすなど、それを円で数えるなど、想像もつかないほどの至福だろう。

「えへへ、ロンベル全員合わせたらどうなるかな。あいつ(ベルベット)の高級マンション何個分かな」

「あなたは買いはできません。あなたは……」

「あっ、もしかして世界長者番付にのっちゃう? うっへへー!」

「……」

 サルガスは喋る口を途中で閉じ、振り込み用の画面を開いてメロの操作を待った。


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