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214 お出かけ

 日本サーバー最強ギルドの六人は、何時いかなる時もチームワークを忘れない。無理をしない程度に協調し合い、相手の弱点を補うよう意識して行動するのが強みだった。

「飛べないとめんどいな」

 公式で使用される「ファストトラベル」という名前を動作で称しながら、榎本は楽しそうに町を歩いていた。

「確かに、ホームから城までは飛べるし。この道を歩くのなんて久しぶりだ。用事無いからなぁ……」

 夜叉彦がのびをひとつしながら返す。

「メルヘンだ」

「おお、童話的でいいよな!」

 先頭を歩くガルドとジャスティンは、目に入る色合いをそう表現しながら歩いた。

 ギルドホームがあるエリアから城へ向かう城下町は、後方のロンドン風からうって変わり「北欧デザイン」になっている。

 近代のモダンなデザインが並び、絵本のような愛らしい色合いが華を添える商店街が見事だ。煉瓦もロンドンの重厚な色合いから一転、赤みの強いものになった。くすんでいた壁は塗り立てのペンキのように鮮やかだ。

 そして、その町をしんしんと雪が降り包んでゆく。

「……ホームも居心地は良いが、引きこもりは気分が暗くなるからな。やはり三日目で出てきて正解だった」

「リアルでは引きこもりでも?」

「酪農家からすればIT土方は全員引きこもりに見えるだろうが、俺は毎朝通勤していたからな。断じて引きこもりではない」

「だから農家だってば! 牛飼ってない!」

「牛……いいね、乳。チーズのたっぷりかかったグラタン食べたい。こんがり焼き目のついたやつ」

「いいな! じゃ、俺はスパゲッティだ!」

「魚がいい」

「牛でいじられてたの聞いてたよね、牛縛りで希望挙げないの? ほんとみんな自由すぎる~」

「では俺が子牛のシチューをチョイスしよう」

「律儀だな、マグナ」

「ニンジンは好きだ。なにより熱々のものが食べたい」

「ずっと冷たいかヌルいのばっかりだったからなぁ」

 仲間達は青椿亭のメニューを次々に声に出す。しかしNPCや受付AIがいるかどうかはまだ不明だ。無駄足になる可能性はゼロではない。

 ガルドは期待していない。

 まず初日の装備販売店に店員がいなかったことを考えると、望みは薄かった。実際に大勢いたはずの「町民AI」の姿はゼロで、プレイヤーもたった六人に減った。町は廃墟に近い。

 それでもうきうきとした様子でメンバーが歩くのは、街頭や店内照明が明るく灯っているからだった。加えてBGMにお馴染みの曲が流れている。この町の共通テーマ曲を北欧風にアレンジした、このエリア限定のものだ。完全にフロキリ時代と同じ仕様の町になっている。

「……店員、いるといいな」

 ジャスティンが珍しくポツリと漏らす。独り言ですら大声だった彼がボリュームを落とすのを、他のメンバーは聞き逃さずフォローに入った。

「ジャス、きっと大丈夫だ」

「そうそう。どんな仕組みで食材を調理してたのかわからないけど、なんとかなるって」

「そうだな。もし今回がダメでも、ぷっとんを見つけてやれば全て解決する。今は俺たちに出来る調査を片っ端から片付けるだけだ」

「あいつなら色々MOD(改造コード)持ってるだろ」

「アイテムボックスまで改造していたからな、規格外だと思うぞ。使えればだいぶ住みやすくなるはずだ」

 そうやって理想を雑談として共有しあううちに、視界に大きな建物の一部が現れた。若干のカーブを描いていた通りが隠れていた、氷や水晶のような透明感のある城の入り口が見えてくる。

 輝きが、歩くたびに視界へ飛び込んでくる。

「あ……」

 氷結晶城ひょうけっしょうじょうという名前がつけられたその城は、世界を自由に出入り出来たころの入り口だった。

「こっちにもあるよな、そりゃ」

「ログインの為だけの城、なんだけどね」

 全員がその雄大な城をじっと見つめ、あることを考える。

「……試しに座ってみたり、する?」

 メロが振り向きざまに、おずおずと提案した。

 ログインの際は座った状態でやって来る。その複数ある玉座に座ったとき、果たしてどうなるのだろうか。あっさりログアウトできないだろうか。希望を込めてメロは仲間に聞いてみたのだった。

 全員が「ありえない」ことだとは理解していた。

 フロキリはログアウトボタンがあるゲームだ。たとえマッチング待機中でもクエスト中であっても、もちろん中断リタイア扱いになるが、ログアウト可能だった。

 今はない。

 動作一つで抜け出せたら苦労しないだろう。そんなことは全員分かっている。

「……青椿亭済ませたら、行ってみよう」

 ガルドも勿論分かっていたが、メロの意見に同意した。解決法としての信憑性はともかく、可能性が欠片でもあるのならば試したかった。

「寄るくらいならいいんじゃね?」

「もちろんだとも!」

 仲間達も嫌な顔一つせずに乗り気であることを示した。メロは逆に驚いた様子で仲間たちを見回していた。どうやら反対されると思っていたようだ。ガルドはそう思ったメロの考えも理解できる。

「『どうせ……』は反対の理由にはならない」

 ガルド自身、心のどこかでは期待を裏切られることへの恐怖がある。なにも起こらなかった時にがっかりするのは嫌だったが、不安を押し殺して仲間に小さく笑い掛けた。

「何もなかったとしても、気にしない……『エリア調査』だと思えば楽しい」

 ガルドが城の探索をそう表現すると、弾かれたように仲間達が笑いだした。

 エリア調査というのはガルド達がフロキリで行ってきた「新規フィールドエリアお試しトライ」の通称だ。

「くくっ、本物の調査活動だな!」

「フロキリじゃなくなったこのゲーム、全部俺たちで調査するのか」

「ワクワクしてきた」

「おお! 隅から隅まで踏破してやろう!」

 直前とは一転、楽しそうな声をあげながら城の見える街路を後にした。いつも空ビンが落ちているジューススタンドを目印に、一つ角を曲がり馴染みの店へ進む。

「懐かしいよな、エリアの調査なんて」

「夜叉彦なんて全然したことないでしょ」

「一回あるよ。信徒の塔」

「うわー結構前だなー」

「秋ごろだったか?」

「ああ」

 懐かしむように、つい一年前のエリア調査について語り出す。そして青椿の生け垣が見えてくるまで歩き続けた。

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