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210 思い思いの部屋を作ろう

区切りの関係で普段より長いです

 それから三日、ガルドたちはギルドホームの中で過ごしていた。

 たどり着いた当日に話していた個室の件を解決するために、全力でそれぞれが個人作業に取り掛かり、なんとか三日目で形になってきたところだ。外に出るからには全員が揃って役割を分担する必要がある。現時点でそんな余裕はなかった。

 引きこもるしかなかった三日間、ガルドは寝食を忘れて作業に没頭した。

 ロンド・ベルベットが詰めている四年物のギルドホームは、彼ら以外のギルドがこの街から一切合切いなくなったために「ホーム」と名前を変えた。文字通り家で、六人は少しずつ「人として最低限過ごすためのテリトリー」を形成している。シックでおしゃれだった内装を犠牲にしてしまったが、少なくともガルドは満足だった。

「三日でよくここまでもってこれたな……凄くね?」

 榎本がしみじみとした態度でエントランスを見つめる。天井の高いエントランス部分はすっかり様変わりしていた。

 遊び心溢れるバーといった印象だったそこは、一気に雑多でカオスな空間になっている。シャンデリアが見えなくなり、点在する陣地はかなり個性豊かだ。メタルな質感や動物の毛皮、美しい草花まで目に入った。

 素材はどれもイベントで配布された無用装備などを流用している。この手法を見つけたのはジャスティンだった。

「まさかパーツごとに分離できるなど、思っても見なかったぞ!」

 装備品である帽子を初日に粉砕したジャスティンは、同じく安物の鎧を握力で壊そうとした。そのとき発覚したのは、「鎧の肩の部分と胴の部分とで破壊に必要なダメージに違いがある」と言うことだった。

 装備はオブジェクトの集合体であり、切り分けたりほぐしたりできる。そう気付いたのは誘拐から二日目のことである。

「にしても余りすぎなんだよ」

「イベントクエストで貰うものって、どうにも捨てづらいんだよね。ウチなんてお陰でバッチリだけど」

 メロがそう言って改心の出来だとテントをにやにやと笑いながら眺める。ティピーという正式名称を持つネイティブアメリカンが生み出したテントは、名を知るものがギルドにいなかったために「トンガリテント」と呼ばれることになった。

 魔法職のメロが余りある杖をふんだんに使用し作った支柱に、アジア系サーバー限定「七夕と奇跡の夜」イベントで配布された天女の羽衣をこれでもかとぐるぐる巻きにしている。夜空の星をそのまま落としこんだかのような淡い瞬きがゆったりと川のように布の上を流れ、メロはそれを「プラネタリウムみたい」だと喜んでいた。

 メロがもし天女の羽衣を三ケタも持っていなければ実現しなかっただろう。物持ちの良さがここで良い方向に転がった。

「ご丁寧にトリまでつけちゃってさ」

 夜叉彦が呆れた声をあげた。クロスさせた頂点の支柱に鳥のモニュメントを三羽設置しており、南国感がここで一気に増している。

「メロにしては派手さが押さえられていて、中々いい」

「とりあえず、だからね。模様替えするつもりだよ~」

「うっ、それ用に装備収集とかするつもりだな!」

「ぐふふ、どんなのがいいかなぁ。ナイトフィーバーの猿退治とか。あれ、一個残らずぜーんぶ使っちゃったんだよね!」

「あれ七色な上に点滅する電球とかやっすいネオンとかくっついてるやつだろ! やめろよ寝れなくなる!」

「使ったって言ったって、それって確かボートの素材にしたんだろ?」

「剥がして使うのか?」

「布地だけ! 布地とかだけにするからぁ!」

「落ち着いたら場所も含めて考え直そう。メロが光っても俺たちに見えないなら問題ないからな……ジャスの隣とかだといいぞ」

「ちょっとマグナひどーい! あ、でもいいかも。楽しそう」

「来るかっ!? 見はらし最高だぞっ」

 そう言ってふんぞり返ったジャスティンは、下から自分の城を見上げて満足げにひとつ頷いた。

 しかし、下から見てもただの「シールドで出来た第二の天井」にしか見えない。

「うーんでも登り降りめんどいからいいや」

「なんとぉー!」

 メロが垂れ下がってきているロープを見ながら拒否を示した。天井のシールドに固定されているそれは正しくは頭装備のターバンで、一本の布にほどいたものを三つ編みにして強化したものだ。

 天井から下がっていたシャンデリアを中心に、ジャスティンが持つ大量のタワーシールドを格子のように重ねて床にしている。物の重さという要因が物理エンジンで処理されるが、現実ほど厳密でも、本当の重力があるわけでもない。試しにジャスティンが乗ってジャンプしてもびくともしなかった。

「住み心地はいいぞ?」

「あれだけ毛足の長いものを敷き詰めてれば、そうだろうね」

 ジャスティンは鉄製のツリーハウスに大量の布製装備から剥がしたファーの部分を敷いていた。

 古代狩人装備シリーズを余らせていたジャスティンは、そこそこの広さになっている床一面に敷ける程度のファーを持っていた。ふわふわのそれは居心地が良い。でこぼこする床をフラットに出来るほどのクッション性があり、なおかつワイルドな焦げ茶とまだら白の色味がジャスティン好みだ。

「天井低すぎるだろ」

「ドワーフ種にはちょうどいいぞ!」

「うーん、飲み物とか倒しそう……」

「む、確かにな。そうだ、ちゃぶ台があれば完璧だ!」

「湯飲みとつまみが置けるところでしょ」

「その通りだ!」

「ホーム全体がフローリングだからな、どうしたって個人スペースは寝転がれる方がいいだろう。そうなると必然的に地べた座りで使用する机、つまりちゃぶ台となる……畳の呪縛からは逃れられんな」

「理屈っぽく言ってるけど、それってつまりごろごろしたいってことだろ?」

 仲間たちはそう言って笑いあった。

「ガルドのベッドだとあれだな、ハリウッド映画とかで出てくる『ごろ寝しながら朝食を食べる台』がいいな」

 マグナが取り出したアイディアは、年齢相応であまり映画を見ない若者には真新しいものだった。

「ベッドの上に台を置くのか」

 不思議そうな顔をしたガルドに、榎本が補足説明を加えていく。

「見たことないか? ちっちゃな足がついてるやつ。枕のとこにクッションたっぷり敷いて背もたれにするんだ。んで太ももの上を橋渡しにすると、テーブルになる」

「……病院のベッドについてる、テーブルみたいなやつか?」

 ガルドの想像したものは、デザインセンスのかけらもない利便性重視のアイテムだった。

「一気に情緒がかき消えたね……でも便利かも」

 夜叉彦が苦言を漏らしながら「キャスターついてるから移動も楽~」と使い勝手を想像した。

「ああいうのでもいいかもな。どうせVRだ、板のたわみなんかも存在しないからいくらでもデカくできるぞ?」

 榎本がそう提案するのを、ガルドは普段よりも素直に受け入れた。ガルドが仕上げた天蓋ベッドを見ながらジェスチャで大きさを伝えてくる榎本の、ちょっとウキウキしている様子がガルドを楽しくさせる。

 個人スペースとして立派に仕上がったガルドの天蓋ベッドは、当初の予想より大きなサイズへと進歩した。四人掛けソファ二つを合体させ、その隙間にぎゅうぎゅうに詰めた大量のクッションをベースにした。二メートル越えのアバターガルドを難なく安眠へと誘い、足を伸ばしてもまだ数十センチ余裕があった。現実に売っていればキングサイズを超えるだろう。高級ホテルのスイートルームにあるようなボリューム感だ。

 大量のヒツジ型モンスター由来の装備を丹念にほぐして作ったマットレスは、リアルでは不可能な程に分厚く出来上がった。背もたれや肘置きを飲み込んで、ゆるやかなすり鉢状にしたのがこだわりポイントだ。

 上に被せたのはベロア素材で出来たマントである。急拵えで色がバラバラだが、どの布装備よりも抜群に繊細で上品な肌触りだ。後々ワインレッドに整えよう、とガルドは頭の片隅にメモをとる。

 ベッドの周囲には太い柱が四本、ぴったり寄り添う場所に建てた。素材は鞘に収まった初心者用の大剣と細身の片手剣だ。床に突き刺した大剣の柄に片手剣を突き刺し、足りなかった高さを稼いでいる。

 その上にふんわりとカーテン代わりになるものを被せている。

「フラワーカーテンなんだから、テーブルにもこだわったら庭園だぞ。ヒーリング効果高すぎるだろ」

「白っぽいやつか、カフェテラスみたいなのがいい」

「いいねー! スモールシールドとか流用できるかも。白いのあったね」

「ぺシェフローレンス系統のレース武器だろ?」

「あのままならフェミニンすぎるが、宝石は分解できるからな。土台の部分だけ使えば良さそうなサイドテーブルに出来るだろう」

 ガルドのベッドには、花が咲き誇る緑のカーテンがすっぽりとかけられていた。小さな白とパステルイエローの花がツル植物特有の葉に寄り添っており、謙虚な愛らしさを持っている。

 そんなカーテンがベッドの上からすっぽりと覆いキューブ状になっていた。

 これはレイドで待ち伏せなどに使う『咲き誇るギリースーツ』を二桁単位で寄せ集めたものだ。共有アイテムボックスに放置されていたレイド部隊用のものだが、何の躊躇もなくガルドは縫い縫いしていった。

 中に住人がいないときはカーテンを開けているため、中のベロアシーツも相まって上品なコーディネートに仕上がっている。

「うわー楽しみだな! 俺もデスクつくろーっと」

 夜叉彦が少し子供っぽくそう言うのを、ガルドは頷きながら答えた。

「文豪が使うような、シックなあれ」

「そうそう! 赤茶色のあれ!」

 夜叉彦は完全な和風空間を再現していた。

 気持ちが良いほど箱形の装備「段ボー」シリーズ、その頭から足まで持っているもの全てを総動員して小上がりを作ったのである。

 表面は現時点ではマントの寄せ集めに過ぎない。固めの裏地付きで、あの固いながら柔らかいという独特の踏み心地を必死に再現したが、夜叉彦の本当の望みはもちろん畳だ。

 その外周を大量に持っていた初心者用の着物装備で覆ったのだった。デザインはまばらだが、トータルで純和風な点は崩れない。

 夜叉彦としてはこの外周のれんを将来的には「昔ながらの白い障子」にしたいのだという。インテリアには意外とこだわる男だ。

 そして正座の状態で使う赤茶色の机を置き、憧れていた大正の書生さんコーディネートを再現したいらしい。

「そんなの作って座ったところで、年食った貧乏小説家にしか見えないだろ」

「それもそれでいいかも……」

「夢を叶えるのはVRの利点だからな! 思う存分性癖をぶちこむといい!」

「それマグナにも言えるねー」

「フッ、当たり前だろう?」

 そう眼鏡のブリッジをくいとあげるような動作をしながら、マグナがベースキャンプを振り返った。

 そこはまるで金属の要塞だ。

 性癖と言われ否定もしなかったそのメカニカルな趣味が表面化している。空間のデッドスペースにしかならない無駄なギミックとディティールが鎮座していた。

 半円状のドームになっているそれは、入り口の部分に半地下への階段を内蔵している。レイド用のアイテム落とし穴を解放状態で設置し、室内にありながら半地下という矛盾を実現したのだった。

 マグナは「映画であるだろう! SF映画で!」と力説する。ガルドは頭に疑問符が浮かんでいたが、どうやら典型的な「火星の住居イメージ」らしい。

「俺は、美しいものしか置かん……必要なものは特にない。強いて言えばフィギュアを移すくらいだ」

 奥に見える前線メンバー用ラウンジは、今はリビングとしてそこにある。ソファが六人分並ぶそこの一角に整頓されているフィギュアは全てマグナのものであり、それをこの金属的な城に引っ越ししたいのだった。

「趣味爆発」

「好きだよなぁ」

「コックピットの再現はどこまでいった?」

「くっ! まだ一割に満たん!」

 愛する作品に出てくるロボットのコックピットを再現したいのだと二日目に豪語したマグナは、手持ちのものを分解しては組み立てるという地道な活動を新たな趣味としてスタートさせていた。

「じゃ、マグナはその部品集めだな」

「そうさせてもらおう。なに、フルスクラッチなら経験があるからな……」

 全員が謎の単語にツッコまずスルーを決め、ガルドは榎本のテントを見た。

「……このメンツで見ると逆に個性的だ」

「正統派って言ってくれよ!」

 榎本が建てたそれは、雑誌やテレビで見たことのある普通のテントのようだった。モスグリーンの撥水加工素材で出来たそのテントは、直方体の上に二等辺三角形の積み木を置いたような形をしている。杭でピンと張った布が組み立てやすそうなデザインをしていた。

 典型的なキャンプ用テントだ。

「色はともかく、デザインは利にかなっているな。ガルドのそれより天井高もある。入り口は二パターンあり、なによりタワミを上手く使って風が吹いても倒れないだろう」

「ホームん中なら風吹かねぇけど」

「畳みやすいよね、ここ引っこ抜けばぺしゃんこになるんでしょ?」

「畳む必要ねぇけど」

「水に濡れても弾きそうだ!」

「ホームじゃ雨降らないだろ。お前ら下手だな! 褒めるの下手!」

「そうだそ! 利便性にばかり目がいきすぎだ! 焚き火とアコギとマシュマロがあれば最高だ、そうだろう?」

「おっ、たまには良いこと言うなぁジャス。テントっつーのはそう、文化なんだよ! 空気感、自然と生きるためのデザイン!」

 榎本がジャスティンの的確なテント文化イメージに喜んだ。彼の望みは自然のなかでのテント生活だが、擬似的にその雰囲気が味わえれば良いらしい。

「ってことで囲炉裏とかどうよ?」

「暖炉があるだろう」

 マグナが指を指す。エントランスの最奥にある巨大なレンガ造りのそれは、よくアニメーションなどで見かける王道の作りをしたタイプのものだ。

 壁の一部を煉瓦で四角く切り抜き、その奥に灰や燃焼用の薪が組まれている。しかしゲームだ。燃料に着火し酸素を燃やすなどという化学反応は存在しない。

 ただそこに火のエフェクトがあるだけだ。

「俺がやりたいのは『暖炉を見る』んじゃなくて『焚き火を囲んでものを焼く』ってことだよ。肉焼き用のグリルあるだろ?」

「あれこそただのアイテムオブジェクトだろう」

「まだ確かめてないんだから分かんないだろ?」

 榎本が珍しくこだわっている。ガルドは少し疑問に思うが、そこにジャスティンが意味を見いだした。

「なるほど、前に言っていた鍋も出来るからな!」

「……そういうことか」

 なるほど、ガルドも榎本の顔を見てみる。料理のことをすっかり忘れていたガルドは感心したのだが、彼は気恥ずかしそうに眉を下げて笑っていた。

 ジャスティンが言う鍋の話題とは、ガルドが居ない時にこっそり榎本が話したものだった。リアルでそれをとても気に入っていたガルドのために、彼女に内緒で榎本が企画していた「サプライズ鍋パーティー ~お前は芋煮というものを知っているか~」である。

 サプライズのつもりだったのだ。榎本は笑ってごまかしつつ、ジャスティンに<ガルドには言うなっていっただろ!>と一本メッセージを送った。

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