211 なごやか学級会
マグナはいつも通りに事を進めることにした。
極限状態でもいつも通り計画を立て、それを仲間と話し合い、全員が「絶対嫌」と言わない方法で行動する。それは、元ギルマスが昔語った方針が根底にあった。
——世の中全員がモロ手挙げて『は~い賛成で~す』みたいに上手くいけばいいけど、んなこと少ないじゃないの。だったらシンプルに『人の嫌がることはしない』のが一番よ——ベルベットは平凡そうな顔を面白いように変化させつつ、マグナやガルドたちに語っていた。
「さて、これからどうする」
前線メンバー専用ラウンジとして昔から使っていた空間に、全員スペース作りの手を止め集合する。ローテーブルを囲むように配置されたソファに、普段より数段真面目な顔でお互い額をつきあわせた。
「まずは俺らの安全、だな! それがこのホームと小部屋だった訳だ」
ジャスティンは自信たっぷりに天井を見る。金属板の寄せ集めにしか見えないが、立派な自分だけの城だ。安全が保証され心にゆとりが出来た実感が彼らにはあった。
「拠点は出来た。確かめることは何個かある」
ガルドの指摘にマグナは強く頷き、その「確かめること」に話をもって行く。
「それだな。探し人を探す上で、やっておくべき事を済ませるべきだ。それから日帰りで探査、慣れたら他の街に拠点を移す。どうだ?」
全員が賛同の声をあげた。
探し人、という表現をしたのはぷっとん達のことだ。外部と通信が取れていたときの情報を思い出しながら、全員が彼らの無事を願った。
「前も言ったけど、強行軍で探し回るのはキツいよなぁ」
榎本がぐったりとそう言う様子に、隣に座るガルドも小さく頷いた。フロキリは地続きのオープンワールドではなくフィールド、つまり地域ブロックごとに世界が分かれている。しかしその広さは膨大だった。フィールド数も多く、時間によって進入禁止になる場所を含むと探索は簡単ではない。
「準備は念入りにすべきだな! 俺たちが探していることを広めながら、取りこぼさないよう全部見ていくんだろう?」
「ああ」
「しらみ潰しに全部だな。あいつらも困ってるだろうし、急いでやらねぇと……」
「ストップ、榎本。気持ちは分かるが、無理をしないように計画はゆるく設定するからな。そもそも……俺たちも、こんなところに閉じ込められている被害者だ。自分達でセルフメンタルヘルスケアをしていこう」
「せ、せるふめん……なに?」
マグナの横文字にメロが追い付かない。疑問符をぽこんとポップアップアイコンで浮かべながら、謎の単語を繰り返した。
「精神面の健康をメンタルヘルス、それを自分でケアしていくんだ。災害時の救援マニュアルが参考になるだろうな。大きな震災で救援する時に……なんかあっただろう、決まり事」
マグナが例えで挙げたのは、救援者側のメンタルヘルスなどについてのマニュアルだった。過去の災害で活躍した救援者、そして二次被害を避ける方法、様々なことが決められているのだと説明する。
「で、具体的には?」
「いや、全然覚えていない。何かすればストレスを予防出来るらしいが、やり方は知らん」
「……えっ」
全員が唸りながら思い出そうとし、素直なガルドの「一つも出てこない、そもそも知らなかった」という告白で諦めることにした。
そこで、自分達に配慮するということを目標の一つに設定することにした。手段についてはアイディアを出しあうしかない。素人だが、全員で話し合えばなんとかなるだろう。
「学級会みたいだなぁ!」
「思った~! 『さぁ自分達で考えてみよう』みたいな?」
「いいんじゃないか、それ。採用」
思い付きの単語がモデルにされ、ラウンジの話し合いが一転「第一回ロンド・ベルベット学級会」と姿を変えた。
書記は議事録作成に慣れているサラリーマンの夜叉彦が担当に名乗り出、学級委員長はお馴染みのマグナである。
「あー、本日の議題だが……」
「固い! もっと学級会っぽく!」
メロが鋭く無茶振りし、マグナは真面目にリクエストに答えた。
「今日はぁ、ギルドのこれからについて、みんなで決めたいと思いまぁす。意見のある人は、元気に手を挙げて下さい」
榎本やジャスティンは大笑いしてそれを聞いているが、現役高校生ガルドは笑いどころが感じ取れなかった。不思議そうな表情でちらりと二人を見た後、普段通りのテンションで意見を述べる。
「阿国とディンクロンが救援活動中。ぷっとん、見送りに来たみんな、人数は正確には分からないけど行方不明。その中にはウィグ達ロンベル付添人六名も含む。彼らを探す……これが、大目標」
「ガルドさんがとても良い意見を言ってくれました……」
「大目標! いいな、それ」
「ってことは、他の目標は小目標だね。よーし、どんどん挙げてってよ」
黒板代わりの半透明文章ポップアップに、夜叉彦の遊び心で掠れ文字が縦書きに記入されて行く。教科書明朝体で「大目標」や段落の黒い点を綴りながら、夜叉彦が全員の顔を見渡した。
「はいはい! はーい!」
「はいメロさん」
「め、めんたる……めんたるセルフ!」
「ハズレです」
「惜しいな」
「メンタルセルフケアだろう?」
「ジャスもハズレだ。正解は……はい、榎本さん」
「あ!? メンタルヘルスケア、だろ」
「あぁ~っと、榎本さんもハズレです」
「えっ、なんだ、足りなかったか?」
「セルフが抜けた」
「おーっと流石ガルドさんです。百点満点」
「ありがと」
「……この口調のマグナ、やりずれぇ! いいよもう委員長キャラは!」
「いや、なかなか楽しいな」
全員が楽しそうに笑いあう。自分達の心の安定という小目標が優先的に加えられ、それは優先順位という形で大目標より上にくるものだった。しかし難しい目標ではない。いつも通りこうして、下らないことで笑いあう。これを維持出来れば大丈夫だ。そう全員が思いながら話し合いを進める。
「パーソナルスペースの作成って、そのメンタルの意味だもんね。きっかけはガルドを雑魚寝させないってとこだったけどさ……ウチだって雑魚寝は嫌だったから、これは必須だったよね」
「ここまで出来たんだ、今日でひとまず完成だな」
「となると……」
小目標は一番から二番に移る。マグナはそう宣言した。
前回の反動で短めですみません…




