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224 相棒はちゃんと怒る

「ったくよぉ! 俺ばっかじゃねーか! 鬱憤溜まんねーのかよ!」

「ん?」

「思いきりかかってこいよ!」

 榎本がそう挑発のような誘い文句を言う意図が、ガルドには咄嗟には分からなかった。スキルのエフェクトで顔がよく見えない。バチリと音を立てながら走る雷の向こうでスッキリした表情の榎本を見つけ、ガルドはようやく彼が「ストレス発散完了」したのだと気付いた。

 ぐつぐつ溜め込まず切り替えの良い、さっぱりした男だ。内心褒めつつ、ガルドは不適だった笑みを柔らかいものに変えて答える。

「……元々、サルガスに怒りはない」

「あぁ、そうだったなっ、と!」

 上から武器を振りかぶって榎本が迫り来る。

 大振りのハンマーを避けることなくパリィで弾きながら、パリィカウンターで素早く攻撃に転じる。榎本はまだハンマーを振り下ろしたままの姿勢だ。大きく鈍重な武器では対応できないだろう。必然的に見切りスキルになるはずだ。

「現状は受け入れる。こうなった以上、出来ることをする」

「そりゃいいことだがよ、お前……」

「怒る意味がない。あれはそういう機能で、作られた中身通りに受け答えするだけのものだ」

「……そりゃあ」

 どすんと強い力に、ガルドは目をみはった。当たり前に思い描いた予想に反し、榎本は見切りスキルを使わなかった。

 腹の辺りでガルドの剣を受け止め、くの字に体を折りながらもう一度ハンマーを上から降り下ろす構えに入った。通常攻撃。ダメージはそれほど無いだろう。

「理不尽だろうが」

 そう言う榎本は怒っているわけではない。ガルドはじっと彼の目を見る。まばたきを一つ挟む。

「なにもしてない俺らがこんな目にあって、ぽっと出のNPCに振り回されて」

 顔を隠すように二の腕を隆起させ、上腕に力を入れて柄を降り下ろす。腕のスキマからちらりと見えた表情に、ガルドは冬の帰り道を思い出した。

「……心配、してくれているのか」

 ボートウィグとリアルで初めて会った日の、缶コーヒーの味とマフラーの肌触りがよみがえった。

「違、わないが、ちげーよ! そうじゃねーよ!」

 同じように、ガルドも見切りを使わず攻撃を受けとる。

 降ってくるハンマーの鎚を脳天から受けた。ダメージを受けたという証明の音が鈍く響き、しかし通常攻撃のため怯みは起きない。頭上へ接触時に落下スピードがスローになったハンマーは、一瞬停止したあとガルドの体を通り抜け床へと叩きつけられる。いつも通りだ。

 脳の形をした物体が埋め込まれても、いつも通りだ。ガルドはそれを確認して、モンスターとの戦いも大丈夫だと思考を飛躍させていた。

 目の前の男が様々な危険を心配してくれている。だからこそ、自分は求められる仕事をこなせるのだと喜んだ。

 自分はもっと、無茶なことをするポジションだ。ジャスティンと共に、最前線で敵の攻撃を一身に引き受けるポジション。パリィガードアタッカー。そのためにメインアタッカーの榎本が後ろに居るのはありがたい。素直に感謝する。

「ありがとう」

「人の話聞けよ! そうじゃねぇって、お前、あー、もうちょっと子どもっぽくしてろって言いたいんだよ」

「ん?」

 榎本の発言にまた、まばたきを一つ。思わず動きが止まり、そこを容赦なく榎本のハンマーが風を切って狙ってきた。攻撃が終わりボディを通過した鎚が、その場所に留まることを許さないシステムのせいで追いやられた先の、ガルドの左足脇。

 すでに反応していたガルドの大剣が足を守るように移動していたが、それよりも早く脇腹に向かってフルスイングしてきた。

 痛みのない強烈な「物が当たっている感触」がガルドの身体を横方向へ揺さぶった。脳味噌がシェイクされたようで、ガルドは口を開ける。

「あ」

「おっと」

 榎本は若干嬉しそうに「しまった」という顔をして、ふわりと浮き上がったガルドの吹き飛ぶ様子を目で追った。

 左から右に勢い良く打撃を与えられ、ガルドの巨体が珍しく三メートルほど吹き飛ぶ。重たいボディはライトな攻撃では吹き飛びにくいが、ハンマーは大剣に並ぶ吹っ飛ばし能力を誇っている。大きく振りかぶった攻撃をノーガードで喰らうと、予想以上の距離を飛んだ。

 受け身をとるべきだろうが、ガルドにはそれより大事なことがあった。砂袋が落ちるような落下音をあげ、右肩から倒れる。

 その姿勢のまま榎本を向き、一言呟いた。

「…………子どもっぽく?」

「あ、あんまり気にすんなよ。年相応にってことだからな?」

 ガルドが着地も反撃もする気配がないことに、榎本も相棒の逆鱗か琴線を触れたのだと気付いた。おずおずとフォローに入るが、ガルドの様子は変化がない。

「年、相応……年相応だ」

「いやいや、俺の方がガキみたいな感じじゃねーか」

「ガキ?」

「いやほら、しょうもないことで怒るのは子どもがすることだ、みたいな」

「なるほど」

 そこまで本人の解説が入って初めて、ガルドは彼が何を言いたいのか理解できた。ガルドに比べ自分が子どもっぽいというのが嫌だということだろう。

 この台詞を言われるのは久しぶりだ。ガルドはぼんやり昔を振り返りながら、そのことをそのまま返してフォローにした。

「自分はそういうところが欠けているらしいから、榎本は正しいと思う。人らしくて良い」

「欠けてるって……」

「子どもらしくない」

 ガルドは特に気にせず言ったこの台詞に、榎本が先ほど以上の憤りを顔に出して近づいた。

「どこの誰だ、んなこと言ったやつぁ」

 眼前に迫ってきた榎本に、ガルドは返事ができなかった。  

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