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219 もっと熱い勝負がよかった

 過去に見たこともないような装備を着た、謎の人物が現れた。対応しきれず、ガルドも仲間たちも驚きを隠せず立ち尽くす。

「な、だれ? 味方?」

「……いや、人じゃない!」

 ガルドは咄嗟に叫んだ。

 張り付いた笑み、微動だにしない体の軸。一回身動いだと思えば、足にかかった体重を反対側に移し変えただけである。それはまるで「一定時間操作されないときに自動で発火するモーション」のようで、つまりプログラムのようだった。ガルドはさらに、これは逃してはならないチャンスだとも思う。

 この吟遊詩人は、フロキリで過去何体かいた「キーキャラクター」だろう。凝りに凝った衣装、キャラクター性の強そうな顔立ち、そして手に持った重要そうなアイテム。条件は揃っている。

「キーだ!」

 続けてそう叫ぶだけで、仲間たちは即座に背中から素早く武器を抜いた。ジャスティンが残っていた階段を駆け上がり、最前線に立って大きな盾を前面に構える。

 キーキャラクターにはプレイヤーの指示命令に従属する半自立型と、設置した場所から動けない固定型とがある。固定型は持っている権限が低く、村人に毛が生えた程度の存在だ。

 そして半自立型には、クエスト受注という形で接点を持つまでは、プレイヤーから()()()という特徴があった。

 対象と戦闘か救援かで接点を作り、そこからMMOにおけるストーリーモード、限定クエスト解放へと繋がって行く。お決まりのルートだ。

<……逃がすな!>

 ガルドがそうチームチャットで発言したのも道理だった。

 階段を上りきっても玉座まで距離がある。ダッシュで距離を詰めるにしても、その合間に逃走を許してしまいそうだ。そうなると俄然やる気が出てくる。逃げ足の早い、経験値豊富なレアモンスターを前にしたかのような歓喜と緊張感がメンバーを支配した。

<で、でもキーだって確証は!?>

<勘っ>

<とにかく捕まえるぞ! 逃がしたらもう二度と会えんかもしれんだろうがぁ!>

<とにかく急げ!>

「ああ……!」

「おうっ!」

 文字チャットで即座にやり取りした直後、ガルドと榎本が加速ダッシュを繰り出した。

 足を踏み出し、加速感を感じたらすぐに腰を垂直に戻す。そしてまたスタートダッシュ。歩行スピードで一番早い「走り始め」をキャンセルで繰り返す加速方法だ。ボタン操作とは違い、体が垂直かどうかを感知することが出来なければ上手く走れない。

 スピードスケートを倍速にしたかのような不思議な動きで詰め寄る。見た目は気持ち悪いが、そんなことを言っている場合ではなかった。

 一気に詰め寄り、ロングヘアの吟遊詩人を羽交い締めようと左腕を伸ばす。

 それで捕まえたことになるのかわからなかったが、とにかく今はそれしかできない。ガルドの太い腕で取り囲めば動けないだろう。榎本も同様に考えたのか、右手を男へと伸ばしていた。

 その先で、赤が瞬く。

 二本の腕を弾くような動きで、火花を散らせながら何かが振るわれた。自分達のものよりオクターブ低いパリィ音のようなものが鳴り、腕が自分の背中より後ろに弾かれる。今まで見たことの無い攻撃だ。

「ちっ」

 よく見ればそれは、職業柄らしい弦楽器だった。ギターよりもまんまるの半球体ボディをハンマーのように当てにきており、外れたと知って彼はネックを引き寄せ正しい姿勢に戻る。

 想像していたような逃げのしぐさは無かった。

 ギターのようなそれをいつでも掻き鳴らせるようなポーズで構えており、それが彼のデフォルト姿勢らしい。すました顔でこちらを見つめ、口角がほのかに上がる程度の笑みを顔にはりつけている。

 ガルドは思わずカチンときた。弾かれた腕も、すぐには前へ戻せない。ボディががら空きだ。

「くそっ」

 榎本も悪態をついており、アタッカー二人揃って無防備になっているのが分かる。

 がら空きとなった腹に睫毛の長い瞳が狙いを定めている。キーキャラクターが攻撃を仕掛けてくる、という異様さにおののいた。

 慌ててバックステップ。

<何故キーが好戦的なんだ!? それに何故街なかで戦闘できる!?>

 マグナの悲痛なメッセージが全員の脳裏に出現した。街なかでの戦闘もあり得ない。そのことに疑問を持つが、それよりも今は敵となったコレをどうにかしなければならない。ガルドは考えることをやめた。

 敵が持つ弦楽器から、またパチリと火花が散った。どことなく暖炉の薪を思わせる音だが、弾く火花はそれを大きく上回る激しい火花だ。攻撃判定に入るだろう。

<作戦はっ>

<そんな暇無いぞ! 来る!>

<は、話せばわかるんじゃ>

<逃げられる訳にはいかないだろ!>

<相手のパワーも分からん、強いかもしれない……最悪俺たちがやられる!>

<強引にでも縛って口割らせるぞ、とにかく「黄金(こがね)羊」と同じ要領で行く!>

<おうっ!> 

 スキルのセットはホームでしかできない。オーソドックスなそれにしたため「対黄金羊用のみねうちスキル」は外している。失敗した。後悔しながら仲間に向かって叫ぶ。

 「パリィで濁す(時間を稼ぐ)! みねうち代わりの、なんか頼む!」

 マグナが慌てて防御強化の弓矢をガルドに打ち込んだ。

 強大な防御力を与える代わりに、攻撃力が激減するタイプの魔法弓だ。みねうち程絶対ではないが、相手を誤って倒してしまうのを防ぐ意味がある。

 その効果を光のエフェクトで確認してから、ガルドはまた古風な黒マント男に立ち向かっていった。

「トリモチあるか!?」

「ないっ」

 後方から響いた榎本の質問に、鋭く短い否定を返してやる。そしていつもより鈍く大袈裟な剣筋をNPCに叩き込んだ。わざと敵の体に切っ先しか当たらない場所を狙う。

 ガルドの一撃は、手を抜かないと敵を一撃で葬ってしまう。

「殺すなよ、生きたままだ!」

「ロープでいいかな!?」

「ああ!」

「いいからあれ(時属性)かけてやれよっ」

「おいてきたぁ!」

「氷付けはどうだ!?」

「氷……ある!」

「ガルドォっ、メロが決めるからパリィ頼むぞ!」

「ああ!」

 後ろで必死に仲間達が捕獲方法を考えている。

 パニックに近い様相だが、長年のゲームセンスが冴え渡っているようだ。ガルドは安心して敵の注意を引き続ける。

 吟遊詩人が弦楽器を一凪ぎ。的確にガルドがパリィに入り、隙が生まれたところに榎本が後ろから何かを投げつけた。豪速球。赤い何かだとは分かったが、それが何なのか考えている余裕などガルドには無かった。

 ひるんだ男に、しかし絶好の機会をガルドはスルーする。ここで大剣を叩き込んでは殺してしまう。拘束の効果があるトリモチが無いと、状態異常を狙うか、クエストのギブアップしかない。少なくともフロキリではそうだった。

 立ち直った吟遊詩人の男は、弦楽器を弾き語りの姿勢で保ち、また笑みを浮かべて動きを止めた。

「ちぃ!」

 敵からの攻撃が思ったより少なく、パリィだけではヘイトが稼げない。万が一仲間に攻撃が及んだ場合、セットしたスキルに入っているかもしれない「自動反撃」で殺してしまう可能性があった。

「……ふぅっ」

 焦らず深呼吸し、すべきことを思い出した。ヘイトコントロールは(タンク)職のジャスティンかパリィガードポジションのガルドが担当だ。いつも通り仕事をこなすだけである。そしてジャスティンの存在を思い出し、続けて彼が「ガードで受けたダメージを毒の蓄積にして返す」盾を持っていたことも思い出した。ハワイ大会用の攻撃転化装備を着込んだことが、こんな形で裏目に出るとは予想外だ。

 ガルドはまた一つ、小さく息を吸った。

 そして剣を左手で引きずるように持ち、右手をフリーにする。近付いても武器を構えようとしない男の左頬めがけ、見よう見まねでフックを叩き込んだ。

「おぉ!?」

 後ろから相棒のマヌケな声がするが、無視して続ける。ガルドは時おり吟遊詩人を拳で殴りながら、程良く距離を保った。レトロな吟遊詩人風のキャラクターは変わらず棒立ちで、競って離れてを繰り返しているのはガルドだけである。

 殴っているはずの顔にも変化がなく、ゲームにありがちなよろめきの声も一切ない。近距離で接するガルドはその異様さにげっそりしていた。

 楽しくない。

 電信柱を殴っているようで気分が晴れなかった。もしくは人形相手に社交ダンスでも踊るような心地だ。時おり赤いボールが当たる時だけ、驚いたような声で動きを止める。

 それもまたガルドを不機嫌にした。

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