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209 ツノ付きの男、その名はギャン

 東京。

 有楽町の裏道の先。古びたビルの、煤けた年代物のオフィス。

 事件の捜査と情報の操作を委託されている電子警備(サイバーセキュア)会社のサイバーテロ対策部門が詰めているオフィスだ。新卒後すぐ採用されて以来、技術屋・三橋の本城で、しかしここまで汗臭くなるほど帰れない日が続くのは初めてだった。

 連休だが電力全開で機械郡がフル稼働している。冷房が強くかけられ、しかし機器の排出する熱を抑えきれていない。じんわりと汗が浮き出てくるがタオルが要らない程度の暑さだった。

布袋(ほてい)女史のビーコン位置コード、周期解読どうっすかっ!?」

 ここ一週間、こうして悲鳴のような進捗確認を繰り返している三橋の声に、ひょうきんな声が返事をした。

(かんば)しくねぇなぁ。なにしろ信号発信も不定期。欲しいタイミングで無音ってのはぁ、チィッ、イラつくよなぁ〜。それを受信するアンテナも四本あったっつぅのに〜何、故、か、一本しか反応がないとくりゃあ、こりゃダメだぁ~」

「十中八九、敵の仕業ですって」

「その原因究明はダミーを経由して表側で探っているが、速効性はねぇからぁ。放っとけぇ……おい! 三橋ぃ!」

「はい!」

 癖のある言い回しの男は、三橋の指揮下に入った先輩の技術屋だ。身分で言うと出向社員になり、出向元は布袋(ぷっとん)が所属する組織の技術部署である。

 三橋は思う。自分より彼の方が指揮能力が高い。自分でなくていいだろう。なぜ自分ごときがこのポジションにいるのだろう。この自問自答は六日前から続いている。

 そんな三橋の想像もしない台詞を、先輩の技術屋が言った。

「おめぇ、俺をもっとコキ使えやぁー」

「え? ギャンさん忙しく頑張ってくれてるじゃないっすか」

「……ほら、もっと面倒でみんなやりたくない作業だよ」

「え? えっと?」

「かぁ~、察しの悪ぃやっちゃな! ほれ、空港の音! お・と!」

 投げやりに男はそう吐き捨てた。丸メガネに、脱色(ブリーチ)の極みに到達したかのような真っ白の、ひどく痛んだボサボサ頭をポニーテールにした男だ。こめかみの辺りにプチペットボトル程の大きさをした黒い機械をくっつけている。皮膚に直接埋め込まれているのだ。

 そこから左右各二本、合計四本延びるコードがそれぞれ別の端末についていた。絡まらないようにだろう、一般的なデータ用有線よりも太い。

 体に簡易PCに匹敵する通信機器を二十四時間装着するという、世界でもよっぽど技術ギークでなければ試さないウェアラブル端末だ。衣服(ウェア)ではなく体組織(ボディ)と呼ぶべきだろうか。

 脳波感受型コントローラに着けて使うものだが、着け外しには手術が必要だ。皮膚の奥にまで端末は食い込み、メンテナンスに通院までしなければならない。

 そんな人間離れした装備を持つ彼は、くたくたのクッションを二枚敷いた高級ゲーミングチェアに座ったままアグラをかいている。

「でもそっちは急ぎじゃないですから……」

「おめぇずっと気にしてんだろぉ? 布袋(ほてい)ちゃんの方は放っといたってボスがすっから。ほれ、命令くれやァ」

「うう、そんな独断でいいんですか? 布袋女史のビーコン位置割り出しはボスからの指示で……」

 躊躇する三橋の声を遮るように、角の生えた男は膝を一度強く叩いた。

「わぁった! 俺はこれから独断で音声解析する! 三橋、テメェそれを見て見ぬふりしろ! いいかァっ?」

 丸メガネを意味深に光らせながら男がそう断言する。そう言われると三橋も引き返せない。

「ギャンさん!? いえ、そうは行きませんよ! だって音のこと、いい打開策になるって確信があったからこそ続けてたんですよっ!?」

「おーおー自信もてよ三橋ぃ、その調子でバァシバシ無茶な指示飛ばせ? なぁお前ら!」

 ギャンと呼ばれた男は勢い良く他のデスクを見た。薄暗いオフィスで最新鋭電子機器の山に囲まれたボロボロの技術男達が「お、おお~……」とゾンビのようなシャガレ声を出す。士気が低いように見えるが、彼らのテンションはいつもこんなものだった。

 三橋は若干涙腺に来るものを感じた。そして、海の向こうの先輩・佐野を思う。仲間が一致団結しているのを感じ、その先に先輩が立っているのだと三橋は目を細める。

 ギャンは続けた。

「ボスから指揮権もらったんだから、お前が望む調査ってのをやったらどうだァ。失敗した後の責任とか、ボスの指揮の下だとか、そーいうン関係なく、な〜」

 三橋はその一点で気をこまねいていた。

 分かってるぞとでも言いたげな笑みを浮かべたギャンに、三橋は感激から一転、真面目な顔をして考察を始める。

「自分は……先の先で生きてくる情報がそこにあると信じてます。映像で判明した情報には、不明な点がまだまだいっぱいある。黒ネンドがどこからやって来て、どうやって通信しているのか。潜水艇で救出された人と逃げ出せた人の差がなんなのか。ターゲット六名は何故『UAV』に乗せられ、他の被害者が飛行機だったのか……」

「いいねぇいいねぇ、煮詰まってるね~」

「音の解析でその全てがわかるわけじゃないとは、理解してるつもりっす。でもきっかけにはなるはずなので、なので……あの、頼んでもいいですか?」

 まだ言い淀む三橋にギャンは下手なウインクをして見せた。目元のシワがくしゃりと歪む。不細工だなぁ、と三橋は笑わないよう必死に口を固く閉じた。

「お前の推理、信じるぜぇ~? 俺たちは音の海から一滴残らず敵の声だけ吸いだしてやるから……オメェはボスに怒られないよう偽装工作してくれやァ。命令遂行に邪魔だからな~? 部下の仕事の邪魔になるものは取り除かねぇとな~?」

「はー!? アンタっ、それが狙いかよ!」

 くぐもった笑いをあげながら、ギャンはアグラを解いて足を下につけた。足を思いきり蹴って少し離れたデスクにローラー移動する。ウェアラブル角から生えたコードが、びよんびよんと波打って揺れた。

「敵のケツ追っかけるだけじゃダメだぜ。こっちから先回りしないとなァ」

「っは、ははは! アンタやっぱりビーコンの調査飽きたんじゃねーか!」

 口汚い言葉で年上の技術屋を罵りながら、三橋は腹の底から笑った。

 ボスを信じる。佐野のために尽くす。それでも心残りがあった。もしかしたら浅はかかもしれない。ぬるい推理で、全く何も出ないかもしれない。

 それでも、と否定する。自分の考えた推理、自分が抱いた方法論は、必ず仲間と同じゴールに続いている。そう覚悟を決めて、三橋は唾をひとつ飲み込んだ。

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