24 花咲く衣裳
遠征の舞台を思わせる料理に、ガルドの心は南の島まで飛んでいた。
「向こうに行ったら、海に行きたい」
よく映像で見る、爽やかな町並みと彩度の高いブルーを思い浮かべる。続けてイメージされるのは、ヤシの木が落とす影とマカダミアチョコの味。あの常夏のメロディー。
ガルドは密かに楽しみだった。
「楽しみだな! 日焼け止め、忘れるなよ?」
「夜叉彦、心配性だな」
「そんなつもりじゃないんだけど、ほら、あっちの日差し強いからさ~。あと、帽子とサングラスも持っていった方がいいよ?」
「サングラスは持っていない」
「あー! あっちの日差し舐めてるな!?」
嫁に美容のなんたるかを叩き込まれている夜叉彦は、無頓着なガルドにレクチャーし始めた。プラスの数が多い、効き目が長くしっかり日差しを弾く日焼け止めを選ぶように指示をする。
さらに夜叉彦は付け加えて語り出した。つばの広い帽子、UVをカットすると書かれているサングラスを買うこと。服も、日焼け防止に軽い羽織もの、さらに足元にも気を使うこと。向こうでは過度なアクセサリをつけないこと。日本人は童顔に見られるので、なるべく大人っぽいメイクを心がけること。
「あとは……」
まだ続きそうな気配に、ガルドは封をした。
「紙媒体資料で読む。あとで」
「それ、どうせ読まないだろ」
「チェックリストにしてくれれば読む」
「ネット調べればすぐ出るから。嫌がんないで調べてよ?」
バレたか、と顔だけで言いながら、ガルドはモノアイ型のプレーヤーを装着した。パンケーキを切り分け口に運びつつ、ネット経由で動画を選ぶ。
在ホノルルの大使館が公開している動画を見つけ、再生する。南国ミュージックとともに『ようこそハワイへ!』という見出しが現れた。
今回の|frozen-killing-online世界大会は、アメリカ・ハワイ州の高級ホテルで行われる。大きさの規模が桁違いなマンモスホテルだ。宴会場を数フロア貸し切り行われ、その上ゲストで呼ばれた上位ギルドはホテルのスイートルームを手配される。
「そういや忘れてたけど、フォーマルな服も持って行ってね。現地で買ってもいいけど、こっちより高いから覚悟してよ?」
メロが夜叉彦とガルドに向かって言った。
「それってつまりスーツってこと? ビジネスなら……」
「ビジネスじゃ駄目、もっと上品なやつ。パーティーなんだから。ガルドはどうする?」
「ん?」
メロが少し溜めてから声をかけた。
「ドレスでもスーツでもいいよ」
「……選べるのか?」
「キャラクターに合わせてもいいってこと。うちらは男アバターで男だから、選択肢は一択」
ジャスティンが大声で「思い出したぞ!」と叫び、机へ身を乗り出した。
「前の時も、アメリカのやつでいたなぁ!」
「どんな人だった?」
「ジャス並みに大男だが『ペシェ・フローレンス』のコスプレをしてた」
「すげー!」
桃色のフレアスカートと白い羽でできたティアラが特徴的な、ゲーム内で人気のドレス装備のことだ。リアルでもアバターになりきろうとする気概を感じる。今年も会えるかもしれない。ガルドは少し楽しみが増えた。
しかし疑問が一点。
「コスプレだとフォーマルじゃない」
指定されたのはフォーマルであって、コスプレではない。ガルドの疑問に、メロが書類をめくって答える。
「フォーマルが大前提。作中のも含むけど」
「フロキリの装備ってこと? フォーマルな装備って、えっと……」
「そこはほら、見た目的にフォーマルっぽいかどうかで判断」
「余計に分からん」
「外部非公開の内輪パーティだからなぁ、こればっかりは実際に行ってみないと分かりにくいだろう」
「あれはどうだ、『聖典の白馬騎士』装備! フォーマットだろう!」
ジャスティンが名案だと自信たっぷりに言った。
ガルドが自分の装備画像を思い出す。無属性で魔法に強く、見た目の美しい装備だ。今はタンスの肥やしになってしまっているものの、ガルドが「単独で遠距離プレイヤーの集団に突っ込んでいくとき便利」と捨てずにいる対魔法専門装備だ。
「フォーマルね。うん、たしかにあれはいいね。うん、今のガルドなら絶対似合うよ!」
「む? 今なら? 前も似合ってたと思うがな」
「え、ムチムチ筋肉とジャニーズ衣装だよ? 似合ってなかったって」
「……自分でも似合わないと思ってた」
ガルドは自己申告した。
あのアバターの太い首にキラキラとしたラメ尽くしのホワイトスカーフが巻かれているのは滑稽で、スクショを見るたび面白くて笑ってしまいそうだった。
「あはは、それ言っちゃうとマグナなんかは論外だから気にしないでいいって」
「あいつ、自分が似合う似合わないはどうでもいいんだろ。ガルドも着たいのを着ろ、効果優先が基本だぜ」
「榎本の肉襦袢装備とかも効果優先だよね」
「お前のダサいハチマキもだろ」
榎本と夜叉彦が互いに罵りながら、そこへマグナも巻き込んだ。
論外だと悪口を言われたはずのマグナは、だいぶ酔いが回っているらしく気付いていない。楽しげにテーブルの酒へ手を伸ばしていた。
いつものマグナなら、猛烈な勢いで持論を展開する場面である。彼のロボ風装備はアバターに全く似合っていないが、装備のデザインの素晴らしさをこんこんと語ることで反論を封じてくる。ガルドはホッと胸を撫で下ろし、夜叉彦たちの輪に向き直った。
「リアルではそうもいかんぞ? 向こうじゃ好きにしたって構わないんだが、こっちは人となりになるからなぁ。あまり汚いと嫌われるぞ?」
「確かに、ジャスって意外と小綺麗だね。気ぃ使ってるの?」
「お前ならわかるだろう夜叉彦。嫁が全て整えてくれるんだ……」
「あっ、なるほど! よかったね、自分だけじゃこうはならないでしょ」
酔っているのだろう、とガルドは生暖かい目で夜叉彦を見た。毒舌が強化されている。暗に「センスない」と言われているはずのジャスティンも、気にせず高らかに愚痴を吐いた。
「フロキリ一周年記念Tシャツは捨てられたがな!」
「まだ落ち込んでるのか? また買えばいいだろう。値割れしてるぞ」
「違うんだマグナ……趣味を嫁に否定されるのは堪えるんだよ」
「ほぉそうか。ま、俺には一生縁のない話だがな」
「俺も嫁さん腐女子だったらなー! グッズは捨てないよなー!」
マグナの綺麗な恋人は彼曰く「同類」らしい。ガルドはオタク用語に疎く、腐女子というのがなんなのかよく分からなかった。家庭談義に花が咲く中、メロがガルドに聞こえる程度の音量で声をかけてきた。
「話ずれたけどガルド、もしコスするならコネはあるよ~。北海道なんだけど、体の寸法送ると作ってくれるし、クオリティは凄いんだから」
「今から注文でも?」
間に合うかどうか、を抜かしたガルドの質問に慣れた様子でメロが切り返す。
「全然よゆー。そんなにかかんないよ」
「そうか」
そう言うとメロは、店内のペーパーナプキンに手持ちのペンでさらりと店名を記入した。ググれば一発だよ、と渡されたその「もふりん工房」という怪しい店の名に、ガルドは背筋が冷える感覚を覚えた。




