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220 氷と機械

 後ろから聞こえる声がHP監視の様子をガルドに伝える。

被ダメ(ダメージを受けた)アクションが無い……残りHPわかんねぇ!」

 期待しがものではなく、あまり使えない答えだった。

 榎本に罪はないが、ガルドはため息をついた。赤いボールで反応しているのかと思ったのだが、ダメージ反応ではない。ただひるんでいるだけで、AIのNPCが握手を求めてくるのと同じようなものだった。

「だからクエスト解放クエスト嫌いなんだよなー。なんていうか部署移動してきた『新人だけど先輩』みたいなの相手にするときみたいでさぁ、全く、フロキリで嫌な敵ベストファイブに入るよ……」

「ぼやくな、夜叉彦。じっとしてろ」

「そうそれ、じっとしてるってなんなんだよ、ゲームとしてどうかと思う」

「もうゲームじゃないと思うしかないだろ」

 必死にヘイトコントロールをするガルドと榎本の後ろで、逆にヘイトを稼がないように三人が口頭支援をしている。夜叉彦のぼやきに、ガルドは心の中で頷く。気を使う敵というのはガルドの苦手な部類だ。

「回復アイテムいっぱいあるから、とりあえずそろそろ凍らせるよ!」

「殺すなよ? 死者は復活出来ないからな」

「保証はできなぁーい!」

「かすりヒット狙えよ? 頼むぞ?」

「それも苦手ぇー!」

「あー不安、すっげー不安……」

 メロの晴れやかな笑顔と対照的に、仲間達はひやひやとして様子を見守った。メロが鳥のついた愛用杖を高く掲げる。彼を中心に小型の円が広がり、ごてごてした青白い紋様が浮き上がってくる。

 冷たい効果音、そしてクラッシュドアイスのような乱反射の青い光がメロを包み、頭上に氷で出来たスズメが五羽現れた。

「凍れ凍れ凍れ~!」

 メロがそう念じながら杖をブンと敵に向けて振るい、スズメ達を飛ばす。弾かれるように加速し始めた五羽が投石のように飛んでいった。その軌跡が飛行機雲のように残り、トルネードを描いているのが分かる。

 集束していく五匹はやがて一点に集合し、一声「ちゅん!」と鳴くと吟遊詩人の足元に激突した。

 勢いよく氷のかたまりが爆発し、欠片を舞い散らせる。

「判定!」

「あー頼む、凍れぇー!」

 メロが運良くセットしてきた氷属性単詠唱系召喚魔法は、氷耐性と防御性能から弾き出される変動確率で氷結効果が発揮される。凍ってしまうとモンスターならば三分、プレイヤーならば三十秒身動きが取れなくなる。その状態ならばロープで巻けるだろう。クエスト受注もしていない今、勝利条件など分からない。とにかくこの吟遊詩人を逃がさないのが最優先だった。

 この男にどれほど耐性があるか不明だが、仮にこの戦闘が高難易度の場合、氷結などは失敗する。トリモチのような専用アイテムでなければほぼ無理だろう。

「……む」

 この隙に、とガルドは腰のポーチを開けてアイテムポップアップを呼び出した。このまま大剣で切りあえば倒してしまう。何か、パリィ出来て攻撃力の低い物を使えないだろうか。フロキリ時代は無理でも今なら代用が出来るのではないか、と考えアイテム欄を漁った。

 ギルドの旗などどうだろう。長い棒状だ。パリィ出来なくても、榎本が投げた赤いボールのように当てればひるむかもしれない。そう思い選択しようとした時だった。

「お、いいんじゃね!?」

「……凍ったか?」

「奇跡だな!」

 がっはっはとジャスティンが高笑いする声が聞こえ、ガルドはアイテム欄を閉じた。ウインドウが収縮すると敵の様子が見えてくる。

 先ほどと変わらない表情だ。うっすら笑っている。

 目線を下にずらすと、ガルドは安堵でほっと息を吐いた。足元から腰まで氷で固められており、しばらく身動きはとれないだろう。三分間の間にロープで縛り、それでもダメならば、全速力で城下町はずれまで行くだけだ。個人の保管用アイテムボックスがある。トリモチをとってくれば全て解決するはずだ。

「凍ったけど、ねえどうする!?」

 メロが最前線のガルドまで駆け寄ってきた。手にはロープを持っている。

「まずロープ、トリモチはそれでダメだったら夜叉彦が取りに、とりあえずマグナが『質問してみよう』って!」

「対話か」

「ガルド的には?」

 メロはメンバーが誰か一人に追従するのを嫌う。こうしていつも仲間の意見を聞こうと心がけているらしい。ガルドは首を縦に振った。このタイミングくらいマグナの意見に従うので構わないだろう。

「よぉーし、そこの吟遊詩人! 質問に答えてください!」

「敬語で接する相手かよ……」

 仲間達もぞろぞろとポジションを離れ近寄ってきた。榎本が呆れつつ核心に迫る。

「なぁあんた、俺たちをどうしたいんだ?」

 無言。

「じれったいな! 俺たちをさっさと解放しろ! 出来るだろう!」

 ジャスティンの大きな声にも、無反応。

「他のプレイヤーはどこにいるんだ? ぷっとん達は同じようにここに入れられたはずなのに、なんで一緒の場所に居ないんだよ」

 夜叉彦の問い詰めにも同様に無言。

 マグナは一人渋い顔でその様子を見ていた。ガルドもおおよその彼の考えが読める。

 自分達は焦ってこのNPCを縛り上げたが、本当にこれは犯人グループに繋がる存在なのだろうか。キーキャラクターだというのは間違っていたのかもしれない。

 それに、酒場のNPCの様子から考えると、そのクオリティには疑問符がつくだろう。こうした問い詰めを言語と認識していない可能性があった。

「……お前は、誰だ」

 ガルドの小さく呟くような質問に、ようやく吟遊詩人は答え始めた。

「ザ/ザ/ザ……へようこそ。歓迎致します」

「ぎゃ!」

「な、なんつった……?」

「聞き取れん!」

「……私は、皆様の高品質でより良い精神維持活動を支援する、UIユーザーインターフェイス改善支援カスタマーサービスです」

「……なんだと?」

 マグナの疑問は最もだった。生命維持活動ではなく精神維持活動と言った点、そしてそれを支援するカスタマーサービスだと名乗った。

「ご用件をどうぞ」

 まるで国営放送の爽やかな青年アナウンサーのような声で告げられる。六人は押し黙ってしまった。

 急にご用件など言われても困るのである。この世界は謎だらけで、しかしその質問に彼は答えなかった。それ以外に何か聞きたいことなど思い浮かばない。それよりも大事な質問事項が山ほどある。再度ガルドは似たような質問をした。

「お前を作ったのは、誰だ」

 無言。

「うわぁ、なにこいつ……」

「そう怒るな。相手はAIだぞ。経験もろくすっぽ出来ていないんだ、当たり前の反応だろう」

「どうせこいつの向こう側に犯人がいるんだろ? キルしてやろうか!」

「気持ちは分かるがナシだな! それこそ交渉手段が無くなるぞ?」

「ジャスが珍しく知的~」

「まあな!」

 珍しく、という皮肉を分かっていない様子で楽しげに切り返したジャスティンに、仲間達は予想通りといった表情で肩をすくめた。

「……なにができる」

 ずっと口を閉じていた吟遊詩人だが、ガルドの直球で現実的な質問には、昔なつかしいロングマントから手を出して饒舌に答え始めた。

「私は、皆様の高品質でより良い精神維持活動を支援するUIユーザーインターフェイス改善支援カスタマーサービスです」

「繰り返しじゃねーか!」

 榎本が半分怒鳴るようにつっこんだ。即座にガルドが足りない言葉を簡潔に補う。

「……具体的に」

「必要なサービスを提供する窓口としてご利用ください」

 両手を広げ、まるで壇上に立ちスピーチするように仰々しくハンドジェスチャーを交えて一礼した。

「サービスって、ログアウトか!?」

「私は高品質なサービスを提供する準備があります。私は不満を改善する支援を行います」

「質問に答えてない!」

 じれったくなったメロがそう挟むが、マグナの後ろ手で延びてきた手のひらが口を塞いだ。一歩前に出て、静かに質問を重ねる。

「……お前が俺たちの不満を聞くのか」

「私はカスタマーサービスです」

「窓口ってことか?」

「私はより良い精神維持活動を支援するUIをバージョンアップします。皆様のご意見を参考に多くのアイテムと多くのイベントをより良く改善します」

 そして機械的な微笑みを浮かべ、髪の毛一本すら動かさないほど冷たく体を停止させた。

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