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234 技術の恩恵

 学校から追い出された金井は、意気消沈しながら帰宅の途についた。自分にはブルーホールについて知る権利が無いのだと納得し、掲示板に弾かれた理由までは深く考えていない。フルダイブ用の脳波感受型コントローラを持たない自分は、知ってはいけないのだと思い込んだのだった。

「はぁ……」

 ため息をひとつ。

「……はぁ」

 またひとつ。表情もどんよりとしており、背中もひどく丸まっている。オーバーリアクションが多い金井の落ち込む様子は非常に目立つ。すれ違うサラリーマンが感情の無い目で追い、同じように疲れた顔でコンビニへ入っていった。

 金井はとぼとぼと通学路を歩き、いつも通り、ほんの少し立ち止まった。明かりの無い一戸建てのポストにある「佐野」の文字を、毎日するように一秒だけ、じいっと見つめる。

 そして不審がられない程度にちらりと、二階の窓へ視線を移した。

 佐野みずきがその家の二階に住んでいることは、彼女について興味のある生徒の間では常識だった。アメリカのホームドラマのように、石でも窓に当ててみようとする不届き者までいたらしい。

 そのどれもが未然に防がれたことも知っている。

 するどくチカチカと光っているモノアイの気配を感じ、金井は急いでしゃんと背筋を正した。

 佐野家のホームセキュリティは、収入にみあう程度のセミハイグレードモデルだ。警備AIが四つの自律式カメラを自在に動かし、顔認証で不審者をデータベース化している。その不審者人物図鑑は、恐らく金井達が通う高校の学生がぎっしりとつまっていることだろう。

 金井はそそくさと歩き始めながら、卒業していった先輩達の悪行を思い出す。「ご用が無ければお引き取りください」と、「最悪の場合に備え通報の準備をしています」とさえ警告されたのだ。

 しかし特段何かしたわけではない。噂が真実ならば、二階の角にある部屋を二十秒見つめるだけでブラックリスト入りするらしい。条件が広すぎるとは思ったが、彼女の評判を考えれば仕方ないかとも思う。金井は彼女を贔屓している自覚があった。

 金井はリスト入りが怖く、毎日ちらりと見ることしか出来なかった。噂の信憑性をあげている人に敵視されたくなかったのだ。

 過保護だと噂の父親は、ホームセキュリティのプロらしい。ソースはみずき本人の「警備会社勤務だ」という発言だ。そして事細かに設定されたセキュリティレベルを見るに、娘に対して過保護過ぎる。

 結果としてこの状況だということに、金井は敬意を表しつつ「無茶苦茶だぁ……」と呆れた。二十秒で犯罪者予備軍扱いとは、無茶にも程がある。

 あの二人が言った通り、婚約を進めるためアメリカにみずきが残ったのだとしたら。このような警備を張った父親はどうするのだろうか。想像するのは簡単だ。ロミオとジュリエットを思い出すだけでいい。

「佐野さん……」

 彼女は幸せになれるのだろうか。

 凄腕プロゲーマーの彼氏は、彼女の父を丸め込めるだろうか。画面に映っていたアバターの「えのもと」を思い出しながら、少し早歩きで金井は駅に急いだ。



 とあるネットの片隅。

 攻略サイトと言うには穴が多く、むしろコミュニティと呼ぶようなウェブエリアが今日も変わらずそこにある。

 デザインは全体的に透明感のあるディープブルーに統一され、リング状に配置されたゲームタイトルのサムネイル画像ごとにコミュニティが作られていた。古い内容はサムネから深層に潜ってゆき、各々のコメントなどが更に深層へと続いている。どこまでも続くページの層が、奥へ奥へと伸びていた。

 俯瞰して見ると、まるで海に開いた大穴のようだ。地球の入り口と呼ばれる海の穴に似たそれが、このコミュニティエリアの名の由来だ。

 金井がとうとうたどり着くことが出来なかった、フルダイブゲーム専門交流サイト「ブルーホール」。その中の一角にあるfrozen-killing-onlineの専用エリアは、市場に出回った四年前からここにある。

 その様相は以前の間延びしたものに比べ、ガラリとシリアスなものになっていた。

 トップページ最上部でクルクルと回る一文が、まるでパトランプのように警告を表示している。以前は無かった真っ赤なヘッダーが「緊急事態宣言」と表示され、そこから文章と被害者インタビューで事件の概要が分かるようになっていた。

 泡のように辺りを浮かぶ各スレッドのアイコンは、攻略情報ではなく連絡掲示板の意味を持つ(フラッグ)の形になっていた。

 ブルーホールは、どの言語圏のプレイヤーもあえて英語を使うことが多い。誰でも通じるようにわざわざ翻訳してコメントを投稿するのだが、最近は日本語のままで投げ入れられるコメントがぐっと増えた。

「聞いたか?」

「何を」

「フロキリに新規ユーザーが増えてきたって話」

「昨日も城の広場辺りにたむろってたよな。あれだろ?」

「初期装備でさ、散らばってるのに全員フレンド同士なのな。ありゃリアルで繋がってるだろ」

「リア友って感じじゃない。ありゃあ……」

「同僚同士。調査員だろ」

「え、そうなの?」

 彼らの話題はロンベル・鈴音他数名の行方不明事件、それに関わるフロキリの変化に支配されている。こと変化に関しては、日本のメインサーバーのみのことだったため、情報提供の日本語がブルーホール内で吹き荒れていた。

「でもでも、ほんとに新規増えたよね!」

「だれかが噂流してるってよ。フロキリでデスゲーム実装されたとかなんとか」

「デスゲーム!?」

「バッカじゃねーの!? もしくはアホか!」

「ありえないっしょ」

「怖いもの見たさで噂を確かめに来たか、あるいは英雄志望か……」

「信じてるんだとしたら、自殺願望だろ」

「言うて俺たちも残ってるけどな!」

「バカばっか!」

「おい。さっきからうるさいぞ、お前」

「確かに馬鹿だ。だが空港に行かなければ大丈夫だろ」

「そういや、黒ネンドの対抗策、チーマイのギルマスが呼び掛けてたぞ」

 そう投稿した利用者が、ディンクロンのメッセージを拡散しようと、内容を映像形式で張り付ける。

 脳波感受でこのブルーホールを見ている者は、水中で受ける波のような流れを感じた。疑似タンジブル・インターフェイス、と呼ばれているものだ。

 平面と高さのある三次元ネットワークを効率よく泳ぐのに、画像や映像の出る場所を矢印で表示していたらキリがない。画像によらない体感での情報感知方法、という意味のタンジブル・インターフェイス。それを擬似的に脳で感じとる技術だ。

 デジタル情報をリアルの実感として受けとるはずが、それすら電気信号にしてしまった。そのため矛盾していると日本社会では酷評されている。

 しかし便利だ。

 波に身を任せ、擬似的に体を波が向かう場所へ移動する。映像を見たくない者は、その波に逆らうようにその場を動かない。それだけで見るか見ないかの選択が出来る。感覚的な操作方法だった。


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