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21 気付かなかった二人

 榎本は、周りの想像以上にショックを受けていた。

 ずっと男の相棒として、自身の背中を預けてきた相手だ。正直リアルを見るのが楽しみだった。自分と同年代か、自分よりちょっと年上だろうか。いつもの鎧姿以外が想像できなかったが、だからこそ服装が気になっていた。

 予想通りにシンプルで、予想に反して流行に乗っている。榎本はさらに、そばに座った際の香りにも衝撃を受けていた。あのガルドからせっけんの清楚な香りがするのだ。ゲーム中でガルドが設定している香水アイテムは野生的で、その印象が強すぎたためにギャップで榎本はショックが大きかった。

 驚くべき違いだ。なぜあんなおっさんアバターにしたのか、と榎本はリアルのガルドをこっそりガン見する。

 庇護欲をそそる細い肩に、凛とした顔立ちをしている。目鼻立ちははっきりしていてハーフモデルのようだ。下手なアイドルより美しく、まだまだ磨けば光りそうなポテンシャルも感じさせる。

 肩も太く、無精髭を生やし、もみあげもそこそこ毛深いあんなアバターでなくても、今のままの姿を真似たアバターで立派なキャラになれるだろう。そこだけが不思議だった。

 しかし、と榎本はアバターのガルドを思い出す。そんなキャラでプレイしていたら、ここまで自分達に溶け込んでチームプレイ出来ていただろうか。榎本は無意識の差別意識に気付き、また顔を赤くした。

 しかし「性別・年齢詐称」について、榎本は何ら怒っていなかった。

 オンライン上ではゲームに限らず、性別を偽って人と接するなどよくある話だ。年齢に関してはさらに顕著で、そこに違和感を感じていてはネットを楽しむなど不可能に近い。

 フルダイブ機能で自在に加工できるリアルが手に入った今、容姿や年齢といった視覚的情報から「性格・知識」のような人間性へと価値基準がシフトしている。価値観まで古臭いオヤジのようなみずきに比べ、新しい考え方を積極的に取り入れてきていた榎本の方がそこは理解があった。

「ガルド」

「ん?」

「……お前、本当に今までバレたことないのかよ」

「無い」

 ガルドの潔い返事を聞き、榎本は複雑な気持ちになった。

 中身を知っていたような様子のメロや、リアクションの薄いマグナは見抜けたのだろう。ガルドが「そう」であることを、何となくだったのかもしれないが察していたのだ。本人がすっぱり「バレてない」と言い切った点から見て、喋ったのでもなく匂わせたのでもなく、普段のガルドを見て二人は気付いたということだ。

 事実を見抜けなかった自分が恥ずかしい。このメンツで一番ガルドと時間を共有していたというのに、なんてザマだろう。カミングアウトそのものよりも、そちらのショックの方が榎本には大きかった。



 一方、驚きのあまり夜叉彦は冷や汗をかいていた。それこそ「フロキリ」のような、万年雪国のような底冷えする寒さを感じる。妻の尻に敷かれている彼はメンバーで一番フェミニストだ。よって、女性であるガルドを目の前にして、どう接すればいいのかすっかり分からなくなってしまった。

 ギルドに入ってからは、先輩であるガルドに対してかなり甘えていた。喧嘩じみたこともしてきた。下世話な話も上がった。ガルドもいつも通り会話に参加しており、内容が分かっていない様子ではなかった。

 しかしガルドが女性だと知った今、ガルドにどう話しかけて良いのか夜叉彦に迷いが生まれ始めている。

 女性は立てなければならない。女性のために尽くさなければならない。女性に頼ってはいけない。

 苦しいまでのその男としての義務感が、ガルドを女性だと思え、と夜叉彦の口をがんじがらめにしてくる。皆がワイワイしている中、一歩後ろで一声も発せず内心焦っていた。

 まずなんて呼べばいいのだろうか。年下の女の子は「ちゃん」づけで呼ぶのが夜叉彦の対人スキルだが、ガルドちゃんと呼ぶわけにはいかなかった。流石に気持ち悪い、そしてそう思うことすら申し訳ない。夜叉彦はとうとう、ガルドの名前すら呼べなくなってしまった。

 様子がおかしい夜叉彦にガルドが声をかける。

「夜叉彦」

「うん!? えっと、ガルド、さん?」

「た、他人行儀ぃー! もっとフランクに行こうよ!」

 メロが慌てて夜叉彦とガルドとの間に入ってきた。そこにガルドが面と向かってしっかり話し出す。

「今まで黙ってて、すまない」

「あ、大丈夫だよ。そんな全然気にしてないし……それより、こっちこそごめんね?」

「ん?」

「しばらく俺、ぎこちないかもしれない。ガルドはガルドだってのは、頭では分かってるんだ。ただほら、その、女の子には優しくしなきゃ……って、今までひどいこと言ったりしてたか! ごめんよ? 下ネタとか飛び交ってたよね、辛かったでしょ?」

 出てきた言葉は、普段の夜叉彦が女性ユーザーに使う声色だった。

「あ、そうなるのか」

 メロが笑った。ガルドも合点がいった様子で笑って頷く。

「ん、向こう(ゲーム内)で戻るならいい」

「うーん、完全に鈴音(すずね)と話してる感じになってるね」

「え? あはは、気をつけるよ……」

「ゆっくりでいい」

 ガルドの優しい言葉に、夜叉彦は顔をほころばせた。

解説の入っていない鈴音なるキーワードが登場していますが、この少し後に再登場します。とりあえず「ゲーム内の用語」と思っていて頂けるとスムーズです。

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