218 吟遊詩人
石畳の道を城の方面に戻りつつ、話題は犯人バッシングで一色だ。共通の敵というのはストレスを発散でき、元々強い結束力をさらに高める。
「犯人達のこと考えると、鬼の支部長がまだ優しいとか思えるんだけど」
「夜叉彦んとこの? あのサイコ野郎がかわいいなんてそりゃ相当だな」
犯人が宛がわれる以前に前線メンバーの非難を吸収してきた男の名と比較する。愚痴を吐露しあう光景は、いつの時代も相手が誰でも変わらない。
ここ一年は夜叉彦が不運にも引き当ててしまった職場のリーダーが槍玉に上がることが多く、それ以前は元ギルドマスターが仕入れてくるゲスな人間達の話題が主だった。
「ディンクロンと阿国に期待するしかないか」
「そうだな! 俺らはこちらではぐれた仲間を救助だ!」
「城に行ってホーム帰ったら、地図見て作戦会議」
「なんだかファンタジー……」
「村人はゼロ人だがな」
閑散を通り越して無人の避難都市にしか見えない街を歩きながら、マグナはストレートにそう呟いた。その物言いが淡々としているためか、悲壮感は感じない。
それがかえって仲間達には心地よかった。客観的に見た街の風景から、メロはある持論と好みのタイトルを思い出す。
「ファンタジー映画とか好きだから見るけど、最近のやつってどっかしら現実的な部分があるっていうかさ……違う世界なのに中世のヨーロッパっぽかったりするじゃん?」
「ああ」
「そういう映画は見んが、むしろファンタジーとはそういうもんだろう?」
「剣と魔法、よろしい。でも便利だからって車とか連絡用アイテムとかさぁ、ストップウォッチとかスニーカーとか出すのはどうかと思うんだよね~」
メロがそうアイテムの例を羅列しながら、ストップウォッチを止めるようなジェスチャーをして見せた。
「懐中時計が高価で最先端の時代に、そう簡単に『正確に時間を計測すると便利だ』とか考え付くわけないじゃんよ」
どうせ目分量だったんだから、などと続けながらメロは夢を語り始めた。
「魔法がある世界でも、時間を二十四に区切って生きるのは少数だと思うんだよ! 太陽が上る頃に起きて、沈む頃に寝るって生活。三世帯同居が当たり前で、医療は魔法頼りだろうけど、だからこそ機械工学は疎かになってるはず!」
「俺は安土桃山みたいな生活だと思うけど」
夜叉彦がつられて持論を持ち出す。
「和風ファンタジー?」
「いや、農民と戦闘集団の差が無い感じのやつ。徴兵されて戦争連れてかれて、でもそいつら普通に農民なの。んでさ、生活に不安なく生きられるのは文官だけ。貴族とはちょっと違うんだよな、文官って感じがいい」
「む、違いが分からんぞ」
「貴族って派手そうだからさ……もっとこう、奉公とか宗教心とかが強そうな感じ」
「なるほど」
「みんなバラバラだ」
「ガルドは? 世代で言うと……ウチらよりちょっと上の世代のリバイバルが流行ってたかな」
「それはもう少し下」
「となると?」
「……ファンタジーの混ざった少女漫画が流行ってた」
「ああ~!」
「あったなぁ、ラノベ風味の少女漫画」
「そうか、それをリアタイで読んできた世代なのか!」
長らく自分の世代を偽ってきた現役女子高生が語り出す流行サブカルチャーに、アラフォーとアラフィフで構成された仲間達は強く興味をそそられた。興味津々といった顔で歩きながら話を聞く。
定期的に話題に上がる「昔流行った懐かしのアレコレ」に吹き込んできた真新しい空気は、至って冷静に見てきた流行を口にした。ガルドは古き良き作品群に既に詳しくなっていたが、本人が自分の趣向を語ることは今までなかったのだ。
年齢と性別がバレていてはじめて、こうして会話に乗ることができる。
「砂糖菓子みたいに汚れの無い城で、包装紙みたいなドレス着た主人公が薄っぺらい王子と踊るやつ」
「ぶふっ、真っ向否定!」
普段冗談を言うことのないガルドが語ったそのシチュエーションは、ひどくウェットにとんでいて蔑みが混ざっていた。
ガルドは近づいてきた氷の城を見つめながら、友人に押し付けられた漫画の城を思い出す。
あれを面白いと思えない自分が悪いのだと思っていた。今は否定できるが、当時は本気で悩んでいたのだ。
性別と年齢で体系化された通過点は、それがあたかも「絶対的に通る関門」のようにされている。実際はガルドのように通過しないまま独自の道を進む子供もいるが、まるで幽霊かなにかのように存在を否定されてきた。ガルドは今まで同じ心境の仲間に会わなかった。だからこそフロキリを中年のアバターで始め、それをこんな状況下でも後悔していない。
同年代の少女たちには馴染めない。
そんな自分を「これで良いのだ」と思えるようになったのは、ここ数ヵ月の話だ。ガルドは隠さずに昔のブームを否定し、仲間はそれをさも当たり前のように頷いた。彼らのお陰でガルドはガルドという自分を持てている。
「ああいう甘くて柔らかくて素敵なもの、ぎゅーっと詰め込んだのが『星夢パルフェ』なんじゃない?」
「お、メロ詳しいな! さては……」
「買ってないよ! 娘のだよ!」
「……メロんとこの子、読んでたのか」
氷の城と漫画の城と、その向こうに友人の顔を思い出しながらメロに聞いた。彼の娘には会ったことが無いが、きっと友人に近いタイプだろう。
登場人物の中でも王道の王子が好きか、さすらいの謎めいた美青年が好きか、保護者代行の教師が好きかで派閥があった。ガルドも友人に問い詰められ、しかし単なる読み物としてしか読んでいなかった自分には答えられない質問だった。
「大ブームだったからね!」
「俺でも聞いたことがあるくらいだからな。あの髪の長いキャラが有名なんだろう?」
「ああ」
「そうそう、『月影の吟遊詩人』ね。ウチらにしてみれば吟遊詩人なんてレトロゲーとか古い文庫本の職業だったのが、これのお陰で一気にメジャーになったよ」
「昔のそれと違うイメージになったがな!」
「今の子にリュートとでっかい帽子なんてイメージ無いだろ。アレが当たったのは必然だよな」
外見からはサブカルに疎そうに見える榎本がさらりと言い、しかし仲間達は特に気にせず話を続けた。
ゲーマーと漫画好きのオタクはイコールにはならないが、同じ穴のムジナには違いない。例外なく全員が相応のオタク知識を持っている。
メンバーの脳裏には、あるキャラクターのデザインが思い描かれていた。現代風にアレンジの効いた吟遊詩人はまるでパリコレのモデルのようで、モダンに変化した衣装もシンプルなものになっていた。しかし一人では着れなそうな複雑奇怪、その上タイト過ぎてボディスーツのようであった。
その進化というべきトレンドの変化についていけない男達は、昔を懐かしみながら現実を憂いた。
「年取ったな……」
「うう、ガルドはリュートなんて知らないよな……」
「何となくわかる。楽器か」
「暗いぞ!」
「放っておけ。今やこの世界の平均年齢はガルドのお陰で三十くらいだ。お前達全員平均越えのじいさんだぞ」
「マグナもだろー!?」
能天気にそんなことを話ながら、毎日通った結晶の城の階段を歩く。
脱出の鍵になる何かがあるかもしれない、というシリアスな期待感のことなど全員がすっかり忘れていた。
「俺は自分が老けていることを自覚しているからな」
「堂々と言うことかよ、それ……」
「おじさん達ね、別に新しいのが嫌いなんじゃないんだよ……ただちょっとついていけないだけでさ。ほら、あんな感じ。昔ながらの……」
先頭を歩く夜叉彦が、階段を上りきって見えてきた玉座の間を指差しながらぼやいた。
そこまで言いかけた彼の動きが止まる。
「あんな感じって、いったい……」
続けて上りきったマグナも隣でぴたりと止まった。
「え……なんかいるの!?」
メロ達がその様子に慌てて駆け上がり、夜叉彦が指差した方角を見た。
普段と変わらない六個の玉座と、その後ろに続く螺旋階段が見える。透き通ったライトブルーの水晶が一層きらりと光を乱反射し、そこに佇む見覚えの無い存在を誇張した。
黒さが目立つ。
直前まで話していたような、昔風の衣装を着たヒトガタが立っていた。それがオブジェクトなのかプレイヤーなのか、NPCなのかはまだ分からない。
「な……」
懐かしアニメ特集のテレビ番組でしか見ないような、古く、フロキリの世界には不釣り合いな男だった。
装着したままではドアに突っかかりそうなほど巨大な三角の肩パットのお陰で、顔は小さく見えた。床につくほどの真っ黒く長いマントを体にぐるりと纏わせており、若いガルドは咄嗟にそれを外套ではなくカーテンだと思った。
中の体型は見えない。靴すら見えない。
メロよりウェーブをキツくしたブロンドロングヘアと、VRで再現するのに苦労しそうなほど常識はずれのばさばさ睫毛が顔に個性を与えていた。
昭和の少女漫画から飛び出したような顔立ちだ。鼻も細くしゅっとしており、アメリカ製のキャラメイクでは到底再現出来ないだろう。
黒ずくめの男は、デフォルトの微笑みを浮かべながらそこに立ち続けていた。




