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231 白い鎧に赤いマントの

 高校三年生の放課後というのは、過去の学校生活に比較すると濃密で大切な時間だ。限りある全ての時間に「高校生活最後」や「華々しく」などの飾りがつく。

 典型的なオタクの金井にとってもそれは同様で、彼は高校生活最後の恋を華々しく散らせようと奮闘していた。

 「調べたんだよ、すっごく。だって連休明けのHRで突如だよ? 佐野さん一人でニュージャージーなんて信じられないでしょ。いくら彼氏さんがあっちにいるからってさ。と思って、調べたんだ」

「はいはい、動機はどうでもいい」

「でもまぁ、あやしいって思ったんでしょ? ウチらと大体合ってるかも」

「ほらぁ~!」

「いちいちうるさいっつーの」

 彼らは人気のない食堂の机に集まり、金井が持ち込んだラップトップパソコンを見ながら話し込んでいた。大量生産品だと分かる薄っぺらい椅子に、思い思いの姿勢で腰かけている。

 内容はもちろん共通の友人だ。

「佐野さん、ハワイ旅行って言ってたでしょ。このむちゃくちゃ高いハイシーズンに、わざわざ知り合いの女の人を同行させてまで。まずこの時点で違和感ない?」

「え、パパさんが条件で言い出したって聞いたけど? 変かなぁ」

「だってみずんち、結構金持ちだよ。家も一等地、乗りもしない外車まで置いてさ。ハワイなんて痛くも痒くもないんじゃないかなぁ」

「あ、そうですか。金は関係ないですか」

 違和感を持っているのは金井だけだった。佐久間が隣でブリックパックのイチゴ・オレをずずっと飲む。

「ぷはっ……んで?」

「ああ、僕は違和感があったんだ。ハワイに行く理由があったんじゃないかってね。彼氏の出張ってだけじゃないと思うんだ」

「深読みのしすぎじゃない?」

「ふっふっふ、きっと彼氏さん、かなりのゲーム好きだ。出張は口実だったんだよ……ほら!」

 そう言って、キーボードがレーザー投影になっているラップトップPCを指差した。自立するようスタンドがついているが、一見ただの液晶タブレットだ。何本も出ている配線と、繋がれた外付けの外部保存装置、そして古風なトラックボール型のマウスが置かれているお陰でPCだと分かる。

「ね、ね、どうです!? ここ数日でちょこっとだけ検索にヒットするようになったんだよねー! フルダイブのまとめサイト!」

「なにこれ、こんなので操作してるの?」

「転がすの? なんかウケる。おもちゃみたい」

「ちょっと、なぜこっちじゃなくこれに……ああ! それクリックですからね! ページ飛んじゃう! やめてくださいよちょっとー!」

 きゃっきゃと笑いながらボールをいじりだした女子高生二人に、生粋のオタクである金井はたじたじだった。敬語とタメ口が入り交じる口調も、元々ギャルが苦手で思わず下に出る金井の癖である。

 ボールを転がしてポインタを移動するトラックボール型マウスは、見つける方が難しいほどの遺物だった。そもそも液晶はタッチセンサ付きで、マウスはどのタイプもマイナーだ。

「はー……こんなの使ってるなんて、金井ってウチらと十歳くらい違うんじゃない?」

「もっとでしょ。ウチのパパでも知らないと思うんだけど。で、なんだっけ。このサイト? どれどれ~?」

 ひとしきり笑った後に画面を見た宮野は、でかでかと書かれた「フロキリ世界大会@ワイキキ」の文字に目をひかれた。日付も丁度、親友がハワイ入りしていたはずの時期と重なっている。

「風呂? 霧?」

「フロキリ……っていうらしいんだけど、正式名称がどのサイトにも載ってないんですよね。概要もよく分からなくて、とにかくフルダイブのゲームタイトルっぽいんだけど。そのプレイヤーが集まる大会が、この前ハワイであったらしいんだ」

 何故か自慢げに話す金井の横で、二人は画面を隅々までチェックした。しかし、何かのイベントなのだろうとしか二人は理解できていない様子だ。

 彼女達にとって親しみのある類いの、音楽アーティストやアイドルのライブとは毛色が大きく違うのだろう。メインで顔が出ているのはどれも、スーパーリアルなCGイラストの外国人ばかりだった。

「んでぇ? 確かにみずのハワイ行きと時期被るけど、それだけじゃん」

「あー……」

 佐野みずきが友人達に隠していたゲーマーとしての顔を、金井だけが知っている。そして金井が考えている以上に、佐野みずきはプロフェッショナルだった。画面に載っている六人の男には——上から三番目のガルドという名前にも——目もくれず、「こういうのに観客として参加したり、支援スタッフで現地入りしたりするんですよ」と説明した。

「あ……ねぇ、みやのん。この人さ……」

 金井に冷ややかな目線を投げていた宮野を、佐久間が画面へと誘導した。見ている先は日の丸が貼られた枠の中、六人居るキャラクターの内の一人だ。

「……白い鎧に、赤いマント……」

 その男は、上品だがきらびやかな白い鎧を着ていた。

 金の飾り紐で飾られた赤のマントが棚引き、まるで王子のようだ。他のメンバーに比べるとかなり派手で、しかし、立派でかっこいいというより「話しかけやすそうで、少女漫画の噛ませ犬っぽい王子」に見えなくもない。

 アバターは中年の顔をしているが、まわりに比べると若く見える。アゴヒゲを主張するようなドヤ顔だが、不思議と怒りの湧かないタレ目が特徴的だ。

 そして宮野は、その服装に覚えがあった。

「あぁーっ! みずが言ってた彼氏のファッションに似てるっ!」

「ぅえっ!?」

 驚く宮野の発言に金井も驚いた。みずきが話していた彼氏の特徴というのは、意外にも広まらずに彼女達女子グループ内で留まっていたのだ。金井は知らなかった新情報だ。

「やっぱりそうだよね! ENOMOTO、だって。名前までは聞いたことなかったな~」

「えーっ!? にっ、日本代表がかかか彼氏ってことですかぁっ!?」

「うーん、まだ分かんない。でもハワイに用事があったのって彼氏の方でさぁ、みずは『誘われた』って言ってたもん。これなら納得。世界大会の応援に行きたかったんだね~」

「いやいやいや凄いことだよ! このフロキリってのがどんなゲームか詳しい情報全然出てこないけど、世界で遊ばれてるタイトルなのは間違いないっ! そんなやつの世界大会の、日本の代表六人に選ばれるくらいだ……間違いなく日本屈指のプロゲーマーだよ!」

 椅子から立ち上がり興奮気味に話す金井を無視し、佐久間と宮野は話し始める。画面の「えのもと」を値踏みし始めた。

「あー、なんかチャラいね」

「ヒゲ無い方が絶対良いのに」

「でもみずってほら、クールじゃん? 相性いいのかもよぉ。聞いてた通りじゃん。俺様系王子にストリート混ぜた感じ~。絶対会話上手。みずにぴったり」

「四年も続いてんだから当たり前じゃん」

「あは、そうだった」

 二人は顔を見合わせ、友人の彼氏を「そこそこ良さそう」と暫定評価した。

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