221 機械と話すのは一苦労
眼前に立つ男は、ガルドにしてみれば得体の知れぬ謎の存在でしかない。昔を知識として知る仲間達も容姿に見覚えがある程度だ。発言は訳がわからず、言葉通りに意味を考えるしかない。
「こいつは……つまり何が言いたいんだ?」
ジャスティンは心底わからないといった表情で首をかしげた。ギルドの参謀も難しそうな顔で俯きながらじっとしており、六人とも慣れない推理に頭を捻る。
「ユーザーインターフェイスって、あれだろ? アイコンとかボタンとか、メッセージ画面とかメニュー画面とかマップとか」
榎本が羅列した例を頷きながら聞いていたマグナは、眉間にシワを寄せたまま補足を入れた。
「我々の認識ではそれで正しい。だが……あちらが同じ意味で捉えているかどうかは別だな。ここはゲームだが、犯人からすれば実験場だろう。予想だがな。実験をスムーズに行うための支援員のようなポジションも、ユーザーインターフェイスの一種だろう。使用するものと人間とを繋ぐ要素、がUIと表現されるからな」
「なんだそれ、小難しい。一言で……」
「飼育員」
ガルドが呟いた不快極まりない単語に、言った本人が眉を潜めた。彫りが一段階深まり、眼光の鋭さを増す。
「怖い顔すんなよ相棒。どストレートで分かりやすいぜ? とりあえず俺たちを実験動物扱いのGMはぶっ殺す」
「GMかぁ……」
夜叉彦が初めて聞いたかのような顔で繰り返した。会社単位で管理されているフロキリでは、一般通り「運営・運営サイド」と表現される。だがフルダイブに限らずオンラインゲームではたまに運営責任者をゲームマスターと呼ぶことがあった。
「いつまでも犯人とか敵とかで固定しないからな。変か?」
「いや、合ってるだろう」
「えー? 確かに立場はGMかもしれないけど、それを敵につけちゃう?」
「敵につけるより先に敵がGM業務をしているから、逆じゃないか?」
仲間たちがあれこれ言い合うが、そのせいか逆にややこしくなってしまった。そこをジャスティンが単純な解釈でほぐしにかかる。
「だがGMが敵というのは……ワクワクするなぁ!」
「だろ?」
「うぐぐ、確かに血が騒ぐ……」
「制作者が想定してないゲームプレイをとことん突き詰める、というのも良い」
「うんうん、いいねぇ~」
ゲーマーというのは愚かな生き物だ。ガルドは無言のまま感想を顔に出した。もちろん自分を含めている。なんにも役に立たない電子の娯楽。そこに血と汗、涙、一生に一度の青春を捧げてしまう。それでも足りない。
「どうだよ、ガルド。敵はGM、コイツはその手先。分かりやすい構図だろ?」
「ああ」
とうとう命さえもかけてしまった。ガルドは、山登り後の達成感のようなものを感じていた。
仲間達の会話は、恐らくこの吟遊詩人が犯人・GM側に届けているだろう。相手の想定よりこちらが「楽観的」だということも伝わっていると思うだけで、ガルドは勝利の高揚感を得ていた。自分達をいたぶりたいのだろうが、この逆境をも跳ね返す自慢のギルドだ。
見たか、これがロンド・ベルベットだ。そう自慢するように、見せびらかすように吟遊詩人に向かって笑みを向ける。
しかし反応はない。
感情解読機能は持っていないようだった。今時のAIならあって当然の「口角が上がっている=楽しそうですね」という反応がないことを若干残念に思いながら、仲間たちの輪に戻った。
吟遊詩人の視線など気にもしない様子で、仲間達がこのNPCをどうするか協議を続けている。敵である犯人たち、GM側が何を考えNPCの彼を置いたのか。いまだにメンバーは意図を測りかねていた。
「つまり、こいつらは俺たちが閉じ込められたこの世界をバージョンアップできる機能があるってことか。望み通りか? ロックのコードがわからないせいでテント張る羽目になった『ギルドルームの模様替え』なんかもか」
「それはどうだろうな。奴等……GMの意図が絡まない訳がない。実験場だという仮説の通りにいけば、何か目的があるはずだ。そしてそのために必要な条件を課す。脳が学習する道筋を図るために、犬に餌をやりながらベルを鳴らすのと同じだろう」
「パブロフの犬ー!」
「よく知ってたな」
「酔ったマグナが言ってたからな!」
「俺か」
目を真ん丸にしてジャスティンの方を向き直ったマグナが口を一瞬止め、気を取り直して話を再開した。
「……調べたいこと、立証したいことがあるから実験するんだ。俺たちを閉じ込めて苦しめたいからするのであれば、ずっとあの黒い部屋でよかっただろう。あの方がキツいからな」
つい四日ほど前の話を持ち出され、全員が苦々しい顔で首を振る。
「思い出したくない」
「同感……味覚もない、床もない。重力もよくわからない。最悪だったね」
夜叉彦が眉間を指で押さえながら目をつむり、苦々しい思い出を言葉にした。ガルドも二度と戻りたくないと思っている。まるで、とそのころの空間を別の何かに例えようとし、その単語が出てこなかったためにガルドは無言のままだった。
「だろう。つまり、目的は別にある。テロか身代金、そして最有力の実験説。これはディンクロンからの情報だったな」
「怨恨説も消えたんじゃない? こうやって吟遊詩人が出てきて、ウチらの支援をするって言ってる訳だし」
「身代金もないだろ……国にか? 日本に『日本人を返してほしかったら』みたいな」
「いまどきそれはない」
「確かになぁ……」
古い時代のことを語る榎本を、ガルドが静かに否定した。
今や金目的で犯罪を起こすことそのものの意味が消えている。電子情報に紐付けされた通貨、金銭の使用時に掛かるロックにアラート。闇市場で使用される通貨と日本の通貨は別のもので、そうなるとガルド達一般市民は人質としてほぼ無価値だった。
榎本の言う「国に対する脅迫」という意味でも、過去の歴史で日本がテロ組織の要求を飲んだことはない。その線もゼロに近いだろう。
「やっぱり実験なんだろうね」
「テロの線は?」
「コイツが出てくる前まではまだ残ってたが、おそらく違うな」
そう言いながらマグナが顎でしゃくってみせた相手は、話の渦中であるはずの吟遊詩人だった。好戦的だった時と表情は変わらない。足元が凍っているだけである。
「確かに、いる理由がわかんないや」
メロがそう近付いて観察し始めた。一度接点を持ち、自己紹介が済んでいる。フロキリにおけるキーキャラクターの特徴である「接点を持てば友好的なNPCになる」ことを踏まえれば、この黒マントはもう逃げないだろう。
「縛り上げたかった……」
「友好度が解禁されているはずだ。やめろ、情報開示範囲が狭まるぞ」
ロープをぴんと張った状態で構えながら、夜叉彦がじりじりとメロの隣に陣取る。マグナが釘をさしたが、二人はまだ不満げだった。
「こんなのわざわざ作るなんてさぁ。御大層な物好きって線は?」
「……なくはないが」
「可能性としては捨てきれないけど、ほぼないってことだろ? ディンクロンの言う通り実験で閉じ込められて、それを円滑に進めるためにこいつがいる。どう?」
「おおよそ、それで合っているだろう」
夜叉彦は満足げな顔でマグナの返事を聞き、吟遊詩人に近づいて仲間に提案した。
「もうちょっと質問とかしてみようよ。キーなんだろ? だったら沢山話しかけるしかないよな」
「言葉通じなくてイライラするだけだったけどぉ」
先程の様子を思い出して落胆の表情を浮かべたメロが愚痴を漏らした。もっとスムーズに対話できるのであれば尋問は続けたい。根掘り葉掘り事細かに質問を投げ続けたいとガルドは思っている。だが精神的に厳しい。
「もっと機械的に聞くしかないだろうな。ガルドは上手かった!」
「確かに、重要項目を聞き出せたのはガルドだけだったな」
「メロが感情的過ぎる」
「うっ、だってメロさんから感情抜いたら何が残るのさ~」
「えっと、ジャガイモ」
「芋にも愛情込めてるから」
「じゃあ……ビーツ」
「作ってるけどね」
「線香みたいな匂い!」
「それお香のこと!? 輸入してるんだよ!? 日本の線香とは全然違うでしょー!」
「エキゾチックでいいと思う」
「俺も褒めてるんだぞ!?」
「嘘つけ、ジャスの言葉のチョイスはおちょくってるだろ」
「いいや、全然! そんなつもりはないぞ!」
「じゃあどんなつもりで線香なんて言葉チョイスするわけー?」
「む、百貨店の一階とも違うからな……」
「……それ香水のこと!?」
「お前達、脱線しすぎだ」
じゃれるように話がずれてきた仲間に釘を指しつつ、マグナは質問を再開した。
「……お前は何のために作られた?」
その大雑把で理解できるとは思えない人間的な質問に、案の定吟遊詩人は無言で答えた。
質問したマグナにしてみれば予想通りだったらしい。フスンと鼻息で返事をし、ガルドへ振り返る。
「……ガルド。お前ならどう聞く?」
何のために、何をするために。ガルドは単純な命令文へ言い換えていく。何をするためのことか。何を、というのはAIには広すぎるだろう。ガルドはもっと安易に考えた。
この世界ですること。それだけでいい。
「ん……することを教えろ」
端的でストレートで、その割に人間が聞いても意味がよくわからない質問方法だ。
しかしするりと吟遊詩人は口を開いた。
「私はバージョンアップします」
「……何を?」
二度目の質問には無言のまま、NPCは機械的に笑った。




