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215 グレイテイスト

 ログインして初めて訪れるその城の麓には、ワールド屈指の巨大な城下町が栄えている。拠点になる非戦闘地域はいくつかあるが、飲食店がこれ程多彩に集まっている場所は城下町をおいて他にない。

 その中で比較的高級な料理を出してくる青椿亭は、料理のラインナップもオールマイティで人気が高かった。

 ゲーム内の通貨など、ある程度の熟練プレイヤーならば腐るほどある。フロキリのように戦闘中心で娯楽の乏しいタイトルでは、VRの味覚再現を楽しむというのが優先度の高い楽しみの一つだ。プレイヤー達は全ての店を行き尽くした後、気に入った店舗を決めて足しげく通うようになる。

 それがロンド・ベルベットでは青椿亭だった。

「はろー?」

 唐突な英語でそう切り出した夜叉彦は、恐る恐る重い扉を押していく。つけられたベルがちりんちりんと鳴り、その音色は彼らの記憶にある酒屋と全く同じだった。

 違いは中にいる何かだ。

「……ろ、六人だよ?」

「はい」

「しゃ、喋った!」

 過去に見たことのない顔をしたNPCが、入り口近くで待ち受けるように立っていた。

 一言返すに留まった声は、合成音声の大御所ヤマハ社が出している無料のパッケージボイスだろう。よく聞く声で、無機質な男とも女ともつかない音声だ。

 その風貌は、フロキリのNPCではありえない「のっぺらぼう」をしている。顔どころか体までつるんとした、棒人間をアクリルで作ったかのような質感だ。白濁りしたグレーのそれは、表情も口も無い文字通りの(キャラクター)だった。

 夜叉彦の人数申告を聞いたそのヒトガタは、中央のテーブルに向かってゆっくりと腕を指した。動作としては指を指したつもりなのだろう。続けて喋った台詞がそれを物語る。

「あなたはあれに座る」

「うおっ、なんだぁ?」

「ほぉ、機械翻訳そのまま、精度も目を覆いたくなるレベルだな。AIまでは盗めなかったのか」

 ジャスティンとマグナが棒人間をじろじろと観察する横を通りすぎ、ガルドはゆっくりと席についた。

 予想した最悪の事態は免れたようである。ほっと一息ついた。

「なーんだ、ちゃんとNPCいるじゃん」

「料理の心配して損したな」

「ああ」「まだわからないぞ! こいつが本当に『窓口』になっているならいいがな」

 疑り深い顔でジャスティンが観察を続ける。相手がAIのNPCだからこそ出来る失礼な目線を投げながら、「早速注文行くぞっ」と仲間に振った。

「よっしゃ! とりあえずビール!」

「ビール」

 発音だけで言うと「びいる」にしか聞こえない音声が流れ、ガルドはまた一つ安堵の息を吐いた。

 注文を受けるポジションのAIがそれを認識出来るかどうか、というのは今後に向けて重要な案件だった。このワールドで快適に過ごすために必要不可欠であり、自分達ではどうにもできない技術がたっぷり使われている。そのために犯人頼りにせざるを得ない。

 日本語の注文を聞き取れるのであれば、精度など今後自分達でどうにか出来る。しかしそもそも日本語を理解できない頭をされていては、ゲームマスター権限や運営者サイドでなければどうにもできないのである。

「アイテムの注文は大丈夫そうだな。よし、注文・クラムチャウダー」

「クラムチャウダー」

 マグナの発音を聞き取り店員NPCが内容を繰り返す。ビールはギルドホームでも飲めるが、スープはここでしか飲めない。この分なら変換も大丈夫だな、とマグナはニヒルな笑みを浮かべた。

 クラムチャウダーはアイテムではなく「食材アイテムを料理に変換して提供するサービス品」だ。ガルド達だけでは逆立ちしても手に入れられない。 

「おお! 料理もイケるか!」

 ジャスティンが嬉しそうに店員の肩を叩いた。酒場の店員は無尽蔵に食材アイテムを持つ設定にされ、プレイヤーの注文でそれを料理に変換するという機能を与えられている。変換後の料理も注文できたということは、全ての料理にありつけるということだった。

「やったな!」

「これでウチらの秩序がまた一つ保たれたってワケだねぇ」

「ずっとジャンクフードと菓子に酒じゃ、カオスだからな」

 仲間たちが緊張をほぐしているのを見て、ガルドは一つ頷いた。小目標の二番、「人らしさを取り戻す」はクリアである。

「さあ、どんどん注文しろ。時間で言うとランチだが、祝杯だ」

「まだ朝ごはんがお腹に残ってる感じだけどね……」

 夜叉彦がそう言いながら「カナッペ!」と前菜を注文する。

「カナッペ」

 繰り返した店員NPCの声を皮切りに、ギルドメンバーが次々に注文をしはじめた。

「これならどうだ、アッポーパイ!」

「アップルパイ」

「いいヒアリングしてるね。発音はまだまだだけど、これなら自己学習もすぐかな。そうだなぁ、七面鳥の足」

「ターキーレッグ」

「お、なんだこの流れ。じゃあクリームパフ」

「シュークリーム」

「おお……」

「おー!」

 夜叉彦や榎本が英語から日本語に変換するような単語をわざと注文し、それを難なくクリアしてみせたAIに仲間達からは感嘆の声が漏れた。難しいことを注文している自覚と、不可能ではないかと予想していたためだ。

「ノリでアップルパイなど頼んだが、甘いものは嫌いだ!」

 ジャスティンがいつものように食べもしないものを注文したらしく、甘味好きのメロに「ターキーと交換でどうだ」と持ちかけている。それを「やだ」と一蹴するのも、クエスト後のいつもの流れだった。

 ガルドはふと、帰ってきたのだと実感した。いつものギルドにやっと戻ったのだ。いつものジンジャーエールを注文しつつ、メニュー表を見て頼むものを吟味し始めた。

「三日もジャンクフードだったからなぁ、食べたいの食べよう」

「大賛成だ」

「健康とかはこの際関係ないけど、マグナがそういうの抜きで意見プッシュしてくるの珍しいんじゃないか?」

 マグナの断言に夜叉彦が疑問を投げた。それをマグナは心外だといった表情で答える。

「さすがの俺も、あれだけ肉と炭水化物ばかりでは飽きるぞ」

「パジャマ子がいないと万年さつまいもと大根で生活するお前が?」

 榎本が彼の悲惨な食生活をネタにからかった。健康に気を使いながらどこか世間とズレのあるマグナは、恋人のパジャマ子がいないときは常にさつまいもと大根の料理ばかりを食べるようになる。

 彼の理論によれば、この二つはどんな食材にも合う栄養価の高い万能食材なのだという。仲間達はそれがただの言い訳で、ただの彼の好物なのだと察していた。

「基本的に食生活というのは魚と肉と野菜のローテーションが望ましいだろう。芋と大根はそのどれとも合うんだぞ。ぶり大根、肉大根、ふろふき大根!」

「あーはいはい、大根な。あってよかったなぁ。注文! おでん!」

「おでん」

 日本サーバープレイヤーの要望に答える形で導入された日本食のなかでも、再現が良く人気なものがおでんだ。一般的な関東味の出汁に賛否が分かれるものの、食材の味も食感もリアルに忠実だった。

 さらに何点か好みの料理を口頭注文してゆく。

「こんなもんかな? じゃ、頼むわ」

 店員は離れない。棒立ちでその場に留まり、次の注文を待っている。

「あれ、『頼む』じゃだめか」

「注文終わり」

「はい」

 ガルドの単直な一言にそう返事をし、「グレイのっぺらぼう棒人間」が店の奥に戻っていく。その様子を視線で追っていた六人は、おもむろに立ち上がり後をつけることにした。後をつけようという誘い言葉は無く、六人同時に以心伝心で示しあわせたかのようにゆっくり後をつけた。が、連携プレイを評価するいつものギャラリーはいない。

 六人と店員以外には無人の空間を無表情の無言で、心なしか忍び足でついて行く。

 重厚なオーク材で出来た壁、そこに等間隔に並ぶガス灯。淡いオレンジの光で照らす店内のさらに奥。見ている限りだと大型のキッチンがある。

 それが遠近法で描かれたイラストを張っただけのものだと、ガルドも仲間たちも知っていた。肥大化しがちなフルダイブVRソフトのデータ容量を効率良く削るためのだまし絵だ。

 NPCはそのキッチンの絵の向こうに埋没するように消える。その場所で数秒待機した後に、料理を発生させ抱えて出てくる仕様になっているはずだった。つまりキッチンのイラストは変化がなくそのままであり、店員がそこで何か調理している様子というのは省略される。

 今回もそうなるはずだった。

「ひぃっ」

「うっわー……」

「げ」

 メロのひきつるような悲鳴、そして仲間達の喉音が滲みるように伝播していった。

「……気色悪ぃ」

 二十畳ほどのレトロな木目調キッチンに、無機質な棒人間達が何体も何十体も、ぎっしりとひしめき合っていた。


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