206 さてこれからどうしようか
ぷっとんをはじめとした被害仲間がどこにいるのか。
自分達の肉体は安全が保証されているのか。
そもそも食事・睡眠・排泄など人間に必要なものはいったいどうなっているのか。
不思議に思うことは山ほどあったが、今はそれよりもすべきことがある。ガルドは、大騒ぎするオヤジ達を眺めながらソファでまったりとくつろいでいた。手にはジンジャーエールとつまみで出したプラムが握られている。
「ギルドホーム編集の権限ロックだが、ランダムにパスコードが生成されるよう組んである。その周期は俺のPCで把握している。言っている意味がわかるか?」
「毎度毎度小難しく言うなよ、つまり模様替えするのにPCでコード吸わなきゃならないってことだろ?」
「マグナのPC? どこにあるのさ」
「自宅だ」
「まじかよどうすんだよ!」
「直せないの? せめて小部屋つくるとかさぁ」
「家具アイテムの配置などは全てパスが必要だ」
「自力で出来んのか?」
「やってみろ」
「ふぐぐぐぬぬぬ……」
「動くわけないだろう。そういうものなんだから」
「けっ! 知るかよ、雑魚寝でいいだろ!」
「榎本のデリカシーの無さ、どうにかなんない?」
「アゴ下からアッパーで治るだろう」
「よーし!」
「待てよ、俺こいつと長いこと暮らしてたんだぞ! 麻痺するに決まってんだろ!」
「だからって雑魚寝はないよねぇー!」
「寝室とリビングの違いはでかいだろうな。天井から床までぴったり密閉された壁、施錠可能な扉……」
「だってガルドだぞ!」
そう榎本が指を指してくるのを、ガルドはプラムにかじりつきながら眺めていた。仲間たちの気持ちはありがたいが雑魚寝でも構わない、カーテンも特段必要ないというのがガルドの考えだった。
この状況下でその言葉をこぼしても火に油を注ぐだけだろう。冷静に事の流れを見極めるつもりでいた。
「別の建物とかはどうだ?」
「ああ、青椿亭とか? 夜だけ……」
「それこそ危険だろ。モンスター戦もまだ試してないってのに」
「確かに」
「じゃあ闘技場はどうだ!」
「入れなくはないけど、あそこは時間制限あったよね」
「……離れすぎてなくて、プライバシーが保てて、なおかつ長時間安定して睡眠がとれる場所、が条件だな」
「……テントとかどうかなぁ」
夜叉彦が思わぬ用語を取り出したため、全員がそちらを振り向き一瞬静寂のまま時が止まった。
「部屋ん中でテント!?」
アクティビティが趣味の榎本が目を丸くしてジョッキをテーブルへと置いた。
「屋外オートキャンプならしたことあるぜ。車のそばに仲間達とたてる大型のやつ。だけどよ、個人で一つなんて予想外だな! しかも屋根の下!」
「なんかの雑誌で見たんだよな~。子どもが喜ぶらしくてさ、ランチバスケットも作ってランタンつけて、ガーランドとかも飾っちゃうんだよ」
「婦人雑誌だな?」
「別にいいだろ、嫁の読んだって」
「おしゃれだしワクワクする! いいねいいね、ウチ、三角屋根のこーいうやつね」
メロが手で円錐型のジェスチャをしながらそう熱く語り、他のメンバーに視線を投げた。
「押入れの中に秘密基地を作るような感覚だな! よし、俺は高いところがいい!」
「高いところ……ツリーハウスか!」
「いいね、ジャス好きそう」
「だろう!」
そうきょろきょろとギルドホームのエントランスを見渡すと、「あそこを予約だっ」と言ってシャンデリアを指差した。
「あんなところにどうやって設置するんだ……」
あんぐりと口を開けて上を見るマグナに、ジャスティンは「ハンモックの要領で、なんとか括り付けてだな……」と説明し始めた。
現実問題でそれが可能かはこれから考えることになる。とにかく今は個室の作成が仲間達五人の急務だった。
ガルドはその様子を、驚きながら見ていた。
自分だけ特別扱いされるのは申し訳ない。何かアイディアが出たとしても却下するつもりで、ガルドは悠長に聞き手に回り座っていたのだ。雑魚寝でいい、女だということを忘れてくれ、と説得するつもりだった。
しかし話の流れが大きく転換し、メロがガルドより先に自室を希望した頃からその命題は失われた。
ガルドがリアルで女だから個室を設けるのではない状況に、さすがロンド・ベルベットだと顔を緩ませる。そしてガルドは自分のテントを想像した。
小さな憧れを声にする。
「天蓋がいい」
「豪華なベッドみたいなやつ?」
「ソファで代用して、柱をたてる」
「おーゴージャス! リアルじゃ無理なことをやってこそのVRだよね」
「ああ」
夜叉彦が頷いて「いいね!」と肯定してくれた。天蓋ベッドは円形のものから蚊帳が出ているタイプと、ベッド専用の柱と屋根からカーテンが垂れている四角いタイプとがある。ガルドが想像したのは後者のタイプだった。
「天蓋って……なんだ?」
「おお、ヨーロッパの貴族みたいなベッドのことか!」
「映画とかで見るあれか?」
「王妃様が病に臥せて顔が見えなくてメイドには顔色も病状もわからないシーンの、あれだろう?」
「なんだよ、その例え」
「映画だ。息絶える瞬間の手の動きにズームするんだ。呼吸の荒い様子が天蓋越しのシルエットで見えるカットでな、それが急に止まり手だけパタッと……」
「緊迫の場面だな」
ガルドと夜叉彦の話を聞いた仲間達が反応する。天蓋という言葉に耳馴染みがない様子の榎本も、マグナのストーリー性がある例えにイメージがついたようだった。
「どうやって作るかだが、布などというアイテムは存在しないぞ。どうする」
「とりあえず、装備ボックスからそれっぽいの出してみる? マントとか」
「とりあえずは」
「布代わりの素材確保は落ち着いたら着手、かな」
「賛成」
「衣・食・住の住はこれでよし。衣もこうして装備着れてオッケーだし。あとは……」
「食い物だな」
「いっぱいある」
ガルドはそう言いながらプラムの最後を噛み砕いた。種ごとでも難なく砕くアゴは、アバターの中でもかなり気に入っている部位だ。
「ああ、いっぱいある」
「アイテムボックスに何個あった?」
「同一アイテムの複数持ちの個数をカウントしない状態で、俺だけで四千」
「俺もそんなもんだったぞ! 酒は除いてな? 含めたら万いくなぁ!」
「つーことは、食いもんだけで四千種類程度あるってことか」
「それが多いやつで九十九個もあるってことかよ」
「心配しなくてもよさそうだな……ドロップアイテムもある。AIがいない今、調理することは不可能だが」
フロキリにはお料理スキルなどという都合の良いシステムは実装されていない。全ての料理は、窓口となるAIが素材と金から変換して作り出す。
「とりあえず果物でいいさ」
「焼き肉と焼き魚は出来るし、酒はいっぱいあるし、野菜もあるし!」
「生野菜もいいよな。つまみに」
「パプリカとかうまい」
「アーティチョークとか、フロキリっぽい外国野菜もいっぱいあるよ。生で食べられるかわかんないけど」
「腹壊すシステムはないから大丈夫だろ」
「……そういやさぁ。ジャンクフードならイベントエリアのコラボ島行けば食えるんじゃないかな?」
「だから調理しないと食えないって……」
「いやだから、あれって全部ドロップで調理済みのがアイテムとして落ちるからさ」
「ま、まじかよ!」
夜叉彦が言うエリアでは、コラボした実在企業の商品が再現されドロップアイテム扱いで入手できる。専用モンスターがデザインされ、そのレベルに合わせて商品も高額なものへと変化していく。
ガルド達の時代ではメジャーとなっている一種の広告方法であった。
「おおっ! あれって過去のコラボ全部行けるよね! うわぁ目もくれなかったけど今じゃすっごい便利じゃん!」
「ぼんち揚げ」
「フェアトレードチョコレート祭もあったなぁ……」
「カップヌードル」
「『ハムの人』降臨イベ、バカにしてごめん……助かるぅ……ソーセージもハムもベーコンも焼き立てで落ちてくるんでしょ? スゴぉい」
「神だな」
「リアルで買えるような安いのばっかりで無視してたのお前らだろー!? 再現率も低いからって……手のひら返してまったくもー! 俺いくつか持ってるよ!」
夜叉彦だけが、こうした広告宣伝イベントに積極的に参戦していた経緯がある。
「夜叉彦、さすがだ!」
「よっ、メシマズ嫁!」
「俺の嫁さんはエキゾチック料理専門なの!」
和洋中が苦手な嫁を持つ夜叉彦の食卓は、潤沢なハーブとスパイスが主役だった。
「恵んで!」
「今日はそいつでディナーだ!」
「とりあえず食べ物も平気そうだな。よし次、未解決のパンツ問題についてだが」
「……どうする?」
「……ウウム、とりあえず羊装備に全員着替えるとかどうだ」
「そりゃ素っ裸に毛布巻くようなもんだろが」
仲間達はひたすら、小さなことから大きなことまで様々なことを語り合った。




