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229 悪運ゲーマーズ

 もっと躊躇して長引くものだとばかり思っていたガルドは、まさか既にジャスティンがあんな遠くまで行っているとは思いもしなかった。倒れる彼を、もちろん覚悟はしていたが、信じがたいものを見たような様子でただ見つめ続ける。

 微動だにしないグレイの彼が、ガルドに高所から落下するかのような恐怖を与えた。あのまま、あのまま倒れ続けてしまわないだろうか。あのまま、リアルサイドで行われているだろう心拍モニターが横一線のままになってしまわないだろうか。

 もう二度とジャスの笑い声が聞けないような、そんなことになってしまわないだろうか。ガルドは急に青ざめ、息を一回浅く吸った。

 ジャスティンから目が離せないガルドの目に、強引に何かが割り込んできた。それに気付きハッとする。

 灰色のそれは、ジャスティンをキルしたネズミ型のモンスターだった。それはまだ満タンのHPで彼のグレイボディのそばに居り、エンゲージ後で臨戦態勢をとっている。攻撃対象を探しているようで、きょろきょろと首を振って数歩進んで止まって、を繰り返した。索敵行動中のモーションである。

 一定時間このままいると、ネズミは別のエリアへと移動を始める。モンスターの討伐クエストを受注しているため、あのネズミを倒すのが目的のひとつだった。

「っ、チェックは俺が!」

 マグナが鋭くそう叫ぶのを聞き、驚愕のせいで忘れていた作戦を思い出した。ジャスティンが戻るかどうかのチェックは彼の担当であって、自分には別に仕事がある。遠くに居る侍が駆け出していることにも気付き、慌てて走り出した。

 戦闘不能を回復するアイテムは無い。時間経過だけがドワーフ種の仲間を復帰させる。しかしネズミがあの場にいては、希望通り復帰してもすぐまたキルされてしまうだろう。ガルドと夜叉彦の役目はヘイトで敵を釣り、離れたところへそのまま釘付けにすることだった。

 ジャスティンが着込んでいた鎧が、彼を普通より早く呼び戻す。リスポーン速度加速で復帰タイマーは六倍速になっているはずだった。ならばあっというまだろう。ガルドは重い体を弾くように走らせる。

 雪に足がとられるが、重々しい脚部装甲がまるで水飛沫のように雪を弾き飛ばした。背中の大剣は格納状態のまま、事前にセットしてきたスキルモーションを思い描く。

 ガルドは拳を一度握り直した。ジャスティンを信じる、戻ると断言したマグナを信じると言ったばかりである。その自分が不安がっていてはダメだ。頭からIFを消し去り、とにかく自己暗示した。

 問題ない。大丈夫。帰ってくる。死なない。いきる。

 ネズミを挟んだ向こうから走る侍は、武器と体の軽さを生かしてガルドより早くたどり着いた。ちらりとグレイになったもじゃもじゃの仲間を見てから、峰打ち系のスキルをわざとかすりヒットさせる。モンスターへのダメージが低い代わりに注意を引く効果がある、ヘイト稼ぎの技だ。

 普通のドブネズミを大きくしただけのような敵が、古いゲーム機の18ビット音のような声を上げて夜叉彦を振り返る。そして小さな両手を鎌のように振り上げ、すくっと立ち上がり、野性動物らしい威嚇ポーズをとった。猫なら可愛いのに、と夜叉彦は唇を噛む。ネズミは嫌いだった。

 夜叉彦とは反対側から迫っているガルドには、その大きくて無防備な背中がよく見えた。

「がらあきだ」

 両手の太い指を、キリストへ祈るかのようにがっしりと組む。強固で隆々とした自慢の右肩をまっすぐ眼前へとせり出し、脇をきゅっと締めた。左腕は体を前に押す手助けにしようと対角に置き、またきゅっと脇を締める。そして思いきりタックルを決めた。

 大人数を相手取る時、いちいちそれぞれに向き合って剣を振るわなければならないパリィは面倒くさい。敵をどかすために、まるでアメフトのように敵を弾き飛ばす効果のあるタックル・スキルはとても便利だ。ガルドは攻城戦でよく使用していて、よく動画にされコミュニティサイトで「人間列車」と揶揄されていた。

 ぴーぴーと電子的な声をあげながら、ネズミ型モンスターがビリヤードのように飛んでいった。

 軽い敵なことが幸いしたのか、ゴルフで言えばナイスショットと評価される程の飛距離をネズミが飛ぶ。ジャスティンから引き剥がし距離を稼ぎ、なおかつ倒さないよう加減できる。

 タックルスキルにはダメージを与える効果がほとんど無い。注意を自分に向けさせ、突き飛ばし進路を確保するためだけの補助スキルだ。普段なら待ち伏せのプレイヤーを驚かしたりするのに使う。相手の城目前の肉壁を破る時も便利で、こうしてモンスターに繰り出すのは久しぶりだった。

 夜叉彦が放物線を眺めながらガルドを称えた。

「イエスだね!」

「ん」

 カップイン。ゴルフではそう言う。狙ったホールのポイントには榎本が待機しており、設置済みの罠に敵を追いやり始めた。これで拘束が可能だ。ジャスティンが復帰したらさくっと倒し、クエストクリアである。

 そろそろ頃合いだろう、と彼を振り返る。

「ジャス、ジャスっ!」

「来るぞ、リスポーンだ!」

 遠くから、感極まったように名前を呼ぶメロの声がする。遠すぎて表情は見えないが、声のトーンは喜びで溢れていた。マグナも興奮した様子でマップとジャスティンを交互に見ている。

 ガルドも表示状態にしていたマップへ視点を移した。

 ジャスティンのHPゲージが、付け根からダイヤモンドのようなカッティングのアニメーションに覆われていく。徐々に、侵食するように増殖した水晶の輝きが、ジャスティンのゲージを全て覆おうとしていた。

 同時に、伏せて倒れている彼の、グレイになったもじゃもじゃの髪の毛が音を立てて凍っていく。北極の調査隊員のようにこびりつく程度だったヒゲの氷が、瞬く間に鼻先や目元まで覆った。

 透明度の高い水晶のようなものに閉じ込められ、やがてアバターボディ全体を覆い尽くす。

 詩的なプレイヤーが「氷の棺(アイスコフィン)から戦士は甦る」と表現していたが、全くその通りだとガルドは感嘆した。いつ見ても美しいと思うが、今日は一段と光を乱反射させて輝いている。HPゲージが氷に覆い尽くされる瞬間、彼のアバターを納めた棺が強く光った。

 瞬間、砕け散る清々しい音と共に、氷の全てが砕け散る。

「来い!」

 思わずそう叫んだ。氷付けから立ち直るまで油断できない。仮想現実の死から帰ってこい。そう願いを込めてガルドは叫んだ。

 倒れたままのドワーフの指が、びくりと一回動く。

「ふっ……心配は杞憂だったか」

 マグナが確認してすぐそう言ったのは、照れ隠しの一種だろう。似合わない熱血発言を恥じているらしいが、自分も似合わないことをしたと同情の視線を投げる。

 伏せ目がちのマグナは、腕に力が入り始めたジャスティンから視線を外して記録レポートを書き始めた。相変わらずカッコつけしい奴だ、とマグナのエアメガネ直しを見つつ、ガルドはいつもの笑い声を聞いた。

「がっはっはっは!」

 大きく笑いながら、ジャスティンは血の気の戻った体を飛び上がらせた。素早く立ち上がり、両手を振り上げ大声で吠える。

「戻ったぞっ……俺はぁ、戻ったぞぉーっ!」

「ジャス」

「よかった、本当によかった……」

 夜叉彦とガルドが小さな背丈の英雄を讃えるため肩に手を回し、低すぎたせいで自分達が屈みこむ形になった。間近に見た彼のもじゃついた髪には、まだ氷の結晶がぽろぽろと付いている。高校の友人がしていた、髪をラメでデコるファッション——グリッタールーツのようで、ガルドはこっそりカワイイと思った。

 そんなテラコッタの髪を、夜叉彦がやりすぎな程撫でくりまわす。そして労いの言葉を掛けた。

「心配させて……おつかれさん。グッジョブだよ」

「お前さんは心配しすぎだぞ?」

「だってさぁ」

「ジャス~、無事~!?」

 反論しようとした夜叉彦に被せながら、メロが大声で声をかけてくる。少し離れた場所から走ってきたメロも、夜叉彦と同様にジャスティンを心配していた。リアルのような息切れは無いが、動きに合わせてメロの気の抜けた声が波打って聞こえた。

 遠くにいる榎本は、罠で足止めしておいたネズミにトドメをさしている。シンプルなストーン系ハンマーが勢いよく降り下ろされた。

 チープな悲鳴をあげながらネズミ型モンスターが爆散する。初心者用のクエストで、ロンド・ベルベットからすれば興味の欠片も沸かない敵である。ドロップアイテムもそのまま流れるように無視し、榎本もジャスティンの元へ走り出した。

 声の届く距離まで来ると、早速茶化す。

「おー、悪運強いなー」

「がはは、悪運などゲーマーには必須だろうが!」

「榎本、お前いつか痛い目に遭うぞ……」

「素直に喜べばいいのに」

 各々反応はそれぞれだったが、心配していた悲劇にならなかったことを全員が喜んでいた。


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