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200 裸ん坊たちの買い物

 空気はチラチラと輝いている。

 どうやら雪が降っているようだったが、寒さの分からない今ではその光と白でしか雪だと認識することができない。しかしそれはガルド達フロキリプレイヤーにとってはいつも通りであり、それがかえって「見知った雪」として彼らの心を慰めた。

「やっと人らしい感じになったね~」

「……おい」

「爪も皮膚と同時だな、やはり同じ扱いなんだろう。どこかのスレッドで議論になっていたが……」

「おい」

「髪の毛とヒゲはまだかっ! やはり居心地が悪いぞ!」

「おい! 聞こえてんだろ!」

 仲間達が白々しい会話を続けるのを、榎本は必死に食い止めた。怒っているというよりは恥ずかしさからくる逆ギレのようなものであり、それは榎本の照れた折りの特徴であった。

「気にするな」

「あーほらガルドに気を使わせちゃってんじゃんよ」

「だれもツッコまないからだろ! つーか……」

 そう言う榎本は、現れ始めた皮膚のシルエットから足の付け根を両手で隠す姿だと分かる。

「お前らも隠せよ!」

「そんなにリアルじゃないだろ」

「ガルドに気遣って隠すとかないのかよ!」

 そう言いながら、まだ顔のない角張ったフォルムの榎本がガルドを向く。まるでパズルブロックの集合体のようだ。夜叉彦の言う通りリアルではないが、装備品が無い状態の彼らは裸だ。

 榎本は、向いた方角の相棒ですら隠していないことにがっくりとうなだれた。

 不敵に腕を組んでずんと佇む大男は、リアルでの性別を考えると不自然なほど落ち着いている。

「ガルドは平気そうだな」

「ああ」

「逆に何でだよ!」

「仮想のアバターだ。それに、今の自分にも同じものが付いた。見てもそれほど……」

「ぎゃああ! やめろ、触るんじゃない!」

「興味深いな」

「何がだよ!」

「なにってそれは……」

「やめろ言うな、言うなよ、絶対言うんじゃない!」

「あはは、いいねーガルド。馴染んでるね」

「フッ、そうだな。もっとこう、悲鳴を上げるとか顔を赤くするなど反応するなら考えるぞ。こちらも隠すし、気を使う。しかしこうも変わらないと……俺たちが騒ぐ方が変態みたいだろう?」

「いやせめて隠そうぜ? なぁ?」

 榎本はギルド随一のフェミニスト夜叉彦に目を向ける。顔は輪郭に過ぎない。目も口も凹凸(おうとつ)すらない、まるでのっぺらぼうのようだった。

「うーん、俺も最初はどうしようかと思ったけど、アバターに棒がついただけだから。ま、いいんじゃない? あ、ジャス! ほら口元!」

「おおお、ざらざらしてきたなぁ! ヒゲだ!」

「皮膚、毛髪、次は顔か? ヒゲより先に目玉だろうに」

「その前にパンツを寄越せよなぁ!?」

 榎本が嘆きながら空を見上げた。

「目がないのに見えるというのも、矛盾していて面白い」

「……ガルド、お前……」

 ガルドがマイペースな感想を言う様子を見て、榎本は気遣うことを諦めた。


 このまま装備品無し・武器装備無しの状態では危険だ。初期エリアとはいえモンスターの出る場所である。HPなどが装備依存の、レベルという制度が無いフロキリそのままのゲームシステムだとすれば、裸というのは非常にリスキーだった。

 とにかく非戦闘地域ノンエンカウントエリア、街まで進む。

 ひとしきり体について騒いだ後にそう結論付けた彼ら六名は、それらしく陣形を整えて中央エリアに移動していた。とにかく安全を確保すべきで、現状把握はその後でも遅くない。

 前列に盾のジャスティンとアタッカー二人、後列に遠距離二人と中距離の夜叉彦が並ぶ。

 危険とは言ったが警戒は薄く、歩みはまるでオフィスからランチに出掛けるサラリーマンの集団のようだった。だらだらと、喋りながらのんびり進む。

「閉じ込められてるけどさぁ、そういや休憩アラートってどうなってるんだろ」

「あ? そんなの無視だろ。いやログアウトできるなら歓迎だけどよ」

「だってあれ強制じゃん」

「水分補給もトイレ休憩も、強制っつったって……」

「食事もそうだがどうしようもないな。そもそも何時間意識を失ったのか分からんが、にしては快適すぎる」

「そうだな」

「三食おやつ付きの生活してた身としてはぁ、ちょーっと不安。餓死しないかなぁ」

「メロの新陳代謝、異常だよな」

「肉体労働なの! 農家だからー!」

「確かにタンパク質とかバランス考えて食ってた俺としても、筋肉が死なないか不安だぜ」

「筋肉に生死……」

「筋トレとタンパク質無いと死ぬんだぞこいつら!」

「ベンベン叩くその上腕二頭筋も、残念ながら電子データに過ぎないぞ? 生身は痩せ細るだろうな……」

「マグナ、お前だってやだろ? あれ以上ガリガリになったら」

「う、ま、まぁな」

「確かに」

「あー、ガルドも細身だったもんねぇ。二人とも普段からもっとお肉食べ……食事……ローストビーフはあるよね!? バーベキューみたいなのとか。でもすき焼きは無い……」

 メロがそう呟いた途端、突然表情を曇らせた。

 全員がその理由を共有する。

「こ、この世界がフロキリをパクったものだとすれば……無い料理があるな」

「寿司食べたいっ!」

「ラーメン……」

「無いぞっ! コラボ商品のカップ麺だけだ!」

「み、味噌汁は見たことある!?」

「無い」

「あぎゃあ! 俺、味噌汁のない生活は考えられないんだけど!」

「つーかまず白米がインディカ米って時点でダメだろ」

 榎本のその一言が、全員を悲劇の顔に変えた。

「こ、米ぇー!」

「お、おこめ……」

「チャーハンは? チャーハンも無い? ピラフは?」

「チャーハンはあるな。青椿亭じゃなくて、もっと南のチャイニーズレストラン」

「よかったー……いやよくない、やっぱ白米とは違う! お茶碗の白米!」

 そう口々に叫びながら雪野原を進んだが、言葉とは裏腹にどこか楽しげでもあった。


 顔は徐々に形作られ、ほぼ見知ったものになっている。シワのディティールが甘いものの、彼らはまばたきをして口で会話できるほど人間らしくなってきていた。声もボイスチェンジャーによる電子声音に変わっている。

 体は確実に、フロキリでのアバター姿となりつつある。それは街も同じだった。

「知っている町並みだな」

「ああ」

「そっくりそのまま持ってきたってか。パクリにしてはタチが悪いぜ」

 彼らはほどほどの距離を歩き、氷結晶城の麓にまでたどり着いていた。巨大に見えるそれは実際にはまだ少し遠く、目の前に広がる町並みをある程度時間をかけてまた歩かねばならない。

「さて、目を皿にして歩くぞ。変化があるはずだ。無ければ無いで、それも発見だからな」

「はいはい!」

「なんだね、夜叉彦君」

「とりあえず服が欲しいとは思わない?」

「……一番近い装備販売の店に急ぐとしよう」

 ゆっくり歩こうとしていたマグナを論破した夜叉彦はにんまりと笑う。寒さはないが、心が暖かい格好を求めていた。

「その道まっすぐ行ったところに、初心者向けの武器と装備混合のショップがあったはずだぞ。四年前に行ったっきりだがな!」

 ジャスティンが指を指した方角には、確かに店が立ち並ぶ街道が続いていた。

「店で装備買うなんて、もう何年もしてない気がする」

「同感」

 木材と煉瓦、石で作られた風合いの町並みが奥までずっと続く。エリアごとに雰囲気が違うのだが、この場所はどことなく昔のロンドンに見える。色合いは彩度の低いモノトーンぎみの、細やかな装飾もシックで上品なデザインだ。

 扇状の模様を描きながら敷き詰められている石畳の地面を、ムードをぶち壊す男の集団が裸足で闊歩する。ぺたぺたという足音が六人分聞こえ、ガルドは湯上りの更衣室を思い出した。

 軒先に看板が見えてきた。ゲーム当時と変化はない。NPCの気配もない町でがらんどうだが、明かりはついていた。

「……店員居ないと服なんて買えなくない?」

「つーかそもそも金ねーよ。腰の巾着(アイテムボックス)無いだろ? どっから金出せばいいんだ」

「あっそっか……えー? どうする?」

 ベルの鳴るドアを押し入る一行は、そこでようやく買い物ができる状況ではないことに気付く。踊るような鈴の音色がむなしく店内に響いた。

「……よ、洋服くださーい」

 恐る恐る夜叉彦がカウンターの向こうに声をかけてみるが、返事はない。悲しそうな顔をして立ち尽くす全裸の侍を放置し、仲間達はうろうろと物色を始めていた。

「ウム、まさに初心者向けだな!」

「思った以上にビギナー」

 ガルドとジャスティンが眺める鎧は、ゲーム開始直後に着込んでいた思い出の一着だった。黄みがかった茶色の革鎧とグリーンのベレー帽が特徴的で、全身一揃えにするとアイテム再使用への制限時間が短くなる効果があった。

「ボマーとかは中級者でもこの装備使ってたりしてたよねー。遠距離だから防御性能より効果発動優先で、とにかくリキャスト早めるためだけの装備。一極だから死にやすいけど」

「懐かしいな、最近じゃ見なくなったもんだ」

「新規が居ないからだろう」

「ボマーのテンプレ装備が増える前とか、ビギナーが多かった三年前までは見たな!」

「あと一昨年の夜叉彦」

 そう言ってガルドは彼を見た。今や驚くほど上位ギルドに馴染んでいる夜叉彦も、ついこの間まではこれを着て初心者向けの平原をうろついていたものだ。

「着てたな~。うん、懐かしいしコレでいいや。展示アイテムだけど着れるだろ」

 店員がそもそも存在しないことを察した彼は、壁に掛けられたその素朴なイエローオーカーで染め上げた鎧を背伸びで外した。

 ガルドは様子を見ながら想像し、一瞬躊躇した。そもそも裸でいることの方が状況として間違っていることを自分に言い聞かせたが、どうしても嫌悪感がぬぐえない。素肌に金属が触れ続けるというのは、想像しただけでベトつく上に固い。最悪だ。

 自分もああやって裸に鎧をつけるのだと思うと、閉じ込めた犯人を追跡killしたくなるほど憎んだ。せめて下着ぐらい転送して欲しい、と歯痒く思う。

「……どうやって着るの?」

 夜叉彦が首を傾げる。ガルドも試しに一着、鎧を手に取ってみた。

 初心者のアタッカーが好んで着ていた「物理攻撃初撃のみ20%上乗せ」効果のある赤鱗の鎧だ。胸の部分が詰め襟のように詰まっており、高校の学ランを思わせる。

「普通にリアルの洋服みたいに着れないもんかね」

「ボタンやチャックなど無いぞ」

「……ほんとだ。なんだろ、リカちゃん人形専用の服をさらに固くしたみたいな感じだね」

「例えがわかりづらいな」

 ボタンのあるあたりをひっぱったり揉んだりしたが、結果は変わらなかった。服としての機構はない。このままではただのオブジェに過ぎない。

「……裸のアバターにすらついてる腰巾着が無いなど、もうどうしようもないだろうがっ!」

 ジャスティンがそう叫びながら魔法使い用の帽子を思いきり引っ張った。手持ち無沙汰で持っていたそれはゴムのようによく伸び、限界を迎える。

 薄いガラスが割れるような音をあげながら、帽子は氷の欠片になり砕け散った。 

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