20 笑う相棒・怒る相棒
「ほら、みんな集まったからもう一回乾杯! マグナぁ? 夜叉彦ー?」
メロが収集をかけた。レースのリプレイをTV画面で見ていた二人は、呼ばれて近付いてくる。それにつれ、マグナは目を見張り、夜叉彦はよくわかっていないような表情をした。
「……まさか」
「その子は? ジャスのとこの子供?」
「だったらいいんだがな!」
ジャスティンがそう言って豪快に笑った。
「グラス持った? 榎本、それ取って」
「おう。けどよ、ガルドがまだじゃねぇか。乾杯早いだろ?」
榎本の疑問の声を聞き、みずきはびくりと肩を震わせた。そして気まずそうに榎本を見る。ジャスティンはみずきの肩に手を当て乾杯の輪の中へ誘導し、メロは一歩進んで重そうなビールジョッキを軽々と高く上げた。
「ふふーん、問題ないんだな! ではでは、新生ロンド・ベルベットの初オフ会を祝して!」
「乾杯っ!」
「かんぱ~い!」
硬い挨拶を抜きにしたライトな掛け声とともに、各々グラスやジョッキを打ち鳴らす。みずきはちゃっかり全員とグラスをかつんと合わせながら、その度に相手の顔を見た。
ジャスティンとメロはにっこりと笑い返し、マグナはしっかりとみずきの目を見てきた。メガネの奥で目を細め、グラスを少し上げて頷いてくる。
みずきはその確かなリアクションに、マグナが流石の洞察力で気付いてくれたのだと察した。
榎本と夜叉彦はみずきの存在に不思議そうにしながら、テンション高く打ちならしてきた。全く気付く気配もなく、榎本は相変わらずナンパ師の表情を崩さない。みずきは先ほどまでからかって遊んでいたことを棚に上げ、対女性モードの榎本に飽きていた。せっかくリアルで会ったのだから、いつもの態度で話をしたい。
気付いていない二人には言わなくてはならない。自分から名乗る。たったそれだけのことに、みずきは緊張しながら二人に向き合った。
口を開く前に唾を飲む。息を吸い、いざ口を開こうと顔を上げる。
その時、マグナが声をかけた。
「驚いたな。あぁ、俺がマグナだ。こっちでもよろしく頼む、ガルド」
「んっ、ああ。よろしく、マグナ」
その言葉を聞いて、夜叉彦と榎本がピタリと動きを止める。その二人の周囲だけ静寂が包んだ。
出鼻を挫かれたみずきに、すかさずメロがメニュー表を広げる。
「お腹すいてない? グリルチキンとか頼もうか。美味しいよー、ここのやつ」
「これなんかどうだ、エスカルゴ!」
渦を巻いたどどめ色をした貝のようなものがオイルにつかっている。みずきはこの手の、見た目が悪いが美味な料理が苦手だった。
「グロい」
「ははは! 言うと思った!」
マイペースに料理の話をしている傍ら、夜叉彦は目をまん丸にして少女みずきを凝視している。その顔はひきつっており、状況を飲み込めない様子だった。
榎本に至っては顔を真っ赤にしながら口をあんぐりさせている。
驚いている二人含み六人全員が、今行われている一連の流れを知っていた。ガルドはちょっとグロテスクなものを見ると、必ず眉間にシワを寄せて「グロい」とコメントする。
そしてそれをよく知るメンバーは、ほれほれと言いながら見せびらかすのだ。
夜叉彦も木龍の舌というドロップアイテムを見せびらかしたときに体験した。榎本に至っては、チャットでわざわざチンしすぎた餡まんの写真を送りつけたりしている。
二人がやっと気付いた。
ひゅっ、と榎本が息を飲む。
その様子を見て、メンバーはどっと笑い出した。もちろんみずきも同様で、ガルドらしく静かで小さい笑い方をした。
その笑い方を見て、さらに二人が気付きを新たにする。
「だぁっ、嘘だろ!? マジかよ!?」
「ええーっ!? え、えー!?」
二人はとてつもないショックを受けていた。
「おいガルド! お前! なんだよ、言えよ!」
「すまない」
「せめて数分前には言えよ! 危うく『雪でも見に行こうか』とか言ってVRデートに誘うとこだったろうが!」
恥ずかしすぎるのか、榎本は逆ギレという手法でこの場を乗り切ろうとしていた。怒りの感情より気まずさからくるパニックが強いようで、あまり怒っているように見えない。
「雪景色があんなに綺麗なの、確かにフロキリぐらいだよなぁ」
夜叉彦がそう感嘆するのを聞き、みずきも頷いた。その誘い文句はアリだ、と話をずらしていく。しかしフロキリユーザーのガルドは見飽きるほど一緒に見ているため、その誘い文句も今や茶番にしか聞こえない。
「地下中央の氷柱の麓、連れてって?」
「俺は新撰組ギルドホームの枯山水が見てみたい」
「お前らなぁー! 揃って進入禁止のところばっか挙げやがって、どっちも無理だろ!」
真っ赤なままの榎本をメロとマグナがからかって遊ぶ。
「……もっと怒られると思った」
みずきは純粋な感想をこぼした。榎本がバッと振り返って話の続きに戻る。
「はー!? 怒ってるぞ! 酒勧めても頑なに断ったのこれか! 言えよ! 勧めた成人は罪に問われるんだぞ!」
「VRの中は刑法の例外」
「じゃあ飲めよ、俺の酒が飲めねぇのか!」
「ポリシーに反する」
「俺は! 今日! 楽しみにしてたんだぞ! リアルで、お前に無理矢理にでも酒を飲ませるのを!」
「犯罪者」
メロがすかさず首を突っ込んだ。マグナも乗り、真面目な顔で話を広げる。
「若い女子にしこたま飲ませて拉致する事件、この前あったな」
「するわけないだろ!」
その声には応えず、メロはみずきにドリンクメニューを広げて見せた。
「何がいいかなぁ。甘いの好き? あ、ノンアルのカクテルとかいいかもね~」
「成人したらコレ、飲んでみたい」
「あ、サワー?」
「絞るのがいい」
「ふふ、可愛いー」
メロは酔った様子で笑う。榎本は隣で面白くなさそうな表情のままで食ってかかった。
「どうせ飲んでみたらザルだったってタイプだろ? 擬似ならあっちで飲めるってのによ。ま、数年後に取っとけ……ん? そういやガルド、十七っつってたな」
「あと三年」
「長いな。つか若いなぁ……高校生かぁ……」
「その言い方、オヤジ臭いぞ」
「あはは、なんか論点ズレてるよねー。怒ってんじゃないの?」
「そうだった! ガルドてめー覚えてろよ!?」
「三下の悪役みたいだぞ」
各々楽しく榎本をからかいながら、リアルの身バレで明かされたガルドのことで盛り上がっていた。
VRは刑法の範囲外と言っていますが、作中での日本の法整備が遅れているだけです。




