232 彼氏番付と失恋くん
ゲームに興味の無い人間からすれば、世界大会にエントリーすることなど評価の内に入らない。彼女達にとっては性格・将来性・相性・そしてセンスが重要だ。
「うぅん、このENOMOTOって人の情報、全然出てこない! 何モンなんだっ」
金井がオタクならではのオーバーリアクションでそう言った。宮野は先ほどまでの低すぎた評価を見直しながら、普通に会話しはじめた。自分達とは違う視点で調べてくれたからこそ「親友みずの彼氏」情報を得られたのだ。目線はほんの少々柔らかくなっている。
「えー、分かんないの? 使えないなぁ」
「ひ、ひどい」
「まぁまぁ、みやのん。金井も。諦めるのは早いって。ほら見て?」
カーディガンの長い袖からちょっとだけ出した指先で液晶をつつーっとなぞりながら、佐久間がたしなめた。
「このサイト、つまりキュレーションサイトみたいじゃん。詳しいのは別のところみたいだよ」
佐久間はタッチ操作でサイトの階層を深く移動し、ある一点にたどり着く。
サイトの更新を知らせる一文だ。
「詳細は、ブルーホールにて……? なんだろ、リンクも無い」
ブルーホールというキーワードは、それなりにネットを知る金井にも初耳だった。前後の文からそれが何処かのサイトであることは理解できたが、リンクが無いことには辿り着けない。キーワード検索でも海の画像しか出ないことに金井は疑問を持った。
「謎の『えのもと』さん、謎の『ブルーホール』なるサイト。うーん、謎だらけだ」
「思ったんだけどさぁ。この大会、結果とかなーんも載ってないじゃない? せめて映像でもあれば、みずにハワイで何があったか分かると思うんだ。特にこの彼氏のね。ゴキゲンだったらまず間違いなく……アレだと思うんだ」
「アレって、え? どういうこと?」
「これがホントに彼氏なら、超大成功してるわけじゃん。ゲームの世界で有名人ってことでしょ? アメリカで仕事してるし、もう四年も付き合ってる。で、わざわざ日本から呼んでまでバカンス」
「え、うん。すごい行動力だよね。みずのこと超好きじゃん」
「ここにさぁ、ほら、思い出してみてよ。クリスマスのプレゼント」
「えっとー、あ、ダイヤモンド!」
「そ、ダイヤ。ゲームの中だけどね。ダイヤといえば……指輪でしょ」
「ま、まさか……」
予感したのか、宮野は口に手をあて驚いている。佐久間は夢見る乙女の表情でうっとりと呟いた。
「プロポーズ……じゃない?」
途端に二人のテンションがハイになった。
「きゃあっ! やばーい!」
「そりゃ残るよねぇっ!」
「留学して、アメリカ残って、向こうで……結婚? ドラマかよっ!」
「人生勝ち組じゃーん! みずってば今ごろ頭の中お花畑だよきっと。英語で返事返すのもそのせいかな~」
「パパさん、アメリカ入りしてるのかもね。だったらこれだけ家に居ないのも当たり前だよ」
「やだぁー! おめでとっみず〜!」
「あーズルいなー、早すぎっ」
「……ぷ、ぷろ……」
プロポーズ。
その単語はしたたかに金井の心の頬を殴った。忘れられない恋心を何度も何度も砕かれてきたが、これはトドメの一撃に感じる。
彼女は魅力的だ。キモがられる自分を嫌がらず接してくれ、その上大事な秘密を(自分が覗いたせいだが)すんなり教えてくれたのだ。こんな良い子を、顔も知らない他の男に奪われてしまったのが悔しくてたまらない。
しかし、と画面の「えのもと」を見た。世界に出ている、プロのプレイヤー。リアルの容姿を見るまでもなく既に勝てない。そもそもプロプレイヤーとは雲の上の存在だろう。金井は完敗だった。
「なんかネタ分かったら安心しちゃった。ね、帰ろ?」
「そだね、帰ろっか。さんきゅーね金井。引き続きみずの彼氏、調べといて」
「え、あ、うん」
そう言い残して食堂を去る二人に、金井は以前の、必死で書いたノートを盗られた時のことを思い出していた。以前も今回も、このコンビに良いように使われているような気がする。
キモいと蔑まれ、一定の距離を離されて生活していたのも生きづらかった。しかし女子にアゴで使われるというのもまた、金井にとっては居心地の悪いものであった。
二人が去ったあとも残ってネットサーフィンをしていた金井は、やはり気になっていた「ブルーホール」なるキーワードを必死に読み解こうと試みる。
「青い穴、ホール……コンサートホールのホール?」
類似するキーワードを試したり、既にわかっている「フロキリ」というキーワードと絡めて検索をかけてみる。それでも出てくるのは、先ほど閲覧した世界大会の概要記事くらいであった。他には全て、どこかの国のどこかの海にあるというぽっかりと空いた大穴の画像ばかりだ。
「あぁ……こういうとき、フルダイブ出来るフレンドがいればなぁ。ソシャゲもフルダイブもしてるような人、聞いたことないし。となると、あれかな……はぁ」
金井はそうため息をついてから、古くから形の全く変わっていないネット掲示板の金字塔を立ち上げた。ここで質問すれば誰かしら答えてくれるだろう。そう安易な気持ちで、キー配列をレーザー投影しているテーブルをパタパタと指で叩き始めた。指ドラムのタイピング音が、無人の食堂に悲しく響きわたる。
「えっと、フルダイブの情報を取り扱ってる、ブルーホールなるサイトについて……詳しく教えてください、っと。どうかな? 時間かかるかな?」
そう呟きながら、続けて勢い良く補足説明も書き込んで行く。テーブル上を指で叩いて暴れているようにも見えるが、金井は至って真面目に長文を入力し続けた。
やがてネットの向こうから飛んで来た一文が、金井の手を止めた。
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「……は?」
学校から生徒を追い出すための、最終下校の物悲しい「蛍の光」が流れる。しかし金井はしばらく、椅子から立たずにPCモニタを見続けていた。




