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208 ジャーナリズム・ママ

 一方、日本。海の香りがほんのりとする程度の、丘寄りに位置する港町の一角。

 横浜の馬車道。

 みなとみらいより内陸側に位置する、煉瓦仕立ての建物が並ぶエリアだ。明治の文明開化の色が程よく残りつつも、近代的な新しさがある。観光客向けかと思えばビジネス街の顔も持っている、大人中心のオフィスとバーの町だ。街を行く観光客は平和なゴールデンウィークを満喫している。事件も特に報道されず、高速道路の混雑状況がテレビをさらりと走る程度だった。

 麗らかな大型連休と市民は誰もがそう思う毎日。

 その一角に、蛍光灯の白い色が煌々と光る真面目な一室がある。お堅い雰囲気で、スーツ姿のみならずラフな私服姿のスタッフまで声を張り上げながら忙しく駆け回っている。

 様相がごたまぜになっているのは、雑誌編集と書籍出版のチームの線引きが曖昧なせいだ。デザインも取材も自前でこなすこの小さな会社は業績上々、その割に人員が少ない為、とにかく皆忙しそうにしていた。

「『ハマうぃーくりー』にそのネタは厳しいなぁ」

「存じております」

「うん、だけど……」

 デスクが島になっているフロアの、窓際にある一際大きなデスクに座る男が言い含める。派手な赤のジャケットが目立つが、顔は塩系でインパクトはゼロだ。座る彼を見下ろす女は、少々キツめだが鼻立ちのしっかりした美人で、手にはタブレットを持っている。説明に使用した文章がびっしりと表示されていた。

「調査は佐野さんがリーダーで続けていいよ。大手も知らないデッカい特ダネだ! 出し方は工夫すればどうにでもなるよ」

「ありがとうございます」

「人手は厳しいかなぁ。状況が切羽詰まったら言って? フレッシャー(新人)中心に回すから。しっかし……まさかそんな事件があって、ネットにも出ないなんて」

「私たちは公の事件情報を流すに過ぎませんでしたから。騒音問題くらいですもの、足で稼いだものは」

 彼らはマスコミの一員として情報を売り買いする仕事をしている。無料で拡散されているような内容を寄せ集めて金銭とし、その伝達方法に関してはプロとして熟知しているつもりであった。だからこそ今回のネタが希少価値のある特異なものだと理解できる。

「でも理由とかもわからないんだよね?」

「ええ」

「会見は無いのかな?」

「現地であるロシアが公にすれば、とのことでした」

 被害者の娘を持つ佐野弓子は、呆れを笑みに滲ませながら上司に告げた。


 先日捜査本部を訪問した時のことを思い返す。

 捜査員の数は想像以上に少なく、小学校の教室程度の広さにこれまた小学校の子ども達程度の人数を詰めたに過ぎない。PCなどの機材は酷く少なく、しかし椅子の数だけは一丁前だった。

 案内されながら、弓子は鼻で笑ってしまいそうだった。

「空港で誘拐され、空から船に下ろされ、現在それを特別チームで追跡中だそうです。ただ現状『数名が空港で飛行機に乗らずに行方不明』で済んでしまっていて……一ヶ月ほど行方不明が続けばマスコミにも出すらしいです」

 もちろんそう話す弓子には「隠そうとしている誰かの書いたシナリオ」だと分かっている。被害者の親として腸が煮えくり返るのを必死に我慢したところだった。

 しかし普通の親ならその情報量で納得しただろう。夫の情報ルートがなければ、弓子自身もそれ以上詮索していなかったはずだ。今のように上司へ話をすることもなく、拉致被害者家族として悲しみに浸って終わっていただろう。

「目的も方法もちゃんとした情報が無いなんて、女性週刊紙でも食い付かないよ~」

 確かにそうだ、と弓子は頷いた。

 誘拐方法に「脳波感受型コントローラ経由で意識喪失の人間をリモートコントロールする」という突拍子もない技術が使われていることを知れば、犯人よりフルダイブ型VRの開発そのものにバッシングを向けるところだっただろう。

 弓子はそのことを上司には説明しなかった。

 世論のことも、フルダイブ技術のネガティブキャンペーンをしたくなる気持ちも痛いほど理解できる。だからこそ、それが警察の思惑なのではないかと勘ぐっているのだ。

要因(脳波コン)を嫌うことで、被害者の母数そのものが減る……今回の手法はそれを自然に誘発するチャンスになる……」

「ん?」

「いえ、なんでもありません……今日は『週はま』七月号特集記事の取材に行きますので」

「ああ、いってらっしゃい。娘さんのこと気の毒だが、ごめんなぁ、誌面七割出来たら休んでいいから」

 上司の気遣いに見せかけた牽制に、対外の顔でにっこり口角を上げてからきびすを返した。弓子はオフィスをはや歩きで、ヒールを鳴らしながら闊歩する。七割など到底先の話だ。この上司は休ませる気などサラサラ無い。

 しかし仕事は楽しい。幼い頃から夢だったマスコミ関係だ。こうして忙しく駆け回るのが天職だという自負がある。

 だが今は、それすら蹴落とすほど大事な使命がある。

 弓子は愛する娘の顔を思い浮かべながら、しっかり前を見据えてデスクに戻った。

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