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「もっと詳しく」

「バージョンアップとは……」

 詳しくと言われ、単語そのものを解説し始めた機械人形に全員が頭を掻いてため息をつく。そうではない、どう支援するのか方法が聞きたいのだ。

 榎本が笑いながら愚痴を漏らした。

「っはは……お前にヘルプ画面があれば楽でいいんだけどな」

「ヘルプを開きます」

 そう宣言した吟遊詩人に言った榎本も一瞬惚けてから驚愕した。メロが即座にリアクションする。

「え、解説書あるの!? うそー!」

「ま、まさかNPCにヘルプ画面など……」

 おののくマグナの眼前に、吟遊詩人から吐き出されたアイテムが一度彼の足元でバウンドして膝の辺りの高さで浮遊し続けている。

 周囲が淡くゴールドに輝いている。レアアイテムのエフェクトだ。ゲームシステム上、取得してからでないとそれがなんなのかわからない。全てのアイテムはランクに応じた光エフェクト以外ただの白いボールで表現される。テニスボールほどの小さな玉を、一番近くにいた夜叉彦がそっと拾った。

 そのまま手のなかに吸い込まれ、なくなってしまったかのように見える。夜叉彦の目にだけ取得アイテムのデータがポップアップで表示され、そばで様子を見守るガルドには何も見えない。

「おお! ヘルプになってる!」

「おいおい、アイテムだろ? なんでヘルプ画面なんか……」

「これ、トロフィーだよ! 解説テキストにびっしり数章分ヘルプが書かれてる……」

「おおお! トロフィーだと!?」

 ジャスティンの驚き様は、まるで雷に打たれたかのようだ。

 フロキリにトロフィーシステムは無い。フルダイブVRシステムのハード機には採用されなかったからだ。その理由はタイトルソフトの容量だとされていたが、ガルドは違うのだと今なら分かる。やりこみ要素を排除し、どっぷりハマるプレイヤーを一人でも減らすのが目的だろう。

 その昔2Dでゲームをしていたころの、ゲーマーがやりこみ具合を争うハードルの名前を聞いた仲間達は子供のように喜んだ。

「そうか、トロフィーか。懐かしいな、必死に金プラチナのを獲ろうとして徹夜したりしたもんだ」

「社会人なってからはそんな時間無いけどな」

「そうか? 俺はアフターファイブをゲームに注いでるからな!」

「ジャスのそういうところは素直に尊敬する」

「出世街道からは外れたぞ。真似するなよ?」

「真似じゃねえけど、時すでに遅しだぜ」

「会社人は大変だねぇ。あ、夜叉彦。どう?」

 メロが他人事のような声色で侍姿の現役サラリーマンに聞いた。夜叉彦はそれを聞いて手のひらに持っていた透明の何かをくるりと回し見せるような仕草をした。

 透明が半透明の液晶ディスクになり、そこにずらりと並ぶ日本語に騒がしかった全員の目線が注がれる。

「アイコンはほら、懐かしのトロフィーだろ?」

「レアっぽかったのにシルバーかよ。つーかアイテムでトロフィーとるのって変だろ? 条件クリアで自動取得するのが普通なんじゃないのかよ」

「確かにな。お約束のタイトルは……『旅先案内人サルガス』? あまり良いセンスだとは思えないな」

「さる……サルガス?」

「はい」

 記載されていたタイトルの名前を呼んでやると、案の定マントの男が返事をした。サルガスというのは彼の名前で、吟遊詩人の姿をした旅先案内人というのが正しい役職であるらしかった。

「よしサルガス! 早速『ギルドホームの模様替え』権限をパスコード必須から条件不要に変更してくれ!」

 ジャスティンが張り切った様子でそうサルガスに注文したが、期待した答えは聞けなかった。

「善処します」

「……は?」

「え、善処っつった? 善処ってやんわり否定してるよね!?」

「俺たちの支援っつったよなぁ、おい。出任せか? それとも期待させといて突き落とす作戦か? あ?」

 少々ドスを効かせた声色で詰め寄る榎本を、ガルドは止めようとせずただ側に近寄った。榎本の視界を塞ぐことはしない。ただ、気配が感じ取れる程度の距離まで近寄るだけである。

 初心者リンチ常習犯の前でこれをやった時は、泣かせたこともあった。眼光鋭い大柄な二人が、片方はキレ気味に、もう片方は無言で立っているのだ。恐ろしいだろうという自覚はある。

 しかしそれはガルドの本意ではない。

「善処します」

「こいつっ」

「ん」

 側で小さく呼び、振り返った瞬間のばちりと合う目線を真っ直ぐ受け止める。ほんの一拍そうするだけでいい。榎本の怒りは矛先が必要だ。ガルドはそれをよく知っていて、対処法にも慣れていた。

「……やんなるぜ全く」

 怒りが収縮していった榎本が、小さいため息と共に愚痴をこぼした。

 これは、二年ほど前に気付いたことだった。不思議と榎本は、ガルドの顔を見ると怒りを一旦引っ込める。不機嫌にはなるが、それもギルドホームに戻れば収まるのだ。正確には、ガルドとサシでの勝負をすれば苛立ちを発散できる、というものだった。

「……」

 下唇を噛みながら、なにか言いたげな顔で榎本はきびすを返す。ガルドにはそれが、一言「わりぃ」と言いたいのではないかと邪推していた。謝るような余裕は、今の榎本には無いだろう。

「……気にするな」

 勝手に一人で城を後にしようとする榎本に、すれ違い様ガルドは一言声をかけてやった。

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